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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第十部 魔術学会との共同研究編
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第五話 黒い導き手

魔導士になったキーマの訓練初日の出来事。のんびり、そしてもふもふ?回です。

「ってことで、今日からコイツも連れてきたんスけど」


 夜の訓練の時、いつも使っている屋内訓練場で俺はそう言って、真新しい魔導書を抱えたキーマを師匠の前にとん、と突き出した。


「一緒に練習して良いっスよね?」

「……またお主は勝手をしおって」


 じいさんは面倒臭そうに顔をしかめたが、それ以上の文句は特になく、「お主がしたことじゃ。自分で責任を取るのじゃぞ」と言ったきりだった。よしよし。


「ついてきて大丈夫だった?」

「他に練習する場所も時間もないだろー?」

「まぁ、確かに」


 文字の練習くらいは一人で出来るが、初心者が誰の手ほどきも受けずに魔術の練習をするのは、はっきり言って難しい。

 明かりを生み出すくらいならともかく、それ以外の……たとえば地水火風の四属性を個人の部屋で操ろうなんてのは、愚の骨頂だ。


 俺も昔、宿屋の個室とかでやらされてたけど、それも師匠の監視付きだったしな。いずれにしても、導き手は必要ってことだ。


「オルティリト師には黙っていなくて良かったわけ?」

「そんなの、どう考えたって無理だろうが」


 キーマのことを師匠に隠す気は毛頭なかった。隠そうと思って隠せる相手でもないし、そもそもじいさんはスウェルで俺達の教官をしていたのだ。キーマの家のことなど、最初から知っていたに違いない。


 その情報を持った上で俺達がこそこそしていたら、魔力感知なんてなくても一瞬でバレる。賭けてもいい。だったらとっとと知らせて、目の届くところに置いて俺のついでに面倒を見て貰うべきだと判断した。


「お前が師匠より気を付けないといけないのは、ウチのお姫様の方だぜ」

「お姫様って、セクティア様? なんで?」

素性(すじょう)を知ってるって点では、あの人も同じだからな」


 俺をスカウトしようとした時に、あの人は周囲の人間まで隈なく調べている。決して悪い人ではないのだが、彼女には師匠とは別の意味で大きな問題があった。


「あのお姫様は好奇心の塊だぞ? このことが知られたら、散々(うらや)ましがられた挙句に、……実験台にされるかもな」

「……あー」


『なかったはずの魔力を得た、ですって? どういうことなのかしら。せいぜい、く・わ・し・く教えて貰いましょうか。ついにで、色々とお願いしたいことがあるのだけれど?』


 妖しい笑顔とセリフがありありと頭に浮かぶ。うわ、駄目だ。バレた時に危ないのは、キーマだけじゃなくて俺も同じな気がしてきた……!



「じゃあ、その辺で適当にやってるからさ」


 キーマには、訓練場の端っこで古代語の(つづ)りや発音を覚えるところから初めて貰うことにした。

 一応、兵士見習いになった時に一般教養として剣士も基礎だけは習うのだが、その後は放ったらかしだ。覚えている方が奇跡である。


「んー、んんー?」


 師匠に分身術の復習をさせられながら、ちらりと視線を送ると、案の定、記憶力の悪くないキーマでも文字の一覧を眺めて(うな)っていた。


 放っておいたら、細目で睨んだまま寝落ちしそうだ。そうしたらコイツの場合、朝まで爆睡コースだろう。ま、実際、一人で勉強するのってきついもんな。

 ……あぁ、そうだ、こんなのはどうだ?


「師匠、分身術じゃなくて、ちょっと別のことを試してみても良いスか?」

「別のこと? 何じゃ、また良からぬことを思い付いたのではあるまいな?」

「良からぬことって……」

「何かされるんですか?」


 離れたところで練習していたココも、気付いて近寄ってくる。っていうか俺の思い付きを「良からぬこと」と決め付けるのはやめてくれよな。良いアイデアの時だってあるだろ? たまには。……多分。


 俺は軽く思案した。狙っていることに使えそうなのは、まさに今復習していた分身術と、連絡の時に使っている伝令術だ。この二種類をうまく混ぜ合わせることが出来ればいけるはずだ。

 ふぅと息を吐き、短く吸った。


揺蕩(たゆた)うは風、流るるは水――』


 前半は変装術や分身術と同じだ。魔力を練り、風と水で外側を形成する。ただし、その上に今回は伝令術で覚えた概念を上乗せする。人型でないものを作るためだ。


『形作るは闇、宿りしは光――』


 本当は、他にもっと良い術があるのかもしれないが、まだ教わっていない。だから、すでに知っている術を下地に、アレンジを加えることにした。


『――獣よ、小さき獣よ。我が呼びかけに応えて姿を現せ』


 魔力の塊に過ぎなかったものが、様々な要素を周囲から取り込んで膨張するのが分かった。それは仮初めの血肉を得て、俺の片腕にトトッと足音を立てて降りる。


「っと!」

「えっ、……ね、猫ですか?」


 ココが声をあげたセリフの通り、それは黒い体に長い尾と青い瞳を持つ、一匹の仔猫だった。


「よっし、一発成功!」


 喜びを口にすると、仔猫は返事をするように「にゃー」と鳴いて腕を伝わり、頬にすりすりと体を擦りつけてくる。

 毛は短いながらも、ふさふさとしていて肌触りが良く、温もりもちゃんと感じられる。まるっきり、どこからどう見ても本物の仔猫だった。


「わぁっ、可愛いですね! 私にも触らせてください!」


 言うなり、ココがヒョイっと両手で抱えて小さな体を撫で始めた。撫でられる方もまんざらではないらしく、ゴロゴロとノドを鳴らしている。うん、猫だな。


「うわぁ、柔らかい」


 彼女は気に入ってくれたようなのに、師匠は反対に呆れた表情になっていた。

 あれ? 成功したのに、なんでそんな顔? ……と思った次の瞬間には、「それほどの魔力を(もち)いて、お主は何を作っておるのじゃ」と(なげ)かれてしまった。


「『それほど』って……ん?」


 体の裡を確かめてみると、魔力が総量の半分くらいにまでごっそりと減っている。分身術にも伝令術にもこんなに必要じゃないのに、妙だな?

 ……いや、理由なら簡単に思い付くか。多分、二つの術を無理に混ぜたりした弊害(へいがい)だろう。以前に、魔導書を小さくしたり軽くしたりする術を、試行錯誤した末に編み出した時と同じ理屈だ、きっと。


「ふむ、使い魔のつもりかの?」

「つかいま?」

「己の魔力を与える代わりに、魔導師の手足となる存在のことよ。本当はもう少ししてから教えようと思っておったのじゃが。まさか先に作ってしまうとは」

「ええっ? ち、ちょっと待てくれって!」


 勝手に話を進めようとするので、俺は慌てて師匠の言葉を遮った。まだ「よしよし」と撫で続けているココから仔猫を取りあげ、これはその「使い魔」とかいうものではないと強く訴える。


「違うのか? 良く出来ておるではないか」

「その『使い魔』ってのは、自分の手足になる存在なんだよな? だったら仔猫なんて嫌っスよ!」

「そんなに可愛いのに、駄目なんですか?」


 隣でココがとぼけたコメントを挟んでくる。そりゃあ可愛いかもしれないけど、俺の手足にしちゃあ可愛過ぎだろ。

 連れていたら絶対に微笑ましいものを見る目で見られてしまう。そんなのは恥ずかしいからご勘弁願いたい。


「にゃーん」


 仔猫は腕の中でまたも一声鳴いた。うーん、やっぱり無理だ。っておい、ココ、そんな顔してもやらないぞ。欲しいなら自分で作ってくれよな。


「それでは、何のために生み出したというのじゃ」


 俺は一連のやりとりを見ていたキーマの元に仔猫を連れていき、ポンと床におろした。


「ほら、お前の先生だぞ」

「え、先生? ペットじゃなくて?」


 キーマは自分の匂いをスンスンと()いでくる小さな生き物を見ながら、きょとんとした顔で聞いてくる。

 はぁ? ペットだぁ? なんで俺がわざわざ、魔術でお前のペットなんて作るんだよ。そうじゃなくてだな、……あぁそうだ。


「えっと、名前は何にするんだ? お前の先生だから、お前が決めてくれ」

「『先生の名前を決めろ』っておかしくない? そんなこと、いきなり言われてもねぇ」


 それもそうか。仕方がない、あとでじっくり考えて付けて貰えばいいや。俺はコホンと軽く咳払いし、仔猫に「おい」と呼びかけた。

 そいつは自らを生み出した人間の声にぴくりと反応し、近くにトコトコとやってきて目を向け、命令を待つ体制になる。


「仔猫の動きじゃないね」

「当たり前だろ、本物の猫じゃねーんだから。……よし、命令だ。お前はこれから、このキーマに魔術の基礎を教えるんだ。いいな?」

「にゃあ」


 片手を上げてはっきりと返事をした仔猫は、この瞬間からキーマの先生になった。後にきちんと「テトラ」という名前も付けて貰い、騎士寮のキーマの、要するに俺の部屋の隣にこっそりと住んでいる。


 毎晩、訓練の時に魔力エサさえやっていれば、生徒に取り組むべき箇所を教え、寝そうになれば猫パンチを繰り出して指導する。なかなかにスパルタな教師ぶりである。


「痛っ! ヤルンー、テトラ先生の暴力が酷いんだけどー?」

「お前がすぐ寝ようとするからだろ。大人しく殴られておけよ」

「酷!」


 本当に酷い時には顔じゅう引っかき傷だらけで、証拠隠滅のために治してやらないといけなくなったりする。しかし、やられている本人はこんな風に文句を言いつつも、結構楽しそうにしているのだった。

テトラという名前は、何故かすぐに浮かんできて全く迷うことがありませんでした。不思議です。

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