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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第十部 魔術学会との共同研究編
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第四話 1日体験入学・後編

子どもの姿で教室に放り込まれたヤルン。呑気な前半とは違って、後半はなかなかハードな展開になっています。

 不安なまま始まった1日は、それでも午前中はまだ順調な方だった。

 休み時間には例の話を持ち出されて背中にじっとりと嫌な汗をかいたけれど、勉強自体は至極簡単だったし、校庭で行われた魔術実習もやり過ぎないように気を付けるくらいで、特に問題はなかった。


 と、自分では思っていたのだが、周りの視線は時々何故だか痛かった。んん、なんでだろうな? 疑問に感じ、ダールを廊下に呼び出して訳を聞いてみたら、一言「怪しいです」と言われてしまった。


「怪しい? なんでだ?」

「勉強は、難しい問題は解けるのに簡単な問題を間違えるし、魔術も簡単な術はたどたどしいのに難易度を上げると危なげがなくなるし……」

「う。加減が難しんだよ」


 それぞれ理由ははっきりしている。

 簡単な問題を間違えるのはわざとではなく、何か裏やひっかけがあるんじゃないかと変に(うたぐ)り過ぎてしまうからで、難しい術については下手に芝居などすると失敗して危ないからだ。


「怪しまれてるのか?」

「まだ『変だな』くらいだと思いますけど、もっと気を付けて下さい」

「マジかよ。っていうか、お前こそ敬語やめろって言ってるだろ」

「あ、はい……うん」


 外見も表情の作り方もキーマにそっくりではあるが、根が生真面目なところはちょっと違うらしい。まぁ、コイツもあんなトンデモ兄貴と比べられても困るかもな。

 などと、端でこそこそやっていたら、同じBクラスの生徒が数人、周りにわらわらと集まってきた。


「あれ、二人は知り合いだったの?」


 最初に声をかけてきたのは、俺の前の席の女の子だった。さらさらのストレートヘアが印象的な子で、名前はファニィと言うらしい。明るくて物怖じもしないタイプみたいだし、男子に人気がありそうだなぁ。


 ダールはこくりと頷き、「親同士が知り合いなんだ」と慎重に応える。これも事前に打ち合わせた通りの設定だ。集まった子達は一様に「ふぅん」、「へぇ」と納得し、今度はファニィとは別の子が話しかけてきた。


「君って、あの騎士様と何か関係あるんじゃないの?」

「な、ないない! 名前が同じなだけ」

「えー? 知り合いだったら面白かったのにな」


 どんな理屈だよ。俺は手をぱたぱた振りながら再度関係性を否定した。ったく、どれだけそんな話が浸透しているんだか。

 ダールとも視線を交わし合いながら、参ったなと落ち込んでいると、しかし、話題はまた違ったところに飛んだ。


「あぁそうだ、隣のクラスには気を付けた方がいいよ」

「隣って、Cクラスか?」


 問い返すと、集まった全員が首を横に振り、潜めた声を揃えて「Aクラス」と言った。なにやら妙に恐れている様子である。


「……?」


 Aクラスについて学院長から聞いている情報はあまりない。

 分かっていることと言えば、腕輪の石が赤や青に染まるほどの魔力の持ち主はあまり生まれないため、常にクラスの人数は少なく、現在も10人弱しか在籍していないということくらいだ。


「何に気をつけろって? ……担任の先生が怖いとか?」


 それなら大丈夫だ。

 その教師がどんな厳しい指導をする大人であろうと、由緒ある学院に師匠以上の人でなしがいるとは考え難いし、俺が現在仕えているお姫様以上に傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)な人間も、世の中にはそうそういまい。


 あんな類の人間がそこら中にいたら、ひとも国も世界も、とっくに滅びていたとしても不思議じゃないからな。っと、口から零れないように気を付けなくては。……零れてないよな?


「違う」


 誰かが返事したのを皮切りに、「怖いのは生徒」とまた違う子が言いかけ、隣の子がその服を引っ張って、「まずいよ」と忠告する。話題に上らせるのも危険らしい。


「……なんとなく分かった。気を付ける」


 要するに、Aクラスにはヤバい生徒がいるってわけだ。ここまで恐れられるなんて、どんなヤツだろうな? 昔の俺みたいなやんちゃ坊主か、これまで何度か悩まされてきた、高慢ちき系か。

 いずれにしても隣のクラスの人間のことだ、関わらなければいいだけだろう。この時はまだ、そんな風に高を(くく)っていた。



 1日体験入学が唐突に終わりを告げたのは、食堂で昼食を終えて午後の授業が始まり、少し経った頃だった。

 腹はいっぱいだし、窓からの陽気はぽかぽかと穏やかで暖かい。かつ、授業内容は随分昔に覚えたものだったため、俺は必死に眠気と格闘することになった。


「ふわ、ねむ……」


 あー、頭がカクカクする。寝落ちするのはさすがにマズいから、こっそり気付け術でもかけようか、なんて考えていた時だった。

 ガターンッ!! という大きな音が突如響き渡り、とろとろとした微睡(まどろ)みは一気に吹っ飛んだ。


「な、なんだ?」


 数秒と立たず、教室の扉がガララッと乱暴に開けられ、入ってきた誰かが「助けて!」と叫ぶ。周囲の子ども達が「おい、あれ」、「Aクラスの」と(ささや)き交わす。噂のクラスで何か事件があったようだ。

 先生が授業を中断し、詳細を聞こうとするより早く、Aクラスから来たらしい生徒が大声で続ける。


「ラニエが怒って、先生を――」


 俺は内容を最後まで聞き終える前に教室を飛び出していた。誰かが名を呼んだような気はしたが、立ち止まっている場合ではない。えぇと、左か!?


「なっ」


 開けっ放しのAクラスの後ろ側の扉から中を覗き、絶句した。

 掲示物がビリビリに割かれた壁には大きな爪痕のような亀裂が走っており、机も椅子もてんでんばらばらの方向に倒されている。まるで局地的な嵐でも吹き荒れたみたいだ。


 そして、対峙する二人の姿が目に飛び込んでくる。一人は手前に立って「やめなさい!」と誰かを止めようとしている30代程の男だ。Aクラスの担任に違いない。

 そして、彼の前にいるのは一人の少年だった。先ほどBクラスに飛び込んできた生徒の証言に()れば、あの大柄の子がラニエだろう。


「落ち着きなさい!」

「うるさいっ!」


 どうやら子どもお得意の癇癪かんしゃくらしい。でもここは魔術学院で、怒りを爆発させているのは、特別魔力の多い子どもだ。そこらの悪ガキみたいに捕まえて叱りつけて終わり、というわけにはいかない。


 その証拠にラニエが腕を突き出し、『風よ!』と叫ぶと、教室内に暴風が吹き荒れた。威力の制御も何もない。とにかくありったけの魔力をぶち込んでやがる。馬鹿の極みだ!


「きゃあぁっ」

「わあぁっ!」


 数か所から上がった声にはっとした。()ぎ倒された机椅子の隙間にクラスメート達が身を小さくして隠れていたのである。

 その急ごしらえのバリケードにも頼もしさはほとんどなく、ガタガタと生み出された強い風に震えていた。


 男性教師も呪文を発して自身に風を(まと)い、防御壁としたが、ラニエの操る滅茶苦茶な暴風を打ち消すほどの力はないらしい。

 ……いや、彼は攻撃ではなく、他の生徒を守る方に全ての力を割いているようだ。確かにそれも大事だろうが、事件を収めることは出来ないだろうに。ラニエがまたも叫ぶ。


「いっつもいっつも命令ばっかりしやがって!」


 パァン! と音がして、今度は窓ガラスが数枚同時に弾けた。きらきらと光りながら砕け散り、またも生徒達が短く悲鳴を上げる。

 ちっ、仕方ないな、緊急事態だ。俺はラニエに少しでも近づこうと前側の扉に向かって走り、勢いよく開くやいなや、風を纏ってそのまま教室内に身を躍らせた。


「クソガキが、やめろっつってんだろ!」


 予想外の方向から聞こえた大声にびくん! とラニエの体が弾む。それに伴って風が弱まった瞬間を狙い、渾身(こんしん)の術をぶち当てた。


『時のとばりよ、の者を縛る、猛きつるに!』

「うわぁっ! な、なんだこれっ!?」


 少年の足元が青く光り、濃い緑の蔓草(つるくさ)がしゅるしゅると無尽に生えては、その身に幾重にも絡み付いていく。突然の出来事に驚き、それらを引き千切ろうとするも、敵うことはなかった。


 以前、自分自身にかけたものよりも数段劣る魔力封じの術だが、相手がまだ魔導士になりたての子どもなら、これで十分だ。痛みはあっても害はない。

 やがて術が発動し終え、呻き声を漏らしながらうずくまったのを確認してから俺は周囲を見回した。怪我人はいないか?


「た、助かったの?」


 子どものうちの誰かが言い、一人、また一人と、小動物のようにひょっこりと顔を出していく。その様子にふっと息を吐き、緊張を解こうとしたところで、背中に突き刺さる幾つもの視線に気付いた。


「や、ヤルン、君?」


 その視線のうちの一つが名前を呼んだ。嫌な予感を抱きながら振り返ると、相手はぽかんと口を開けたファニィだった。他にも同じような間抜け面が沢山並んでいる。

 あぁ、うん。皆が言いたいことは分かる。分かるんだけど、出来れば言わないでおいてくれると嬉しいかな? 無理……?




「おかえりなさい!」


 激しい(かゆ)みに襲われつつも事後処理を終えて城門に帰ってみると、笑顔で手を振るココが待っていた。門の見張りをしている兵士の面々も、昨日と違って今日はどこか安堵したような顔だ。

 彼女がいれば転移に驚かされずに済むからか? うん、あれは癒されて和んでるだけだな。ココはこのお城でも順調にファンを増やしているようだ。


「おう、ただいま」


 声と共に俺が中へと歩き出せば、彼女は門番達にぺこりとお辞儀をして後を付いてきた。「学院はどうでした?」と、こちらの顔を覗き込んでくる。


「それが、色々あってさ。参ったぜ」

「可愛い子、いました?」


 って、そっちかよ。頭には先ほど別れたばかりのファニィの笑顔が浮かんだ。

 あんな出来事の後では正体を隠し続けるわけにもいかず、本当の姿を(さら)した俺が噂の人物だと知った時、一番舞い上がったのが彼女だった。サインをねだられたのは人生で二回目だな。


 こうして改めて二人を比べてみると、話し方や振る舞いは全く違うけれど、やはり顔立ちは似ている気がする。

 ……などと考えたことは、表情にありありと出てしまったようだった。


「い、いたって言っても10歳の子どもだし……、わっ!」


 ココはスっと寄ってきたかと思うと、腕を絡めてきた。それは細いながらも弾力があって温かく、どきっと胸が弾む。


「な、何するんだよっ」


 当たる柔らかい感触に、以前ココに抱きしめられた時のことを思い出してしまい、顔がかーっと熱くなった。焦って腕から抜け出そうとするも、彼女は更にぐぐっと力を強めてくる。


「そんなにくっ付くなって!」


 今日も魔術を使ったとは言っても、魔力はまだまだ大量に体内に残っている。こんな風に刺激されたら制御が緩んでしまいそうだ。ココだって承知しているはずなのに!

 心臓が一層どきどきと強く鳴り始めた。意識を()らそうにも、触れているところから魔力の流れを感じ取ってしまい、他のことが考えられなくなる。


「コラ、離せってば」

「あっ」


 それでもなんとか振り解いて抜け出すと、ココは「あら」と目を丸くしてからふふっと笑った。


「私のこと、少しは考えて貰えました? 『やきもちは可愛く焼け』って、読んだ本に書いてあったんです。この実践方法で合っていると嬉しいんですけど」

「す、少しどころか、効果あり過ぎ。っていうか、だから一体どんな本を読んでるんだよ……!」


 命の危機レベル! と吠えたら、彼女は嬉しそうに微笑んでから思案する顔付きになった。


「今はセクティア様からお借りした本を読んでますよ?」

「それ絶対に参考にしたら駄目なやつ!」


 早く取り上げようと決意した瞬間だった。

相変わらずココの天然が炸裂しています……。

それにしても第十部は全体的に話が長くなりがちですね。

もっと短く纏められるように頑張ります!

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