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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第九部 古き技術と新しき兆し編
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第八話 魔導医の健康診断・後編

前編とは対照的に、魔力について少々真面目な雑学を挟みます。血がどうの、といった表現がありますので、苦手な方はお気を付けください。

※最初の数行を追加しているのと、最後に旧・第八話の一件を追加しています。

「し、知ってるだろ? セクティア様の護衛役だって」

「その護衛役の仕事になんで『そんなもの』が必要なのかって聞いてるんだよ。……趣味なの?」

「違うッ!!」


 またそれか! どうして最初にその選択肢が出てくるんだ。いい加減にしてくれ、俺の客観的イメージってマジでどーなってるんだよ!?


「ちょっと、医務室で何を騒いでいるの?」


 年嵩(としかさ)の女声が耳に飛び込み、俺達は揃ってびくりと肩を震わせた。この部屋のもう一人の主が所用を済ませて戻ってきたらしい。

 それは白衣を(まと)った20代後半くらいの女医だった。濃い色の髪を後ろでざっくりと纏めている。イリクからすれば先輩か上司にあたる人だろう。


「あら、この二人は?」

「あ、健康診断を受けに来た人達です。結果はこちらで、あとは女性の魔力を診たら終了です」


 イリクが言って、診断結果を書き込んだカルテを見せると、化粧がばっちり決まっている彼女はざっと目を走らせて「あぁ、例の」と呟いた。

 うげげ、医務室でまで有名になっているなんて、もう城内で知られていない部署なんてなさそうだな。兵士になりたての頃、「勇名を()せたい」と願ってはいたが、それは断じてこんな形じゃないぞ。


「ありがとう。あとは私が交代するわ。あなたはカルテの整理をお願い出来る?」

「分かりました」


 ウェーブがかったロングヘアの女医は、そう言ってイリクの代わりに丸椅子に座り、ココの診断をした。特に異常はないようだ。

 それを終えると、彼女は後ろで待っていた俺を呼び寄せ、ココの横に座るように告げる。え、なんだ? 終わりじゃないのかよ?


「あの、健康診断はこれで終わりじゃないんですか?」

「診断はね。魔導医として、あなた達に伝えておきたいことが出来たから」


 伝えておきたいこと……? 彼女が長い足を組み替えると、膝まである白衣の裾がばさりと音を立てる。一呼吸置いてから口を開いた。


「魔力は溜め過ぎも減らし過ぎも問題なのは知ってるでしょう? 二人は特に多いようだし、一番良い体調でいられる容量を自分で知っておくべきね」


 それについては何度もハプニングを起こしてしまったので、ここ最近はきちんと気を付けている。

 増え過ぎた時にうっかり余剰分を水晶に込め忘れたり、そもそも空の水晶がなかったりしてしまうだけだ。……って、思い返したら全然きちんとしてなかったな。

 そんなことをぽつぽつと話すと、女医も呆れ顔になってしまった。


「そうね。魔力がどういうものなのか、そもそもを教えてあげるわ」


 魔力の、そもそも? そんな基礎的なことを、魔導師になった今更になってレクチャーされるなんて思わなかった。ココと目を合わせると、彼女もきょとんとしている。

 しかし、わざわざそういうからには何かがあるのだろう。静かに傾聴することにした。


「魔力は鎖骨の下辺りにある『核』で作られて、そこから体中を巡っている。血液と同じようにね」

「それは知ってます」


 魔力はその性質から血に例えられることがある。体内で作られて循環するところが似ているからだ。


「じゃあ、これはどう? 血のように魔力もずっと体内に留まっていると古くなって質が落ちてくるの。普通はそうなる前に消費されるけど、魔力が多い人間の場合、使われずに体内に残ってしまうこともあるわ」

「じ、じゃあ、溜め過ぎて具合が悪くなるのは、劣化が原因……?」


 初耳だった。ココも同じらしく、やや血の気の引いた顔で両手を握り締めている。彼女も今では兵士見習いだった頃の俺と同じくらいの魔力があるから、色々と思うところがあるに違いない。


「古い魔力が体に良くないのは事実よ。(うつわ)となる身体には当然、容量限界があるから、増え過ぎは体に二重の負担をかけることになるわね」


 なら、この前に魔力量の検査をした時のように、たまには全部取っ払って入れ替えてしまった方が良いのか? そう返したら、どうやらそれも違うみたいだと専門家の表情から悟った。


「古くなるからって、魔力を全部排除してしまうのはおススメしない、どころか危険ね」


 危険? 嫌な予感がしつつもその理由を訊ねると、女医は顔を(わず)かに歪め、「じゃあ」と切り出した。


「あたなは血が溜まり過ぎて具合が悪くなったからと言って、自分の判断で全部抜いてしまおうと思う?」

「で、でも師匠は……」

「マスター・オルティリトはベテランの魔導師でしょう。長年の経験に加えて、医療の知識も十二分に持ち合わせているのでしょうね。魔力をどこまで減らして良いかという判断が出来るからこそ、あなた達にやらせたのでしょう」


 息がうまく吸えなくなり、温かかった室内が冷えた気がした。魔力を血にたとえたのはこのためだったのだと、ようやく思い至る。


 そりゃ医者が顔を(しか)めるわけだ。素人が血を適当に抜いてたら、いつ死んでもおかしくない! どうやら俺もココも簡単に捉え過ぎていたようだ。

 でも、そんなこと、今まで誰も教えてはくれなかったし、これまで読んだどの本にも書いていなかった。何故なんだ?


「知っている通り、兵士に教えられる知識は実務優先だもの。それに、魔力量の調節なんて普通の魔導師には全く必要な技術ではないから、仕方ないわね」


 そういった内容は医療の分野でも非常にマイナーで、一部の専門書にしか書かれていないらしい。それでお目にかかったことがなかったのか。


「ついでに言っておくと、あまりに減りすぎると、今度は魔力を早く元に戻そうとして『核』に過度の負担をかけてしまうの。だから、普段は丁度良い量に保っておくよう心掛けた方が良いってことね」


 医者は体を硬くしたままの俺の手にそっと触れる。その指先からじんわりと熱が伝わってきて、幾らか強張りが解けた気がした。


「あと大事なことは、時々でも医師の診察を受けることね。分かった?」

「はい」


 医者は引き締めていた顔を緩めて、「ここにいる間は私達が診てあげるから、いらっしゃい」と微笑んだ。書類の出し入れをしていたイリクも話を聞いていたようで、うんうんと頷いてくれている。

 思わぬ場所で思わぬ味方が出来た気分だ。イリクには、ついでにさっきの件も忘れてくれると、とっても有難いのだが? 期待を込めて視線を送ると、彼は意味深な顔で名前を呼んできた。……?


「じゃあ今度は日を改めて、もう一つの姿で診察を受けに来てね」

「え」

「魔導医として、この分じゃあ、そっちもちゃんと調べる必要があると思うからさ?」

「ええっ」


 ひょえっ、なな、なんだよそれ。怖い怖い! ただのブラックジョークだよな? そうだって早く言ってくれよ! ……なんで無言なんだよ!?


「あ、ありがとうございましたっ」


 背筋がゾクゾクしてしまい、俺はそそくさとお礼を言って医務室から逃げ出した。



 そんな出来事の割とすぐ後、中庭で双子の遊び相手を務めていた時だった。

 あちこち走り回ったり、ひらひらと飛ぶ蝶々を見つけて追いかけたりと、ひとしきり外を堪能した二人は俺の元にトテトテやってきて言った。


『やるん、あれやってー』

「駄目でーす」


 はぁ、またかよ。執念深いところが本当に母親そっくりだ。頼むから、成長過程の間にもう少し父親の方に似てくれよー?

 などと二人の将来について割と真剣に心配していたら、王子達は腹を立てた様子で俺の右腕と左腕をそれぞれ掴み、同時に叫んだ。


『もー! やってってばぁ!』

「ぅわっ!?」


 びりっ! 体に電流が流れたみたいな強い衝撃が走った。な、なんだ今のは……!? 双子の方も突然の出来事にびっくりしたらしく、目を丸くしていたが、やがてこちらを大きな瞳で見詰めてきて、声を揃えた。


『やるん。いっぱいある「それ」、なぁに?』


 おいおい、マジか。この二人、魔力が見えてるぞ! 俺は早急に子ども用の魔導具を作る決意をし、その結果、双子の秘密は周囲に隠し通せるものではなくなってしまった。

 そして俺自身はと言えば、姫以外の王族の全員からも「自ら護衛役の任から離れることを禁ずる」と厳命されてしまうのだった。

魔力に関する雑学は、かなり前から入れようと思いつつタイミングを失っていたお話です。

最後のイリクのセリフが冗談か否かは……どうでしょうね?(笑)

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