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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第十部 魔術学会との共同研究編
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第一話 大握手大会・後編

握手会の開催です。こんなに緊張する握手会もあまりないかも?

 時刻は真昼を過ぎ、太陽が傾き始める頃。豪奢(ごうしゃ)なシャンデリアが下がる王城の大広間は、大量の人間とざわめきとで埋め尽くされていた。角度を変えた陽光が、細長く天井へ向かって伸びる窓から差し込んでくる。


 宴などでは大量に並べられるテーブルや椅子、そして持て成しの料理なども今はなく、がらんとした広いスペースに貴族達が集まって「その時」を待っている。

 周囲には、万が一に備えて騎士や宮廷魔導師が壁に沿うように配置されていた。


「なんだって、こんなことになったんだかな」


 俺はその光景を入口付近から眺めて呟く。過去を(さかのぼ)って因果(いんが)関係を探れば確かに理由は分かるのだが、気持ちがそれを受け入れるのを拒否している感じだ。


「もう一度説明しようかしら?」

「もう胸も腹もいっぱいデス」


 がらり、と音を立て、数人の付き人を連れて入室したセクティア姫に、げんなりとした視線と共に返す。

 今日の彼女は長く裾が伸びた薄紫色のドレスを(まと)っており、装飾品もいつもの3割増しくらいには着けて自身を飾り立てていた。その身からは、以前も嗅いだことのあるあの花の香りがする。


「まぁ、なんて素敵なのでしょう」

「本当にお美しいこと」


 目にした貴婦人達がほめそやす声が耳に入る。

 姫の複雑に編み込まれた青い髪は、頭の後ろで蝶を(かたど)った髪留めでぱちりと留められていて、本物の蝶が花にとまっているみたいだ。


 毎日のように顔を合わせているというのに、その完成された美しさに見惚(みと)れていると、姫の連れの一人だったココが近寄ってきて「大丈夫ですか」と心配してくれた。


「まぁな。ここまで来たら、覚悟決めてやるしかないだろ?」

「私もフォローしますから、頑張りましょうね!」

「ん、フォローって?」


 ガッツポーズを取って気合いを入れる姿に俺は首を傾げる。今日は姫の護衛じゃなかったのか? そんな疑問を感じ取ったのか、彼女は頼もし気に笑った。


「替わって頂いたんです。今日はキーマさんと一緒に、ヤルンさんの護衛をしますね」

「護衛って、何から守るつもりだよ。……あ? キーマも?」

「てことでよろしくー」


 声がした方を見れば、騎士見習い服にしっかりと帯剣した姿のキーマが全然気合いが入っていない様子で立っていた。手をひらひら振っている。


「お前ら、俺に構ってないで自分の仕事をしろよな」

「わ、私は婚約者としてのお仕事をするんです!」


 この勇ましいお嬢様は、一体何を見張るつもりなのだろうか。勢い余って客を吹き飛ばしたりしないだろうな?


「こんな面白そうなイベント、特等席で見ないと損でしょー」

「お前はマジで遊んでないで仕事しろっ!」

「しーっ、静かに。始まるよ」


 姫がドレスの裾を揺らしながら大広間の上座に進むと、あれほど大きかったざわめきが少しずつ消え、ついには誰もが固唾(かたず)を飲む静けさが場を包んだ。

 彼女はそれを感じ取り、化粧をのせた(つや)っぽい瞳と唇に麗しい笑顔を浮かべて本日の客人達へと視線をゆっくりと流す。


「皆様、ごきげんよう」


 やがて口を開けば、かなりの広さがあるというのに声が端から端まで浸み込んでいくように響いた。いつもながら、外も中も見事な化けっぷりだなと思う。見習うべき……なのか?


「突然の呼びかけにもかかわらず、お集まり頂けて嬉しい限りですわ」


 そう、この特別な握手会の開催は、誰にとっても非常に突然だった。何事も迅速を良しとするお姫様は、今回もやると決めたら疾風の(ごと)きスピードで物事を決めてしまった。


『根回し? そんなものはごり押しで……じゃなくて、ちゃんとしてるから大丈夫よ』


 きっと周りの人間が駆けずり回ってなんとかしているのだろうな。この人を見ていると、時々自分自身を見ているような気になるのだが、それは何故なのか。


「それでは、本日の主役を皆様にご紹介しますわね」


 きた。俺は大広間で挨拶をした姫の紹介で隣まで歩いて行き、頭を深々と下げた。う~、こんな緊張感はウォーデンの魔術学院で経験した会議以来じゃないかぁ? いや、あれ以上かもな?


「彼こそが、日頃私の護衛役を務めてくれている魔導師・ヤルンです。触れるだけで、魔力の有無を判断出来ますのよ」


 ほうっという、感嘆が漏れるような音が会場に満ちる。どきどきしながら見回すと、王都やその周辺から集まってきた子ども達は興味津々といった表情をしているが、連れている大人達の反応は様々に思えた。


 姫に目で合図を送られた俺は自己紹介を済ませ、不安が顔に出ないように引き締めてざっくりと説明を行う。

 集まった希望者の人数が人数だから、個々人への挨拶は省かせて貰うことと、直接手に触れるという二点が主な内容だ。これを了承して貰わない限り、何日経ってもさばききれそうにないからな。


「それでは始めましょうか」


 姫が下がり、代わりに護衛を買って出たココとキーマが後ろに控える形で奇妙な握手会は始まった。

 ()めるかと思った順番は、意外なことに決める必要が最初からなかった。貴族には絶対的な序列があり、子どもは家柄の順であっさりと並んだのである。

 理路整然とした動きに、あんなに小さいのにしっかりと教育されてるんだなぁと感心してしまう。


「よ、よろしくお願いします」


 最初の一人目は明るい髪色の女の子だった。おずおずと差し出されたその小さな手を軽く握り返した瞬間、ぴくりと体が震え、双子に触れた時と同じだと直感する。


 うぇ、やっぱり良い気分じゃねぇな。でも、あの時より弱いから魔力も少ないのかも?

 念のために目を閉じれば「核」もちゃんと見えたため、俺が顔を上げて「ありますね」と伝えれば、女の子はぱっと顔を輝かせた。


「ほんとう? 私にも魔力があるの?」


 こっくりと頷いてみせると、今度は付き添いの父親らしき貴族の紳士が「君、本当かね」と聞いてくる。最初に並ぶくらいだから、かなり位の高い人物なんだろうな。


「ほ、本当です」


 答えながら、あ~、だよなぁとも思う。姫(いわ)く、「結果を信じられる人限定」での開催にはしたらしいのだが、半信半疑の人も多いだろうとは予想していたのだ。


 だって、真実は俺以外の誰にも分からないのだから。他人からすれば、たとえ出鱈目でたらめを言われても確認のしようもない「占い」みたいな感じがするだろう。

 ちぇっ、信じられないなら、初めから検査薬を選べば良いのによ。どうしたもんだかな。


「お疑いなのですか?」


 戸惑う俺の後ろからキーマの声が聞こえ、剣の(つか)に触れる(かす)かな気配がした。壁際に控えている騎士たちにもそれが伝わり、場には一気に緊張感が増す。おいおい、それはまずいだろ?

 女の子は怯えて親の後ろに隠れ、客人達にもざわめきが広がった。


「結果をお信じになれないのでしたら、どうぞご退室下さい」


 ココもかなりの強気だ。ふむ、じゃあこれはどうだろう? 俺は二人を手で制し、ならばと「あること」を試してみることにした。


「では、握手をさせて下さい」

「わ、私とかね」

「そうです」


 言って、父親に向かってすっと手を差し出す。彼は自分がチェックされるとは考えなかったようで、明らかな狼狽(ろうばい)を見せた。

 「私は」と更に何かを重ねて言いそうになったので、それを許さず、多少強引に手をぎゅっと握りしめる。途端、すぐに娘の時と同じ反応があった。目を閉じて軽く探る。……間違いない。


「魔力をお持ちですね」

「まさか。私は魔導師ではない。今日も、娘がどうしても行きたいと願うから連れてきただけだ。幾らセクティア殿下の紹介とは言え、適当なことは言わないで貰おう」


 言って、手をぱっと振り払われてしまった。だろうと思ったぜ。親子でリアクションが全然違うもんな。

 それにしても(かたく)なな御仁(ごじん)だ。今度こそ膠着(こうちゃく)状態かと思っていると、一度下がったはずの姫が位の高そうな貴族の紳士の前にツカツカとやってきて言った。


「私の護衛をお疑いなのかしら? 揉めている時間はないのだけれど」

「殿下……」

「お帰りになる? それとも……。そうね、こちらへいらして」


 姫は俺にウィンクをしたかと思うと、彼についてくるように促す。女の子がはっとしてこちらにやってきて、「騎士さん、どうもありがとう」とぺこりとお辞儀をして後を追いかけていった。


 まだ見習いだから「騎士」と呼ばれるのはこそばゆい感じだけれど、礼を言われるとやっぱり嬉しいもんだな。そう思いつつ彼らを見送った後、ココがひそひそ声で耳打ちしてきた。


「セクティア様、どうなさるおつもりでしょう? 大丈夫でしょうか」

「あぁ、問題ないって」


 どうなさるって、親の方に検査薬を飲ませて魔力の存在を実証したあと、カフスを売りつけるんだろうぜ? お買い上げ、ありがとうございます、だな。


「それじゃあ次の方ー」


 その後は、(おおむ)ね順調に進んだ。

 予想の範疇(はんちゅう)ではあったが、トラブルになりやすいのは「ないと思っていたのにあった」パターンではなく、「あると思っていたはずが、なかった」パターンの方で、結果を信じないと言い、怒って帰ってしまう人もいたくらいだ。


「こればかりは、どうしようもないね」

「だな」


 あとは、もう好きにして貰うしかない。ないからと言ってあるようには出来ないのだし、向こうにしたって、魔導師である俺に同情されても腹が立つだけだろうしなぁ。



 そんなこんなで、こうしてお姫様命名の「第一回・大握手大会」なる催しは大盛況のうちに幕を閉じた。……ってことにしておいてくれ、俺の精神衛生上。


「トータルの結果は3割くらいか」


 ココがこっそり付けてくれていた統計メモを見ながら、片付けがなされていく会場の隅で呟く。


「私達が兵士見習いとして剣士と魔導士とに振り分けられた時も、同じくらいの配分でしたから、きっとそれくらいの確立で魔力を持った子どもが生まれてくるんでしょうね」

「へぇ、面白い話だね」


 確かに興味深いデータかもしれない。そんなことを話していたら、急にキーマが「あぁ」と言って手を打った。なんだ?


「思い出した。今日の催しを見ていて、ずーっと何かに似てる似てると思ったら、()()だよ」


 ……おう。嫌~な予感がするけど、護衛をしてくれたお礼に一応は聞いてやろうじゃねぇか。何に似てるって?


「ヒヨコの鑑別作業だよ。ほら、オスかメスか見て判断するやつ。あ~、思い出せてスッキリしたなぁ」


 ヒヨコの鑑別だぁ!? 聞かなきゃよかった! 頭の中にピヨピヨという鳴き声が氾濫(はんらん)し始め、激しい後悔に襲われていると、ココがにっこり笑って追い打ちをかけてくれた。


「それでは、ヤルンさんはさしずめヒヨコ鑑定士ならぬ、魔力鑑定士ですね!」


 肩書はともかく、命名の由来が嫌過ぎる!

 俺はその夜、本当に延々とヒヨコの選別をさせられる夢を見てうなされることになるのだが、この時はまだ知るよしもないのだった。

書いていたら本当に頭の中があの鳴き声でいっぱいになってきました(汗)。

次回からは第十部の本筋に入っていく……予定です!

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