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異界の勇者として召喚されたために人生が狂い始めました

プラジア村の悲劇

作者: ナード

 フェーダは基本的に温暖な気候の国であり、住民の半数以上が陽気な獣人族ということもありのんびりとした国風を持つ。温暖な気候は長い歴史を育んでいる。それ故多数の遺跡があり、魔物が潜む場所もまた多い。

 フェーダの軍はその魔物から住民を護るためによく訓練されており、また国民も自衛の気風を持つ。ある意味全住民が兵士であり、有事の際には立ち上がるという軍事国家でもある。

 それ故野心の強いグンダールと国境を長く接していても双方国境線での小競り合いすら起こらず平和な状態が続いていた。

 グンダールとの国境にある通称赤い森という森林地帯がある。これは広葉樹で秋になると真っ赤に染まることからその名がある。この赤い森の近くにプラジアという村がある。住民の全ては獣人族で、人口53人の小さな村。

 プラジア村の主な産業は農業であり森から得られるキノコ類、木の実類、周辺の畑での農業及び秋の紅葉シーズンのちょっとした観光、こんなところだ。

 その森から村へ戻ってきた少女がいる。エシュリア・グラム、6歳。よく両親を手伝う赤髪の犬獣人族の娘。グラム家はオフシーズンは畑と森での収穫、オンシーズンは民宿グラム亭を経営している。

 今はちょうどオンシーズンで彼女の家には一組6人の客が泊まっていた。ただ珍しいことに家族ではなく、旅の冒険者だった。赤い森の奥に遺跡があり、そこの遺跡の宝の発掘と観光を兼ねてやってきたのだ、と彼らは言い、グラム亭に宿泊している。

 冒険者としては珍しいのだがこの一行は非常に礼儀正しく丁寧で、当初冒険者と聞いて警戒していた村人も今は歓迎ムードだった。それもそのはずで、彼らはフェーダ、アルピナ、リッザの貴族家の三男、四男だったり、次女だったり、と継承権はあるもののおそらくは継承されないであろう人々で、新たな貴族家を興すためには冒険者として名を立てる必要があったのだ。

 彼らはよく訓練された戦士でさらに潜在魔力性能(ポテンシャル)も高くいずれ名を立て新興貴族として新たな家を作ることになるだろうと村人たちは噂したものだ。

「お、エシュリアちゃん、今日もお手伝いか、いいね」

 その冒険者の一人、リッザ出身のゲラント・ベイエルが、こまのように動き回るエシュリアを見て微笑む。

 ゲラントは金髪碧眼で端正な顔立ちの25歳、この一行の前衛を務める屈強な戦士である。

 彼は朝の日課の素振りを村の広場でやっているところだった。

「そうなの。お父さんの得意料理のキノコシチューのために採ってきたんだ」

「ほう、それは今夜のご飯かな?」

「そうだよ!」

 エシュリアはカゴいっぱいのキノコをゲラントに見せる。

「おや、これはポロヴィク・シュラヘートかな? よくこんなのを採ってきたね。すごいよエシュリアちゃん」

「うふふーすごいでしょー」

 ゲラントの言葉に嬉しくなったのか耳を下げ尻尾を振るエシュリア。ゲラントは頭をそっと撫で、褒める。

「シュラヘートはリッザではなかなか手に入らなくてね……僕らのような貧乏貴族だと年に一度食べられるかどうか」

「そうなんだー、プラジアに住んでたら割と食べられるよ」

「ああ、それもいいな。家を興せなかったらここに移住するか」

 エシュリアはそれ聞きニコニコする。

「興してもここに移住すればいいよ!」

「……なるほど。フェーダとリッザの友好をより深くするってのもいいかもしれないね」

 ゲラントは微笑み、エシュリアの頭を軽くクシャッとする。

「あー、ゲラントさんひどいよー」

「ごめんごめん。可愛くてつい」

 エシュリアは頬を染めて俯く。尻尾はパタパタと振られている。

「あ、そうだ。もうすぐ朝ご飯だから戻ってきてね」

 エシュリアは急に顔を上げるとゲラントにそう告げた。

「そうか、もうそんな時間か。わかった。型を一通りやったら戻るよ」

「はーい、じゃあ、またあとでー」

 エシュリアは元気に手を振り、家に戻っていく。

 ゲラントは剣を構え直し、型を最初から丁寧に演じていく。徐々に加速。それでいながら丁寧に、動きはブレずに同じ流れを繰り返す。

 最後に静止したときに、後ろから拍手。ゲラントが振り返ると冒険者仲間のアルピナ出身エヴプラ・クロートヴァがいた。

 エヴプラは剣よりも潜在魔力性能(ポテンシャル)を得手とし、後衛からの支援を務める18歳の女性。やはり金髪碧眼で北方のアルピナらしい彫りの深い顔をしている。

「朝から熱心ね、ゲラント」

「まあ、な。体を動かせば少しは焦りを忘れることができる」

「……そう、ね。もう25だっけか」

「ああ」

「で、どうするの?」

 エヴプラの言葉に肩をすくめて首を左右に振るゲラント。

「どうするもこうするもない。やるしかないね」

「ふぅん、で、いつやるの?」

「明日、かな。今日はポロヴィク・シュラヘートのシチューだそうだ。これを食べて一気に叩く」

「あら、それは豪勢ね」

「エシュリアちゃん曰く、ここに住めば割と食べられるんだそうだよ。私は移住を決意しかけたね」

 エヴプラはゲラントの隣に立ち、腕を絡め、手を繋ぐ。

「うん、それも悪くないんじゃない? あたしはここでエヴプラ・クロートヴァからエヴプラ・ベイエラになってもいいんだけどな」

「貧乏男爵の三男なんでな、家を興して両親や兄を助けなければならん。私だけが幸せになるというのは、ね」

 ゲラントはまっすぐ前を見たまま言う。

「そういう生真面目なところ、好きよ。でもね」

 エヴプラはここで頭をゲラントの肩に預ける。

「あたしのことも、たまには見てよね」


 テーブルの上には全粒粉のパン、ベーコンと玉ねぎのスープ、グラス一杯の白ワインが置かれている。この民宿グラム亭で料理はエシュリアの父ドーリス・グラムの担当だ。

 ドーリスは獣人族でも珍しい熊獣人族で、奥さんのサーリアは犬獣人族。子供のエシュリアは母親の性質が顕現した。弟のギリアムも犬獣人族だったので家族で一人熊、ということになる。

 食堂に冒険者全員が揃う。他の4人はアルピナ出身の男性レナート・ポロフスキー、リッザ出身の女性フェナ・メルテン、フェーダ出身の男性ブルーノ・ウェイト、女性のアルフェン・ハドキン。

「ご主人、いつも思うのだがこの白ワイン、アルピナで売りませんかね?」

 酒好きのレナートがこのところ食事のたびに繰り返している挨拶をする。

「家内の作る田舎ワインですよ? アルピナのようなワイン大国で売るなんてとてもとても」

「実にフルーティでふくよかで、一本ピンと通った筋がある。余韻は爽やかで、すぱっと最後にきれいにキレる。こんなワインというのはなかなかないのですよ。なんなら私の祖父に連絡して買付に来るように伝えますよ?」

 レナートの母方の祖父はグラウズ・マシュコフ。アルピナのマシュコフ商会の会頭。特にワインの取扱についてマシュコフを通らぬワインはワインにあらず、と言われるほどの大きな組織で、母ルフィーナは恋愛結婚ではあったものの政略結婚も噂されるようなそんな出自の人間だ。

「レナート、そのへんでやめておけ。ドーリスさんが困っている」

 ゲラントがレナートを窘める。しばらく考えてから、ぽん、と手をうつレナート。

「そうか。こっそりまたここに来て私だけ楽しむことにすればいいんだ。アルピナで飲もうと横着するからいけないんだな」

 アルフェンがレナートの手を握る。ブルーノとフェナは二人で顔を見合わせ、溜め息。フェナがぼそっと呟く。

「ブルーノさんは決して悪い男じゃないんだけどさ、こう、余り物でくっつく感じはちょっとね……」

「同感ですね、でもフェナさんはいい女だと思いますよ」

「あら、嬉しいこと言うわね」

 しばらく沈黙していたドーリスが溜め息の後提案する。

「あー、君たち……スープ冷めるので食べませんかね?」

 ドーリスの提案に6人は頷き、朝食を食べ始めた。


 一日、赤い森の綺麗な紅葉を見ながら散策し戻ってきた一行は、ドーリスのキノコシチューに舌鼓を打つ。そしてその夕食の場で、明日ここを出立し赤い森の遺跡へ向かう、と告げる。

「片道1日、向こうで2日探索の予定でいますので、4日後には戻ってきます」

「わかりました。その日にまたこのキノコシチューを用意して待ってますよ、なあ、エシュ」

「うんっ! また採ってくるよ!」

 元気に返事をするエシュリアを目を細めて見るゲラント。レナートは名残惜しそうに白ワインを飲む。

「明日の朝はアルコールは抜きでお願いします」

「わかった。餞の朝食を作るよ。楽しみにしていてくれ」

 冒険者たちは各々の部屋に戻っていった。

 ドーリスはしばらく台所で考え込んでいる。台所にある家族用テーブルでエシュリアとギリアム、サーリアが夕食を食べている。

「アルコール抜きの餞の朝食、か。彼らは朝から食欲は旺盛だしな」

 ブツブツいいながら食料庫の材料を眺める。

「よし、決めた。エシュ、明日はキノコ採りはいい」

「はーい」

「サーリア、朝、手伝い頼む」

「6人、しかも割と食べる方たちよね……」

 サーリアの言葉にドーリスは頷くと腕を組んで考え込んでいる。

「あー、うん、まあそれだが、俺とお前とでやりゃあ足りるだろ。よし、明日は早いからな。飯食ったらさっさと寝るぞ」


 翌朝。いい香りが漂うグラム亭。食堂に6人の冒険者が降りてきた。

「おはようございます!」

 エシュリアが元気に挨拶をすると6人は微笑みながら挨拶を返す。食卓には大きな鍋が一つ。

「餞の朝食、約束通り、だ」

 ドーリスは鍋の蓋を開ける。湯気のとともに美味しそうな匂いが舞い広がる。

「おお、これは!」

 ブルーノが鍋の中を見て喜ぶ。

「丸鶏スープですね。しかも2羽も!」

 玉ねぎや人参と一緒に煮られた鶏が2羽、丸のまま入っている。あとは全粒粉のパン。

「弁当も作っておいたから持っていくといい」

「ありがとうございます……こんなにしていただいて……」

 ゲラントが感謝の言葉を述べるも言葉に詰まってしまう。エヴプラはゲラントの背中を軽くさすり、合わせて頭を下げている。

「さあさあ、食べな食べな! そして名を立てたら『グラム亭という名の幸運の民宿があった』ってな感じで自伝でも書いてくれよ」

 ドーリスは呵呵と笑うと着席を促した。

 彼らは朝から旺盛な食欲を示し、全てを食べて旅立っていった。


 2日後。朝からあまり天気は良くなかった。昼過ぎには雨になり、夕方には風も強く嵐の様相を呈してきた。

 グラム亭には客もないため、ドーリスは戸締まりをしっかりとしてそうそうに寝ることに決めたのだが、外の音がうるさくてなかなか寝付けずにいた。

「……サーリア、エシュリアとギリアムを頼む」

 隣のベッドに寝ていた妻に静かに言うドーリス。

「ええ、気をつけて。かなり数が多いわ」

 獣人族の鋭敏な感覚が嵐の中の異音を拾い上げる。魔物の咆哮。ドーリスとサーリアはベッドを抜け出し、着替える。ドーリスは更に下の倉庫へ降り、鎧と武器とを手に取る。

 倉庫を出て家を出る前に振り返る。サーリアに抱かれたギリアムとその後ろにドーリスを見据えているエシュリアがいた。ドーリスはギリアムの頭を撫で、その後しゃがんでエシュリアと視線を合わせた。

「エシュ、父さんはこれから村を護るために戦ってくる。なにもないと思うが、母さんとギリアムのことを頼むな」

「はい」

 エシュリアを抱きしめ、背中を軽く叩いてから離れるドーリス。サーリアの頬に口づけする。

「じゃ、行ってくる」

 右手に斧をぶら下げ、ドーリスは嵐の村に飛び出していった。

 雨の中、村の広場へ急ぐドーリス。中央で待っていると村の男衆がぽつぽつとやってくる。総勢10人。全員が武装して出てきていた。

「覚悟はいいか。おそらくはオーガーだろう。しかも数が多い。俺らの村と家族のため、いくぞ!」

 ドーリスはプラジアの村長も兼ねている。男衆に気合を付ける。

 後にプラジアの悲劇と呼ばれる戦いが始まった。


―――――


調査報告書


 プラジア村の北、赤い森の中にある古代遺跡、通称「帰らずの祠」近辺に損傷の激しい6名の冒険者の遺体を発見。おそらく直前までプラジア村に滞在していた冒険者のものと思われる。

 この冒険者は調査により身元が以下のように判明した。


 リッザのベイエル男爵家三男ゲラント・ベイエル(25)。

 リッザのメルテン伯爵家次女フェナ・メルテン(21)。

 アルピナのポロフスキー公爵家四男レナート・ポロフスキー(22)。

 アルピナのクロートフ伯爵家三女エヴプラ・クロートヴァ(18)。

 フェーダのウェイト男爵家三男ブルーノ・ウェイト(19)。

 フェーダのハドキン男爵家三女アルフェン・ハドキン(22)。


 所謂継承順位の低い者たちによる名誉獲得のための冒険であったと推測される。

 リーダーはゲラント・ベイエル。

 25という年齢からの焦りで自らの実力を見誤り、帰らずの祠を根城としているオーガーの一群へ功を焦り仕掛けたものと推察される。

 オーガーの群れはこのゲラント一行による攻撃に激怒。一同を押しつぶした後、人の気配を辿ってプラジア村へ殺到したと考えられる。

 当日は嵐であり、感覚の鋭い獣人族のプラジア村でも発見が遅れたために籠城戦を選択せざるを得ず、結果村民52人の虐殺が発生した。

 プラジア村の名誉のために書き記すが、オーガーについては8体を殺害している。これはフェーダ軍でいうならば100名以上の戦力を示している。総人口53名のうち大人は18名、うち男性が10名のプラジア村においてこの戦果は圧倒的であり、またこの戦力が失われたことに対する打撃は計り知れない。

 唯一の生き残り、エシュリア・グラムは重傷であり、カイルハーツ孤児院へ収容し治療にあたっている。精神的な衝撃が強く、また全身に渡る打撲、骨折等があるため現時点では事情聴取できる状態にないが、数々の周辺状況が上記6名の行動に寄る結果を指し示しており、それぞれの貴族家にそれぞれ抗議書を送付することを強く要求する。


フェーダ地方自治監察官 ヘルナー・カイルハーツ

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