第四話 縫い合わされる布
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今回は入団試験とヤルン達が受ける試験の合間の、閑話的なお話です。
入団試験は審査も含めて3日間での実施となった。結果の発表は俺達が受ける正騎士試験と同時に公開されるらしい。
結局、仕事の都合で直接応援は出来なかったけれど、しっかり者のルリュスならばきっと大丈夫だろう。
「ったくよ」
待たされている間、こちらも暇だったわけではない。前に言った通り訓練の代わりに仕事もあったし、それ以外にもっと面倒なこともやらされていた。
「この忙しい時に、なんだってこんなことを……」
俺は日が暮れた自室の床で、手元が狂わないように気を付けながらブツブツとぼやいた。
今何をしているかというと、右手には太めの鋭い針、左手には厚めのくすんだ色の布を二枚持ち、チクチクちくちく縫い合わせる作業の真っ最中だった。延々やっているせいで結構手も痛くなってきた。
「まぁまぁ。そんな怒らずにさ。慣れると結構楽しくない?」
「馬鹿か、楽しいわけないだろっ」
すぐ傍で全く同じ行動をしているキーマにすかさずツッコむ。二人の周りには沢山の似たような布が広がっており、まるで服を作るお針子にでもなった気分だ。
「にゃっ、にゃにゃっ」
足元ではヒラヒラする布に黒猫のテトラがじゃれついている。魔力で出来た使い魔なのに、猫の本能が刺激されるとか? うーん、創った俺のイメージのせいかもな。
「遊ぶのはいいけど、引っかいたりするなよ?」
念のために注意しておくと、前足を上げて「にゃ」としっかり返事をした。ま、少しくらい裂かれたって魔術で直せば良いんだけどさ。
では何故、重要な試験の前にこんな真似をさせられているかというと、だ。半分くらいは我らがお姫様とその子ども達のため、もう半分は彼女達に仕える皆のためだった。
「本当にこれで馬車ごと飛べるの?」
「理論上はな」
そう、これは「隣の国へ行く」とどうしても言い張る姫達を、馬車ごと遠方まで転移させるための魔導具なのだ。俺達がこの王都まで飛ばされてきた、「あれ」の巨大版である。
「馬車でちんたら移動してたら、目的地のフリクティー王国の王都まで何日かかるか分からないだろ?」
「確かにね」
「それに、伸びる分だけ金がかかるしな」
そこで、せめて国内間だけでも旅程を短縮しようと、師匠に相談した結果がこれだった。
『馬車ごと転移したい? ならば、魔導具に頼るのが早かろうな』
魔導具を使う利点は操作が楽ってところが一番だ。布から布へ移動するから、行き先の指定に失敗して変なところに出たりするのを防げるし、その分の魔力の節約にも繋がる。
『でも、あの布じゃ小さ過ぎじゃないスか?』
俺達が飛ばされた布は、せいぜい人が3人乗れる程度の広さだった。それにデカくしようにも、大きさを操る魔術にも限界はある。
すると、師匠はこともなげに『作るしかあるまい』と言い、結果、こんな作業をやらされる羽目になったというわけだ。
試験期間中はいつもと違って訓練場が使えないという事情も手伝い、ここ数日は夜の訓練をストップして縫製にあてていた。
「あー、やってもやっても終わらない。もう試験は直前だってのに、勉強させてくれっ」
「どうどう」
「俺は馬じゃねぇ!」
馬車が乗るサイズの布を二枚も作るなどという行為は、裁縫が好きでない人間には苦行である。
でも、ココも今頃は自分の部屋でせっせと縫っているのだろうし、セクティア姫お抱えのお針子達も総出で手伝ってくれているから、なんとか期日までに間に合うだろう。
なお、予定日は試験終了のすぐ後だ。出かける理由が「魔術陣の点検」だから、あまりのんびりしているわけにもいかない。今だって、すでに先方を待たせている状態なのだ。
「自分達だけなら、パッと行って帰って来られるのによー」
「ぼやかない、ぼやかない。で? 出来上がったら一枚はスウェルに送るんだよね? そっちは間に合いそう?」
「さすがにそれは無理」
だから、師匠が布を持って先にスウェルまで飛び、俺やココと両側から転送術を発動させる計画を立てていた。成功すれば、かなりの日程と旅費の節約になる算段だ。
「ふうん、魔力が沢山必要になりそうだね。足りる?」
「3人でせっせと溜めてるところだ。ギリギリかな」
送る馬車は二台を予定している。一台目は姫や子ども達が乗る王族仕様の豪華な装飾が施された一等馬車で、二台目には荷物や土産を詰め込む。
乗り切るかって? 無理だろうがなんだろうが、詰め込んで貰うしかないんだよ。
でもって、俺達みたいな護衛や使用人が乗るための馬車や馬や御者は、予めスウェル側に連絡を取り、そちらで準備しておいて貰う手筈になっている。人間だけを送った方が、断然楽だからだ。
「今頃、向こうも大騒ぎになってるだろうね」
「だな。領主サマの胃が溶けてないと良いんだけど……」
何の前触れもなく、突然「王族が行くから諸々備えておけ」とか言われて、田舎者の地方領主があたふたしないわけがない。
直接言葉を交わしたことはないにしても、温厚そうな領主サマだったし。「セクティア姫・被害者の会」の堂々たる仲間入り決定だろうぜ。そのまま殿堂入りしてもいいくらいだ。
「とにかく、水晶を王都中から買い込んでおいて正解だった。これからも出先で見かけたら買っておくことにしようっと」
「もう製造元に買い付けに行くか、材料を集めて自分で作ったら?」
俺が今後に備えるべく重大な決意を固めたら、キーマに言われてしまった。
「あぁ? 作れ、だぁ?」
「だって、もうすでにカフス職人みたいなものじゃない」
「うぐっ。か、カフスに関しては石を作らされてるだけだし」
「今は布もこうして作ってるし?」
「……うるさいな。俺は魔導具師じゃねぇんだっつの。ついでに言うと、いつかは一流の魔剣師になる男な!」
魔剣師、つまり剣の腕もばっちり磨いて、マスターの称号を取るってことだ。両方の資格を持っている人の話はまだ聞いたことがないし、実現はまだまだ先かもしれない。
だが、俺にとっては凄腕の剣の使い手になるのが、騎士になることと同じくらい大事な夢なのだ。諦めるつもりはさらさらない。
「ふーん、執念深いんだね」
「執念て。夢を悪いものみたいに言うなよ。そういうお前こそ、どうなんだ? 目標っぽいもの、見つかったのか?」
『ヤルンの傍に居れば、自分も何か見つけられるんじゃないかなー? って』
キーマはこっそり魔導士になった時に、抱いていた心境をそんな風に吐露した。あの時は、その先を聞かず仕舞いだったけれど、ずっと心の何処かで気になっていたのだ。
「目標ねぇ。どうだろ?」
「お前な……」
「まだまだ駆け出しって感じだし? テトラ先生に教わるのが毎日楽しいってだけだよ」
言いながら、彼は足元をピョンピョン跳ねているテトラに手を伸ばし、ゆっくりとその毛並みを頭から背にかけて撫でた。テトラも布で遊ぶのやめ、気持ちよさそうに目を細めながら素直に撫でられている。
訓練の時はスパルタであっても、同居人なだけあって一人と一匹はなかなかうまくやっているようだ。……ふむ、そうだな。
「なら俺が決めてやるよ、お前の目標」
「ヤルンが?」
「おう。お前の当面の目標は、すばりテトラの主人になることだな」
「ええ? それは幾らなんでも無理だよ」
キーマはビックリして手を止め、テトラが不思議そうに首を傾げた。
使い魔の主人になるには、存在を保てるだけの魔力を与えてやる必要がある。俺の与えた量を越えた瞬間に、「キーマが主人である」とテトラが認識を切り替えるはずなのだ。
「へっ、せいぜい頑張って訓練するんだな」
「だから、一生かかったって出来ないっこないって。それに、ココが……ねぇ」
「あ」
あわわ、忘れてたな。ココは、テトラの横に自分の使い魔である白猫のネオンを並べて嬉しそうに笑っていたっけ。
キーマが主人になってしまったら、悲しむにしろ怒るにしろ、とにかく心中穏やかではいてくれないだろう。ううーん。
こうなったら、もう一匹作るしかないか。あの術、二度と使う機会はないと思っていたのにな。はぁと溜め息を吐き、止まってしまっていた作業を再開する。キーマも気付いて針と布を動かし始めた。
「……なぁ、さすがに今回お前は付いてこないよな?」
「えっ? 当然、行くよ?」
「どこが『当然』なんだよ。大体どーやって行く気だ? お前のご主人の王子サマは今回、留守番なんだろ?」
もっと事前の根回しが出来ていれば家族揃って旅行が出来たのだろうが、発案から決定までは急過ぎた。夫婦が共に城を空けては、公務に差し障りが生じてしまう。
だから護衛役のキーマも共に残ると思っていたら、コイツは親指を立てて爽やかに宣言しやがった。
「任せてよ。こういう時のために休暇はちゃんと残してあるし、申請ももう済ませてあるからさっ」
「んなドヤ顔は要らん!」
うげぇ、連れていく人間がまた増えちまったぞ?
などという、とてつもなく無為な仕事を終え、ココが作った分と合わせて布をお針子達に渡して最後の仕上げを頼んだ朝。
「とうとうこの日がやってきましたね」
建物から外へ出てみると、天気は快晴だった。暑くも寒くもなく、まるで冬の早朝か雨上がりの直後みたいに空気は澄んでいて、庭園の方からは風に乗って甘やかな花々の香りが漂ってくる。
俺は伸びをして肩や腕の凝りを解した。ごりごりと音がする。
「あぁ。縫いもののせいで全然、勉強出来なかったけどな!」
俺はヤケっぱちで叫び、頷く。キーマが、「さぁて、頑張るとしますかー」と覇気の薄ーい決意表明をした。あのなぁ、もっと気合い入れろっつうの。
「騎士になれるかどうかは、今日にかかってるんだぞ!」
「正確には何日かかるか知らないけどね」
「そういう意味じゃねぇよ」
馬鹿なやり取りをしていると、ココがふふっと笑った。皆緊張しているかと思ったが、案外そうでもないらしい。肝が据わっているというか……いや、やっぱり「ヤケクソ」がピッタリくるな。
俺達はそんな心持ちを胸に、試験会場へと繰り出していった。
試験が始まるまでのお話を軽く描くつもりが、どんどん伸びて一話分になってしまいました。




