3話 ダークガルーダ
「そろそろ見張りの兵に見つかりそうだな」
大森林に近い場所だけあって、飛行生物を見つけることがそれほど珍しいことではないのが港国ミーナだ。
ここから約800メートルほど先に国は見えているのだが、俺を見て驚いている様子もない。
向こうからはまだ飛竜との見分けがつかないだろう。
だが、油断は禁物。
念の為、【変形Lv7】でようやく手に入れた【変形・迷彩】を使用しておこう。
このスキルのおかげでやっと落ち着いて暮らすことが出来たのだ。
いやー、迷彩効果様々だ。
ちなみに迷彩効果は自分自身にしか及ばない。もし他のものにも効果を与えられるなら俺はここにいないだろう。
今頃自分で建てた城の中でぐうたら生活を送っているはずだ。
「門番は4人、城壁の上に2人か」
港国ミーナは国が城壁に囲まれた一つの街だ。一つの街と5つの海を持つと言われる港国ミーナは、陸地の領土は小さいが、漁業が盛んで、多くの種族が集まることから世界的にも注目されている国だ。
門番の数はさして問題にならないのだが、まず前提として、迷彩効果のまま密入国するか、堂々と正面から入国するかが問題だ。
密入国の場合は全く誰の目にも触れずに王を暗殺&入れ替わりが出来るかもしれない。
入国の場合は暗殺の下準備を堂々と街で行える。人の目についてもやましい事は無いからな。
「入国で行くか」
王がどの場所に住んでいるかは、まぁ見てわかるのだが。街の中心にコロッセオと言われる闘技場があり、そこからそれ程離れていない場所に王城がある。そこに住んでいるのは明確だ。
だが、情報はそれだけ。内部構造や護衛の数。国というならお抱えの騎士団とかもあるかもしれない。
そこら辺の情報を収集するのも今からなのだ。普通に聞き込みすることも必要になってくるだろう。
門の前には2組程のグループが並んでいるのが見える。1つは冒険者らしき男女4人組、もう1つは馬車を2台引き連れた商人らしき男達だ。
俺もその列の後ろに連なった。
もう迷彩効果は解いている。外からは普通の20代の青年にしか見えないはずだ。
「まだ入国できないのかね?」
「もう少し待っていてくだせぇよ旦那。もうすぐ終わりやすので」
近くに来て会話を聞いて、気づいたことは2つ。
1つは入国審査は時間がかかるものでもないが、俺の前のグループは結構時間がかかっているということ。
もう1つはそのグループは護衛の男女2人ずつの冒険者と商人達だ。
つまり、俺の前には1組のグループしかなく、本来ならばもっとスムーズに入国できていたという事だ。
暇だなぁーと思いながら遠くの空を見ているとイーグルが飛んでいるのが見えた。
イーグルは牛や豚など、家畜の肉を食って生きる鳥だ。しかしイーグルはとても温厚な性格で、イーグルが生息している空は平和という事だ、と言われるほどだ。
平和で何より、と思っていたその矢先、そのイーグルが墜落し始めた。
なんだ?とよく見るとイーグルよりも数倍大きいダークガルーダという魔物がイーグルを襲っていた。
ダークガルーダは幻獣種のグリフォンの劣化種であるガルーダの亜種だ。ここらの地域では見られない種族かつ、魔人がよく移動のために使役している魔物だ。
近くに大森林もある事だし、魔人自体は珍しくないのだが、こんな港国ミーナの近隣地域まで現れているのは珍しい。
「近くに魔人がいるのかな?」
どうせ暇だしと超速で墜落中のイーグルの元に移動する。ダークガルーダは鉤爪が発達していることで有名だ。このイーグルも鉤爪で翼を抉られていた。
「んー、俺は止血くらいしか出来ないしな」
治癒効果のある薬草が練り込まれた布を傷跡に当て、さらにその上から別の布で固定した。俺に出来る治療行為はここまでだ。あくまで止血目的、これで傷が治ることはまずありえない。
こいつの傷を治すためには国に入って、中の医師に見てもらうしかないだろう。
「とりあえず預けるか」
先程俺の前に並んでいた冒険者と商人の団体にイーグルを預けようと思いつき、再び超速で元いた場所に移動する。今回はイーグルもいるのでそこも配慮して少しスピードダウンしている。
「すまないが、こいつが怪我をしている。少しの間預かってくれ」
「わ、分かった。それよりお前さん何者だ!? さっきから目に見えない動きばっかりしてやがるぜ」
「しがない旅人さ」
そんな話よりもダークガルーダだ。あのまま放置していれば国に近づいてくるかもしれない。そうなれば見張りの兵に被害が出るだろう。劣化種だとしても幻獣種の血を引いてることは間違いない。人間よりも強いのは明確だ。
「よっ! お前さんの飼い主は近くにいるのか?」
「ガァァ!」
どうやら意思疎通は出来ない上に、獲物を横取りされたと感じて怒っているようだ。もちろん俺は迷彩効果を発動している。翼の部分だけな。
だって翼の生えた人間なんてさすがに居ないだろう。これを見られると言い訳できなくなる。ただの人間にも【飛行】スキルを持っていれば飛ぶことは可能だ。
仮に見つかったとしてもなんとか誤魔化せるだろう。
「おっと! 危ない危ない」
見つかった時の言い訳を考えているとご立腹のダークガルーダが鉤爪で攻撃してきた。まぁ難なく避けたが。
「【変形・武器化】」
右手を剣にしてそのまま横に右腕を薙ぐ。ダークガルーダの首に一筋の赤い血が刻まれた。
俺は一歩引いて滞空していると、目の前のダークガルーダはその傷から血を吹き出し墜落していた。
「これで入国しか道はなくなったな」
イーグルを預けっぱなしという訳にもいかない。イーグルの治療のために入国は致し方ないとして。
なぜダークガルーダがここに現れたのか、その理由がまだわからない。
「まぁいっか」
考えてもどうせわからないと諦めて再び超速で元いた場所に戻った。目を真ん丸にした商人と冒険者が出迎えてくれたが、俺は平和の象徴であるイーグルが気になって仕方がなかった。
俺の建国はここから、今から始まるのだ。その出先に平和の象徴が死ぬなど縁起が悪すぎる。
一抹の不安は消えない。
イーグルを引き取り再び遠くの空を見て、気を紛らわすことにした。
前のグループの入国審査はまだ終わらない。