第二話 荷物運びと黒い石
一話のその後。ヤルン達が知らないところで別の騒動が実は起きていて……ワンクッション回と思いきや、ちょっとした事件も。
びっくり面接が終わったあとは、これまた怒涛だった。何を置いても騎士見習い服を仕立てるために採寸だと言われ、お針子達に囲まれてあちこち測られた。
今までローブや兵士服を着させられてきたけれど、あれは大量生産の既製品で中古服も多かったから、一から仕立てるなんて初めてだ。
測りまくられて恥ずかしいやら、くすぐったくて笑いを堪えるのに苦労するやらだった。
その後はひとまず、前に王都に居た時と同じように兵舎で食事を取り、夜は仮眠室で眠った。荷物はおろか着替えすらない。全部買い直すなんて金が勿体ないが、取りにも行けないよなぁ。
そういや、誘拐(と言っていいよな、あれは)の現場に居合わせてしまったオフェリアはどうしただろう。ちゃんと説明は受けたのだろうか?
ぼんやりとそんなことを考えて眠りについたら……驚いたことに翌朝には荷物一式がごっそりと届けられていた。
「マジかよ。どこまで用意周到なんだよ」
見れば、ウォーデンからスウェルに送ろうと荷造りしていた分だけではなく、スウェルの自室に置いてきた分までが揃っているようだった。
3人分ともなればそこそこにはなる。それが、二段ベッドが整然と並ぶ仮眠室の一角を占拠する光景は異様だ。いやいや、その前にこの荷物はどうやってここに届いたんだ!?
俺より先に起きて荷物の確認をしたらしいココの顔も、心なしか白い。
「ウォーデンからの荷物、まだ箱詰めしてなかった物まできちんと入ってます……」
ぎょっとして確かめたら本当だった。俺だってゾッとしたのだから、ココの嫌悪感は相当なものだろう。どう声をかけて良いか分からずに立ち尽くしていると、キーマが廊下からひょっこりと顔を出した。
「安心して良いよ。さっきオルティリト師に聞いたら、ココの荷物をまとめたのはオフェリアらしいから」
「ほっ、本当ですか?」
キーマが人好きのする笑顔で頷くと、やっと彼女の体から強張りが解ける。女性同士でも触られたくない荷物もあったかもしれないが、知らない誰かに弄られるよりは遥かにマシだろう。
こいつの、本人が気づく前に動いてフォローを入れる手際の良さは見習わないとなと思う。
「で、俺らのは?」
「さぁ?」
「そこも確認しろよ!」
ったく、ガラじゃないっての。
自慢は広さだと言わんばかりの簡潔な食堂に3人揃って足を踏み入れた瞬間、帰りそびれたスウェルを思い出して、突然の郷愁に自分でも驚いてしまった。
食堂の奥にはカウンターが、手前には4人掛けのテーブルと椅子が幾つも無造作に設置されている。
「何か言ったかのう?」
ふいにかけられた声に室内を見回すと、端っこの席で何やら飲んでいる背中を見つけた。振り返った師匠の手には湯気が立つカップが握られていて、近づくと甘い果実の香りがした。
女子かセレブかよ。……ん? 借金云々はともかく、私生活で金に困っているところを見たことがないから、実はマジでセレブだったりする? だから金銭感覚がおかしいのか?
「腹が減ったなって言ったんスよ」
「ふむ、荷物は揃っておったかの?」
「一応は。つか、あの荷物、どうやって王都まで届けられたんスか」
「早馬だって絶対に間に合いませんよね?」
ココがそう質問したら、師匠がローブの裾からまたも例の水晶を取り出して「これじゃよ」と言った。
もしかして、転送術か? 俺達を飛ばした時みたいに、術が仕込まれた布に魔力を注いで? でも、あれだけの物を長距離移動させようとすれば、えげつない量の魔力が要るはずだ。
「お主らが散々送ってきておったろうが」
「あれ、売り払ったんじゃなかったんスか」
全て換金されたと思い込んでいた。取ってあったとは驚きだ。
「馬鹿者。お主じゃあるまいし、誰がそんな即物的なことをするか。第一、あんな量を一度に流してみぃ、市場が混乱するであろうが」
げ、そこまでの量だったのか。預かり知らぬところで、またやらかしかけていたようだ。ふー、助かった。ウォーデンで売ろうとしなくてほんとに良かったー。
「それに、実は関所にやりとりしているのがバレてのう」
「……へ?」
師匠がとつとつと話したところによると、だ。
スウェル・ウォーデン間の関所の人間が、定期的にやりとりされる小さな荷に不信感を抱いて開封し、出てきたブツを前に蜂の巣をつついたような大騒ぎになったらしい。
連絡を受けたウォーデンもスウェルも同様の状態になったという。……おい。
「なな、なんだそれっ、滅茶苦茶大事になってるじゃねぇか!?」
魔力は貴重な資源だ。そのため、それを目的とした人さらいなどが横行しないように、許可を得た人間しか扱えないことになっている。
でも、個人レベルのやり取りなら大丈夫だと思っていたし、箱には外へ魔力が漏れない術が仕掛けてあったのだが、いかんせん頻繁過ぎたようだ。この展開、ヤバくね?
「そ、それでは私達は罰せられるのですか……?」
「お主ら、兵士長に感謝するのじゃな」
兵士長? 首を傾げると、キーマが「ルングさんだっけ」と思い出した。名前はともかく、あの勇ましい姿は自分も覚えている。
挨拶をしただけだから「顔見知り」というのもおこがましいけれど、それが幸いだった。ルングは俺達が犯罪に加担するとは思えないと、事を荒立てないよう各方面へ働きかけてくれたというのだ。
「なるほどねぇ。あの兵士長さん、やるなぁ」
心の底から同意する。彼がいなければ今頃どうなっていたか、考えるだけで背筋が冷える。
「案ずるな。スウェル城の者はお主らのことを良く知っておるからのう。今更説明するまでもないわい」
あー、それはそうかも。俺やココの魔力を測定し、兵士見習いに任命したのはスウェル城の者達だ。色々と事件を起こしてきたせいで、それなりに有名にもなってしまっている。……うぐぐ。
とてつもなくシャクな話だが、今回のことだって、きっと「またか」程度のはずだよなぁ。いや、それって幸運なのか?
「放置して盛大に暴発させても構わぬかと問うたら、皆、目を背けておったわ」
「脅してんじゃねぇか!」
「じゃが、関所やウォーデンでは同じようにはいくまい? 仕方なく、上司として説明責任は果たしておいたぞ」
「そりゃ、どーも」
「ありがとうございます」
おお、一応、上司である認識はあったのか。すっかり忘れ去ってると思ってた。久しぶりに師匠がまっとうに活躍している話を聞いたぜ。
「言いたいことがあるならはっきり言葉にしたらどうじゃ?」
「いえ何も」
「しかし、褒められた行為でもないでな。王都勤めも、しばらくほとぼりをさますのには良い機会じゃろうて」
って、やっぱりそういう魂胆かよ。素直過ぎると思ったぜ。
「それで、あの荷物はどこに運べば良いんスか」
「まぁそう焦るな。飯を食いに来たのじゃろう」
違う違う。確かに空腹を感じてはいる。が、違う。俺達は師匠がここにいると聞いて捜しにきたのだ。
「あんなところに荷物を置きっ放しにしておいたら、誰に睨まれるか分かったものじゃないでしょーが」
ぱっと見ただけでも凄く邪魔そうだったし、放置していたら怒る人間もいるはずだ。これから世話になる場所で無闇に敵を作る行為は極力避けたい。
「あの部屋は誰でも入れますし。……荷物を触られたくないです」
「仕方ないのう」
ココが遠慮がちに追撃し、それが決定打になったのか、師匠が重い腰を上げた。なんだよ、その態度の違いは。差別反対!
そんなわけで、一度来た道を引き返した俺達は無造作に置かれていた箱に重力操作の術をかけ、浮かせて運ぶことにした。前から師匠、俺、荷物、ココ、キーマの順で廊下を歩いていく。
「なにあれ」
「手品師か?」
「おい、すごいぞ。来てみろよ」
迂闊だった。スウェルでは度々本などの資料をこうして移動させていたけれど、ちっとも一般的な運び方じゃなかった。
「うぅ、目立ってます……」
「自覚したくないから言うのやめてくれ」
案の定、現在進行形で衆目の的だ。今もすれ違った人が二度見、いや三度見した。やめろ、こっち見んな、人を呼ぶんじゃない!
どんなに恥ずかしかろうが途中で放り出すわけにもいかず、増える一方のギャラリーに俯く顔はどんどん熱くなっていく。指さすな、笑うなっ!
心の中で幾ら嘆いたり罵ったところで誰にも聞こえやしないだろうが、他に出来ることも思いつかなかった。
「いや、小声だけど口から全部出てるから」
「う~、見られてます~」
「だから言うのやめろって。あーもー、いっそ透明人間になりたい……!」
「あはは、それはもっとずっとややこしいことになるだろうね」
「何を些末なことを。堂々としておれば良かろう?」
生憎こっちはフツーの心臓の持ち主なんだよ! 目的の部屋は兵舎を出て割と離れた先の騎士寮にあり、道中、苦痛の時間のなんと長く感じられたことか。
この騒ぎは後に「民族大移動」と名付けられ、末永~く語りつがれてしまうことになるのだが、今の俺達には知るよしもない。
騎士寮は一階が談話室兼食堂で、二階への階段は男女別に分かれていた。
キーマと隣り合わせの部屋に荷物を置いてから、一階に再度降りれば、師匠が今度は別の物を懐から取り出した。すっかりお馴染みの魔力を抑える腕輪である。
「そっか、ここ王都だもんな。付けてないとマズイか」
「あっ、見て下さい!」
先に受け取って嵌めたココが声をあげ、目を向けて驚いた。石が、赤い! 元は深い青だったのが、薄い赤色に変化している。魔力の総量が増えた証だ。
待てよ、ココがこれだけ増えたなら……? ところが、不安を抱える俺に師匠が差し出してきたのは腕輪ではなく、銀色の小さくて細長い筒のような何かだった。
「お主にはこれじゃ」
「なんだこれ?」
摘みあげて色々な角度から眺めてみる。石らしきものは付いているから、同じ効果の物なのだろうが……。横から覗いたキーマが言った。
「カフスかな。ほら、耳に付けるやつ」
「ですね。ちょっと貸して下さい」
言われるがまま手渡すと、軽く髪をかき分けて左耳にかちりと付けてくれる。魔力が抑えられる感覚がして、それも去ると――キーマとココがカフスを凝視して固まっていた。うわぁ、嫌な予感がするな……!
「い、石が……黒いです。真っ黒ですよ」
「黒い? おいおい何言ってんだ。上限は赤だろ? 笑えない冗談はやめろよな」
スルーしようとする俺に、ココが手のひらサイズの鏡を取り出して向けてくる。映るカフスの石は、確かにペンのインクみたいに黒々としていた。
「ひえっ、なんだこれっ」
「予想通りか。準備しておいて良かったのう」
「一人で納得してないで説明してくれって!」
師匠は取り乱すこともなく、淡々と「驚くことなどあるまい」と言った。じいさんの見立てでは、ファタリアに居た時点で腕輪の限界に近かったらしい。
「更に強い物が必要じゃろうと思うて作っておいたのじゃ。方々にも申請は済ませてある。心配は要らぬぞ」
そっちの心配じゃなくてだな、俺の身に何が起きてるのか教えてくれよ!
「なぁに、魔力が増えただけのことよ。ここまで増えるとは考えておらなんだが……、年齢的にも身体的にも、もう打ち止めのはずじゃ」
そんな恐ろしい説明で誰が安心するというのだ。師匠は「色が人目に付かないように、髪で隠せるカフスにしておいたぞ」と妙な恩を着せてきた。大事なのはそこじゃねぇ。
散々人をビビらせておいて、最後の最後に付け加えた一言は、俺を絶望のどん底に突き落とした。
「そこまで増えると、万が一の時に何が起こるかはわしにも分からん。様々な魔術を会得した今となっては単純な暴発では済むまいて。これまで以上に気を付けておくことじゃ。良いな?」
「そんな……! い、良いわけないだろっ!?」
とうとう目いっぱいまで増えましたが、本人は全然嬉しくありません。
さて、次回は盛大に遊んだお話になっています。頭に注意書きをしておきますので、そちらに目を通した上で読まれるかどうかをご判断ください。




