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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第九部 古き技術と新しき兆し編
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第四話 巻物と古き物語

のんびりまったりな前半と、急展開? な後半をどうぞ。

「これ、結界か?」


 敷地内に足を踏み入れた瞬間、気配を感じて呟いた。目を()らせば城を覆うようにして結界が張り巡らせてあるのが分かる。俺以上に感の良いココが夜空を見上げ、更に補足を加えた。


「確かに展開されていますけど、侵入者を(はば)むものではないみたいですね」

「あぁ、それは太陽の光を遮るためだ。俺達にとっては害悪だからな」


 ルーシュが言う。吸血鬼は陽の光が苦手、という話は本当だったのか。

 雲で出来た地面はふかふかしていて、夢の世界にでも入り込んだかのようだ。それも幾らか進むと本物の土や砂に変化し、花や木が生えているのが見えた。


「お兄ちゃん、おかえりなさーい!」


 ふいに甲高い声が聞こえ、建物の方へ顔を向けると、誰かがぶんぶんと元気良く手を振っていた。「お兄ちゃん」てことは、もしかして?


「おう、イリス。ただいま」


 名前からして妹のようだ。近寄ってみれば、煉瓦(れんが)造りの城の入口には明かりが(とも)され、小さな女の子と若い男性の姿があった。

 女の子は5歳程度と幼く、ウェーブがかった髪の銀と瞳の紅はルーシュそっくりだ。ということは、この子も吸血鬼なんだろうな。素直に可愛いと言ってしまって良いものか、少々悩むところである。


「お兄ちゃん。おきゃくさん?」

「あぁ。お客さんだ」


 ルーシュはイリスと呼んだその少女を抱き上げ、傍らに立つ男性に「連れてきたぞ」と伝えた。

 20代の中頃くらいの、その男性の服装は白と黒という使用人然としたもので、この家に仕えているのだと一目で分かった。が、視線が吸い寄せられたのは明かりを照り返す金髪の長さだ。


 顔の横で軽く縛っただけで、あとは手前に長く長く垂らされ、先は膝小僧に達しそうなほどである。こんなに髪が長い人は初めて見た。


「紹介しておくよ。この可愛いのが妹のイリス。そっちが世話係のフォルトだ」

「こんばんわー。イリスだよ!」


 イリスはルーシュと同じ闇に溶けそうな紫のマントを身に纏い、またも元気に手を振った。気圧されながらも挨拶を返すと、にっこりと無垢な笑顔を浮かべる。

 ココがハマりそうな子だな。そう思ってちらりと見ると、やはりニコニコと機嫌が良さそうだった。先ほどの恐怖から解放されたなら良しとするか。


 次いで、フォルトと呼ばれた青年が微笑んだ。


「イリス様の身の回りのお世話を(おお)せつかっております、フォルトと申します。皆様、ようこそいらっしゃいました」


 使用人というと、俺は真っ先にセクティア姫に仕えるシンが頭に浮かぶ。同じ仕事をしていると雰囲気も似るものなのだろうか。


「準備してくるから、客間でイリスとお茶でも飲んで待っててくれ。フォルト、案内を頼んだぜ」


 ルーシュはそう言って、抱えた妹を下ろして頭を愛しげに撫で、どこかに去っていく。命じられたフォルトが「わかりました」と返事をし、幼子の手を握って俺達を奥へと促した。

 ん? なんだか今、返事がぎこちなかったような……。気のせいか?



 建物の中は予想に反して明るかった。昼のようにとまでは言えないにしろ、明かりは地上と同じように灯されているし、先導するフォルトが持つランプの火も頼もしい。


「こちらで少々お待ちください」


 案内に従って辿り着いた先は、落ち着いた赤色を基調とした部屋だった。

 四角いテーブルに何脚かの椅子、奥にはガラス棚が見え、ティーセットや皿が展示されている。わざわざ見せるくらいだから、かなりの値打ち物なんだろうな。うっかり割ったりしないように気を付けないと。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 テーブルに全員が着いたところで、フォルトが飲み物を振る舞ってくれた。白い陶器製のカップを軽く持ち上げると、薄い黄色をした水面からは柑橘(かんきつ)類を思わせる(さわ)やかな香りが漂う。

 なんだろう、今までに味わったことのないお茶だな。目の覚めるその匂いを()いで、ココが何度かパチパチと(まばた)きをしてから問いかける。


「ハーブティーですか?」

「はい。眠気を和らげる他にも、体の疲れを(いや)したり、リラックス効果などもあるお茶になります。お口に合わないようでしたら、他の飲み物をご用意致しますので、遠慮なく(おっしゃ)って下さい」

「おいしいんだよー」


 フォルトに連れられてやってきたイリスが、子ども用の椅子に座り、ふうふう息を吹きかけながら飲んでいる。

 火傷(やけど)に気を付けつつ、試しに一口飲むと、温かみと同時にすうっと冷たい風が鼻に抜けるという不思議な体験をした。味そのものは普段飲み慣れているものとそれ程かけ離れていないので、余計に妙な気分だ。


 やがて、お茶を供し終えたフォルトはイリスの後ろに控え、室内には落ち着いた空気が流れた。


「師匠、そろそろ教えて下さいよ」

「む? 何をじゃ」

「ここに来た理由に決まってるじゃないスか」


 王城にやってきたルーシュは「城の術のメンテナンス」がどうのと言っていたが、あれは何の話だ?

 部屋にいる全員の視線を受け、しかし、じいさんはちらりとイリス達の方へ視線を向けただけで、「まぁ待っておれ」と静かに拒否を表した。


「実物を見せた方が、話が早いからの」


 ちぇっ、またお預けかよ。そう思って口先を(とが)らせていたら、がちゃりとノブの回る音がして誰かが入ってきた。どこかに行っていたルーシュが戻ってきたようだ。


「持ってきたぜ」


 彼は入って来るなり、言葉と共に師匠に細長い何かを差し出す。なんだろう、大人の手首よりも太く、長さは片手で扱えるほどの……巻物?

 なんとも古めかしい記録媒体だ。最早、王立図書館の書庫からだって失われつつあるってのに、まだ現役で利用されているとは。


「早速拝見しましょうぞ」


 青いそれを受け取った師匠は、まずはあちこち向けて状態を念入りに確かめた。一通り異常がないことを確認し終えたら、今度は本体に巻きついた黄色い(ひも)をするすると解く。

 途端、広がった気配に「これは」と俺の口から声が漏れた。


「何かの術が刻まれているみたいですね」


 ココも探るように目を細めて見詰めている。封印を解かれた巻物はテーブル上に紙面を(さら)し、その内容は、系譜のような何かに見えた。キーマが言う。


「家系図ですか?」

「そうじゃ」


 家系図って、家族の繋がりを先祖から延々記すあれか? さすが、古い家には由緒正しいものが残っているんだな。なら、巻物という古い形でも全然不思議ではないか。

 しゅるしゅるしゅるっと音を鳴らし、長いそれはテーブルに広がって下へと流れていく。最も奥には一番最初の人物と思われる女性らしき名が書かれ、その傍らには詩か物語のようなものも添えられていた。


「良く読んでおくようにの」

「え、これを?」


 師匠に言われ、面食らう。俺はハーブティーを一口飲み、手が触れないように脇へ避けてから読み始めた。ざっと(まと)めるとこうだ。



 昔、長い時を生きてきた一人の吸血鬼がいた。……これはルーシュやイリスの先祖の話だろうか。とにかく、その吸血鬼は放浪の末に一人の人間と出会い、一緒に居て欲しいと願われる。

 そこまで読み終えたところで、ちらりとフォルトへ目を()った。イリスの後ろに立つ青年は人間に見える。この物語の「人間」は、きっと彼の祖先だ。


 吸血鬼と人間は共に暮らし始め、人間は伴侶(はんりょ)も得て家族を増やしていくが、ここで話は少し転調し、暗い影が忍び寄り始めた。

「悲しきは、人間の儚さでした」という一文が重く感じられる。


 吸血鬼は涙を流すも、傍らにはその人間の子ども達がいて、自分達が約束を守っていくと誓う。そして彼らは地上を捨てた。未来永劫、約束が破られることのないように……。



 最後の一文だけは少し雰囲気が違っているように感じ、俺は思わず声に出して読み上げていた。


『たとえ契りが地上との永遠の決別を意味しようとも、この城が落ちることは決してない』


 ――これ、呪文だ!

 そう気づくのと同時に、触れていた紙面にずわっと魔力が吸われる感覚がした。巻物がひとりでにふわりと浮き上がり、それを中心として円や記号、文字などが光となって浮かび上がる。なんだこれ、何の術だ?


「この城を空に(いざな)(かなめ)じゃよ」


 師匠が言い、今や部屋中に広がったそれをしげしげと眺め始めた。これが術の要であるなら、「メンテナンス」ってのは、これの点検作業のことか?


「ふむ、ここは問題ない。こちらも大丈夫なようじゃのう」

「なぁ、これ何なんだよ、ちゃんと教えてくれっつの」


 放置されるのがシャクでせっついたら、じろりと睨み付けられた。ふん、どうせ「邪魔するでない」とか言うんだろ? と思ったら、返事は全然違うものだった。


「何を呑気なことを。さっさと手伝わぬか。わしの跡を引き継ぐのは弟子であるお主なのじゃぞ。覚えて置かねば困るであろう」

「……なっ、何だとーっ!?」


 これを、引き継ぐ!? 何を突然、人の仕事を増やしてくれてんだよ! でも、幾ら文句を並べ立てたところで、じいさんは一度決めた方針を転換してくれる人物ではなかった。


「はー。ったく、いつもいつも……!」

「静かにせいと、何度言われれば覚えるのじゃ? ほれ、ここから見てみよ」

「あっ、私にも教えて下さい!」


 ココと共に仕方なく師匠の傍に寄り、俺達は一からそれ――「魔術陣」を教わり始めるのだった。

珍しくファンタジーしている気がします。

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