表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/193

番外編2 お蔵入り集

第六部と第七部にそれぞれ入れ損ねたお話です。短いのでひとまとめで。

◆第六部より。そこそこ育った見習い魔導士達の面倒を見るヤルン。

 書いたものの、結局入れる場所がないままお蔵入りになりました。


「構え!」


 俺のかけ声に合わせて、見習い達は魔導書を取り出して大きく息を吸い込んだ。次の号令で今度は一斉に呪文を紡ぎ始める。


「詠唱始め!」

虚空(こくう)を行き交う物達よ、今ひととき集いて――』


 風の攻撃系の中では初歩の術だ。こいつを間違えるやつは、もうスウェルには一人もいない。高い声も低い声も、幾重にも折り合わされた太い綱のように絡まり合って、一つの大きなうねりを生み出す。

 やがて俺はゆっくりと上げた腕を、一気に振り下ろした。


「撃てッ!」

『行く手を阻む敵を切り裂かん!』


 完成した術が叫びと共に発動する。周囲の空気が持っていかれる! と思った次の瞬間、見習い一人ひとりの手から繰り出された風が見えない刃となって迸った。

 すぱぱぱぱぱっ!


 屋外訓練場に蔓延(はびこ)っていた雑草が舞い散るようにして飛びはねる。青々と茂っていたもの、日差しにやられてしおれたもの、枯れかけなど、全てが気持ちのよい(いさぎよ)さで刈られていった。

 そこまで見届けたら、今度こそ俺の出番だ。


『行く先を知り、儚さを愛する子等、我が呼びかけに応えよ』


 手を上げて詠唱すると、収まりかけていた風が勢いを盛り返して高く巻き上がった。地面に落ちかけていた草が風を受けて飛んでいき、ぐるぐると渦を巻く。あちらこちらから、おおという感嘆の声があがる。

 場の全員がつられて空を見上げ口を開けている中で、唯一ココだけは俺の意図を理解してパンパンと手を叩いた。


「はーい皆さん、かごを構えて下さいねー」


 穏やかな声に、魔導士の卵達は弾かれたように木の皮で編まれたかごを高く掲げた。どれも、両手でなんとか抱えられる大きさだ。


「顔で受け止めたくなきゃ、しっかり持ってろよ!」


 俺は広げた手の一方を上から思い切り振りおろす。すると頭上を飛んでいた草がヒモで引っ張られたみたいに急降下をし始め、掲げられた幾つものかご目がけて突撃していった。



緊迫した場面かと思いきや、魔術で草刈りをするという間抜けなシーンでした。便利ではあると思うんですけどね。



◆第七部第二話「旅行カバンと関所の一悶着」より。

 馬車でウォーデンに向かう途中のヒトコマ。

 御者(ぎょしゃ)が関所に通行申請をしに行き、戻ってくるまでにあった出来事です。


「それでは許可を取って参りますので、しばらくお待ちください」

「おー、馬車は見張っておくから安心してくれよな」


 にこりと人懐こい笑顔を浮かべた御者のおじさんが、「よろしくお願いします」と白髪の交じり始めた頭を下げて、許可を待つ人の長い列に向かって歩き出す。


「昼飯にしようぜ」

「はい、そうですね」


 辺り一帯、遮るものもない草原地帯だ。ここまで連れてきてくれた二頭の馬が、地面に生えた草を美味しそうにせっせと()んでいる。長閑(のどか)な光景だ。それを楽しそうに眺めていたココが顔を上げて頷いた。


 あちらこちらには俺達と同じように順番待ちの馬車がとめられており、行商人が焼き鳥などを売り歩いている。どこからか魚が焼ける香ばしい匂いも漂ってくる。

 時刻はちょうど昼を過ぎたくらいか。馬車に揺られているだけというのも、結構体力を消耗するものらしく、運動したわけでもないのに腹の虫が鳴いた。


「何か買ってくるよ」


 そう言ったのはキーマで、剣を腰にさし直しているところだった。じゃあ、と頼もうと思ったが、馬や馬車に何かあっては困る。見張っておく人間が必要だ。


「俺らより剣士が居た方が牽制けんせいになるだろ。ココ、一緒に来てくれ」

「はい」

「えー、一人で留守番?」


 俺達は今、簡素な旅装束だ。それに魔導士はパッと見では丸腰にしか見えない。ココに一人で留守番させるのは気が引けるし、ここはキーマが適任だろう。


「4人分をひとりで運ぶのは効率が悪いだろ」

「すぐ戻ってきますから」


 つまらなさそうな表情のキーマに「寝るなよ」ときつく釘を刺しておいて、俺達は草でふかふかの地面を踏みしめ、昼食の調達に出かけた。



「何が買えるでしょうか?」


 保存食は持ってきているけれど、乾きものばかりでは味気がない。汁気のある食べ物を口にしたい気分だな。


「さっき焼き鳥屋が歩いてたよな。あと、スープか何かがあると良いんだけど」


 道中、幾人もの旅人たちとすれ違っていく。街道では旅人をあまり見かけなかったことから考えて、スウェルの町からより、近くの村や集落からの人間が多いのかもしれない。


「おっ、そこのお二人! 焼いた芋は要らないかい?」


 弾んだ声をかけてきたのは、両手で編み(かご)を抱えた4、50代くらいのおばちゃんだった。布で頭や全身をすっぽり覆うような恰好をしている。直射日光を避け、寒い季節でも物を売り歩けるようにするためだろう。


「芋? お、ほんとだ」


 籠の中には、緑の葉っぱに包まれた拳大のものがごろごろと入っている。おばちゃんに促されて、そのひとつを()いてみると、中からはほんのりと温かい芋が丸ごと出てきた。


「わぁ、温かいですね」

「昼に焼いたばかりだからね。焼いただけって思うかもしれないけど、このあたりで取れる芋は甘みがあって美味しいんだよ」


 芋にはあちこちに焦げた跡があり、割ればホクホクの中身が湯気とともに現れるに違いない。想像して、思わず喉がごくりと鳴った。


「腹にも溜まるから、旅にはおすすめさ。どうだい?」


 ぐう。おばちゃんのセールストークに返事をしたのは、俺の腹だった。う、恥ずかしい。


「おやおや。かなりお腹を空かせているようだね」

「ふふっ。頂きましょうか」


 そんなわけで、俺達は人数分の芋を買うことにした。すると、おばちゃんは目を丸くして「そっちのお嬢さんも二つ食べるのかい?」と聞いてきた。どうやら恋人か何かに誤解されたらしい。

 ココは狼狽(うろた)えて、裏返った声で「ち、違いますっ」と手を振りながら否定している。おいおい、それじゃ逆に認めてるみたいだぞ。


「あー、友達というか、同僚かな?」


 そりゃあ毎日顔を合わせていてココを意識することがない、と言ってしまうと嘘になる。可愛いとは思っているし、日に日に大人びていく彼女にどきりとさせられる瞬間もしばしばだ。

 でも、ココは本当にストイックというか、魔術が恋人みたいなやつだしなぁ。うーん。将来、本当にどうするのだろうかと心配する父親みたいな心境になってしまうのだ。


「えぇ、本当かい?」

「ほ、本当です!」


 あー、もしも師匠が冗談でも嫁に欲しいなんて言ったら、受けちゃいそうだな。それはさすがに友人として全力で止めることとしよう。


「買ってくれてありがとうねぇ」


 おばちゃんは、(あきな)いのプロらしくそれ以上は踏み込んで来ず、笑顔で(きびす)を返して去っていった。冷めきってしまう前に芋を売り切るつもりなのだろう。


「やっぱり、おばちゃんはああいう話題が好きだよな」

「ビックリしました……」


 まだ少し顔を赤らめて恥じらうココは、旅向きのピタッとした私服姿も相まって年相応の女の子という風情で可愛らしい。そう思いかけ、オジサン思考だったなと反省する。


「どうかしましたか?」

「何でもない。それより飲み物も探してから早く戻ろうぜ。芋が冷めちまう」


 運よくお茶を振る舞っている行商人を見つけて購入し、馬車の元まで戻ってみると、事態は思わぬ方向に動いていた。



本来はここで兵士長から呼び出される流れになる予定でしたが、無駄に長くなるために本編内ではバッサリカット。これでも初稿よりだいぶ削っています。



◆第七部第六話「ヤルン先生の魔術講座」より。

 魔術で自分の魔力を縛ったヤルンが、ココに勧められて医務室に行くお話。

 ヤルンがどういう状態かを念頭に入れてお読みくださいませ。


 医務室の医師や看護師は「またか」という顔で俺達を出迎えた。

 角ばった顔の生真面目な中年医師は俺だけを個室に案内し、服を脱ぐように指示する。俺はローブを取り、服を脱ごうとしたところであることに気が付いた。


「あ」

「なんだね」

「やっぱ脱がないと駄目っスよね」


 あははと乾いた笑いを浮かべると、じとっとした目を向けられ、「女性じゃあるまいに」と呆れられた。いや、そういう意味じゃないんだけどさ。


「あー、じゃあ脱ぎますけど、驚かないで下さいね」


 まぁ忠告しても無理だと思うが、一応そう前置きしてから一気に脱いだ。


「う、うわあっ!?」


 あちゃあ、ビックリし過ぎて椅子から転げ落ちちまったよ。大丈夫かな。


「何事ですか? きゃあっ!」


 今度はおっさんの悲鳴を聞いて飛び込んできたオフェリアが叫び声を上げる。おいおい。ったく、なんのために個室にしたんだか。


「あらら、大丈夫ですか?」


 後ろから覗いたココだけは冷静に医師を気遣い、起こしてやっている。頭などを打ったりはしていないようでなによりだ。


「きき、君は何をしているんだ!」


 学院で起こる怪我は魔術絡みであることも少なくない。医師は魔導師ではないけれど、その手の知識にも長けている。その長年(つちか)った経験をもってしても、俺の身に何が起きているのかは分からなかったらしい。


「ご覧の通り、魔力が暴走しそうだったんで、術で縛ったんです」

「むちゃくちゃだ」


 医師は青い顔で呆れたように言った。そりゃあそう言いたくもなるだろう。これ、本来は敵を抑えつけたり捕虜や囚人を縛るためのものだからなぁ。


「かなり強いものではありませんか? とても痛みを伴うと聞いていますが……」


 オフェリアはちらちら視線をやりながら、「そこまでしなくても」と言ってくる。恥ずかしいなら外で待っていれば良いのに、生真面目な彼女は思い付かないみたいだ。


「術をかけた時は死ぬかと思うくらい痛かったけど、もう平気です」

「ヤルンさんの場合、これより弱い術では効果がないんです」


 自分に代わって、ココが簡単に説明してくれた。

 魔力の暴走は魔導士ならば誰にでも起こり得る災難だ。何かのきっかけがあると、普段は自分の思い通りに動くそれが突然牙をむく。勝手に溢れ出し、暴れ出す。

 そして、持っている魔力が強ければ強いほど、本人と周囲に大きな被害をもたらすのだ。


「膨れ上がる速度が半端じゃなくて、そうなると強制的に縛るしかなくて。こっちに来てからはあんまり発散する機会もなかったので」


 お騒がせしてすみません。軽く頭をさげてはみたものの、医師もオフェリアもどう返事をしていいのか困ってしまったみたいだった。



書いていて面白かったんですが、学院側に知られるとあとの展開に繋がらなくなるのでお蔵入りにしました。

完全に自己満足ですね;

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 魔法で草刈り、便利ですね。 一家に一人ヤルンがいれば……と思っちゃいました。 できれば、玉ねぎのみじん切りもお願いしたいです(^^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ