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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第九部 古き技術と新しき兆し編
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第三話 紅い瞳の侵入者・後編

銀髪の男の言う「オルト」とは、師匠のことだった。

そして、突然出かけることになってしまい……。

「って、待てよ。ココまで付いて来たら、マジでシフトに大穴が開いちまうよな? どーすんだよ!」


 そう訴えたら、師匠はおもむろに黒く染まった水晶を取りだした。


「二人とも、わしの詠唱に合わせて魔力を込めよ」


 何をする気かと問いかける間もなく唱え始めてしまい、俺とココは慌ててそれに手のひらをかざして魔力を注いだ。そして、詠唱が終わったと思われた瞬間、水晶が強い光を放った。


「一体、何の術を……わっ!?」


 光が収まり、事態を確認した途端、口からは驚きが飛び出し、後ろに()()りそうになる。目の前に人影があったからだ。それも、およそ信じられない人物のものだった。


「これ、もしかして俺か!?」

「魔術で作った似物ニセモノじゃがな。三人分の魔力と、何本かの水晶があればしばらくはつ。これに留守を頼んでおけば、当面は問題あるまい」


 凄い凄いと、ココとキーマが口ぐちに言う。

 そう、それは目を閉じたまま微動だにしない俺そのものだった。……いや、「そのもの」というと非常に語弊(ごへい)があるな。そこだけは絶対にツッコんでおかなければならない!


「だからって、なんで女装姿こっちなんだよっ!」


 師匠が作ったのは、何故かポニーテールが揺れる変装後の格好で、自分でこうして直視すると気持ち悪いことこの上なかった。

 師匠にはほとんど見せたことがないはずなのに、この完成度の高さはなんなんだ? 怖過ぎだろ!


「最初からこの姿にしておけば手間が省けて良いじゃろう。魔力コストの削減じゃな」

「削減するところが激しく間違ってるっての!」


 ここは男子寮だ。こんな姿で何日もの間ウロつかれたら、帰ってきた時に周りからどんな目で見られるか、想像するだけで怖気が走る。

 断固、訂正を要求したら、師匠は面倒臭そうにもう一度呪文を唱え直した。再び強く光を放ち、それが消えると、今度はココの似物に変化している。


「わっ、私がもう一人……!」

「ココよ、主として分身に命ずるのじゃ」

「わ、分かりました。えっと、それでは分身さん。私達がいない間、セクティア様の護衛をお願いしますね」


 控えめな命令を聞き取った分身が、閉じたままだった目蓋(まぶた)をぱちりと開く。本物と同じ薄いグレーの瞳が、ココに向かって微笑んだ。似物だと知っているからか、それは作り物めいて見えた。


「承知いたしました。皆様どうぞ、お気を付けていってらっしゃいませ」



「ななな、なんだよこれはっ!?」


 俺は夜空に向かって叫んだ。それも比喩(ひゆ)ではなく、本物の空中でだ。

 手は草の(つる)のようなものを握り締め、ふらふらと揺れるしかない両足を見下ろす。その先に地面はなく、景色が容赦なく後ろへと流れていく。


「あんまり騒ぐと落ちるぞ」


 謎の客人・ルーシュにさらりと言われ、「ひっ」と息を詰める。離れた場所では俺と全く同じ状態の師匠達がいた。もう何がどうなっているのだか、さっぱりだ。


「こりゃまた、とんでもないね」


 俺達は今、各々空をふよふよと浮かぶブランコに座らされていた。体を支えるのは細い蔓と、それに繋がった薄い木の板のみ。

 そして頭上にはその蔓を引っ張り、音もなく飛ぶ無数のコウモリ達。なんと、そいつらの力で、俺達は空に浮かばされているのだ。


 こんなに安定感と安心感のない乗り物があるだろうか? ココなんて白い顔でぷるぷると仔犬みたいに震えている。目的地に着くまでに気絶しないといいのだが。

 なお、王城に張られた結界を通過する際は、師匠が特殊な術でそれに引っかからないように細工(さいく)をした。もう何でもアリ過ぎてツッコむ気も起きない。


「キーマ、お前は特に気を付けろよ。落ちたら絶対にアウトだからな」

「ええっ、助けてくれないわけ?」

「こんな状態で無茶言うな!」

「だから、騒ぐと落ちるぞー」

『うっ!?』


 ぐっと口を(つぐ)む。到着までの間、似たようなやりとりを何回か繰り返すことになるのだった。



「うおぉっ!?」


 薄暗い中を、怖すぎる乗り物に揺られること十数分。見えてきたのは、確かに「城」と呼んで差し支えない大きな建物ではあったが、あまりにも普通とはかけ離れていた。

 幾つもの塔がにょきにょきとキノコみたいに生えている様も珍しいけれど、最も普通でないのは、建っている立地だ。そこは信じ難いことに雲の上だった。


「空に浮かんでる……!」

「どんな仕組みなんでしょう?」


 キーマが目を見開き、驚きを零す。どうなってるんだ? あんなデカくて重い物が空中に存在し続けているなんて、有り得ない! 常識がガラガラと崩される音が聞こえる。


「しっ、師匠! あれっ、どーなってんスか!?」

「静かにせい。この先は人ならざる者の領域じゃ。相応の敬意を払わねばならぬ」

『えっ』


 答えの代わりにとんでもない事実を告げられ、揃って身を固くする。ひ、「人ならざる者」? まさか本当に人間じゃない、とか言うんじゃないだろうな……?

 あれ? その時、頭に何かが(よぎ)った。とてもとても向こうの、かすみがかった何かだ。うーん、何かを知っている気がするのに。……駄目だ、思い出せない。落ち込んでいたら、ココが「分かりました」と急に手を打った。


「以前、師匠せんせいが仰っていたのは、このお話だったんですね!」

「あ、あぁ、確かに!」


 キーマまでもが辿り着いたらしい。おい、勝手に納得していないで、俺にも教えてくれよ! 二人は口ぐちに、最初に登城した時を思い出すように言った。


「最初の時って、もう何年も前じゃねぇか」


 俺の記憶力の悪さを舐めてるな。それでも、うんうん(うな)って思い出そうとする。


「ほら、ジェライド王子との謁見の直前ですよ!」

「控室で!」


 謁見や控室と聞いて、ぼんやりと浮かんできたのは、高く緩やかに傾斜した天井だ。それから渡り廊下や太い柱。控えの間とは思えないほどの豪華な空間。


『何をぼんやりと空なぞ見詰めておる』

「あ……」


 もやが晴れるように、師匠と交わした会話が断片的に(よみがえ)ってきた。そうだ、あの時、確かにじいさんはお伽噺(とぎばなし)でも語るみたいに言ったのだ。「雲の上の城という話を知っておるか?」と。


『そこには人ならざる者が住んでいてのう。時に地上に降りてくることがあるそうじゃ』


 夢から覚めるような心地で目の前の光景を改めて見詰めた。確実に「城」があり、どんどんと近付いてくる。あれは、子ども(だま)しの夢物語ではなかったのだ。なら? 城が本物なら、「人ならざる者」も……?

 思わずルーシュを見ると、銀髪の青年はなんでもないことのように言った。


「なんだ、弟子なのに知らなかったのか。おかしいと思った。俺は人間じゃない。吸血鬼だ」

「きゅう、けつ、き?」


 口にした途端、さーっと血の気が引き、背筋が寒くなった。頭で理解する前に体がカタカタと小刻みに震えはじめる。


「吸血鬼って、人の生き血を(すす)って長い時を生きるっていう、あの……?」


 止せばいいのに、キーマが青い顔をしながら、わざわざ確認するようなセリフを口にする。ルーシュははっきりと頷き、「そう、それだ」と断言した。

 言われてみると白い肌をしているし、口からちらりと覗いて見えるのは鋭い牙のような……!?


「ちなみに俺は、300年は生きてるんだぜ。年長者は敬えよな?」

「さっ、さんびゃくねん!? ししし、師匠っ、お、俺達っ。ち、血をっ!?」


 茶目っ気たっぷりにウィンクなどされても、恐怖しか抱けない。まさか血を抜かれるのか? 吸血鬼の生贄(いけにえ)にされて? あと一息で正式な騎士になれるってのに、人生は、ここでおしまいなのか!?

 俺は完全にパニックを起こしていたし、ココは泣き出しかけていた。キーマも呆然としている。いっそ蔦から手を放し、飛び降りてしまおうか。師匠は(なげ)かわしそうに溜め息を吐いた。


「静かにしろと言うたばかりじゃろう。敬意を払えとな」

「な、なんでそんなに冷静なんだよっ! 俺達全員、殺されちまうかもしれねぇってのに!」


 それを聞いてくつくつと笑ったのはルーシュで、やけに楽しそうだった。


「そういう反応、久しぶりだな。安心しろって、招いた客を襲う趣味はないし、そもそも魔導師の血は俺達には飲めないからな」

「え、『飲めない』……?」

「例えるならアルコールみたいなもんだな。あ、エチルじゃなくてメチルの方な。飲むと血に含まれる魔力が消化出来なくて、胃どころか全身やられるらしい。試したことはないがな」


 うげ、それはもう完璧に毒じゃないか。おかげで命拾いしたわけではあるものの、気分の良い話でもない。


「でも、うっかり飲んでしまうことはないんですか……?」


 多少は冷静さを取り戻したココが、恐る恐る質問する。きっと、突然襲われたらどうしようという不安を抱いての発言だろう。吸血鬼は若い娘の血を好むと言うし、この中では一番の標的だ。


「それはない。魔力持ちは匂いで分かるからな。お前達も、魔導師なら()いだことがあるんじゃないか? 魔力の香りを」

『あ……』


 俺とココが声を揃える。俺は薬師の家で濃密過ぎる洗礼を受けたし、ココも以前、魔力を抑え損ねた俺から「良い匂い」がすると言っていたっけ。彼はもっと敏感に嗅ぎ分けられるということなのだろう。


「じゃあ自分は」

「だから客を襲う趣味はないって。それにお前は……」


 なんだ? キーマがどうしたと言うのだろうか。ルーシュは気になるところで半端に切ってしまい、何を言おうとしたのか、分からずじまいだった。


「とにかく、怖がる必要はゼロってことだ。それに、魔導師と吸血鬼は古くから共生関係にあるんだよ。俺達とそこのじいさんみたいにな」

「そういうことじゃ。お主らを連れてきたのは、それを教えるためでもある」

「共生……」


 魔術を恐れてのことかもしれないが、争うのではなく、仲良く付き合ってきたってわけだ。にしても、「共生」というくらいなら、魔導師が魔術を提供する対価に、吸血鬼は何を差し出したのだろう。

 金銀財宝とか? ……新鮮な血液なんて貰っても困るんだがな。


「さぁ、着いた。オルト、頼んだぜ」

「お任せ下され」


 二人がそんな会話を交わすうちに、俺達はようやく足を再び地面に着けることが出来た。

というわけで王城を飛び出し、師匠の謎に触れていく予定です。一端はすでに「吸血鬼な幼女様と下僕な俺」の第二部終盤にて描いてしまっているので、ネタバレにはお気を付けを(笑)。


師匠がかつて語ったお話は「第三部 第二話 空の上の城・前編」より。

あの時は、まさかこのエピソードを描くのが、こんなに先になるとは思っていませんでした。なかなか思うようにいかないものですね。


話の進行の都合上、今後も数話の間は続き物になります。可能な限りコンパクトにと思っていますので、よろしくお願いします。

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