第一話 陣と猫と行き先
新章突入ということで、まずはゆったりのんびり(?)導入部的なお話です。
カツカツと硬い靴音が三人分、通路に響く。王城の地下は、暗くて冷たい空気の中に沈んでいた。
「まさか、玉座の裏に階段があるなんてな」
玉座の裏には、表からは隠された階段が伸びており、それを降りた先には通路が幾つにも分かれ、奥へと続いている。俺達は今そこを、魔力による明かりを頼りに歩いていた。
「理には適っていますよ? この通路は、外から攻められた時に国王様達が逃げるためのものでしょうから」
「なるほどな」
ココの言葉に、俺は納得する。城が出来た当時からある古い通路なんだろうし、いざという時のためにも重要なものは一纏めにしてあるってわけか。
すると、前を行く師匠が振り向いて「静かにせぬか」と注意してきた。
「無駄話なぞせずに、きちんと道を覚えておくのじゃぞ」
「はいはい、分かってますって」
適当に返事をし、俺は広げた自分の魔導書に辿ってきた道順を記していく。本当は残さない方が良いのだろうが、奪われなければ良いだけの話だ。
あぁ、後で暗号化の術をきつめにかけておくか。ココや師匠くらいの術者じゃないと解けないくらいのを……って、自分にも解けなかったりしてな。
そんなしょうもないことを考えている俺の隣では、同じようにココがせっせと魔導書にメモを書き込んでいる。
「えぇっと、最初が右で、それから真っ直ぐ入って左……」
こういうのって、見比べた時に違ってたら笑えるよな。いや、冗談じゃないか。笑えるのはキーマくらいだ。ちなみに今回、あいつは留守番である。
めちゃくちゃ来たがってはいたが、この通路は大っぴらに出来ない、まさに「国家機密」だ。関係者以外、立ち入り禁止ってやつだな。
「着いたぞ」
俺達の目の前に現れたのは、他の壁とパッと見には区別がつかない、くすんだ扉らしきものだった。目を凝らせば隙間があり、言われれば分かるというレベルだ。
あれ、取っ手がないぞ? どうやって開けるんだ?
「手を触れてみよ」
「手? こうか?」
そのひやりとする扉らしき場所に、言われるがままに手を当ててみた瞬間、すうっと魔力が吸われる感じがした。お、結構減ったかも。
「大丈夫ですか?」
「ん? 全然余裕」
そうしてすぐにズズズと重々しい音がして扉が奥へと開いていき、向こうから溢れた光に目を細めた。
「そっか、中の物を扱える力がない人間は、最初から入れないようになってるんだな」
奥の空間はそれなりに広く、床には光る円や記号や文字がびっしりと刻み込まれていた。これこそが王城の魔術陣であり、地上や空に張られた結界の要というわけだ。
はは、こんな大事そうなもの見せられると、ついつい悪戯したくなるよなぁ。って思ったら師匠がじろりと睨んできた。じょ、冗談だって!
「わしがあとで確認する。まずは2人でやってみよ」
「え、マジ?」
一回しか見たことがないのに、いきなり実践かよ。
相変わらずのスパルタぶりにげんなりしていると、ココが「頑張りましょうね!」とガッツボーズで気合いを入れてきた。いつもながら、その笑顔とバイタリティには本当に恐れ入る。
「ちっ、仕方ねぇな。分担してサクッと終わらせるとするか。じゃあ俺は左側をやるから、ココは右側を頼むな」
「分かりました」
うーん、ここは大丈夫そうだな。こっちはちょっと掠れてるから補強して……うぅ、やっぱり目がチカチカするぞ。機能さえ止めてしまえば光らなくなるんだろうけど、そしたら結界も消えちまうからなぁ。
などとブツブツ呟きながら取り組んでいたら、やる気をごっそりと奪い取られるような発表をされた。
「ふむ。これが出来れば、ようやく2人で一人前というところかのう。他にも依頼が入っておるでな。しばらくは忙しくなるから覚悟しておくようにの」
「は、はぁっ!?」
だーもう、いつになったらこのじいさんは理解するんだ? 相談もなく、人のスケジュールに本業以外の仕事をねじ込んだら駄目だってことをっ!
そんな副業をこなした日の、割と直後。俺はまたしてもセクティア姫に庭園での簡易的なアフタヌーン・ティーという、自分には全く似合わない席にお呼ばれしていた。
この庭園は熟練の庭師達の手によって年中を通して美しく整えられ、城内の人間の目を楽しませてくれる。
『おいしーねー』
「はい」
今日は俺と姫以外には三歳の双子であるシリル王子とディエーラ王女がいて、ココが楽しそうにその相手をしている。テーブルには良い香りのお茶と、見た目にも楽しい3段重ねのティースタンドがあった。
確か、下のサンドイッチから順番に食べるのがマナーだったっけか? 早く一番上のデザートが食べたいなぁと思いつつ、呑気に談笑しながら旨さに舌鼓を打つ。
「それで、お城の地下はどうだったの?」
「え、どうって……暗くて寒かったっスね」
「なぁに、味気ないわね。もっとこう、盛り上がる出来事はなかったのかしら?」
「術の点検に行っただけなのに、そんなこと言われても。っていうか、そんなところで盛り上がるような出来事があったら大問題でしょうが」
姫はさもがっかりした様子で「えー。やっぱり私も行けば良かった」と言った。
いやいや、そんなわけにいくかよ。緊急の脱出用通路だぞ。そんな目玉が飛び出そうな値打ち物っぽいドレスで行ける場所じゃないんだって。
つか、服を着替えたところで、連れていったら絶対にあーだこーだ騒いで邪魔だろうし。うん、却下だな。
「また失礼なことを考えているわね?」
「き、気のせいっス」
「ところで……」
姫はそこで急に会話のテンポを変え、俺が中段のスコーンを齧った瞬間に、狙いすましたかのように告げた。
「貴方達、何か隠しているでしょ」
ギクッとしてしまい、吹き出しそうになった口元をさっと抑えた。ココを見ると、目を見開いたまま固まっている。駄目だこりゃ、揃って反応があからさま過ぎる!
「な、何を急に」
「隠し事なんてありませんよ……?」
それでも、一応は2人で抵抗を試みた。まだ探りを入れられただけだ。この姫のことだし、面白いことを探して適当に言っているだけかもしれない。自分から暴露するなんてのは馬鹿の所業だからな。
「私の情報網を甘く見ないでよ? ちゃんと知ってるんですからね」
ええ? 知ってるって、どれのことだよ? 咄嗟にあれこれと思いを巡らせたのが表情に出てしまったのだろう。姫は「そう、それよ」と指先を突き付けてきた。だからどれだよ!
「貴方……無断で動物を飼っているでしょ!」
『……』
うえぇ、引っ張っておいてそれ? 沈黙が痛い、誰かなんとかしてくれ。……まぁでもそのことで良かったとするかな。
もしもキーマの件だったらもっと面倒臭いことになっていただろうし、その時はどうしようかと思っていたところだ。俺は、は~と大きく息を吐き出し、「『動物』なんて飼ってないっスよ」と伝えた。
「嘘を言ったって駄目よ。鳴き声や物音がするって噂が、この耳にバッチリ届いているんだから」
「嘘じゃありませんて、ちゃんと証拠を見せますから」
そう前置きをしておいて、片手をすっと差し出し、呪文を唱える。
『我が僕よ、主の呼びかけに応じよ!』
「にゃー」
差し出した手の上にすぅっと現れたのは小さな黒猫のテトラだった。練習を重ねたおかげで、剣と同じく喚び出せるようになったのだ。
他にも種類を増やすことと、もっと呪文を短くするのが今後の課題だな。
『ねこー!』
「わっ、ね、猫……!?」
びっくりしている姫よりも先に強く反応したのは、子ども用の椅子に行儀よく座って一生懸命にカップケーキを食べていた王子達だった。
ぽろりとケーキが零れ落ちそうになったので、周囲の侍女達が慌てて補助をしている。わわ、タイミングが悪かったみたいでスミマセン。
それはさておき、俺が短く命じると、テトラは手からテーブル上にトッと降りて双子の元に歩いていき、またも「にゃあ」と鳴いてみせた。
『わあぁ』
母親に似て好奇心の強い二人はすぐに飛びつくかと思いきや、そうではなかった。猫を間近で見るのは初めてなのかもしれない。
目だけはきらきらと輝かせるも、恐る恐るといったふうに手を差し出す。テトラはその指を舌でぺろりと舐めて挨拶した。双子は『おおー』と素直に感動していて、ちょっと面白い。
「え、どういうこと? これ、猫よね。でも今、魔術で……?」
姫は大いに混乱しているようだったため、俺はざっと説明をした。テトラが魔術で生み出した存在――使い魔であることをだ。
「だから『動物』は飼ってません。汚したり騒いだりしないので、居させても構わないっスよね?」
結局俺の「使い魔」はコイツで確定なのかなぁ。はぁ、どうせならもっと格好良いのが良かったんだけど。
「へぇ、魔術ってそんなことも出来るのね。まぁ、動物でないのなら規則違反にはならないのかしら?」
しきりに首を捻っているのは良いんだが、そもそもの話、この誰より我が道を行くお姫様に、規則がどうとか語る権利なんてあるんだろうか。方々からツッコミが入りそうだ。
「また失礼なことを考えてるわね? ……それで、この子は具体的にはどんなことが出来るの?」
「え」
「『使い魔』なんでしょう? まさか『仕事で疲れるから癒されたい』、なんて言い出さないわよね?」
「えーと、ま、じゃなくて」
あっぶな、「魔術を教えることが出来ます」ってストレートに口走るところだったぜ。そんな追及をされると思っていなかったから、答えなんて考えてないって!
んん、「この毛並みに癒されるんですよねー」? ……いやいや完全に変人度MAXだろ! どうするかなぁ!?
目を彷徨わせているうち、視界に飛び込んできたのは双子とじゃれあっているテトラの姿だった。……あぁ、これはどうだ?
「こ、子守り……、そう、小さい子どもの相手が出来ますね」
「子守り?」
言って、姫にも子ども達を見るように促してから、「自分はまだ未熟だから、これがせいぜいで。これから出来ることを増やしていく予定なんス」と付け加えた。
別に嘘は言っていない。それにもし今後二人が魔導師になるのなら、家庭教師をさせるのも良いよな。あ、キーマの時みたいに、生徒を殴らないように命じておかないとまずいか。
そしていずれは、きっと城に留まるであろう王子が、この城の魔術陣の守り手になってくれるだろう。……軽く十年は先になりそうだけどな。
「ふぅん? 二人も気に入っているようだし、時々相手をしてあげて頂戴」
「了解っス」
おっと、そうだ。こっちにも大事な話があるのを忘れていた。そう思い、お茶を一口飲んでから切り出す。
「あの、今度、騎士の試験があるんですけど」
「知っているわ。入団試験と一緒に、見習いが正式な騎士になるための試験が行われるのよね?」
こくりと頷く。双子やテトラと遊んでいたココもこちらに意識を向けるのが分かった。そう、待ちに待っていた機会が巡ってきたのだ。
噂には聞いていたけれど、レストルが知らせをくれた時にはどんなに嬉しかったことか。姫はくすっと笑い、その上に真剣さを載せて「受けるのね?」と一言聞いてきた。
『はい』
二人で声を揃えて返事をする。ずっと待ち望んでいたのだ。受けない理由があろうか。なんとしてでも潜り抜けて、本物の騎士になってみせるぞ!
「落ちたりして、私に恥をかかせないでね?」
「任せて下さいよ」
「頑張ります!」
……いや、このぴりっとした空気は良いんだけどさ、本題はこれじゃないんだよ。俺はごほんとわざとらしく咳払いをしてから、そうっと言った。
「それで、試験が終わったら、また少し仕事を休ませて欲しいんスけど」
「私もお願いします。代わりに分身を残していきますから」
姫は突然の申し出に大きな青い瞳を丸くした。あー、全部言い終えたら怒るんだろうなぁ。
「またどこかに行くつもり? ……あぁ、もしかして『そちらのお仕事』かしら」
再びこくんと頷く。師匠が言っていた『他からの依頼』ってやつをこなすためだ。しかし、行き先がちょっとよろしくないんだよ。
「穴を開けないなら私は構わないけれど、レストルとはきちんと相談してね。それで、今度は何処に行くの?」
「……」
俺は即答出来ず、ココと目線を交わし合う。彼女もどう告げたものか迷う目つきをしていて、姫は怪訝な顔つきになった。再度、「何処に行くの?」と繰り返す。うわぁ、言うしかないか。……仕方ない!
「……こくに」
「え、よく聞こえなかったわ」
「ふ、フリクティー王国に、行ってきます」
「なんですって?」
今いるユニラテラ王国の東に広がるフリクティー王国は、このセクティア姫の故郷であり、前に「自分を連れていけ」とせがまれた場所でもある。
その時は諸々の事情から無理だと理由を付けて逃げ切ったのだが……。
「どういうことよ。私を置いて、自分達だけで行く気じゃないでしょうね……!?」
パッと行って帰ってきたかったんだけど……このエキサイトぶりを見る限り、難しそうだなぁ。
あれこれ詰め込んでいる間に長くなってしまいました。入りきらずに削ったエピソードもまた近いうちに。
さて、やっと正式な騎士に? という話を始められそうです。長かったこの話も終わりが近付いてきました、多分……。
うまく纏められるかはまだ全然分かりませんが、エンディング目指して頑張ります。




