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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第八部 騎士見習い編―後半
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第六話 師匠の魔力量診断

騎士見習いになっても夜の訓練は続いています。ある日、その訓練を自分の部屋でやると言われ、ヤルンは大慌て。

 王城勤めが始まってから、夜の訓練は兵舎脇にある屋内訓練場を借りて行っていた。今住んでいる騎士寮からだと少し遠いけれど、貴族出身者が多い騎士達の目に留まるよりは気が楽だ。

 妙なことがあるとすれば、もう教官助手の立場からは外れたのに、相変わらずココが夕方になると部屋に迎えにくることか。


「もう日課のようなものですし。ご迷惑ですか?」

「いや、迷惑ってわけじゃないけどさ……」


 まぁ、ついて来れば一緒に訓練が出来るという目論見(もくろみ)もあるのだろうから、そこは別に構わない。師匠はまたも、当然の(ごと)く俺の部屋のスペアキーをココに渡しているし……もう諦めた。


 それより気になるのは、物凄~く今更だけど、ココって普通に部屋に来るし、入り浸るところだ。今いる騎士寮なんて一階が共有スペースなだけで、二階以上は男女で建物が分かれているのにお構いなし。

 いつか絶対に叱られる気がするぞ、こっちが。「新入りの騎士見習いは部屋に女を連れ込んでいる」なんて噂が立ったらどーすりゃ良いんだ?



 それはさておき、その日いつものようにやってきたココに「今日も訓練場か?」と問いかけたら、違う答えが返ってきた。


「今日はこちらで行うと(おっしゃ)ってましたよ」

「こちら……? え、俺の部屋ってことか!? ちょっと待てよ!」


 焦るこちらをよそに、ココが後ろ手に扉を閉める。確かに兵士の頃に使っていた部屋よりは広い個室だ。でも、だからって魔術の訓練なんかしたらベッドもテーブルも椅子も……全部が全部吹き飛んじまうだろ!?

 術の加減を間違えれば、隣のキーマの部屋にまで被害が拡大する恐れもある。……それはちょっと面白いかもしれない。などと考えていると、コンコンと軽快なノック音がして師匠が入ってきた、って!


「おいコラ。返事する前に入ってくるな」

「む、細かいことを言うでない。わしらの仲に遠慮など不要じゃろう?」

「気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇ!」


 俺達は師弟関係ではあるが、それだけだ。魂まで売り渡したつもりはない。毛頭、断じて、これっぽっちも!


「あれ? 今日はここでやるんですか? 珍しいですねー」


 とか言いながら、隣の部屋で物音を聞き取ったらしいキーマまでもが入ってくる。お前はなんで当たり前みたいな顔してんだよ、おかしいだろ? 何でもかんでも順応すれば良いってものじゃないぞ。


「俺の部屋を吹っ飛ばそうってんなら、ただじゃおかないからな」

「安心せい。訓練の他にしておきたいことを思いついただけじゃ」


 4人ともなると手狭感は否めない。せめて扉を開けておけばマシだろうに、師匠はキーマにぴっちりと閉めるよう指示してから俺のベッドに腰かけた。

 加齢臭とか染み付かねぇだろうな。夢の中でまでジジイと会うのは御免だぜ。


「ヤルンよ。口は災いの元じゃと何度説明しても分からぬようじゃな?」

「まだ何も喋ってませんよねー。パワハラが過ぎやしませんかねー」

「ぉほん。では始めるかのう」


 くそ、誤魔化したな。師匠の咳払いに、仕方なく皆が適当に腰をおろす。


「んで? 一体、何をおっ始めようってんスか?」

「魔力量の再検査じゃよ」

「な……」


 驚きはのどに絡み、全身が冷や水を浴びせられたみたいに硬直する。「検査」と聞いて脳裏に(ひらめ)くのは、兵士になった直後に受けた適正検査だ。魔力の有無や潜在量を調べる検査である。


 やり方は簡単で、無色透明の液体をコップ1杯分飲むだけ。水と区別が付かないシロモノだが、飲んだ後が実に恐ろしい。

 全身を襲う激烈な熱と痛みは、強い魔力を持っているほどに増すらしく、あの時は体に雷でも流し込まれたんじゃないか思った。


「二人とも大丈夫?」


 血の気が引いた顔をしていたのだろう。キーマが俺とココの顔を覗き込む。はっと我に返った俺は軽く頭を振り、師匠へと無理矢理焦点を合わせた。


「あっ、あれをまたやろうってのか? 冗談じゃ無ぇぞ!」


 胸元でぎゅっと両手を握りしめるココの顔も白い。彼女もあの時、かなりの痛みと恐怖を味わったに違いない。


「知ってるだろ、魔力が増えてるって」


 魔力は普通、生まれた時にある程度の量が決まっていて、あまり増えることはない。でも俺達は元の量が多かった分、「普通」以上に増えた。俺なんて完全に規格外だろう。ぐぬぬ。

 学院にいた頃にやたらと不安定になっていたのも、増え過ぎが原因の一つじゃないかと思っている。こんな調子で、制御力はいつか本当に追い付くのか?


「んな状態で『あれ』を飲んだりしたら死ぬっての、マジで殺す気かよ!」

「だからじゃよ」


 ずっと無表情で俺の怒りを受け流していた師匠がやっと口を開いた。


「己を知らずに魔術は扱えぬ。そのような弱腰では魔力を失うことになりかねん。自我を(ぎょ)しきれぬ者は、自我に食われるが必然じゃからな」


 自分の心に呑まれるという意味か。そうなれば自分も周りも無事では済むまい。


「ま、わしも鬼ではない。『あの苦痛をまた味わえ』などと言うはずがあるまい?」

「アンタ何回俺で新薬の実験しようとしたか忘れたのかよッ!」


 下手にシリアスぶった自分が馬鹿だった。次にどこかであの検査薬が出てきたら、絶対にその口に()じ込んでやる。どんな手段を使ってもな!


「すっかり忘れておるようじゃが、あれは魔力の有無と大まかな量を調べるための薬じゃ。正確な量を測るのには向いておらん」

「あ……」

「早とちりしおって」


 言われてみれば。トラウマ過ぎてすっかり失念していた。師匠は軽く息を吐いてから、ローブの裾を揺らすと例の細長い水晶を取り出して俺にポンと手渡した。ひんやりと冷たい。


「さっさと込めよ。後の話はそれからじゃ」

「あ、あぁ。成程な」

「確かに、これを使えば正確な量が分かりますね」


 要するに持ち得る全部の魔力を込めて、水晶の本数で測るというわけだ。これならば検査薬よりもっと正確に測定が出来る。


「おお、カフスは外すのじゃぞ。着けたままでは正確に測れぬからな」


 装着が義務付けられているのに、取ってしまって良いのか? まぁいいや、バレても師匠のせいだし。そう自分を納得させて耳からカフスを外した。うぅ、この着脱の瞬間に魔力が動くのが気持ち悪いんだよな。

 目を閉じて意識を集中し、手にした水晶へと魔力を込めていく。最初のうちは戸惑ったけれど、すでに何度も経験して今では慣れっこだ。


「……ん、次くれ」

「もう1本お願いします」


 当然、俺もココも1本や2本では終わらない。込め終わると次、いっぱいになれば更にもう1本だ。水晶同士がぶつかってカツンと硬い音を立てるのが聞こえた。


「だ、大丈夫なんですか?」

「ふむ、もう少しかのう」


 問いかけるキーマの声は焦りを(はら)んでいる。次々に水晶に魔力を込めていくのを見て、怖くなってきたのかもしれない。もしこれが血だったら、今頃失血死してんじゃないか? って勢いだろうからな。


「う……」


 ひたすら作業を続けていると、頭がくらくらし始める。体内の熱が失われ、そのうち自分がきちんと椅子に座っているのかも分からなくなってきた。


「止めよ」


 温かい手で腕を掴まれる感触とともに、制止の声が聞こえたと思ったところで、意識は遠のいていった。



「あ、起きた」


 目を覚ますとキーマの顔があった。どうやら床に転がされていたようだ。聞けば気を失っていたのは30分ほどらしい。

 つか、ココがベッドに寝かされていたから仕方ないにしても、冷たくて固い床に放置って酷くないか?


「どんな感じ?」

「おう、空っぽだ。見事にすっからかんだな」


 体を起こすと、発熱時のようにふわふわする。見れば、テーブルに転がる細長い水晶は魔力をたっぷり含んで、日を浴びた水面のような(きら)めきを放っていた。

 薄く赤に色づいているのがココの分とすれば、……俺の、黒ッ、怖! 前は俺が赤でココが青だったのに。魔力が増えるとこういう変化もあるんだな。


「ほれ。ヤルンが12本で、ココが10本じゃな」

「……相場は?」

「普通は3から、多くて5本くらいかのう」


 げぇ、マジかよ。倍以上じゃねぇか。


「というか、一体どこにそんなに隠し持ってたんスか?」


 ガンガン使っておいてなんだが、決して安い物ではないだろうに、不思議になるほどの本数だ。


「隠し持つとは人聞きの悪い。当然の(たしな)みじゃよ」


 ズレまくった常識を前に口をあんぐりと開けていると、今度はココが目を覚まし、俺と全く同じ反応を見せる番になるのだった。


「んじゃ、目的は達したんだし、もう良いでしょ。少し返して貰いますよ」


 飽和はまずいが、減らし過ぎも体には負担だ。2本ほど体内に戻してひと心地つく。残った大量の水晶を見て俺は「ところで」と言った。


「なんじゃ?」

「これ、どーするんスか」

「……ふむ」


 前にじいさんは、一度に多くの魔力を売ると市場が混乱する、と言って手元に残していた。それは転送術の動力として役立ったわけだが、また何かに利用するつもりだろうか。


「数回に分けてちまちまと売っても良いかもしれんが、面倒じゃな」


 まだはっきりとした予定はないらしい。だったら、俺には一つ提案したいことがあった。


「なら転送術を教えて下さいよ」

「む?」


 大抵の術は魔術書を読めば習得出来るが、数多ある魔術の中でも転送術はかなりの高難度の術だ。使えれば便利そうだから出来れば習得したいものの、失敗のリスクも高そうで、自己流で身に付けるのは怖い。


「この水晶があれば練習出来るでしょ」


 一本を手に取り、振りながら詰め寄ると、師匠は多少逡巡(しゅんじゅん)を見せてから頷いた。


「……そうじゃの。良い頃合いかもしれぬな」


 おっし! 絶対身に付けてみせるぞー! 「私にもご指導お願いします!」と追随したココも一緒になって、翌日から俺達は転送術の猛特訓を始めたのだった。

第一話でウォーデンから王都に飛ぶのに必要だった魔力は、水晶に換算すると20本超。普通はやろうと思わないレベルの消費量です。

そこまで必要だったのは、キーマが付いてきてしまったせいもありますけどね。

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