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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第九部 古き技術と新しき兆し編
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第一話 身が縮む話・後編

魔力を減らすならコストのかかる術を使うのが一番と思い立ち、食堂へ転送術で飛ぼうとして少し失敗。

しかし、今度はそれ以上に恐れていた相手と遭遇し……!

「おわっ!?」


 ぱっと出てみたら、食堂は食堂でも空中だった。単純な術の失敗か、小さな体のせいかは分からないが、このままではテーブル上に真っ逆さまに落下するのは確実だ!


『か、風よっ』

「よっと!」


 咄嗟(とっさ)に風を呼んで落下スピードを緩和(かんわ)し、その間にキーマが俺を抱え込んで足からふわりとテーブルに着地する。ふー、危なかったぜ。


「なな……っ!?」


 馴染(なじ)みのある声がした方を見ると、そこにはこちらを指さし、口を大きく開けているレストルの姿があった。もう片方の手には朝食らしき物が載ったトレイを持っていて、これから食べようとしていたところだったらしい。

 高いところからではあるけれど、挨拶くらいはしておくべきだな。


「レストル隊長、おはようございます」

「……」


 おや、返事がないな。疑問に思っていると、キーマが俺を抱えたままテーブルをよいしょと降りてから言った。ふぅ、やっと足が地に着いた。


「ヤルン、その格好で挨拶しても、分かって貰えないと思うよ」

「あー、そっか」


 子どものままだったんだっけ。もう数年の付き合いになるキーマでさえ、すぐには気付かなかったのだ。まだ知り合って間もないレストルに分かるはずもない。


「君は」

「レストル隊長、おはようございます。スヴェイン殿下の護衛役として配属された、騎士見習いのキーマです」

「おお、そうだったな」


 俺が仕えているセクティア姫と、キーマが護衛を務めるスヴェイン王子は夫婦であるため、一緒に仕事をする機会もチラホラとある。キーマとレストルは剣師同士だということもあり、面識はあるようだった。


「で、その子は? 今、ヤルンと聞こえた気がしたが……。いや、そもそも今、天井から降ってこなかったか……?」


 疑問が後から後から湧いて、混乱しているみたいだ。無理もないよなぁ。周囲を見回すと、早朝にも関わらず、すでに何人かの騎士達が食事を取っていて、突然現れた俺達を驚きの表情で見ていた。

 あわわわ、もっと空いていると思ったのに、もしかしなくても目立ってる? ちょっと軽率な行動だったかもしれない。頼むから皆、今見たことは忘れてくれ……ないよなぁ? また変な噂が流れたらどうしようか。


「と、とりあえず端に移動しようぜ」

「だね。もう、少しは考えてから行動しなよ。隊長も、きちんと説明しますから、どうぞご一緒に」

「あ、あぁ」


 言って、食堂の端に移動し、幾つも並べられているテーブルの隅っこに陣取(じんど)る。騎士は貴族出身者が多いこともあって、この騎士寮の食堂も兵舎よりしっかりした綺麗な作りだし、出される料理のランクも一つ二つ上だ。


 聞くところによると、料理人も兵舎から騎士寮へ移動するのが一つの出世なのだとか。そしてここで認められれば、王城内の厨房で腕を振るえるようになるってわけだ。

 今日のメインは……オムレツか。見たらお腹が空いてきたな。


「それで、この子は一体誰なんだ? 君の弟か何かか? ま、まさか息子だとか言い出さないよな」

「違います」


 ぶふっ! 無表情で否定するキーマが面白くて、つい噴き出してしまった。どうしよう、「パパー!」とかなんとか言ってやろうか。もっと面白い展開になるに違いない。


「……本気で叩っ切るよ?」


 冗談だってば。俺は席に着いたレストルの前まで行って、キーマにしたのと全く同じ行動をしてみせた。要するにカフスを見せたのである。


 姫の発案で、ここ最近カフス自体はだいぶ出回るようになってきたが、石の色だけは唯一無二のものだ。こんな風に役立つ日が来るとは、世の中、何がどう転ぶか分からないものだな。

 当然、レストルも真っ黒いそれを見て、意味するところに気付いてくれた。


「これは……!」

「隊長。俺です、ヤルンです。ちょーっとのっぴきならない事情があって、こんな姿になっちゃってますけど」

「ほ、本当にヤルンなのか?」


 それでもまだ信じ切れないらしく、キーマに視線を移す。キーマがこっくりと頷いて「間違いありません」と断言し、続けた。


「それと、さっきのは転送術です。ヤルンが失敗したせいで、あんなところに出ちゃったんですよ」

「うっ、ちゃんと食堂に来られたんだから、大体OKだろ?」

「あのねぇ、もし頭から落下してたとしても同じことが言える?」


 ぐぬぬ。そう言われると辛い。レストルは俺達のそんなやり取りを見て、せっかく運んできた朝食に手を付けることもせず、呆然としていた。


「……自分の目でこうして見ていても、信じ難いことばかりだな。さすがはセクティア様の見込んだ魔導師ということか」


 いや、そこで感心されても困るんだが。どっちもただの失敗だし。それとも一種の現実逃避か? あの姫様に仕えていると、そういう処世術が身に付いてもおかしくはない。


「元には戻れないのか? ふむ、今日は午後から仕事のシフトを入れてあっただろう。でも、その姿ではな」

「すみません。なんとか間に合うように努力します」

「もし間に合わない時は、早めに連絡を入れてくれ。ココに代わって貰うとしよう」


 「ココ」と聞いて、どきっと胸が跳ねた。先日の婚約騒動以来、普通に振る舞うように気を付けつつも、意識してしまうのは止められないでいた。彼女の態度が変わってきつつあることも、原因の一つだ。

 キーマに妙なことを吹き込まれたせいなのか、以前と比べて妙に接近してくるようになったのである。そのたびに俺はドキドキさせられてしまい、実は少々参っている。


「あっ、やっと見つけました!」


 高い声がして、今度はぎくりと肩が跳ねる。振り返れば、こちらに向かってきているのが確認出来た。


「もう、どうして朝からあちこち移動されているんですか?」


 俺達を探していたのか。ココの不思議そうな顔を見た時、頭に浮かんだのは「まずい」の三文字で、数歩後ずさった。


「いやー、色々あってさ」


 キーマが言っているのを聞きながら、咄嗟にレストルの影に隠れる。


「ん、どうした?」

「しーっ」


 いや、ココ相手にちょっとやそっと隠れたところで、無駄だと分かってはいるのだけれども。


「ヤルンさん?」

「ひうっ!」


 名を呼ばれ、思わず口から変な声が出てしまう。カツカツという靴音をさせて彼女が回り込んできて、顔にかかった髪をかき分けながら、レストル越しに俺を覗き込み……目を見開いた。

 わちゃー、とうとう完全に見つかっちまった!


「そ、その姿は……。可愛い!」


 わー、やっぱりその反応かよ! ココは言うやいなや、目を輝かせて手を伸ばしてきた。それをヒョイっとかわし、ダッシュで逃げ出す。


「ええっ、どうして逃げるんですかー?」


 そっちが、俺を捕まえてギュウギュウに締め上げる気満々だからだ! そんなことをされたら、こっちの身がもたない。特に今はヤバい。ただでさえ不安定な魔力の揺れに拍車がかかってしまう。


「ちょっとだけ、ちょっとだけで良いですから、抱っこさせてくださいよー」

「駄目っ!」


 ココは子どもが好きらしく、前に遊びで子どもに「変装」した時も食いつき方が半端じゃなかった。きっと、幼い王子達を眺めている時も我慢しているのだろう。俺にその感情をぶつけられては(たま)らない。

 しかし、広いと言っても食堂での鬼ごっこなど限度は知れている。加えて扱い辛い、短い手足に勝算があるはずもない。大した時間もかけず、壁際に追い詰められてしまった。


「や、やめろ。駄目だって!」

「ちょっとだけですから」


 聞いちゃいねぇ。恐らく、半分くらいはまたしても俺の制御し損ねた魔力に感覚を乱されてしまっているのだ。

 前の騒動の後、ココは影響を遮断する術を会得していたが、今回は注意喚起(かんき)する暇がなかった。せっかくの対応策も使わなければ意味がない。


「わぁっ!」


 そうして、俺は逃げることもかなわず、その両腕に絡めとられ、前面からぎゅううときつく抱きしめられてしまった。


「温かいです」


 感じられるのは柔らかさと体温、吐息や匂い、規則正しく鳴る心臓の音――。全てがあまりに直接的ダイレクトに伝わり過ぎて、一瞬、息が止まるかと思った。

 どくん! と自分の胸が強く鼓動を打つ。それは収まるどころか、どくどくと加速度的に高まっていき、抑え込んでいる魔力の扉をこじ開けようとする。


「やっ、ココ、離して……っ!」


 逃れようとジタバタ暴れるも、細身のどこにこれだけの力があるのか、万力(まんりき)みたいにガッチリと固められていて身動きが取れない。

 カタカタコトコトと周囲のテーブルや椅子が物音を立て始め、つい先日ココが姫の応接間で起こしたばかりの騒動が脳裏を駆けた。


 駄目だ。今この場で「あれ」を引き起こしたら、全員が無事で済む保証はない。唯一事態を収拾出来そうなココも御覧の有様だ。マズイなんてどころじゃない。


「……っ!」


 鼓動は今や全身に痛いほどに響いており、胸の奥がじょじょに熱くなってきた。うぅ、このままじゃ本当に抑えきれなくなる!


「ヤルン? ……まさか!」


 必死の暴れぶりに、やっと非常事態であることに気付いたキーマが走り寄ってくるも、距離的に間に合いそうにはない。くそっ、遅ぇんだよ!

 どうする? どうすればいい?

 逃げ出すのが無理なら、当人から放棄するよう仕向けるしかない。崖っぷちで思い付いた手段はこれ一つきりだった。


『た、揺蕩(たゆた)うは風――』


 うまくいってくれよと懇願(こんがん)しながら、浅い呼吸の中で唱え、やがてその術は完成する。カッと小さな体が光を放った。


「きゃっ!?」


 ココが小さく叫び、驚いてその身を離す。ふー、やっと解放して貰えた! 詰めていた息を一斉に吐き出し、ぺたりと床に座り込んだ。


「ヤルン、その格好……」


 ようやく近くまでやってきたキーマが、呆気に取られた顔でぽつりと言う。追いついたレストルも目の前の光景に言葉を失っていた。


「ココ、ちっとは正気に戻ったか? だったら、今のうちに結界張ってくれ」


 手をひらひら振りつつ言うと、彼女は目の覚めたような顔で「は、ハイッ」と裏がった声で返事をし、すぐさま自分自身に魔力の影響を遮断する術を(ほどこ)した。はー、一件落着、かぁ?


「作戦成功だな。こうすれば、ビックリして離してくれるんじゃないかと思ったんだ」


 言って、自分の手を見る。数秒前までの小さなそれではなく、大きな……しかし、本当の自分のものでもない手だ。


「確かに、子どもが女性になったら驚くよねぇ」


 そう、俺はココに自分を解放させるため、子ども化の上に更に変装術を重ね掛けした。その際、非常に不本意ではあるけれど、他に咄嗟に変えられる姿が思い当たらず、女装を選択するしかなかったのである。


「私、またご迷惑を……」

「ストップ! 迷惑かけたのはこっちなんだから、謝るのもこっちだ。悪かったな」


 ここのところ謝ってばかり居る気がする。でも、ちょうど良い機会でもあると思い、食堂の床の冷たさを感じながら静かに続けた。


「けど、分かっただろ? 急に距離を詰められても、俺には受け止められないんだって。……『どきどきし過ぎて無理なんだよ』」


 最後の一言だけは、ココにだけ伝わるように、いつも呪文に使っている古代語で話した。彼女は「あ……」と零し、頬をほんのり朱に染めてから、僅か、悪戯っぽく笑った。


「ふふ、分かりました。ちょっとずつにしますね」


 やめてはくれないらしい。前途多難だな。その時、キーマのひんやりした声がかかった。


「二人とも、全部終わったみたいな顔してるけど、この状況はどうするつもり?」

「へっ? ……わ」


 周りを確認して目を剥いた。先ほどから連続して大騒ぎしたせいで、大勢のギャラリーに囲まれてしまっていたのだ。


「なんだなんだ?」

「おい見たか? 小さな子どもが女性になったぞ」

「それより、さっきは空から現れなかったか?」


 うひぃっ! この騒ぎ、どう収拾付けりゃいいんだよ!?

本当はもう一波乱続く予定でしたが、長くなり過ぎるのでスパッと切り捨てました。

あと、最初は某シーンを詳細に描写してしまい、焦ってかなり淡泊に書き直しています……。ふー、危ない。推敲って大事ですね。

二人のあれこれがひとまず落ち着いた(?)ところで、次回からは第九部のメインに入っていきます。

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