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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第七部 魔術学院の講師編
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第八話 決戦、職員会議!・後編

会議は何故あそこまで強烈だったのか、解答編です。

「つっかれたぁ!」


 どさーっと長机に突っ()すと、ひんやりとした感触が頬に心地よい。体が(なまり)みたいに重くて、すぐには顔を上げられそうになかった。


「片付けの手伝いに来たよ……って、また随分と疲れてるみたいだね」


 会議が終わり、先生達が出払ったのを見計らって入って来たキーマが、ぐったりと机に身を預ける俺を見て言った。

 こいつはそもそも俺とココの護衛という身分だったし、魔導士でもないので会議には出席していなかったのだ。ちっ、(うらや)ましい奴め。


「それにしても、あの勢いには驚かされましたね」


 ココの言葉に「あぁ」とだけ応える。学院長のことだ。俺も、まさかあそこまで力技でゴリ押すとは想定していなかった。


「先生達も疲れた顔してたけど、そんなに凄かったんだ? 派閥間の対立はなかったわけ?」


 複数の人間が集まれば、そこには多かれ少なかれグループ……派閥が生まれる。学院もその例に漏れることはない。

 まだ内情を知り尽くすほどの時間を過ごしてはいないけれど、それでも「学院長派」と「副院長派」、どちらにも属さない「日和見派」の3グループがあることくらいは分かっていた。


「副院長が少し苦言(くげん)(てい)していましたけど……」


 今の会議であれば、副院長に同調していたのが副院長派だ。リーダーが右と言えば自分も右、左と言えば左なんて、始終分かりやすすぎる腰ぎんちゃくぶりだった。


「ふぅん。副院長をしているくらいだし、学院内で力があるんだろうね。真面目そうな人だし」


 俺なんかよりもずっと人間関係のあれこれに精通しているキーマが、言いながら空になった席の一つに陣取(じんど)る。


「おい、ここで反省会でもおっ始める気か? 後にしてくれよ」

「ヤルンが回復するまで、だよ」


 余計に疲れそうなんだけど? という文句は笑顔でスルーされた。


「それで? その反対を学院長が押し切って強行採決したってこと? みんな良く賛成したね」

「賛成……。あれを賛成と言って良いのかどうか」


 歯切れの悪いココの反応に、キーマが首を傾げる。俺もあれを「満場一致で可決」と表現されたら違和感が凄い。異議ありまくりだ。


「結局、何があったのさ」

「だから、それは……うーん」


 説明しようとして、まだ自分の中で全く消化出来ていないことに思い至る。こりゃ駄目だ。こんな状態で話をしたって、苛々(いらいら)と不満がたまる一方だろう。

 こういう時に助け舟を出してくれるココも無言なところを見るに、似たような気分なのだと思った。なら、余計に反省会は後回しで決定だな。


「だから! 詳しい話は後だ後! ほれ、片付け手伝え!」

「ええー? 蚊帳(かや)の外なんて酷くない?」


 なおも聞きたがるキーマを無視して、気持ちに(むち)打つ思いで無理やり体を起こし、机椅子を動かし始めたのだった。



「本当にあれで良かったんですか?」


 翌日、改めて院長室に呼ばれた俺達は、座るよう促されたソファに腰かけるやいなや率直に訊ねた。

 唐突過ぎたのか、学院長は紅茶のカップを軽く持ち上げた姿勢のまま、二三瞬きをした。その目元と口元を柔和な笑みに変えて「えぇ」と頷き、一口含む。


「随分とお二人を驚かせてしまったようですね。謝ります」


 そこを謝られると思っていなかった俺は拍子抜けしてしまい、隣に座るココが「いえ、それは、別に」としどろもどろに首を振る。


「まさか私があんなふうに振る舞うとは思っていなかったでしょう?」


 ふふっと、イタズラが成功したみたいに笑う学院長はまるで子どもみたいで、昨日の会議の時と同一人物だとはとても思えない。

 俺は、はああと肺が空っぽになるまで息を吐き出し、少しだけ吸い込んだ。紅茶の香りがやけに甘く感じられた。


「正直、思いっ切り逃げ出したかったですよ」

「私も、誰か逃げ出すのではないかと思っていたのですよ」

「えっ?」


 優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ学院長が、とんでもないことを言ってまた笑った。ちらりと目をやると、ココが取り落としそうになったカップを慌てて両手でつかまえている。


「もしかして、逃げ出して欲しかったんですか……?」

「というと、語弊(ごへい)がありますね。本当は、逃げ出すなり、怒鳴るなり、私を攻撃するなり、何でも良いから反応が欲しかったのです」


 思わぬ告白に呆気(あっけ)に取られてしまう。攻撃されたかったって、この人は一体何を言い出すんだ!?


「私達の提案は、無茶なものだったでしょう?」

「そりゃ、まぁ」


 自分で言うのもなんだが、「ちょっと方向転換してくれよ」では済まない内容だった。弓兵に「よし、明日からお前は槍兵な」と言うようなものだ。


「貴方だったら、上司にそんなことを言われたらどうします?」

「ぶち切れて容赦なくぶっ飛ばし……あ」


 やべ、本音が出ちまった。慌てて隣に目で助けを求めるも、ココは未だ白い顔で固まったまま、とてもフォローしてくれる様子はない。


「いや、えと、今のは自分の上司が酷いことばかり言う人なので、ついというか」


 言い訳は空回りするばかりで、ちっとも功を奏してはくれなかったが、院長はまたしてもふふと微笑んだ。


「構いませんよ。私が狙っていたのはそれなのですから」

「あぁ……」


 すとん、と()に落ちる。会議の重苦しい空気も、学院長が見せた態度も、全ては先生達から本音を聞き出すための作戦だったのか。


「誰かが逃げ出したら追いかけるつもりでしたし、怒鳴られたら怒鳴り返しました。攻撃されたら反撃するつもりでしたよ」


 見た目に似合わず、なんと過激なリーダー振りか。そう言うと、「部下のストレスを発散させるのも上司の大事な仕事です」なんて返事がかえってくる。んー、なんかニュアンスが違うような……?


「結局、何も起こりませんでしたけれどね」


 あれだけの不満を如実(にょじつ)(つの)らせておきながら、ついぞ発言はなかった。理由が信頼か恐怖かは微妙なところだ。僅かでも立ち直ったココが「でも、もし」と至極当然の指摘を口にする。


「あの人数の魔導師が本気で戦闘行為を始めたら、校舎が崩壊していた恐れもあったのでは……?」


 ちょっと想像してみてすぐに後悔した。乱れ飛ぶ火矢や氷槍(ひょうそう)、逆巻く風に(とどろ)く雷鳴、そしてもの凄い形相(ぎょうそう)の魔導師達……この世の地獄かよ!


「あら、結界の用意ならしていましたよ。この間のお二人の実戦訓練の話を聞いて、ぜひ参考にしたいと思っていましたもの」


 ちょ、この人マジもんのガチ勢なんですけど! もしかして根は師匠と同類なんじゃないだろうな!?


「まぁとにかく案は通ったのですから良しとしましょう」

「……うまく進むでしょうか?」

「トラブルがあったとしても、その時はその時です」


 俺の不安げな呟きにもブレない柔和な笑みで返す学院長を前に、恐怖政治のなんたるかを思い知った気がして、疲れがどっと背中に覆いかぶさるのを感じた。

 しかし、学院長の用件はそれで終わりではなかった。


「ところで」

「なんですか?」


 嫌な予感がする。出来ることなら聞かずに済ませてしまいたい話の時のヒヤリ感がして、それは見事に的中した。


「貴方達、このまま正式にこの学院の職員になって頂けない?」

『えっ』

「お分かりの通り、お二人のような人材が必要なのです。もちろん待遇はそちらの意に沿うようにします」


 わっ来た、引き抜きだ! 学院長の素振りから少しだけそんな気はしてたが、こうもどストレートに来るとは。当然、俺の答えはNOだし、ココが残留を選ぶとも思えない。


「有難いお話ですが、自分達はスウェルの人間で、オルティリト教官の助手ですから。上司に無断で決めることは出来ません」


 ココもこくこくと頷いた。無難そうに聞こえて、要するに「師匠を無視すると面倒臭いぞ」という(おど)しである。ていうか事実だしな。

 下手を打つと学院は物理的に崩壊しかねない。せっかく立て直そうとしているのに、それでは全てが水の泡だ。勿体ない。


「あら、ではマスター・オルティリトにご相談してみましょうか」


 えー、学院長の威圧感をもってしても無理じゃねぇかな。あのじいさん、王族にだって真っ向から主張してたくらいだし。いや、折れられても困るがな? 騎士が確実に遠ざかっちまうから。

 交渉の余地があると思われては大変だし、とにかくキッパリはっきり断ろう!


「自分達にはそれぞれ目標がありますから。そのためにも今の立場を外れるつもりはありません」

「だったら、3人揃ってウォーデンに移籍しては? そこから学院に出向という形ではいかが?」


 うおお、なんかどこかで見た展開! 人をスカウトしようと目論もくろむ人間の考えることは皆似たようなものなのか? でも今はあの時と違って師匠がいない。

 くそ、どうすれば納得して貰えるんだ? 搦め手から攻められるのは苦手なんだって! 俺の狼狽(ろうばい)を見てとったか、ココが服をクイクイと引っ張った。


「なんだ?」

「ヤルンさん、あれをお見せになっては?」

「あれ? ……あっ」


 そうだ、すっかり忘れてた! 俺は(ふところ)をがさごそやって、薄っぺらい紙を取り出し、表ではなく裏を学院長に見せる。それだけの仕草で、明らかに彼女は驚きを顔に浮かべた。


「それは、王族の……!?」


 今出したのはセクティア姫からの手紙が入った封筒だ。裏には大輪の花を(かたど)った紋章が封蝋(ふうろう)として刻印されており、見る者が見れば誰から宛てられたものかは一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だった。


「お察しの通りです。ですので、どうかご容赦ください」

「……そう、それでは仕方ありませんわね」


 切ったカードの効果は抜群だった。はー、助かった! 危ない危ない、もうちょっとで学校の先生にされるところだった。怖過ぎ!

 そういえばいつかの手紙にも「どこかから声がかかったら、これを使って撃退しろ」って書かれていたっけ。でも、まさか本当に使うことになるとは思わなかったぜ。


 心臓がバクバクいうのを完全に抑えきる前に俺達は退室し、キーマに事の次第を愚痴った。するとキーマは怒りに満ちた瞳を向けて言った。


「もしそれが事実になってたら、スウェルに一人で帰らなきゃいけなかったってこと? 向こうでも物凄く叱られそうだし、なによりオルティリト師の怒りを一身に受けるなんて事態、絶対にお断りだよ……!!」


 うん、あまりに焦り過ぎて、お前のこと完全に忘れたわ。すまん。

はい、シリアス濃い目な第七部もこれにて終了です。この後のことは第八部の冒頭で触れようと思っています。

会議はあっさりと終わりにしました。ドンパチしたかったんですけどね。

お付き合い、ありがとうございました!

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