第二話 予想外の案内人・後編
まずは弟が語るキーマのお話から。
少々重めな内容ではありますが、可能な限り軽めに書いていきます。
後半はようやく本題へ入っていきます。
「うちは代々魔導師を輩出する家系なんですけど」
と言うセリフから始まったダールの話に、俺は驚かされてばかりだった。
「兄さんは跡取りだったので、7歳になった時に、親は魔術学院に入れる通過儀礼として検査薬を飲ませたらしいです」
『苦しいだろうが、我慢するんだぞ?』
『分かった』
ところが、幼い彼は飲み終えた後もけろっとした顔で『これ、ただの水だよ?』と言って、父母を大層驚かせた。
親、祖父母、更には先祖から何代にも渡って受け継がれてきた才能が、キーマには全くなかったのだ。
「父さんも母さんも絶対に何かの間違いだって、あちこちの魔導医に診せたみたいです。でも結果は覆りませんでした」
両親は自分達の子に魔力がないなどとは思いもせず、どう扱えば良いのか分からなかった。長い間考え、親族も交えて話し合った末に、最後には本人の好きにさせることにしたそうだ。
「好きに?」
「魔術以外で興味がありそうなことなら何でも。体を動かすのが好きだったみたいで、護身術なんかも習ってたって聞きました」
読み書き計算などの教養は教えたが、さすがに両親も魔術のイロハについて手ほどきする気にはなれなかったようだと、ダールは言った。
そうやって奔放に数年を過ごしたキーマは12歳になった時、「自分は兵士になるから」と何でもないことのように言った。そうしてあっさりと家をあとにする。
「兄さんが家を出て行った時、僕はまだ小さかったので、これ以上のことは知らないんです」
里帰りした時の兄・キーマは、少々面倒臭がりの面はあったものの弟妹には優しく、手紙や土産も沢山送ってくれた。親とも普通にやりとりしている姿しか見たことがないという。
「あとのことは直接兄さんから聞いてください」
「分かった。ありがとな」
もう気持ちはぐちゃぐちゃしてはいないけれど、話をどう受け止めて良いか分からず、俺は一度思考を放棄することにした。
衝撃的な事実であったが、今日ここへ来た本題はこれじゃないのだ。きっちりと切り替えて臨まなければ。
「お待たせしてすみませんね。用事が長引いてしまいまして」
「あぁ、いえ」
ノックをして入ってきたのは、40代半ばあたりに見える男性だった。
肩を超える長さの髪の色と同じ、深いグレーの生地に銀糸の複雑な刺繍が入ったローブに身を包んでいる。細いフレームの眼鏡に指先で触れる姿がいかにもインテリといった風情だ。
「お招きありがとうございます。ヤルンです」
俺が立ち上がって手を差し出すと、彼はにこやかに笑って握り返してきた。おっと、下手に魔力を読み取ってしまわないように気を付けないと。
この間の握手会のせいで、変な癖が付いちまったんだよな。触れたその手は急いでやってきたからか湿り気を帯びていた。
「初めまして、マスター・ヤルン。この魔術学院の学院長をしているドゥガルです。よくいらして下さいましたね」
わ、いきなりトップの登場かよ。よもや、手紙の相手が学院長だったとはな。俺は再度着席を促され、向かいにドゥガルと名乗った学院長が腰を下ろす。
それを見届けたダールは入れ違いに退室していった。
「ヤルンさんがダールのお兄さんと親しいと聞いて、ここまでの案内を頼んだのですよ」
「そうだったんですか」
突然の出会いは偶然じゃなかったのか。まぁ、まだどうしてスウェルやウォーデンでなくて王都にいるのかという疑問は残っているのだが。
俺は「びっくりしました」と言いかけ、ぐっと飲み込んだ。今は驚きについて悠長に談笑している心の余裕がないし、さっさと本題に入りたかった。
「自分とココにご用がおありだと伺ってきたんですが」
「えぇ。例の論文を読んで、大変素晴らしいと思いましてね」
「はぁ」
あれか。あれくらいの研究、王都にはゴロゴロ転がってると思うんだけど。師匠が言ってたみたいに、やっぱり俺達の魔力狙いか?
ドゥガルは眼鏡の奥に知的さを滲ませる笑みを浮かべ、話を続けた。
「特に、使い勝手と基礎さえ出来ていれば習得が可能なところが良いですね。一つひとつを別々に唱えるより、魔力消費も少なくて済みますし。完成させるまではかなりの魔力が必要だったのではありませんか?」
「まぁ、それなりには」
未完成の術には「型」がない。何の手がかりも、まして完成するかも分からないパズルを解くようなもので、試行錯誤と無駄な労力がかかる。
出来上がった魔術がいかに低魔力で発動可能だとしても、そこに至るまでには膨大な魔力が要るってわけだ。事実、あの時は何度も魔力が空っぽになった。
限界が近くても「あと少し」と思うと途中でやめられず、二人揃って床に倒れているところをキーマに発見されていたっけか。
『気絶寸前の人間を運ぶの、大変だったんだからね』
後日、あいつはそうぼやいたが、実際に運んだのはココだけで、俺は水を飲まされて床に放置されてたんだよな……。むむむ、思い出したら腹が立ってきたぜ。
「将来有望なお二人に是非一度会って話をしたいと思い、お城あてに手紙を送らせて頂いたのですよ」
ふむ、それをお姫様がすげなく断り続けて、いや、握り潰し続けてたってわけだ。にしても「話」ねぇ? 予め受けていた印象と違う感じがするな。
「具体的にはどんなお話ですか? 自分はセクティア様の護衛役を仰せつかっている身ですから、教師や研究者にと望まれてもお断りするしかありません。ココも同じです」
俺は先にこちらの意思をズバッと伝えてしまうことにした。あとでどうこう、なんて流れになったら面倒臭すぎるからな。すると、彼は「いえいえ」と首を横に振った。んん、違うのか?
「そのような無理をお願いするつもりはありません。私がお願いしたいのは、魔術の共同研究です」
共同研究? 問い返そうとしたその時、がちゃりとノブを回して入室してきたのはダールで、その手には盆を載せていた。帰ったのかと思ったら飲み物を取りに行ってくれていたようだ。
「どうぞ。学院長先生、僕も一緒に話を聞いても良いですか? 邪魔はしませんから」
ドゥガルは俺に目配せし、こちらが頷くのを確認してからダールにOKを出した。彼は嬉しそうに笑って空いた椅子にちょこんと座る。
「それで、共同研究というのは何ですか?」
「そのままの意味です。我々と、まだこの世にない新しい魔術を創りませんか、というお誘いです」
新しい魔術を創る。その言葉は俺の好奇心をくすぐるのに十分な魅力を持っていた。しかし、この場で即決するわけにはいかないだろう。
「考える時間を貰えませんか? ココとも相談しないといけませんし。それから、この学院の見学をさせて欲しいんですが」
「もちろんです。じっくり考えてください。学院も是非見ていってください。ヤルンさんはウォーデンの魔術学院におられたんですよね? こちらとしても客観的な意見をお伺いしたい」
それでは明日改めて、と日程も確認したところで学院長との会話は終わった。建物の玄関まではまたもダールが付き添ってくれたが、俺は帰りの馬車の手配は断り、明日以降も必要ないと告げる。
「え、歩いて帰るんですか? もう道も暗いですよ」
「大丈夫だって。こう見えても騎士だぜ? ……まだ見習いだけど。色々、歩きながら考えたいこともあるしさ。じゃあな」
当然、大嘘である。最初は相手の顔を立てるためもあって馬車に乗せてもらったけれど、場所さえ分かってしまえばこっちのものだ。
物陰まで歩いていき、周囲に人目がないのを確認した上で「パッと」帰ることにしたのだった。
「よっと」
「おぅわっ!? ってヤルンか。びっくりさせるなよ!」
以前、転送術に失敗した時に城への出入りには門を通すように言われたので、きちんと守って門の真ん前に出たら、ひっくり返った見張りの兵士に叱られた。
「え~、じゃあどこに出ればいいんスか。注文が難しいっての」
「魔導師なんだろ、魔術でなんとかしろ」
「んな無茶な!」
いっそ「人を驚かせずに転移する方法」を研究テーマにすれば良いんじゃないか? たとえ完成したところで役立てられる人、どれくらい居るかは知らないけどな。
俺は師匠への報告のために兵舎に寄ってから、騎士寮に戻ることにした。
うーん、可能な限り短くしてみましたが、長いですね。ここまでで一度切ります。
【追記】第二話を軽く改稿しました。前・中・後合わせて千字は削りました。




