第八話 怪し過ぎる報告書
第七話から続いています。が、後半は久しぶりにほぼギャグです。
会議室に戻ったあとは、師匠の独壇場と化した。今見せた飛空術もどきの説明を聞かせたのだ。
「大事な点は二つでしてな」
そんな前置きから始まった話に、学会の主要メンバーは呆気に取られていた。
まず一つ目は魔力の確保だ。それは術に慣れて消費効率が上がるまでは、共鳴魔術と水晶で底上げしてクリアする。俺達の場合はココが怖がって一人で飛べないから、という理由も含んでいたが。
「そして肝心の二つ目は」
師匠の前置きで、俺とココはテーブルの上に手のひらを差し出した。俺は左手、ココは右手、要するに繋いでいた方だ。
途端、全員から「これは」という趣旨の声が上がる。そこには羽を模した文様と、「飛ぶ」という意味の古代語が描かれていた。あ、手首まで見えてしまわないように気を付けないとな。
「魔術印ですか?」
「見たことのない模様ですね」
「でも、これがあれば確かに」
などと、大人達が口々に言い合う。そう、飛空術を行使するために唱えた呪文は「飛べ」と命令するためのものじゃない。この魔術印を発動させるためだったわけだ。師匠が更に解説を加える。
「術の発動を印に任せてしまえば、術者は魔力を送るだけで他のことに集中出来ますからな」
あとは風を操って移動すればいい。纏めるのではなくて、役割を分担させたのである。
「なるほど」
「良いアイデアですね」
メンバーは師匠や俺達をそう言って褒めたけど、そんなに褒められてもなぁ。
文様は空の城でも使われていたものだし、俺達は師匠の言うままに練習して披露しただけだ。頑張るのはむしろこれからだろう。
「これより先は各々が持ち帰って研究する、ということでよろしいですかな?」
数日間ではあるが、皆本業を抱えている身。何日も学会本部や王都に留まり続けるわけにもいかない。今後は定期的に連絡を取り合って完成させていくことに決まった。
それぞれと挨拶を交わし、何事もなく終えられたかな? と思った瞬間、後ろから声をかけられた。
「ねぇ、黒い坊や」
「えっ」
黒い坊や? って、自分のことだよな? そう思い、反射的に振り返ると、呼び止めてきたのはあのスネリウェルだった。瞳の色こそ俺と同じ紫だが、深みがあって見詰めていると吸い込まれそうになる。
「面白い物を見せて貰ったわ。ありがとう」
「ど、どうも」
隣には一緒に実演したココもいるのに、どうして俺にだけ? そんな風に感じたのが顔に出たのか、スネリウェルは取ってつけたように「黒いお嬢さんもね」と言い添えた。
「また会いましょう。今度は代わりに面白いものをご披露するわ」
「はぁ」
面白いものってなんだろうな……?
こうして、俺は日常業務に戻ることになった。自分でも、ちょっと普通とは言い難いと思う日常に。
「はい、出来ました」
そんなある日、俺はココと訪れたセクティア姫の部屋で、懐から取り出した紙の束を手渡した。
本当は誰の目にも付かないところで渡したかったのだが、これ以上、人気が減る時間はそうそう無いだろうと思い、諦めたのだ。
姫は嬉しそうににっこりと笑って「あら、ありがとう」と礼を言い、紙を受け取ってから早速ぺらぺらと検分し始めた。
「今回も締め切りにちゃんと間に合ったわね。なかなか良いペースじゃない」
「褒められても、あんまり嬉しくないっスけどね。っていうか、後で見てくださいよ」
そんなやり取りを二人でしていると、当然の如く事情を知らないココが疑問を挟んでくる。
「あの、それってなんですか? 前から時々見かけて、気になってたんですけど……」
「これは、だな」
うぅ、どう言い訳したものかな? なんでもない、と言って切り上げてしまいたいが、こう度々ではそれで済む話でもないよな。うーん……そうだ!
「報告書!」
「報告書? なんのですか?」
「仕事の……?」
ぽつりと漏らした、無理に作った理由は、逆にココを驚かせてしまったようだった。
「えっ、お仕事ですか? 私は何も書いていませんよ?」
あちゃー、こりゃあ失敗したか。真面目な彼女は、「自分は書かなくて良いのか」と姫に問いかけている。
「あら、ココは良いのよ?」
とは言う一方で、姫も「書いてくれるなら、もちろん有難く頂くけれどね」と付け加えることを忘れない。っておい、興味を抱かせてどーするんだ? 適当に誤魔化してくれってば!
とうとうココは我慢が出来なくなったようで、今渡したばかりのそれを見せて欲しいとお願いし始めた。こうなってしまうと、姫の方が余程強硬に拒否しなければ逃げられそうにない。
「どうしようかしら」
「だ、駄目っ」
姫が呑気に言い、紙の束をココに渡してしまいそうになるので、俺は慌てて取ろうとするのを遮った。ココが不思議そうに首を傾げてくる。
「えぇ? どうしてですか?」
「う、うまく出来てないし。恥ずかしいから」
決して嘘ではない。うまく出来たとはとても思えないし、恥ずかしいのも偽らざる事実だ。読まれてしまっては困る。しかし、ココはそんな口先の理由だけで通じる相手でもなかった。
「報告書なんですよね? どうして恥ずかしいんですか?」
「いや、だから……」
あ~、やっぱり別の時に渡せば良かったな! 上手な言い訳を見つけられずにいると、ココは「怪しいです」と目を光らせた。
それから変な妄想まで膨らませたらしく、はっとした表情になってとんでもないことを言い出す。
「ヤルンさん。まさかセクティア様と……!?」
「は? 『まさか』って? ……ん、んなわけあるかっ!」
つか、だったらそれこそココの目の前で渡すかっての!
「ふふっ、それはさすがに否定しておかないとね」
「違うんですか?」
「断じて違うっ!」
まったく、頭の中でどんな恐ろしい想像を繰り広げてるんだ? 頼むから、俺を勝手に姫をたぶらかす大罪人に仕立て上げないでくれよ!
「じゃあ何なんですか? お二人とも、隠し事なんて酷いです……」
怒っていたかと思えば、今度はしゅーんと項垂れてしまった。ココは出会った頃に比べて感情表現がかなり豊かになったと思うのだが、落ち込む時にまでそれが発揮されると扱いに困ってしまうな。
ついには姫が「ほら」と俺の肩を叩いてきた。
「あまり意地悪をしたらココが可哀想じゃないの。もう観念して読ませてあげたら?」
「えー、でも、それは」
決意がしきれず、どうしようかと逡巡していると、ココからも「お願いします」と言われ、最後には折れるしかなくなってしまった。
「……じゃあ読んでも良いけど、怒るなよ?」
「どうして報告書を読んで怒るんです?」
ココがこてりと首を傾げる。どうしてかって? ……読めばすぐに分かるだろうよ。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに紙束を受け取り、目を通し始めたココの顔は、段々と真顔になり、興味深げになり、最終的には驚きと困惑に染まった。
「これって、お話、ですか? しかもこの内容、どこかで……」
「そりゃ見覚えあるだろうな。俺の体験談なんだから」
「体験談? どうしてこんなものを書いているんですか?」
当たり前すぎる疑問に応えたのは、俺ではなくて姫の方だ。
「興味があって、こうして少しずつ書いて貰っていたのよ」
そう、俺が命じられて無理やり書かされていたのは、兵士見習いになってから今に至るまでの体験談……のようなものだった。
「ような」とわざわざ表現するのには、理由がきちんとある。ありのままを描いてはいないからだ。ココも、その点にはすぐに気が付いた。
「あの、でもちょっと違うような? 名前とか、それに」
「えぇ。名前も変えてあるし、性別も逆にしてあるのよ」
「えっ、逆ですか!? た、確かに反対になってます……!」
ココは開いた口が閉められないようだ。まぁ驚くよなぁ、性格はそのままとしたって、物語の中で自分が男として描かれていたら。
「だから見せたくなかったんだよ。怒るだろうと思ってさ」
作中では俺は12歳の女子になっていて、キーマは美少女。ココは控えめで礼儀正しい男子であり、師匠は妙齢の女性へと変換されている。知られたらクドクドと説教をされそうだ。
ちなみに、今書いているのは見習いが解け、正式な兵士として王都へやってきたあたりだった。もちろん、細かい部分でもフィクションを織り交ぜるのを忘れない。
「聞いて、もうすぐ私が登場するのよ、格好いい王子としてね。知的で、いつも憂いを帯びた眼差しをしていて、思慮深くて。そんな私が、将来有望な魔導士の少女を城内で見かけて、声をかけるの。素敵でしょ?」
「そんな展開は絶対に無理っス」
俺は即座に否定した。初対面で思いっきり壁の隙間に挟まっていた「王子」が、知的で、憂いがあって、思慮深いわけがない。完全に別人だ。テコ入れにも程がある。
「えぇ? どうしてよ」
どうして、じゃないだろっ! っていうか、その頃は14歳くらいだったよな。二十歳過ぎの王子が少女を……なんてのは、軽く「事案」じゃないのか?
これまで意識してこなかったが、振り返ってみると不安になってきたぞ。こういうところが、師匠が俺を「呑気」だという理由なのかもしれない。うぐぐぐ……。
「ねぇ、執筆では実際に『女の子』をやってる経験が活きたでしょう? 私のおかげよね?」
「その感謝だけはありえないッ!!」
そうだ、まだまだ先だけど、女装の描写はどうすりゃ良いんだ? 男装か? 墓穴が深過ぎる、反対側に貫通する……っ! ココは「怒ったりはしませんけど」と前置きし、更に問いを重ねてきた。
「でも、どうしてこのような形に?」
「だって、ヤルンが『自分のことだと知られたくない』って言うんだもの」
面白いが面倒だ、と言いたげな姫に、「バレたら恥ずかし過ぎるでしょうが!」とツッコむ。誰が、好き好んで自分の恥ずかしい黒歴史を披露したがるんだよ?
「ばれる、というと、どなたかにお見せするんですか?」
「まぁね。ある程度原稿がまとまったら、本の形にしようと思っているのよ」
「本にですか!?」
そういや、前にキーマとココが似たようなことを言っていたっけな。あれはただの悪ふざけで終わったが、それが現実になるとは思わなかった。さすがは天下のお姫様だ。
げんなりする俺とは反対に、姫は心から楽しそうに口元を綻ばせる。
「安心しなさい。私と、あとは身近な人にしか読ませないから。だから、これからもじゃんじゃん書いてよね?」
じゃんじゃんて。だから俺は物書きじゃなくて護衛なのに。ぐぎぎぎ。
「ねぇ、タイトルはやっぱり『ヤルルちゃん奮闘記』にしましょうよ」
「嫌っス」
「じゃあ、奮戦記? ……繁盛記?」
「何も繁盛してませんし、そもそも直すのはそっちじゃないっ!」
ところが俺の不安をよそに、出来上がった『魔導少女物語』第一巻を、セクティア姫が仲の良い貴族達に貸し出したら、あっという間に広まってしまった。
それも、王都に住む貴族の子ども達にだ。屋敷に閉じ込められて日夜勉強を強いられる立場の彼らは、壁の外の世界の物語に惹かれたらしい。
恐ろしくも、早く続きを読ませろと親を通じてせっついてきているというのだ。
「増刷が追い付かなくて、まさしく嬉しい悲鳴ってところね! というわけで、とっとと第二巻を書いて貰うわよ~?」
「うえぇ~っ!?」
「話が違う!」などという魂の叫びなど、聞いてくれるお姫様ではないのだった。
これまたずっと放置していた話を、やっと書くことが出来ました。
ヤルンが話を書かされている描写は「第九部 第三話 紅い瞳の侵入者・前編」の冒頭にあります。そんな伏線? は要らないかもしれませんが(笑)。




