番外編1 少年達の邂逅・前編
本編中に入れにくかったり、入れるタイミングを逃したお話などを載せていくコーナーを作ってみました。時系列などもランダムですのでご注意を。
1回目は別作品「扉の少女」とのコラボものです。
このお話だけで読めるように書いていますので、よろしければ。時期は第六部あたりを想定しています。
夜の帳が降り、辺りが静まり始める頃。俺は時々、こうして眠る前にベッドに寝転んで魔導書を開くようにしていた。覚えた術や呪文を忘れてしまわないためだ。表面を攫うだけでも記憶を刺激する効果があるからな。
「ん? これ……」
とある頁で指が止まる。目が吸い寄せられたのは、見習いの頃に書いた懐かしさすら感じる頁。かつて一度だけ師匠の監視のもとに行った術の記述だった。
「遠見の術、だっけ」
遠眼鏡のように遥か離れた場所や、術者の力量によってはこの先起こる事柄を知ることが出来る。ただし、低レベルの魔導士にとっては何が見えるかわからないビックリ箱みたいな術である。
『ま、占いみたいなものじゃのう。何かの足しにはなるだろうて、とりあえず覚えておけ』
師匠はそう前置きしていた。世の中にはこれを専門とした魔導師も存在し、「占い師」として町に溶け込んでいる。
ふいに、部屋に置かれた姿見が目に入った。遠見にはこうした鏡や水を張った器などの像を結ぶものが必要なんだったっけか。
「久しぶりにやってみるか」
鏡を見ていると、胸に腕試しをしてみようという気持ちが生まれた。制御力がモノを言う術はココのような魔導士にこそ向いているのだが、苦手だからと逃げていては上達もしない。
あれから俺だって技術は確実に上がっているのだし、何か面白いものが見られるかもしれないし! そう考えてベッドから起き上がり、書面を指先でなぞって頭の中でおさらいし、鏡の前に立った時だった。
「まだ、起きてますか?」
「お、ココか? 入れよ」
言ってパチンと指を鳴らすと、扉にかけた魔術錠がかちゃりと外れた。キィと音をさせて入ってきたココはカップが二つ乗った盆を持っている。飲み物を持ってきてくれたみたいだな。
ん、なんでそこで固まるんだ? 頬まで染めて。
「あの、お取り込み中でしたか……?」
妙に控えめな問いに俺は「え」と呟き、それから彼女が何を恥ずかしがっているのかに思い至った。顔がかーっと熱くなり、慌てて両手を魔導書ごとぶんぶんと振る。
「ち、違っ、誤解すんなって!」
どうやら鏡の前に立つ姿を見てナルシスト的な行為だと思われたらしい。んなわけがないだろ!
「術の練習ッ!」
「あ、あぁ、そうだったんですね」
はぁ、納得してくれたか。これ以上変なレッテルは要らないから、貼られる前に断固阻止しなければ。ココは運んできた温かいココアを手渡してくれ、俺が開いていた頁をちらりと見遣る。
同期でずっと共に学んできた優等生は、それだけで内容を悟ったようだった。
「あれからやってみたか?」
問えば青い髪が揺れ、否と返ってくる。
「知識や技術の乏しい術者が安易に行えば、魅入られることもあるというお話でしたから」
鏡は異界の入り口とも言われ、見てはならないものを映す恐れも含んでいる。そういうものに惑わされずに見極められるのが真の術者だ。師匠が語った教えが魔導書にもしっかりと記されている。
「そうなんだけど、いつまでも放ったらかしもなんだかなーと思ってさ」
「ですね。……あの、私も一緒にやっても良いですか?」
ココはテーブルにまだ湯気の立つカップを置き、俺を真っ直ぐに見つめた。どきりと心臓が跳ねる。そういや今は二人きりだったと改めて自覚してしまい、鼓動が早まった。
落ち着け落ち着け。そう念じつつココアを煽る。熱っ!
「二人でやりましょう。一人が惑わされそうになったら、もう一人がサポート出来ますし」
「そ、そうだな。その方が安心だし、な」
『世の写し見、誘う香』
呼吸を整えて鏡に向かい、呪文を唱え始める。これも二人で行えば一種の共鳴魔術のような状態になるのかもしれない。相乗効果で精度が上がると良いのだが。
『望みに応え、扉を開け』
初心者でも唱えられる、いたって単純な言葉の羅列。たったそれだけで、鏡はまるで水面のようにゆらゆらと波打ち始めた。
「どきどきしますね」
「気を抜くなよ」
どちらかといえば自分に言い聞かせているような注意に、ココも素直に頷く。幾度となく中心から外へ向かって波を描いていた鏡面が、やがては何かを映し始めた。二人揃ってそれをじっと覗き込む。
ところが、黒や白がはっきりとした線や面に変わっていくにつれ、俺もココも呆気に取られた。
『だ、誰?』
映し出されたその姿――黒髪の女の子は驚いた声をあげてこちらを見つめていた。同い年くらいだろうか。厚みのある生地で仕立てられた寝間着姿をしていた。
「えっ、ちょ……」
「これって」
想像もしていなかった展開だ。ココも同じ気持ちだっただろう。
『あ、あの』
テーブルとベッド、クローゼットだけの最低限の家具に、飾りと言えば手作りと思われる可愛らしいカーテンと、ぬいぐるみだけの小さな部屋。
青い瞳の少女は、突然の出来事にどうしていいのか判らず慌てているようだった。立ち尽くし、うろうろと視線を彷徨わせて固まっている。この状況じゃ無理もないだろうが。っていうか誰? どーなってる!?
彼女はかろうじて勇気を振り絞り、弱々しい声で言った。
『ゆ、幽霊……?』
「うわわわ、違う、違います、すいません!」
「ごめんなさい! 人間です!」
逃げだそうとする相手に向かって、口々に叫ぶ。激しく場を去りたい衝動に駆られたけれど、ここで逃げたら本当に幽霊にされてしまう。
見ず知らずの子に無用のトラウマを残すかもしれないし、俺達を映しているだろう鏡だか何だかも、罪もないのに即刻お払い箱にされてしまうだろう。
そんな展開は絶対に嫌だ。罪悪感と恥ずかしさで当分眠れなくなる!
「ええっと、俺はヤルンでこっちはココ。幽霊でもお化けでもないから、まずは安心して」
『本当……?』
努めて冷静に伝えると、女の子は逃げ腰だった身を正面に向けて、ひとまず話を聞いてくれる気になったようだった。ほっ。
「私達はユニラテラ王国に住んでいる者です」
『ユニラテラ……?』
『あら、どうかしたの?』
その時、鏡に映った少女の後ろから別の声がかかった。その声の高さから女性だとは想像できたが、「どうしたの」とこちらを覗き込んできた姿を見て俺もココも息をのんだ。
光を集めたような金の髪、深く透き通って見える碧眼と白い白い肌。男女問わず一瞬で目を奪われるほどの美人だった。王都でだってこれほどの美女には出会ったことがない。
『これは……不思議ね』
美女がびっくりしている間に、俺達は全く同じ説明を繰り返した。すると、彼女は現象そのものよりも別の事実に驚かされたらしい。
『ユニラテラですって?』
『エル、知ってるの?』
エルと呼ばれた女性の一言に、女の子が振り返る。どうやら先程は国の名前にピンと来なかったようだ。ユニラテラ王国はそこそこの大きさがあるし、人口も少なくない。決してマイナーな国ではないと思うのだが……?
『大陸の西の果てにある国よ』
この展開、うまくやらないと、怪談話を自ら作っちゃうことになりますね。
相手にしたらかなりホラーじゃないかと。




