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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第十部 魔術学会との共同研究編
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第七話 飛空術?の実演

とにかく、飛びます。

「そんなに心配しなくても、今更、宗旨(しゅうし)替えなんてしませんて」


 セクティア姫から貰った休日も今日で最終日だ。俺達三人は再び学会本部を訪れていた。

 本来の流れであれば、議題について話し合い、テーマを決定し、意見を出し合って試行錯誤……となるのだが、連れ立って歩く師匠の(まと)う雰囲気がそれを許してくれそうにはなかった。


「お主にその気がなくとも、学会側あちらはその気満々であろうよ」

「……師匠って意外と心配性っスよね」


 入口に向かう道すがらで言い合う。どれだけ向こうが引っ張りたくても、俺自身が承諾しなければどうにもならないだろうに、何をそこまで思い詰めているのだか。


「お主が呑気過ぎるのじゃ。そのように無防備で、良く王族の護衛役などが務まるものじゃな。ココもよくよく見張って置かねばならぬぞ」

「わ、分かりました!」

「うぐ。大丈夫だって言ってるのに……」


 よもや、くちばしを突っ込んできた理由が、俺を学会から引き離すためだったとはな。てっきり、俺が失態を演じないように見張るためだと思ったのによ。


「無論、それもあるがの」

「モノローグに返事すんな!」


 本部の建物に入るとドゥガルが待っていて、「皆さん、お待ちしていました」とにこやかに言いながら会議室へ案内してくれようとする。師匠はそれをさっと手を上げて制した。


「今日は訓練場へ案内してくれますかな」

「おや、どういうことでしょう?」

「皆を集めてくだされ。実演してみせますでな」

「じ、実演とは?」


 あーあ、一日かけて平常心を取り戻したのだろうに、口が開きっぱなしだよ。ちょっと可哀想になってくるな。



 併設された訓練場は、そんなにしょっちゅう使われているのでもないと思われるのに、板張りの床にチリ一つとして落ちてはいなかった。

 急に集められ、戸惑いの表情を浮かべる面々を見回し、師匠がさっと口火を切る。


「それでは始めましょうぞ」

「あの、本当に『飛空術』を拝見出来るのですか?」


 問いかけてきたのは、「半信半疑」という言葉がぴったりくる顔の若い男性だった。

 彼は確か南の魔術学院長だ。つい最近、代替わりしたばかりらしいが、その若さで就任するからには、かなりの実力者なのだろう。


「いかにも。とにもかくにも、ご覧頂くのが早いでしょう」


 ちらりと視線を向けてきた先には俺とココが並んで立っていて、目で合図し合い、ふっと息を短く吸い込んだ。肺に新鮮な空気を招くと、やる気も一緒に充填(じゅうてん)されていく。


「いけるか?」

「だ、大丈夫です」


 緊張気味の返事を受けて、俺は左手で隣に立つココの右手を取る。服の袖で隠れてはいるが、そこには(いばら)型の刻印が浮かび上がっているはずだった。

 昨晩練習するまで自分達でも気付かなかったのだが、刻印には共鳴状態を強化する作用がある代わりに、そうなると上から被せた幻の覆いが()げてしまうらしい。


「……っ」


 普段は体の奥へと押し込めている魔力を呼び出せば、それは外出を許された子どもみたいに全身をはしゃぎ回る。ココも全く同じ状況になっていることを、繋いだ手から感じ取った。

 よしよし、そっちじゃない、こっちだ。細く長く息を吐き出しながら一定のところで魔力を押し止め、声を揃えて詠唱を始めた。


『世の理を支えるものよ――』


 ずず、と低い響きで呼びかけに応えるのは、真下に広がる固い床である。


『その柱に繋がれし、くさびを砕け』


 身の内にかろうじて閉じこめていた魔力それが、とうとう肌から放出され始め、風を起こす。きゅっ、という短い摩擦(まさつ)音だけを残して、二人の爪先はいとも簡単に地面を離れた。

 途端、誰からともなく「おぉ」と歓声が上がる。


「うわ、っと……!」


 すでに何度か行っていたおかげで、思ったほど地上を放れる恐怖はなかった。でも、こうなると頭では分かっていても、いざ現実になってみると高揚を抑え切れないものだ。

 屋内でありながら、頬に触れる空気は冷たくて心地よく、まるで自分自身が風になったような「自由」を感じた。やっぱり凄い!


 ありえないはずのことが、なんて簡単なのだろう。沢山の感情が胸にわいてくるのに、言葉となって出てくるのは「凄い」の一言だけだった。


「おい、大丈夫か?」

「な、なんとか」


 でも、感動している俺とは対照的に、ココは高いところが苦手らしい。繋いでいるのとは反対側の手でこちらの肩をぐっと掴んでくる。そういや、前に空の城に行った時も怯えていたっけか。


 一方で、俺の心はどこにも着いていない足先を見下ろし、「もっと高く」と叫んでいる。普段とは比べものにならない解放感に、体の奥から魔力が(ささや)きかけて……いや、強く誘惑してくる。

 その「声」に身を(ゆだ)ね、どんどんと上昇する。あぁ、最高の気分だ。外だったらもっと良かったのになぁ!


「やっ、ヤルンさんっ。これ以上は……っ!」

「あ、悪い」


 ココの声にはっと我に返り、慌てて上昇をとめた。上を見れば弧を描く天井がすぐそこに迫っていた。


「大丈夫だって」


 恐怖心からとうとう目をきゅっと閉じてしまった彼女に言いながら、風を操ってゆっくりと左右に移動する。その覚束(おぼつか)なさは、まるで子どもが習いたてのダンスをたどたどしく踊ってでもいるようだ。


「~っ」


 と、ココが今度は完全にしがみついてきた。あわわ……!


「そ、そんなにくっ付くなって」

「も、もう無理です~っ」


 こうなっては仕方なく、奥底からの「もっと」と強請ねだる誘惑を振り切って下降した。床に足を着けてみると、体がずしりと重くてびっくりする。魔力の消費が激しい証拠だろう。


「ふぅ」


 ふわふわと浮いて移動するだけで、穴が空いたコップから水が零れるかの如く魔力が抜けていく。転送術は一気に空になる感じだが、これは持続時間に合わせてじわじわ減るイメージだな。

 でも、とにかく一夜漬けで練習した術は成功した。もっと訓練を重ねれば、消耗もぐっと抑えられるはずである。


「素晴らしいです」

「まだ二人がかりでも、こんな風に浮くだけで精いっぱいですがのう」

「これだけでも利用価値はありそうですな」


 メルィーアが率直に意見を述べ、師匠が応える。それに、北の老紳士がコメントを付け加えた。

 そう、まだ頼りなく浮遊しているに過ぎない。外で強い風に吹かれれば持って行かれるだろうし、一か所に留まり続けるにはコツと経験が必要そうだった。……これじゃ「飛空術」じゃなくて「浮遊術」だな。


「確実な移動はまだこれからなのですね」


 ドゥガルが確認するように言い、西のスネリウェルが「是非、もう一度お見せください」と妖艶(ようえん)に微笑む。師匠が頷いたので、怖がるココを(なだ)めながら「もう一度だけ」と約束し、同じように繰り返した。


「うーん、もっと違う新しい発想がいるのかもな?」

「違う発想、ですか?」

「何回か浮かんでみて分かったんだけどさ」


 こうやって浮かんでみると、空は地上とは全く違う世界なのだと実感する。通常の移動のイメージでは、その広大な空間を渡っていくことは難しい。

 まぁ、急に新しい発想など(ひらめ)くはずもないか。飛ぶと言えば、やっぱり鳥か? でも、翼で羽ばたいてるわけじゃないし、空中でジタバタするなんて無様過ぎる。


「うーん、あとは……滑空はどうだろうな? 大型の猛禽(もうきん)類みたいに、風の流れに逆らわずに、(すべ)るように下降すればいけるかもしれないな」

「す、滑る……っ!?」


 しかし、その思い付きはココのお気に召さなかったようで、不安そうな瞳とぶつかった。わかったわかった、やらないって。……今はな。

 しかし、ここで問題が発生した。空中でそんなやりとりをしているうちに、とうとう魔力の残量が危険域に達してしまったのだ。


「わ?」


 ふっと見えない落とし穴が足元にぽっかりと空いたみたいな、突然足に重りを括り付けられたような感覚が生まれた。さっきまでは撫でるようだった空気が、針みたいに肌を刺し始める。


「げっ!」

「きゃあっ!」


 うっかりしてた! この術、いつも共鳴魔術では調整役を買って出てくれるココが恐怖のせいでうまく力を発揮できないんだった!

 そう思う間にも、硬い木の床が驚くべき速さで近づいてくる。このままでは容赦なく地面に叩き付けられて大怪我間違いなしだ!


「~~っ!」


 俺は慌てて胸元を探り、そこにあった水晶を握り込んだ。溜めてあった魔力が体内に流れ込み、ギリギリのところで(わず)かながらも浮力が復活する。

 ぐわっという圧縮感が鼓膜を打って、体が制止したことを知った。そのまま、すとっと地に足先を触れさせ、へたり込んだ。


「うひぃ、マジで死ぬかと思った。悪い、ココ、大丈夫か?」

「こ、怖かったです」


 そう言うココは目に涙をため、ぷるぷると震えていた。俺はどうして良いか分からず、一度は彷徨さまよわせた手で華奢(きゃしゃ)な背中をさすってやった。


「何をやっておるのか。魔術を覚えたての新米でもあるまいに、魔力の残量を測り間違えるとは」

「うぐ……すみません」


 立ち上がる力も無くてへたり込んだ俺の頭上から、容赦なく師匠の呆れ声が降り注いできて、俺は素直に謝罪した。ぐうの音も出ない、とはこのことだ。


「……」


 なんだよ師匠。他にも何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃねぇか。……いや、やっぱり言わなくて良い。今言われると心が折れる。

 すると、ココが「お役に立てなくて、すみません」と謝ってきた。俺は、それは違うと否定した。


「んなことないって! いつも助けられてるのはこっちなんだからさ。今回は俺が気を付けてなきゃいけなかったのに、失敗しちまったな」


 それに、課題が出たということは、研究が進んでいる証拠でもある。後は皆で考えりゃあいい話だ。そんな風に(さと)すと、ココはこくりと頷いた。


「立てるか?」

「はい」


 彼女の手を取って立たせてやってから、びっくりしたままでいる観客の元へと歩いていった。

何でも出来るココの弱点は高いところ。

ヤルンは逆にテンションが上がるタイプ。いつもと反対ですね?


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