第一話 新たな出発・後編
城に残るか、旅に出るかの選択を迫られた元・見習い達。ヤルンは迷うこともなく旅立つ決心を固めて出発したが、連れの面子は意外にも……。
「それにしてもさ」
背中に背負った荷物が、がちゃがちゃと賑やかな音を立てる。中に入っているのは細々とした旅に必要なもの一式だ。
俺達――スウェルの外へ修行に出ると決めた者達――は、数日前に城を出発し、ひとまず隣の町へ向かうべく歩いていた。
どこまでも続く草原と、晴れた空の下に広がる地平線は、旅人が抱く不安を落ち着かせてくれる。ユニラテラは長く平和を維持する王国であり、今のところは順調な道程を進んでいた。
「もっと大所帯になるかと思ってたぜ」
隣を歩くキーマに告げると、「こんなもんじゃない?」なんて返事が返ってくる。
「兵役は国民の義務だから、最低限をこなしたらいいやって人は多いと思うよ。故郷を離れるのは勇気がいるしね」
そんなものだろうか。俺は、兵士になったなら強くなりたいと願うのが当たり前に思う。しかし現実は明らかで、数えきれないほどいたはずの「俺達」は、三十人程度にまで減っていた。
「そっかぁ? そりゃ、家も町も嫌いじゃないけど、やっぱり男なら上目指すだろ」
ひょろりと長い体に荷を負うキーマと俺との違いは、その腰に帯びた剣だ。見習い用のなまくらじゃなく、一段と鋭さを増した刃が鞘に納められ、揺れている。
「ヤルンは簡潔でいいよね」
「それ、褒めてるか?」
「とーっても褒めてる。尊敬する」
「嘘つけ! 絶対馬鹿にしてるだろ」
他愛ない話を交わしながらも、俺はちらちらとキーマの獲物へ視線を送った。
完全に一人前とはまだ言えなくとも、少なくとも半人前くらいには認められた俺達には、それぞれ任命式の時に渡されたものがあった。
魔導士には青い糸で刺繍された魔導書のカバー、そして剣士には新たな剣だ。
差が目立つような気がするけれど、縫い込められた刺繍には糸と模様による術が込められており、青い糸には術者の魔力を高める効果がある。見習いの間に習った術も、更に効果を上げることが可能らしい。
『お主には必要ないかもしれんがの』
師匠が、カバーを渡してくれる時に言ったセリフが耳に蘇る。相変わらず俺のことを買い被っているみたいだが、自分では未だにすげぇ魔導士になるなんて思えない。
だから、力を増してくれるアイテムには素直に胸が躍った。ドーピングっぽくても、強くなれるならそれに越したことはないよな。
ただ、兵士として認められたことがどんなに嬉しくても、心から喜べないのも事実で、その原因である剣につい目が吸い寄せられてしまう。
「そんなに見詰めなくても消えやしないって」
キーマが苦笑い交じりに柄に触れた。慌ててそっぽを向くと、余計に笑われた。恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
「顔に『羨ましくて仕方ない』って書いてある」
「それこそ仕方ないだろ。……実際、羨ましいんだから」
それでもキーマを嫌味な奴だと思わないのは、自慢も同情もしないからか。
ちょっとプライド低いんじゃ? と心配になるくらいに、物欲も薄い。剣は剣士の命で魂だろうに、今でも俺の特訓のためにあっさりと貸し出してくれている。
「つーか、もうちっと練習しろって。剣に俺の癖が付いちゃったらどうするんだよ」
見習いとして城で訓練に励んでいた頃は、毎日朝から晩まで鍛えられていたから良いものの、旅の途中ではそうもいかない。あちらこちらを巡って経験を積むのが目的でも、実際には腕より足を動かしている時間の方が圧倒的に長いのだ。
「休憩やら就寝やらで、トレーニングが出来るのは一部の時間だけなんだ。その間、俺ばっかが剣を独占するのはまずいだろ」
こちらは有難いが、別にキーマに迷惑をかけたいわけじゃない。
「大丈夫だって。きちんとやってるよ。じゃなきゃ、親にどやされちゃうからね」
「お前んち、相当厳しいんだな。てかさ、てっきりお前は城に残るかと思ったぜ」
空はどこまでも澄んでいる。風も穏やかだ。列の前ほどを行く俺達以外にも喋っている奴等が大勢いたが、話し声を遮るものは一つとしてなかった。……いや、師匠達ってば、俺ら放置してて良いのかよ。
「あぁ、まぁね」
柄から手を離し、伸びをするように後で組む。呑気を絵に描いたような格好だ。
「確かにわぁわぁ言われたけど、一箇所に留まるのも性に会わないし?」
「見張りの時に、あんなにぼけっとしてた癖に?」
居場所を見つけたら、そこで猫みたいに日向ぼっこするのが好きな奴だと勝手に思い込んでいたから、「行くよ」と即答された時は正直驚いた。
「あと、ヤルンは絶対出て行っちゃうでしょ。なら、城にいてもつまらないし。付いていった方が断然面白そうってね」
同じ理由で一緒に来た連中、案外多かったりして。キーマが茶化してそんなことを言うものだから、俺は頬を膨らませた。
「物笑いの種かよ。見世物じゃねぇぞ」
確かに城でも珍事件を起こしてないと言えば嘘になるが、これからもネタを供給してやる義理はない。……じゃなくて、もう何もないっての!
「ったく、ホラを吹聴して回ってる奴は誰だよ。尾ひれが付いていつも酷いことになってるし」
ガリ勉だの化け物だの、マトモだった試しがない。なのに噂を信じる馬鹿野郎が多いのか、ビビって遠巻きにされることもままある。利点は難癖付けられる回数が減ったことくらいだ。
一人で憤慨していると、キーマがくすくすと笑った。
「ま、それは冗談としても、何人かはオルティリト師目当てじゃないかな? 先輩達から聞いた話じゃ、結構有名な魔導師らしいし」
「有名ねぇ? 悪名の間違いだろ」
話の流れから、自然と二人の視線は風景から先頭を行く馬へ移った。
ぱから、ぱから、と長閑な蹄の音を鳴らし歩く栗毛の馬の背には、旅用の外套を羽織った老人の姿がある。説明するまでもなくオルティリト師匠だ。
「あっちも、お前とは別の意味で来るとは思わなかったぜ」
何を考えているのか、その老体で旅路に同行すると言い出し、兵士になりたての俺達を驚かせた。
「少なくとも、スウェルの領主サマに仕える身分の高い魔導師だろうに。下っ端の面倒を見るために遠出するなんてさ」
「ヤルンのためでしょー」
「あぁ?」
「なんたって『生涯最高の弟子』なんだから」
「やめろって、考えないようにしてんだから! くそっ、師匠から離れられれば、旅の間に騎士への道が開けるかもと思ったのに」
「それは随分と希望的観測だね……」
引率には師匠の他にもう一人ついてくれているが、そちらは教官の中でも若手に入る。剣の達人で、俺も城では走り込みなど体の鍛錬で指導された。
ちなみに魔導師の先生は師匠、武具の扱いを教える先生は師範と呼び分ける。「師」はマスタークラスを示す呼称であり、一人前の魔導士を「魔導師」、剣士なら「剣師」と呼ぶわけだ。
「ぐぬぬ、うるさいうるさい。憐みの目で見るなよっ」
もちろん魔導師側の教官連も若い人間を引率に付けるつもりだったはずだろうが、師匠は自分が行くときっぱり宣言してしまったらしい。
「あぁもう、なんでだよ……」
真実を知るのが怖いから、直接は聞けない。まさか、もしかして、本気で俺を「生涯最高の弟子」とやらにするつもりなのか?
「そんな才能ないっつの。つうか、あっても無理。凄腕の騎士になるのが夢なのに、最強の魔導師になってどうするんだ。むりむりむりむり……」
「何ぶつぶつ言っているんですか、ヤルンさん?」
ぎくっとして声の方へ振り向くと、ココがきょとんとした表情でこちらを見詰めていた。
「な、何でもない」
魔術の使い手になることに、なんの疑問も持たないココ。純真無垢を地で行く彼女に、こんな悩みを相談しても無意味だろう。笑顔で諭されるか、論点がずれて話が噛み合わなくなるのがオチだ。
「天気が良くて、気持ちが良いですね」
「……そうだな」
そう、俺達の旅の同行人には、キーマや師匠以上に意外な連れがいた。体力に自信のある者ばかりで構成されたメンバーの中で、一際異彩を放つ華奢な少女、ココである。
城にいた頃は他に女子もいたけれど、この旅では一人きりだ。皆と同じ量の荷物を背負い、にこにこと微笑みながら歩く彼女を見ていると、こちらが不安になる。
道だって平地ばかりじゃない。この先、山もあれば谷もある。深い森に分け入ることだってあるだろう。大丈夫だろうか?
「平気? 辛かったら言いなよ」
さすがのキーマでも心配になるのだろう。気遣うと、彼女は笑みを深めた。
「いえ! この旅で一回り自分が成長出来るかと思うと、嬉しくて走り出したい気分です!」
「え、マジで?」
「マジです!」
きらりと光る歯が眩しい。そういや、なんだか初めて会った頃よりたくましくなったような気がする。勉強に対する熱心さを、体力作りにも向けた結果だろう。
「そ、そっか。頑張ろうな」
ココ、ムキムキ疑惑浮上。俺は、彼女だけは怒らせないようにしなければと、心に強く誓ったのだった。
見習いを脱した少年は、故郷を遠く離れて旅へ。でも、道中に何事もないわけもなく?第二部はそんな旅のお話です。




