第6話 神林葛葉は見守りたい。
学校が休みの休日、私は朝早く目覚めると今日の為に用意しておいた服を着る。
いつもは野暮ったいジャージを着て家の中で過ごすのが当たり前だけれども今日は別だ。
白の半袖ブラウス、灰色のサマーベスト、蒼色の膝丈のフレアスカート、ソックスというありふれた服装。
最後に私だと気づかれない為の鍔広の帽子とカバンを手にし、部屋から出る。
「あれ、くずねえ。何処か行くの?」
「ああ、ちょっとデートの監視に行って来る」
「ふーん、いってらっしゃ……ってえ? デート? え、え!?」
後ろから驚く妹の声が聞こえたけれど、私はそれを無視して家から出て行くと駅に向かって歩き出す。
やって来た電車に乗り電車にガタゴトと揺られて目的の駅へと降りる、そしてこの近辺で唯一の水族館の入場口が見える辺りで私は帽子を被りベンチに座ると目立たないようにする。
休日だからか、車が水族館の駐車場に止まり、家族連れやカップルがチケットを求めて入場口へと向かって行くのが見えた。
それをしばらくボーッと見ていると、私が乗った電車の次の電車に乗って来たのか……後輩君が教えてくれた現在付き合っている魚好きの1年生が現れ……さらに少しして後輩君が姿を現した。
……うん、後輩君。チャリはどうかと思うよ? キミも電車使おうよ。
「はぁ、はぁ……ご、ごめん、待った?」
「ううん、今来たところだから。行きましょう?」
汗を流しながら息を切らして謝る後輩君だったけれど、彼女のほうは気にした様子はないようだった。
……かなり健気な少女だな。今回の彼女は。
あとは後輩君が彼女をこのままゲット出来るかどうかだね。っと、私も行かないと。
帽子を深く被り、後輩君達の後に続いて入場口へと向かい……入場チケットを購入して、館内へと入っていく。
魚を怖がらせない為か人には少し薄暗いと感じさせる灯りに照らされた通路を歩いていくとゆらゆらとした煌きが見え、そちらへ視線を向けるとキラキラとした照明の輝きが水面から差し込み、銀色の鱗を光らせる無数の魚群が見えた。
「これは、良いものだね」
あまり水族館は行ったことはなかったが、これはこれで良いものだな。
綺麗な光景に目を奪われる私だったが、後輩君達はどうなっているか気になりチラチラと視線を周囲に向けると……居た。
食い入るように見つめる彼女を隣に立たせながら後輩君は居た。そんな彼らへと視線を向けた。
「ああ、すごく綺麗ね。お魚さん……」
「うん、すごくおいしそ――あ、いや、なんでもないよ」
……後輩君、今キミ美味しそうって言いそうになったよね?
笑って誤魔化しているけれど、彼女のほうは聞こえていなかったようだね。良かったねぇ。
彼女の様子を見ている限り、泳いでキラキラと輝いている魚とか深海の神秘とかいう感じの物が好きなんだろうと理解出来るよ。
だから聞こえてたら、即座に振られていただろうね。うん。
というか、次のすし屋もやばいんじゃないのかい? 魚は魚でももう泳いで無い魚ばかりなんだしさ。
どうにか挽回してほしい。そう思いつつ、改めて泳いでいる魚を見るけれど……うん、彼が言った言葉が理解出来る。
だって、泳いでいる魚……良く見るとアジにイワシにヒラマサにブリにがんどにフクラギにこずくらとかじゃないか、あエイもいるね。
基本的には出世魚であるブリが多いね。そんな魚達は大きな水槽の中で元気に泳いでいる。
元気に満ち溢れていると思う。そんな魚達が光を浴びてきらきらと輝く姿はまるで泳ぐ宝石の様に見えた。
けれど……綺麗と思っていたのが、魚の種類が分かって食べるのが好きな人が見たら普通においしそうと思ってしまうね。
あ、ダメだ……初めは綺麗だと思ってたのに、今では美味しそうにしか見えないよこの生け簀(違)
しかも後輩君の誤魔化した言葉は周囲の人には聞こえていたようで、物凄く気まずそうな表情を浮かべているのが見えた。
なんと言うか、後輩君がすまない……。
そう思いながら、移動を始める後輩君達の後を私はこそこそと追いかけていく。
ふたりは海の魚のコーナーをしばらく見て周り、巨大水槽の中を渡る水中回廊を歩いたりと普通のカップルのような感じに見えると思いながらこっそりとふたりを見続ける。
「見てよ、リュウグウノツカイの標本が展示されてるわ。どう、すごいでしょ?」
「うん、すごいね」
「ええ、すごいのよ!」
よしよし、私が言ったように余計なことは言わないように心掛けているね。
後輩君の様子に満足気に私は頷きながら、館内を進んで行く。
うにやヒトデといった海の生物。鮎や岩魚などの川の魚に、蛙や蛇の爬虫類などのコーナーを進んでいく。
水族館は魚だけでは無いのだなあ。
実際に行ってみないと分からない事もあるものだと久しぶりに感じながら、様々なクラゲの展示を見てから……ようやく館内は終わったようで外へと出た。
久しぶりに感じる日の光に目を細めながら、後輩君達を探すと……彼らはペンギンを見ていた。
白と黒の色合いに包まれた小柄でキュートな生き物はペタペタと自身の住処で悠々自適に行動をしている。
私だって可愛いものは分かるつもりだから、ペンギンが可愛いと思いつつ後輩君達から視線を反らしてついつい魅入ってしまった。
そして、熱中して見続けていた事に気づき、後輩君達に視線を向けると……既に彼らは居なかった。
「これはしまった……。早く彼らを見つけないと」
呟き、私はすぐにこの場から離れようとした。
しかし、それは出来なかった。何故なら……。
「お、きみ可愛いねー? ひとり? 彼氏とかいないの? だったら、オレとつきあったりしなーい?」
見るからにチャラそうな男に声をかけられてしまったからだった。
だから私はその男に向けて、たった一言言った。
「すまないが、生憎と私はあなたみたいな低脳な輩と付き合うつもりなどないので失礼する」