第4話 神林葛葉は呆れる。
「……それで、キミはいったい何でそうなったのか分かってるのかい?」
「いえわかりません……、今日は黒ですか」
本棚から崩れた本の下敷きになっている後輩君へと私は尋ねる。
すると本に埋もれたまま後輩君が僕へと返事を返す。
……というかキミなんで私のパンツを見たがるんだい? あと、色を言うんじゃない。
下から感じる視線に何とも言えない気分を味わう私は先ほどのことを思い出す。
後輩君にアドバイスを送った昼休みから一週間が流れた。
その間に彼はまた新しい女性に声をかけたようで、新しい彼女を作っていた。
今回の彼女は図書委員の3年生だ。
周りからは深窓の令嬢、という表現が似合うと評判の女性だ。
フワフワとしたウェーブがかった長い髪が特徴的で、周りのことにあまり興味が無いと言う印象が強いと覚えている。
けれどそんな彼女は高嶺の華のように見えるようで、遠くから見ているけれど話し掛けるのは躊躇する男子が多いという話だ。
そして基本的温厚だけれど、ある部分をネタにしたら怒れる化身と化して武器を駆使してそれを言った人物を葬り去ることでも有名であった。
それを後輩君は知らないだろうけれど、自らその部分をネタにすることは無いだろう。
そう思っていたけれど、彼はやってくれた。やってくれたよ……。
後輩君は令嬢先輩(仮称)と共に図書室デート(という名の二人で並んで別々の本を読んでいる)をしていたのだけれどふと思い出したように彼は言った。
「あ、センパイの胸、今日も小さい胸くて可愛らしいですね! 普通文化系って巨乳が多いですけど、貧乳も需要高いですよ! まな板を連想させるみたいで安心するっていうか、本を読む時のクッションが無くて辛いって言うか……って、あれ? どうしたんですか?」
少し離れた席に座り後輩君達を見ていた私だけれど、背筋が凍るくらいに見開いた瞳で令嬢先輩は後輩君を見ていた。
彼女がそうなった理由を私は知っている。だから近寄らない。
そして後輩君、キミは言ってはならない事を言ってしまったんだよ……。
後輩君の最後を見届けるように私は離れた場所から2人を見ていると、令嬢先輩は後輩君を立たせると本棚の前に待機させて、ちょっとそこで待つように指示したようだった。
その時の表情は先ほどの見開いた目ではなく、ニコニコとした笑顔だけれど……人間ニコニコ笑顔が一番怖いものなんだよね。
そう思っていると、事態は進んだようだ。
「え、ここで待てば良いんですか? 別に構いませんよ。あの、どうしたんですか、なんと言うかその笑顔が怖いですよ?」
「ちょっと何処の誰かに物凄く失礼なことを言われて怒っているだけよ。ああ、それとこれは最後のお願いだから」
「え、誰ですかそんな失礼なことを言った酷いやつは!? はい、最後?」
よく分からない、そんな風に後輩君は首を傾げているけれど離れた場所で見ている私でさえ「あ、これ遠回しに振ってる」と理解出来るほどだった。
そう思っていると令嬢先輩が離れてからしばらくして、後輩君の後ろの本棚ががたりと揺れて……勢い彼に向けて良く倒れた!?
ずっしりと重そうな本棚とそこに収められた本が一気に後輩君へと降り注ぎ、彼は本の雪崩に呑み込まれていった。
え、ど、どういうことだい!? 目の前の現象に驚き、私はワンブース空けて後ろの本棚を覗いた……ら、令嬢先輩が本棚をニコニコと微笑んだまま押しているのが見えた。
「…………え、えっと?」
「あ、人が居たのね。これは内緒よ? ワカッタワネ?」
「あ、ああ、私は何も見なかった……。オーケー」
「素直な後輩は好きよ。それじゃあ失礼するわね」
そう言って、私に口止めをした令嬢先輩は倒れた本棚を無視して、にスタスタと図書室から出て行った。
私はそれを見送ったまま呆然としていたが……、崩れた本棚のほうへと向かい……後輩君に話しかけたのだった。
「後輩君、一言足せとは言ったよ。けれどね、褒め言葉か貶す言葉かは考えて付け足すべきだったんだよ」
未だ本に埋もれている後輩君へと私は呆れながら言う。
というか、本人が気にしているであろう言葉を平然と放つキミに私はやっぱりドン引きだよ。
「じゃあ、どう言えば良かったんですか?」
「それは自分で考えたまえ。まあ、彼女は本が好きだったのだから、本の内容を褒めるなりどんな本が好きなのかと聞けば良かったんじゃないかな?」
「なるほど、つまり推理小説で犯人を即言って上げる優しさとか、僕が好きな漫画のタイトルを言ったりしたら良かったんですね」
「待て待て、犯人を即言って上げるのは優しさじゃない、読者への邪魔だからね? そして彼女が漫画を読んでたりしていたかは分からないんだ。自分に興味が無い話題なんて益々遠ざかると思うよ」
まあ、もう終わってしまった話だけどね。
そう言うと後輩君はやっと本と本棚の山から這い出し、立ち上がった。というか、キミ怪我とかしていないのかい?
「つまり先輩は恋人との話をするなら彼女に合った話題をして、彼女の趣味を褒めて上げたりして行けば良いって事ですね?」
「まあそうだね。そうすれば彼女も簡単に数日以内に別れると言うことはなくなるんじゃないのかな?」
私の言葉に頷きながら、後輩君は色々と思案し始める。
色々と呆れたことを言ったりするけれど、彼は彼で一生懸命なのだ。
10人目の彼女となっていた令嬢先輩までの彼女との接しかたを見ている限り、私は彼にそんな印象を抱いていた。
けれど、不可解なことはある。
何故彼はこんなにも色んな女性に声をかけて居るのかということが、私は気になった。