2話 数十年後になりました
「進化したら歩けるようにもなるだろう。その後のことは責任は持たないよ。ここからどこかへ行くもよし、この城に住み着くもよし。ああ、城に住み着く場合は、メイドに見つからないようにね? 見つかったら殺されるから」
いや待てって! そっと地面に俺を置くのをやめてくれ!
どうせならそこの城まで連れてってくれてもいいじゃないか……。
「そう落ち込むなよ。君だって敵の城になんて入りたくないだろう?」
あーもう分かったよ! さっさとどっかいっちまえ!
だけど、その赤子に酷いことしたら俺が許さねぇからな!
「その為にも強くなってよね」
いいもんね、この進化で絶対強くなるもんね!
『進化先を【システムコードLv0】で判断しますか? 最良の選択がされますがよろしいですか?』
まぁ、どれがいいのか分からないからな。そこんとこ頼むよ。
あっ、でも
『自動判定終了、アンリミテッド・ブラッドマテリアルに進化します』
歩けないのは、歩けないのは嫌って言おうとしたのにぃぃー!
マテリアルって歩けなさそうなんですけどーー!
『【無限の可能性Lv1】が【無限の可能性Lv2】に上昇しました。【歩行Lv1】を取得しました』
よっしゃー! なんか分かんないけど結果オーライ?
けど、この状態で歩行ってどんな感じなんだ?
毛虫みたいな多足類っぽいのはお断りだぞ!?
体が光に包まれ、体の奥底の何かが変質していくのを感じた。心地いい、温かい光が俺の体を包んでいる間に何かが思考の中に割り込んできた。
『俺は勇者! ディルだ!』
『俺は転生者! カーディルだ!』
お、おう。誰でしょう?
頭に入り込んできた声は陽気だがどこか懐かしかった。聞き慣れているはずだが、耳にすると違和感が残る。まるで録音した自分の声を聞いた時みたいな感覚だ。
『『よく分かったな! お前は3回目の人生だ!』』
いや、俺ってこんなテンション高い系じゃないぞ!
もっと知的でクールな感じのはずだ!
『『それはないな』』
あ、そうですか。まぁ納得はいきませんが、それで?
『別に何も?』
『ただ、俺が困ったら自分で助ける的なシステムで行こうと思って。困ったら呼んでーーー』
体を包んでいた進化の光が体に吸い込まれるのと同時に俺の中の俺自身の声は消えていった。
正直、なんじゃありゃ???って感じなのだが、害はなさそうだ。それに3回目って言われてもそれがどうしたとしか言えないし……。
兎に角、歩くか!
これが始まりだった。俺は無限の可能性を突き詰めるために【システムコード】に従って進化を進めた。
ーーー数十年後
「よし、これで準備万端! とりあえず国盗りを始めるか!」
俺は晴れて人型になっていた。自由に言語を操る口を得、自由に野原を駆け回る足も得た。
なんとも嬉しい限りだ。
この数十年、人間側には大きな変化があったことだろう。
しかし、俺は未だに人間と話したことがないのだ!
ただひたすらに魔王から逃げ、逃げ、魔物を狩って狩って狩りまくった。そんな悲しい数十年間を過ごしたのだ。
それで俺は思った。
「家が欲しい」
欲しいというか、拠点として必要になったのだ。むしろ、今までよくホームレス状態で生きてこられたと不思議に思う。
思い立ったはいいが、城を建てよう!と考えるやつは少ないだろうな。
だが、俺はその少数派だったのだ。
つまり、城を建てようとした。
「小さい国でいいかな」
どうなったかは言うまでもない。
えっ?聞きたいって?仕方ないなぁー。
魔王の手下やら魔物の大群やらが押し寄せて来て、あっという間にペシャンコだよ!
こんな魔境に住もうとしたのが間違いだったんだ。
そこで俺は学んだ。無駄に豪勢で大きい城はかっこいいが、守りにくい。すーぐどっかが壊れる。
本題に戻ろう。
すでに乗っ取るつもりの国は決めている。
ここからそれほど離れていないが、海辺に立地し多種多様な種族が住んでいる港国ミーナだ。
偵察に行った所、とても明るく良い国だったので、王だけサクッと殺してすげ替わりたい。
時間軸的にはここが『よし、準備万端!~~』のところだ。
「いざ出発!! 変形・飛行!」
【飛行Lv8】を発動して、空を駆ける。
……変形でどんな姿になったかって? ただ背中に赤黒い羽が生えただけさ。
見た目だけなら魔王よりも魔王らしさが出てるかもしれない。
おっ、目の前に飛竜が飛んでるな。すっごい怯えて翼が震えてるけど大丈夫か?
「どうしたんだ?」
一瞬で加速して飛竜の目の前に移動してみた。様子がおかしいのは明らかだったからな。
「ひぃっ! 紅い死神!? あひぅぅー」
「あっ、 おい!」
紅い死神って別に何もしないから!
もう! 言う前に泡吹いて墜落してるし。
「もういいや、最近慣れてきたし」
話は戻るが、俺は城を建てた。
その時に押し寄せてきた大群を森の独立した魔物達、つまり魔王の配下ではない魔物は魔王達がついに世界を滅ぼそうと動き出したと勘違いしたらしい。
侵攻を止めようとしていた魔物もいたそうだが、俺はそんなことも知らずに皆殺しにしてしまった。
それから俺は紅い死神とか言われている。
実に不名誉なことだ。
泡を吹いて落ちていった飛竜を思い出してため息をついているうちに潮の匂いが鼻の奥をくすぐってきた。
いつの間にか森を抜けるところまで来ていたようだ。
「さらば生まれの大森林。二度と戻りたくないね!!」
すでに地平線よりも手前に港国ミーナは見えている。
新居を目の前にワクワクしてきたぞ!