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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第八部 騎士見習い編―後半
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第九話 だいじなものがありません

意味深なタイトルと物々しい始まり方ではありますが、前回とは打って変わって全編コメディーです。

「あのさ」


 ある日のお昼、騎士寮の食堂で一人昼食を取っていたら、午前中の訓練を終えたキーマが不機嫌そうな顔で向かいの席に座って言った。


「なんで今朝は起こしてくれなかったのさ。こっちはおかげで遅刻しそうになったよ」

「……」

「なんとかギリギリで間に合ったから良かったけど。……ねぇ、聞いてる?」


 俺はそれでも何も喋らず、黙々とパンを千切っては口に運ぶ作業に勤しむ。それが気に喰わないのだろう。キーマはフォークを置いて立ち上がり、俺のすぐ横までやってきて見下ろした。


「どうして何も言わないわけ」


 目だけは合わせるものの、こちらに話すつもりがないと分かると、苛立たしげに畳み掛けてくる。


「もしかして何か怒ってる? 黙ってても分からないんだけど」

「……」

「いい加減にしなよ。いつもはあんなに喋るくせに、今日に限ってだんまり決め込んで。新しい訓練でもしてるわけ?」


 こうしてみると、キーマこそ良く喋るやつだなと思う。いつもは俺が話して相槌(あいづち)を打ったりする方が多いからちょっと新鮮だ。……さすがにそろそろなんとかしないとマズイか。でもなぁ。


「なんとか言いなよ。こっちも本気で怒るよ」


 そういう相手は大抵すでに怒っていて、案の定キーマも苛立ちを頂点まで(つの)らせたらしく、俺の襟首(えりくび)を掴んでぐいっと引き上げた。


「……」


 そんなに抵抗もしていないにしろ、やはり力強さが感じられて(うらや)ましい。俺ももうちっと筋肉付けないとな。

 そうだ、貯金もそれなりに増えてきたし、そろそろ自分の剣を買っても良いかもしれない。いつまでも借り物ってのも寂しいし、魔術で生み出した剣じゃあ筋力はつかないしなー。


 念願叶って騎士見習いにはなれても、結局「魔導師」枠での採用だったから支給はなし。実は師匠が正式に「魔導師」になったお祝いらしきものをくれたけれど、それは新しい魔導書用の布カバーだった。

 マスターローブと同じく、黒い生地に銀糸で複雑な文様が刻まれていて、書に被せると色々な恩恵があるようだ。


 それはさておき、スウェルで兵士見習いになってからあちこち移動すること数年、やっと腰を落ち着けそうなところへ来たわけだし、しかも天下の王都だ。そのうち武具屋でも覗くことにしようっと。


「……殴られたいの?」


 おっと、のんびり考え事をしている場合じゃなかった。少し前から周囲の注目を集めている自覚はあったが、これが決定打となり、ざわめきがスーッと消える。

 うーん。この流れ、殴られるか突き飛ばされるか、どっちだろうな? 俺は口を開きかけ……閉じる。今は何も話す気にはなれない。たとえ相手の逆鱗(げきりん)に触れようともだ。


「そう、じゃあお望み通りに殴ってあげるよ」


 キーマの瞳が冷えている。俺を掴むのと反対側の手をぐっと拳の形に握り、後ろに引き、力がこもるのが分かった。やがて訪れる痛みに備えて歯を食いしばる。


「待ってください!」


 そんな静かな空間をココの叫びが貫いた。けれど、ここまで状況が差し迫ってしまうと、容易に止まれるものではない。


「これは二人の問題だから、口を出さないでくれるかな」


 走り寄ってくる彼女の方を向かずに言う。低い低い響きだ。あーあ、マジで殴る気だ。痛そうだな、どうか歯が折れませんように。まぁそれも仕方がないか。俺だったらもう殴ってるだろうし。


「違うんです! ヤルンさんは」

「違う? 何が違うのか知らないけど……関係ないね」


 ググッと再度、腕や拳に力がこめられる。キーマは次のココの言葉を待たずに、俺の頬目掛けて突き出す!


「声が出ないんですッ!!」


 びたぁっ! それは指二本分くらいの距離で止まった。……ふー、間一髪。


「……え?」


 直後、その風圧で巻き上げられた埃を吸い込んでしまった俺は、思い切りげほごほがはと咳き込んだ。あぁもう、やっと止まったところだったのに、また始まったじゃねぇか。どうしてくれるんだよ。



「ごめん!」


 謝り倒すキーマに、俺は食事を再開しつつ首を横に振った。


「昨日まで元気そうだったから、まさか風邪で声が出ないなんて思わなくて……」


 だからもう良いって。そう言いたいのに、ノドはひゅーひゅーと空気が出入りするばかりだ。午前中にココと意思疎通しようとして挫折(ざせつ)したので、もう努力する気にもなれない。

 ちなみにココは、訓練場にやってきた俺の状況に気付くまでキーマとは別の意味で大変だった。身振り手振りで現状を知らせようとしたものの、彼女は何故か勝手に自己嫌悪に陥り、目を(うる)ませたのだ。


『あの、私、何かお気に(さわ)るようなことしました?』


 違うと言いたいが、もちろん何も発することは出来ない。


『おい、新入り。来て早々泣かせるなよ』

『うぅう。どうして何も言って下さらないんですか……?』


 だから言えないんだってば! 騎士の先輩達には睨まれるし、気持ちが不安定になったココから魔力が漏れ始めるしで散々だった。

 どうやって事態を収拾させたかというと、今と一緒で咳が止まらなくなったのだ。ずーっと咳き込んでいれば、誰でも風邪だと気付くだろ?


 はぁ。あまりに当たり前過ぎて普段は意識しないが、声や言葉って偉大なものなんだな。


「聞いて下さい。ヤルンさんてば、熱があるのに訓練に来たんですよ」

「えぇ? 休めば良かったのに」


 別に熱は大したことはない。風邪と言っても、せいぜいノドが少々痛むのと、声が出ないのと、咳が出るのと、(だる)さを感じるくらいだ。


「声が出ないのにどうやって訓練するつもりだったんですか?」

「……」


 そう、走り込みなどの体力作りならともかく、呪文が唱えられないから魔術が使えない。これが地味に困るんだよな。結局、呆れ顔の先輩に追い返されてしまった。


「あーそっか、だから朝起こしてくれなかったのかぁ」


 そもそもは今朝目が覚めて、壁越しに気付け術を使おうとしたところで、声が出ないことに気付いたのだ。一応壁をバシバシ殴ってみたりはしたものの、それでキーマが起きる確率はマイナス200%。

 諦めるしかなく、その結果が先ほどの喧嘩だった。弁解も出来ないのだから、甘んじて受けるしかないではないか。


「ヤルンも、何か紙にでも『声が出ません』くらい書いて置いたら良かったのに。そしたらこっちだって誤解せずに済んだのにさ。危うく本当に殴っちゃうところだったよ」


 そういやそんな方法があったな。気付かなかったということは、自分で意識するよりもぼーっとしているのかもしれない。


「今日の護衛のお仕事も、シフトを変えて貰えるようにお願いしておきましたから」


 こっくりと頷いて口パクで「ありがとう」とだけ伝える。単純な単語ならこれで分かって貰えるだろう。


「それで、もう医者には診て貰ったの?」

「あまり気が進まないみたいで……」

「面倒がってたら治るものも治らないよ」


 ふん、食欲はあるのだし、こんなものしっかり食べて寝ておけば治るっての。そう思っているのが表情で伝わったのか、ココが忠告してきた。


「くれぐれも魔力の量には気を付けてくださいね。師匠せんせいにお願いして、水晶を何本かお借りしてきますから」


 魔術が使えなければ、体内の魔力が増える一方だと言いたいのだろう。それは風邪よりもよろしくない。申し出は有難く受け取っておいて、自室に戻ることにする。

 夕方には彼女が約束通り水晶と薬を持ってきてくれた。師匠お手製の薬なんて恐ろしかったが、きちんと飲み終えるまでココが見張っていて逃げられなかった。


 ……ま、まずっ、苦~ッ! 風邪より薬に殺される!!



 さて翌日、目を覚ましてみるとノドの痛みは引いていた。熱っぽさや怠さもないし、なにより。


「……あー、あー。おお、声がちゃんと出る!」


 きっと薬のおかげだ。この世の終わりかってくらいのマズさだったが、効果は抜群だったらしい。一応礼は言っておかないとな。などと考えつつ、壁に向かって気付け術をかけた。


 壁をコンコンと叩く合図が聞こえて、キーマがバッチリ起床したことを確認。うっし、魔術も問題なし! と思ったその時、鼻がむずむずした。


「は、くしゅん!」


 がごっ! ……? 不審に思って音がした方を確認し、机の上段の引き出しが開いているのを発見した。あれ、確かに昨日、閉めてから寝たよな?


「っくしゅ!」


 がたーん! 今度は壁にかけておいたカレンダーが落ちた。おいおい。


「……これって、もしかして。くしゅん!」


 どーん! という何かが落ちる音と、「わー!?」という悲鳴がキーマの部屋から壁越しに聞こえてきた。うわわわ。


「くしゃみのせい……はくしゅん!」


 ばたーん! 鍵を閉めたはずの扉までが全開になる。ええぇえ、どーなってんだ、なんで、くしゃみで怪現象が!?

 その時の俺はまだ幾つかのことを知らなかった。一つは、自分がかかった病気が、魔力持ちのみがかかる特有の風邪だったこと。症状はご覧の通りで、魔力が勝手に外に漏れ出して迷惑極まりない状態になる。


 もう一つはそんな病気を発症した体で歩き回ったせいで、周囲に振り撒いてしまったこと。感染者が断続的に増え、城内は大混乱に陥った。当然の如くココも寝込んでしまった。ひー、ごめんなさい!

 そして最後は、事態を察した師匠がやってきて説教された挙句(あげく)不味(まず)い薬を昨晩の倍量飲まされる羽目になったことだ。その上、その薬を皆のために大量生産させられるという未来が待ち受けていた。


「匂いが苦い! 目に染みるっ! 俺だってまだ病み上がりなのにぃー!」


 叫びながら、師匠が俺の部屋に持ち込んだ鍋をかき回していると、脇で材料を計量していたじいさんが「黙ってやらぬか」と睨んできた。


「ただの風邪と(あなど)って医者やわしに診せなんだお主が悪い。安心せい、倒れてもそこに自分のベッドがあるでな」

「絶対、この匂いが染み付くじゃねぇか。そんなベッドで眠れるかよ!」


 これなら声が出ない方がまだマシだった! ……はくしゅん!!

書こう書こうと思ってずっと忘れていた病気ネタでした。最初に付けた仮のタイトルは「風邪っぴき」。まんまですね。ネタバレになるのでやめましたが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も師匠に怒られていましたね。でも今回は珍しいことに、偶然でもなく純然たる自業自得であって、さらに師匠の取り成しも完全無欠に正論なんですよね。 そろなずなのに、どことなく釈然としない想いを…
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