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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第十部 魔術学会との共同研究編
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第九話 歌の調べ・前編

第十部の最終話になる予定です。冒頭は一度没にしかけて復活させたエピソードだったりします。やっぱり書きたい欲求に勝てませんでした。

 二・三日の間はそれなりに過ぎていった。日中は相変わらず仕事や訓練漬けだったし、夜は飛空術の練習を行っていた。

 俺は早く一人で空中を飛べるようになりたかったが、ココは恐怖心がなかなか克服(こくふく)出来ないようで、その段階には程遠くてまだ二人で特訓中だ。


 でも、転送術の時も最初こそ怖がっていたけれど、ちゃんと乗り越えられたのだ。努力の鬼が本気を出しさえすれば、今回だって時間の問題だろう。

 ちなみにキーマはテトラ先生の熱血指導のもと、光を生み出せるようになって喜んでいる。このまま進められるといいな。



「盛況だねぇ」


 それは、朝の雑然とした騎士寮の食堂での出来事だった。人がとにかく多かったけれど、なんとか四人掛けの席を抑えていたら、少し遅れてココが女子寮からやってくるのが見えた。

 「おーい」と手を振って合図する。まぁ、こっちの位置は最初から分かってるだろうけどな。


「キーマ。席を取っておくから、先にココと行って来いよ」

「おっけー」


 などというやりとりを、キーマとしているうちにも彼女が合流し、いま交わしたのと同じ内容を伝えようとした時だった。言うよりも先にココが俺に真っ直ぐに向かい、真剣な表情で口を開いたのだ。


「おはようございます。……ヤルンさん、お願いがあるんです」

「お願い? なんだよ、改まって」


 ココがお願いとは珍しい。少しだけ嫌な予感がしたが、いつも世話になっているのはこちらだし、と傾聴(けいちょう)しようとしたのだが、それがいけなかった。


「私のために……女の人になってください!」

「……は?」


 気合の入ったその声は思った以上に食堂内を駆け抜けてしまい、周囲は一瞬しぃんと静まり返った。向けられる訝し気な視線に耐え切れず、俺が速攻で走り去ったのは言うまでもない。



「すみませんでした!」


 そのまま庭園まで移動し、蔓草(つるくさ)のアーチの下でがっくりと項垂(うなだ)れていたら、あとを追ってきたココが焦った様子でぺこぺこと頭を下げてきた。


「……もう良いから。次は気を付けてくれよな」

「は、はい。気を付けます」


 悪気がないのは分かっているし、謝られたからと言って時間を巻き戻せるわけでもない。

 あ、空間だって空だって飛べるようになったのだし、もしかして時間を操る魔術もあったりするのかな? だったら一刻も早く身に着けたいところだ。今夜にでも師匠に聞いてみようっと。


 それより、今は気持ちを切り替えてココの発言の真意を聞くことにしようか。キーマじゃあるまいし、俺を困らせるために言ったわけじゃないだろうし。

 と考えたそばから、キーマ本人がのんびりと歩いてくる。その腕には細長いパンが三本あった。


「とりあえずこれだけキープしてきたよー、はい」

「おう、助かる。っていうかお前、あの状況で良く食堂に残れたな。勇者かよ」

「パンを持ってきただけで勇者? じゃあパン屋は勇者の集会場だね。ま、その称号は有難く貰っておくよ」


 とかなんとか軽口を叩きながら、「はい、どーぞ」とココにも渡してやっている。


「ありがとうございます」


 さすがにパンだけだと腹は膨れないだろうが、今日も仕事や訓練があるのだし、何も食べないよりは数倍はマシだ。後で人が減った頃に、飲み物だけでも貰いに行こう。

 俺はパンをもそもそとかじり、ごくりと飲み込んでから「それで」と話を再開した。


「で、さっきはなんだって、あんなことを言ったんだ?」

「それは……髪を()う練習をさせて欲しかったからです」

「髪?」


 意味が分からなくて聞き返す。ココは自分の長く伸びた青い髪を指先で触り、今度、護衛としてセクティア姫に同行しなくてはならない「晩餐(ばんさん)会」について話し始めた。


「王妃様が主催する、王侯貴族の女性だけが集まる会だそうです」

「ふぅん?」


 晩餐会と聞いて平民である自分に思い浮かぶイメージは、優美な音楽と(ぜい)を尽くした料理、互いの容姿などを褒め合う(ささや)き声、くらいだ。

 俺はまだその会については説明を受けていないから、休みを取っている間か、直前にでも出回った話なのだろう。隊長や姫に確認してみないとだな。


「それで、その晩餐会には『髪をきちんと結い上げてくるように』って、言われてしまったんです」


 彼女の髪はいつもストレートだ。今は背中の真ん中あたりまで伸びている。

 魔導師は武器に髪をひっかけることがないので、普段は結わなくても特に問題がないのだが、今回に限っては違うということになる。


「兵士に志願する前はどうしてたの?」


 キーマが聞いた。そっか、ココは貴族の出身だもんな。令嬢が髪をずっと伸ばしっ放しってことはないか。


「家にいた頃は他人ひとに結って貰っていましたから、自分ではなかなかうまく出来なくて」


 やっと話が通じた。それで俺に髪結いの練習台になって欲しいってわけか。内容は理解したが、間を端折(はしょ)り過ぎだろ。唐突過ぎてびっくりしたぜ。


「あははは、面白い告白だったよねぇ」

「告白ですか? ……え、ち、違いますっ!」


 キーマの言葉にココは一瞬だけ理解できない顔をしたが、すぐに真っ赤になって首をぶんぶん横に振った。良かったー、そういう意味じゃなくて。だって、なぁ。


「わわ、私、そんなつもりじゃありませんっ」

「分かった。分かったから詰め寄らないでくれって!」


 抱き着かんばかりの勢いにのけぞってしまう。慌ててそう言うと、一旦は引き下がったものの、改めて髪の件について頼むと頭を下げてきた。


「他にお願い出来る人がいないんです。お願いします」

「うーん」


 どうしたもんだかな? パンをぺろりと食べ終わり、水分がすっかり失われた口の中を持て余しながら腕を組んで悩んでいると、ココは更にこう付け加えてきた。


「当日、ヤルンさんの髪も私が結いますからっ」

「ぶふっ!」


 ……は、はぁっ? なな、何? 当日っておい、まさか……!? 恐ろしい、いや、おぞましい想像が脳裏を駆け巡る。

 嘘だろ? 今すぐ冗談だって言ってくれ! そんな、こちらの絶叫せんばかりの胸中など知りもしないココは、小首を傾げながら真実をさらりと告げてくれた。


「セクティア様は、『会場の中を女性に、外を男性に警戒して貰う』と仰ってました。ヤルンさんには中をお願いするとも言っておられましたよ?」

「ま、マジかよ!」


 幾ら説明の場にいなかったからって、んな大事な話、相談もなく決めないでくれっての!!



 握手大会にも使用された大広間は、女性でいっぱいだった。


「その衣装ドレス、素晴らしいですわね」

「貴女こそ、素敵な首飾り。良く似合っていますわ」


 抑え気味の(あか)りの下、会場内には円卓が無数に並べられ、最奥の舞台に向かって家格順に淑女達が座っている。

 場には生演奏によるとろけるような音楽が流れる。女性達は皆、卓上に置かれた贅を尽くした料理を楽しみながら、誰もが美しく着飾り、それぞれがそれぞれを褒め合う。


「……」


 俺は舞台のすぐ傍である最上位の席に、王妃と共に着くセクティア姫を近くの壁際から見ていた。隣には同じようにココが立ち、その髪は上部で編み込まれ、派手でない髪留めでとめられている。

 横を向くと普段は見えないうなじが視界に入ってしまい、はっとして目を前に戻す。そういう自分自身も女の姿で、頭に至ってはお団子にされてしまっているのだったが。ぐぬぬぬ……!


『なんで俺が中なんスかっ』

『だから、人手不足を補うためよ』


 一応食い下がってみたのだが、結局こうして会場内担当にされてしまった。なんでだよ、どー見たって男子禁制なのに! バレたらお姫様だって周りから非難されるだろうにっ!


 俺が魔術による女装なんてやらされているのを知っているのは、セクティア姫と夫のスヴェイン王子の護衛役やごく一部の使用人だけのはずだった。

 あぁ、あとは双子もか。王や王妃や兄の第一王子には……どうなんだろう? というか、スヴェイン王子なんて、見るたびに(あわれ)れみの表情を浮かべてくるんだよな。


 そんな顔をするくらいなら助けてくれよ。……いや、この夫婦の喧嘩は壮絶だからまずいな。止められない時はそれでも無理っぽいし。どんな嫁だよ。

 自分もいつかココと本当に結婚したら、夫婦喧嘩したりすんのか? そうなったら喧嘩じゃなくて、暴発か戦闘だな。周りは大破間違いなしだろう、なんて勝手に凹んでいたら、こそりとココが耳打ちしてきた。


「どうかしました?」

「いんや。しょーもない想像をして、落ち込んでただけ」

「?」

ヤルンとキーマは喧嘩したことありますけど、ココとはなかったですね。いつかはさせてみたい気も……。

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