第七話 茨型の刻印
前半は双子が見せる「兆し」のお話。ですが、実質は後半がメインです。
『やるんー』
「ぅえっ? な、なんで……!?」
ある日、護衛の仕事に就いていた俺は、トテトテやってきたシリル王子とディエーラ王女のセリフに戦慄した。激しく動揺させられたのは、名前を呼ばれたという事実そのものに対してだ。
何故だ? どうして俺がヤルンだって二人には分かったんだ? この「変装」した姿の方じゃあ、まだ名乗ってないのに……!?
◇◇◇
『ねー、びりってしてよー』
「うーん」
年中を通して様々な花が咲き誇る美しい庭園。そう、数年前、セクティア姫とのある意味で運命的な再会を果たした場所だ。
その一角に設けられたスペースで、今日も今日とて俺達は姫のお茶のお相手をしていた。
白いクロスがひかれた丸テーブルに着いているのは主催者たる姫と、俺とココと師匠の四人で、あとは幼い双子が俺にじゃれ付いている。ぐいぐいと二人がかりで引っ張られて、黒いローブの裾が伸びてしまいそうだ。
『ちょっとだけ、ちょっとだけ』
「ちょっとだけって……」
その合間をシンと始めとする使用人達がしずしずと行き交い、お茶やお菓子を出してくれる。本日のお茶請けは果物が挟まれたロールケーキだった。
一流の菓子職人が拵えたそれは決して甘過ぎず、添えられた甘酸っぱい果実との相性もすこぶる良い。あぁ、旨い。
『やってやって』
よく似た顔の王子と王女は飽きもせず、足元から二重奏でせっついてくる。はぁ、参ったな。っていうか、そんなにゆさゆさと揺さぶられたら、ノドに詰まるっての!
「っ! げほげほ!」
「だ、大丈夫ですか?」
びっくりしたココがお茶を差し出してくれ、まだ熱いそれをちびちび飲んでノドにつっかえたケーキの欠片を押し流す。……あー、死ぬかと思った。騎士見習いとして、こんな無様な死に様だけは絶対に御免だ。
『もー、やるんてばー! はやくぅ!』
しかし、双子は俺をあの世に送ろうとしておきながら全く反省する様子はなく、いよいよわぁわぁ騒ぎ始めてしまった。
「師匠。これ、どうすりゃ良いんスか?」
「そうじゃのう」
二人の言う「びりっ」というのは、以前に俺が魔力を調べた時、彼らが味わった感覚らしい。非常に困ったことに、あれ以来、会うたびにこうして同じことをしろとせがんでくるのである。
「下手に刺激しては、どう作用するか分からぬからのう」
だよなぁ。師匠の言葉通りなら、発現前の魔力を感じ取る力は普通の魔導師にはないらしい。つまり、前例がないから結果がどうなるのかも分からない。
だいたい表現が「びりっ」て、どう聞いたって明らかに痺れてるだろ。そんな感覚に、小さな頃からハマるんじゃねぇ。将来どんな大人になるつもりだ?
双子は『むー、けちー』とムクれ、今度はココに構って貰おうとし始めた。
『ここは?』
彼女も何度か顔を合わせるうちに二人と打ち解け、抱え上げることが出来るようになった。今も楽しそうに王女を膝に乗せ、王子の頭を撫でてやっている。
「すみません。私には出来ないんです」
『むぅ』
そんなやり取りを横目に、「それに」と師匠が続けた。
「先日の一件は兆候と言えようの」
「やっぱり」
魔術で「変装」した自分を見た二人には一切の迷いや躊躇いがなく、俺だと固く確信している様子だった。けれど、どうして分かったのかと聞いてみても、本人達もうまく説明出来ず、真相は謎のままだ。
「普通は分からないものなのよね?」
ずっと黙ったまま話に耳を傾けていた姫が言い、俺はこくりと頷いた。
「そうスね。魔力のない人には見抜けないはずです」
魔力を纏うから、魔導士ならば術の気配は感じられるだろうが、正体まで見抜くには、ココのようにかなり高い感知能力がないと難しい。
俺にも無理だしなぁ。いや、待てよ。極度に近寄るか、直に触れるかすれば分かるかもしれないな? 今度、ココやキーマに実験に付き合って貰おうか。
「あー、それとも俺の『変装』って分かりやす過ぎスか?」
「どうかしら……」
違和感が強いと嫌だなと思って、あまり大きく変えたつもりがないので、その可能性もある。魔導師以外の意見を知りたくて問いかけると、姫は口元に手を当てて目を細め、こちらをじっと見つめてきた。
二つのシルエットを頭の中で重ね合わせているのだろう。まるで面接を受けているみたいな気持ちになり、ごくりと唾を飲んでしまう。
「正体を知っているから、全くの公平な視点では言えないけれど、ちょっとやそっとでは気付けないと思うわよ。だって、その辺りの女の子を見て、『あぁ、実は男の子かもしれないな』なんて考えないでしょ?」
「んな危険思想の持ち主がいたら、速攻で檻に放り込んで置かないと気が休まりませんよっ!」
相変わらず、なんと恐ろしいことを平然と口にする人なのか。完全に聞く相手を間違えたぜ。
いずれにしろ、前に姫には子ども達の将来について、時間があるからじっくり考えれば良いと言ったのだが、予定を大幅に前倒ししなければならない可能性が出てきたことになる。
王子達はお昼寝の時間を迎え、侍女達に抱きかかえられて行ってしまった。ココが残念そうな顔でそれを見送っている。お茶を新しく入れ直して貰ったところで、姫はまたしても特大の爆弾を投下してくれた。
「ところで、聞きたかったことがあるのよ」
「なんスか?」
「二人の仲はちゃんと進展しているの?」
「はいぃっ!? 何を藪から棒に!」
「えっと、その」
慌てまくる俺の横で、ココもどう答えて良いのか迷い、顔を赤くしながら言葉を探している。
「あら、その様子じゃ大した成果は望めそうにないわね」
「成果って!」
「あの、実は何をどうしたら『進展した』と言えるのか、良く分からなくて。本を読んで勉強はしているんですけど」
「べ、勉強っ?」
一体、どんな本で何を学んでいるんだ? 怪しい薬の作り方とかじゃないだろうな。
「当然、手くらいは握ってるんでしょ?」
「手は良く握りますよ?」
「えっ、あ」
絶対に意味が違うよなー、と思う間にも、ココは手を伸ばして触れてきた。毎日、訓練や仕事に明け暮れているのに、握ってくるそれは念入りに手入れをしているようで、スベスベとした触り心地だ。
う~、静まれ、俺の心臓……!
「魔力は大丈夫みたいですね」
「それじゃただの健康チェックじゃないの……」
そーっスね。と思っていたら、本当の試練はこれからだった。
「あぁ、そうです。ヤルンさん。ちょっと、じっとしていてくださいね」
「へ?」
急にそう前置きしたかと思うと、ココは何かの呪文を唱え、繋いだ手をくいっと引いて、俺の左手首に自分の唇を軽く押し当ててきた。
え? ええ、ええぇぇぇええっ!? 「あら」という姫の驚く声がする。
「ちょっ、ココ、いきなり何するんだよっ!? ……あ、熱っ!?」
彼女の予期せぬ大胆な行動に驚いて手を引っ込めようとしたが、ココはぎゅっと握って離してくれず、その間に口付けられたところが熱を発し始めた。
「く……っ!」
まるで焼き印でも押し当てられたみたいだ。いや、幾らガキの頃はやんちゃだったと言っても実際に押し当てられたことはないけどな? じゃなくて、とにかくやたらめったら熱くてじんじん痛い!!
「大丈夫です。すぐに終わるはずですから」
その言葉通り、熱さは数秒で去った。詰めていた息を吐き出し、再び手首に視線を向けると、そこには本当に焼き印を入れたかの如く、茨の蔓を模した黒いシルエットが手首を一周するように刻まれていた。
「はぁ。これは……?」
「説明は後でしますから、先に私の手首にもお願いしますね」
「へ、『お願い』って? ……なっ」
「あっ、手を放すと最初からやり直しになってしまうんです」
言って、ココは自分の右手をぐいっと俺の顔に近付けてくる。やっぱりか! なんだか知らないが、こういうのって普通は二人きりの時にするもんじゃねぇのかよ? ギャラリーの視線がぐっさぐさ刺さってくるんだけど!
「さっ、一息に!」
お酒の一気飲みじゃないんだから。ムードもへったくれもあったものではない。どれだけ抵抗しても無駄そうだと、俺は仕方なく同じ行為を返した。一気に耳までが熱くなるのを感じる。
この前は「ちょっとずつ」って言ってたくせに、尺度が違い過ぎる! 内心で叫んでいる間にココが目をきつく瞑って熱と痛みに耐え、それが去ると同じ印が現れた。
俺がいなくなって困るのはココの方だから、命にかかわるような危害を加えてくることはないと信じている。でも、これは十分に危害だ!
鼓動をどう抑えればいいか、ひとり悪戦苦闘していたら、未だ繋いだままの手からココが魔力を幾らか吸い取った感覚がした。つられて体の熱もひいていく。
「落ち着きました?」
「あ、あぁ」
にこりと笑って、彼女はようやく手を放してくれたけれど、いつもと何かが違ったような気がした。それに、俺の魔力を受けたココの方にも苦しそうな様子は見られない。
もしかしなくても、手首の刻印のせいだよな?
「なぁ。これ、何なんだ?」
「師匠に教えて頂いた魔術印です。使うと、相手の魔力が自分の物に変換出来るんだそうです」
「へぇ」
それは凄い。苦しまずにやりとりが出来るなら、実質二人分の魔力を使えるのと同義だからな。二人で取り組む共鳴魔術の方が威力は上だろうが、活躍の場面はありそうだ。
「他にも、とんでもなく遠くでなければ、お互いの居場所が分かるようになるんですよ」
「それ、ココの方はメリットなくないか? 今のままでも十分だろ」
ココは首を横に振り、自分ばかり分かるのは公平ではない気がすると言った。
「転送術を覚えたので、もっと活動範囲が広がると思うんです。街の外までは、さすがに魔力感知では分かりませんから」
「成程な」
そう言いながら、のんびりとお茶を楽しんでいる師匠を見る。あまりに静かだから存在をすっかり忘れていた。視線に気付いたじいさんがこちらを向く。
「ココが、『婚約の証になるような術が欲しい』と聞いてきたのでな」
「……」
むむ、前にそれらしい話はしていたっけか。本当に探して実行するとは思わなかった。でも、じいさんが単なる祝いや餞別の気持ちで術を教えるわけがない。十中八九、俺の使える魔力を上げるためだろう。
どうせ、増加しなくなったのならば余所から調達すればいい、なんて魂胆だな?すると、次に口を挟んできたのは姫だった。
「前から感じていたけれど、ココって結構大胆なのね。そういうことは騎士にして貰うものじゃないかしら?」
「? 私、見習いですけど、騎士ですよ? ……ヤルンさん、どうかしました?」
どうかした、じゃない。色々と事情説明をして貰い、一応は飲み込んだ。しかし、だからと言って今しがた味わわされた諸々の心地を忘れたわけではない。俺はゆらりと椅子から立ち上がった。
「ったく。こんなことをするんだったら、前もって教えてくれよな」
「す、すみません」
「本当に驚いたんだからな」
他のヤツだったら、問答無用で殴るか蹴り飛ばすかをしているくらいにはビビった。ココにそんな反撃をするわけにはいかないからと、代わりに右手を伸ばす。
「えっ。あ、あの……?」
する方は平気なのに、される方は免疫がないらしい。彼女は座ったまま、戸惑い気味の顔を赤らめて身を縮こまらせる。一体、何をされると想像しているんだか?
俺の指先は顔ではなく、さらりとした青い髪をかきあげた。ココが目を大きく見開くのを確認してから、「びっくりさせられたお返しだ」と予告し、左耳のカフスをきゅっと握る。
「はわっ? はわわわわわっ!!」
魔力を抑えるための魔導具であるカフスは、使用中に他人に触られると誤作動を起こす。彼女は突如全身を襲った感覚に目を白黒させ、不思議な叫び声を上げたのだった。
珍しくココに反撃してみました。女の子だからって、何でも許されるわけじゃありません。
二人の場面を書くたびに、キーマは現場を見損ねて悔しがっていそうだな、なんて思ったりする今日この頃です(笑)。




