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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
本編最終部 正騎士試験編
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第二話 歌を巡るあれこれ・前編

歌の練習風景です。本人は嫌がっていますが、なかなか向いているのかも?

 歌の練習は色々と大変である。


「それでは発声練習から」

「あ、ちょっと待ってください」


 黒光りするピアノに向かい、鍵盤けんばんを叩こうとした宮廷楽師に俺は慌ててストップをかける。言われた若い男性の楽師も止められた理由に気が付き、「あぁ」と零した。


「忘れていました。お願いします」

『清浄なる風よ、彼方(かなた)()を阻む壁となせ』


 かちりとハマる感覚がして、術が正しく発動する。今、楽師に(ほどこ)したのは魔力の影響を阻害するための魔術だった。そんな自分の隣では、ココが周囲に結界を展開する作業をしている。

 歌を歌うだけなのに、なんでわざわざそんなことをするのかって? 理由は簡単だ。



『はぁ、なんで俺がこんなことを……』


 師匠にまたもや勝手に始めさせられた歌の練習は、城内の一角にある音楽堂で行われていた。

 普段は王城お抱えの楽団員が使っている建物で、開放的な練習スペースの他にも楽器を置く部屋や小さな練習室などがある。


『まぁまぁ、面白そうじゃありませんか』


 その練習場の端には立派なピアノが置かれ、俺とココは護衛の仕事や騎士の訓練の合間を()い、そこで悲しくも歌なんぞを歌わされている。


『どこが面白そうだよ。ただひたすらに恥ずかしいだけだっつの』


 だから、練習中の楽団員達にジロジロと観察されながら歌うのだが、プロにド素人の練習を見られるという顔から火が出そうなこっぱずかしさ以外にも、大きな問題があった。


『では始めましょうか』

『はい』


 練習を始めた時は、まだ誰もその問題に気付いていなかった。だが、発声練習を終え、実際に歌い始めた直後に早速事件は発生した。


『……!』


 セクティア姫の手配で先生役を務めてくれていた楽師が、突然ピアノに思いきり突っ伏したのである。ガァン! と幾つもの鍵盤が叩かれて、音楽室中に激しい不協和音が鳴り響く。


『きゃっ!?』

『わっ! だ、大丈夫ですかっ?』


 俺はさっと駆け寄り、だらりと力なく倒れていきそうになる体を支える。何が起きたんだ? 何かの病気持ちで、発作が出たとか!?

 とにかくゆっくりと横にして詳しく調べてみないと。ココには医者を呼びに行って貰って……、そう考えたところで、彼女がまたも短く悲鳴をあげた。えっ、今度はなんだよ!?


『ぅわっ!』


 意識のない人間を抱えたままという、身動きの取り辛い状態で無理に首を巡らせて驚く。

 眼前に広がっていたのは、揃いも揃って楽団員達がバタバタ倒れているという恐ろしい光景だった。これにもしも赤いものさえ散っていれば、あっさりと惨劇の現場の出来上がりだっただろう。


『ヤルンさん、これって……』


 一瞬、長閑(のどか)な日常とはかけ離れた事態に心臓をわし掴みにされかけたが、これで先生が気を失った謎も一気に解けた。


『あぁ。どう見ても歌のせい、だよな』


 そう、歌だ。その時に俺達が歌っていたのは、古代語を(もち)いた魔術歌のうちのひとつである「眠り歌」だった。どうやら、うっかり魔力を込めて歌ってしまっていたらしい。

 俺もココもそんなつもりは全くなかったし、歌い始めでいきなり効果が出るとも思ってなかったのに。想像以上に効力があるみたいだな……なんて分析している場合じゃない!


『おい、これヤバくないか? 早く皆を起こさないと……!』


 と呟いた時には、すでに遅かった。


『さっきの大きな物音は一体……ああっ!?』

『きゃあぁっ! ひ、人殺しよ!』


 音を聞きつけた人達が様子を見にきてしまい、場は一気に騒然となってしまったのだった。当然、色々な人に叱られたのは言うまでもない。うぐぐぐ。



「もう魔導師の習性というか、条件反射だよな……」


 ま、そんなことが起きたから、俺達は練習するたびに面倒であっても結界などを使うようになった、というわけである。


「一種の職業病かもしれませんね」


 普通に歌えば済む話なのだろうが、古代語には魔力や魔術のイメージが強く付き過ぎている。

 そのため、魔力を込めないように意識し過ぎると今度は歌の方が覚束(おぼつか)なくなり、先生に怒られるのだ。この先生も芸術家なだけあって妥協は一切許してくれないし……。


「お姫様には『歌えるようになったらお披露目(ひろめ)しろ』って言われたけどさ、当分無理だよなぁ」

「もう少し練習したいですよね」


 幾つか覚えはしたものの、歌自体の完成度だってまだまだで、とても耳の()えた王族に聞かせられる出来ではない。いやいや、そんなレベルに到達するのなんて、一体何年後の話だよ。

 こっちは術さえ使えるようになれば、そこまでの出来になるほどやり込む予定はないんだけど?


 ……まぁそれはそれとして、だ。それなりにしんどい思いをして魔術歌を覚えたのは、思い返してみると決してマイナスなだけでもなかった。



 俺は日が落ち、魔力の明かりに照らされた訓練場にいた。毎日の日課である夜の訓練の時間である。

 端っこには床に魔導書を広げるキーマと、魔術をビシバシ教える仔猫のテトラがいる。この光景もすっかりお馴染(なじ)みになってきたな。


 そして、今ではそこに赤い瞳を持つ真っ白い仔猫が加わっている。ココが何日も悩みに悩んで作り出した使い魔の「ネオン」だ。つうか結局猫だったし。他に選択肢は山ほどあっただろうにさ。

 対照的な色合いの二匹が仲良さげに並んでいると、俺は恥ずかしくて背中がむずがゆくなるのだが、ココは反対にニコニコと満足そうだった。


「ネオン。テトラちゃんを手伝って、しっかりキーマさんを見てあげてくださいね」

「にゃ」

「いやー、テトラ先生だけでも十分スパルタなのに、これ以上見張りは()らないんだけどー?」


 両サイドから睨みをきかされては、さしものキーマも少々参っているようだ。でも、おかげで魔導書を小さく軽く出来るようになったし、良いんじゃねぇかな? スパルタっつっても師匠に比べたら全然マシだし。

 だから、ちっとばかし活を入れてやることにした。


「お前な、あんまり文句を言うんだったら……」

「だったら?」

「……歌うぞ」

「ちゃんと勉強しまーす」

「よろしい」


 なお、ネオンは俺みたいな自己流ではなくて、師匠が教えた正しい方法によって生み出されている。

 きちんと確立された術の方が、俺が即席で作った適当呪文と違って確実で、ぐっと消費魔力が少なくて済むからだ。


『お主もきちんと覚えておくのじゃぞ』


 なんて師匠はクギを刺してきたし、俺も魔導書にきちっと(二通りの方法を)記したものの、覚えておけと言われてもなぁとも思った。

 だって、テトラが完全に使い魔として定着したのなら、もうこの術を使う機会は今後訪れないんじゃないか? もしもあるとすれば誰かに伝える時だろうか。って、それはいつ、誰にだっての。


「始めましょうか」

「おう」


 夜の訓練は、基礎の「魔力感知」と「魔力循環」を、そろそろ参加させたいキーマにも見せながら行うことから始まる。だが、少し前からそれぞれには変化が起きていた。


「はい、どうぞ」


 ココが言い、様々な属性の魔力を込めたカードを数枚差し出してくる。俺はその端から触れないように気を付けつつ手をかざし、「火」だの「水と土」だのとスラスラ応えていく。

 感知の訓練は、ずっと自分の苦手とするところだった。それが、双子の一件で能力を自覚してからは全く間違えなくなっていた。


 どうやら、無意識のうちに力を抑え込んでいたのだろう、という師匠の推理は当たっていたらしい。しかも、使うごとにどんどん鋭敏になっている気さえする。ココがにこりと笑った。


「今日も全問正解ですね! 素晴らしいです」

「ココはそうやって褒めてくれるけどさ、鋭さも過ぎたら不便なんだぜ?」


 気を付けていないと、魔力に触れた時に体が勝手に反応してしまうのだ。面倒臭いことこの上ない。もっと上手く使いこなせるようにならないものだろうか。


「そうなんですか? 素敵な力だと思いますけど……」


 魔術に人生を捧げているココには、この悩みは伝わらないみたいだ。こちらにしてみれば、適度な強さで広範囲に感知出来る彼女の方が何百倍も(うらや)ましい。


「はぁ」


 溜め息を吐きながら、なんとなく自分の左耳に触れる。そこには師匠が新しく作ってくれたカフスがあった。

黒猫が「テトラ」なので、白猫は「ネオン」にしてみました。

(「スペル」とも迷ったのですが……このネタ分かる人いるんでしょうか?)

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