12話 国王という男
俺はその夜、王城に侵入することにした。理由はいくつかある。
まず、俺がこの国に来た目的がこの国を乗っ取ることだ。それもあってこの国でクロディーとしての居場所を作りたくない。クロディー?そんな奴いたっけ?どうでもいいや、みたいなことになるのが理想的だ。昨晩のコロッセオで無敗のチャンピオンだった獣魔王を倒した時点で手遅れかもしれないが……。
とりあえず、それが理由の一つだ。
そして、その居場所を作らないということにも繋がるが、クロディーとして長い期間この国に滞在する訳にはいかない。つまり、時間が無いのだ。そして今日だけで俺の中で国王に対しての不信感が大いに高まっている。 奴隷を輸入していることを隠していること、さらに兄弟同士で戦わせ、それを見世物にしようとしている事だ。そんなこの国の膿を吐き出す為に動くのならば国王よりもただの放浪人である今の方が動きやすい。
これが2つ目、国の膿を吐き出すための時間も考慮すると急がなければいけない。
ほかの理由は夜の方が警備が少ないことや、騎士長との予定がなくなったことなどなどだ。たいして重要なことは無い。
とにかく、重要なのは俺には時間が無いことだ。
夜にコソコソ抜け出すのは悪いことをしている気になるのと、2日連続で抜け出すのは宿に申し訳ないと罪悪感が生まれている。
まあそれでも行かない行けないのだ。仕方がない。
「すいません、行ってきます」
窓枠から外に出て、屋根伝いに王城を目指す。
夜の街。昨日はコロッセオの方にしか行かなかったため、どんな夜を迎えるのか見ていなかったが、流石は冒険者の多い街だ。真夜中、日付が変わる時間だと言うのにも関わらず、酒飲み冒険者達の姿が少なくはない。
そんな冒険者たちの散財した金がこの国の経済を回しているのだ。彼がこうして飲んだくれになっているのも国への貢献だと思えば口元が緩んだ気がしなくもない。
宴のように盛り上がる街を脇目に屋根の上を走り抜け、騎士団寮の横に着いた。ここまで来れば伝う屋根はない。騎士団寮のすぐ先には王城が見えている。
下に降りて正面から侵入するのはあまりに愚策すぎる。どこか抜け道はないだろうか?
「騎士長か、今から仕事なのか?」
暗い夜道に現れたのは騎士長だった。もちろん屋根の上から見ている俺が一方的に視認しているだけだ。
こんな夜遅くから出勤とはご苦労さまだな。
それよりも
「考えるよりも動いた方が早いか」
城の窓から光は消えている。王城の敷地内で目を覚ましているのは見張りの騎士くらいのものだろう。
「2人、いや、5人だな」
黒い柵の前に門番として2人、中に入り庭園を抜けたその先王城の扉の前に3人だ。
倒してもいいのだが、俺が侵入したことを誰にも知られたくないので、【変形・迷彩】でこっそり侵入することにする。
王城の周りをぐるっと1周確認してみたが、3人の騎士が見張りをしている扉以外は見つけられなかった。
3人の騎士を倒すのは簡単なのだが、それでは意味が無い。
さて、どうしたものか。
「ん? そこのお前、なんかようか?」
「……お前達に用はない。邪魔をせず、王までの道を開けるなら怪我はさせない」
「っ!? 賊だっ! 引っ捕らえるぞ!!」
街灯に照らされ、門番の2人の前に1人現れた。フードを深くかぶっているせいで性別や種族は分からない。
敵認定されたその賊に向かって2人の騎士が剣を抜いた。
「はぁ、融通の聞かない奴らだな。そんなにもあの男が大事か」
「当たり前だ! この国の平和を建国時からずっと見守ってきた御方だぞ!」
「もういい」
それは多分拳闘術の系統だったのだろう。賊は振り下ろされた剣が自分に届く前に相手の腹に掌を当てた。大きなモーションはなかった。それでも騎士の腹部の鎧は砕け散り、吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた騎士の体は扉の前にいた3人の騎士の前に着地し、3人の騎士を激昂させた。
「おいおい、先客か? 面倒な事してくれやがって……いや、こいつに押し付ければいいか」
やってしまったものは仕方がない。だが、やったのは俺ではなくあいつ。侵入した証拠が見つかっても騎士達は口を揃えて『賊がやった!』と言うことだろう。
侵入罪の擦り付け役がわざわざ来てくれたと考えればいいか。
おっ、入ったみたいだな。
庭園には色々な方向に吹っ飛ばされた騎士達が呻きながら倒れている。ご愁傷さまだが、こういう仕事を選択している時点で覚悟の上だろう。今は無視だ。
賊は王を探しているようだった。あいつのあとを付けていけば王に会えるかもしれないが、ろくな事にならない気がする。
それよりもあの賊はなんのために王に会いに来たんだ? あの男とか言っている時点で味方ではない……まさか、暗殺か?
だとしたらやばいぞ。
王が殺されれば困るのは俺だ。死を偽装すること、賊の口封じ、王の悪事の後始末。これを日が昇るまでにやり遂げなければならなくなる。
暗殺するなら止める。むしろ、これを気に王に取り入るのも手かもしれなあ。とりあえず賊を追いかけるか。
【変形・迷彩】を維持したまま賊を追いかけた。あそこまで派手に騎士を吹き飛ばしていながら、城の中では急いでいないようだ。暗殺ではないのか? あれだけの音がすれば王も起きて逃げ出していそうなものだが。
数分、綺麗に掃除が行き通った廊下を歩きや階段を2回登ったその先に、豪勢な扉を構えた部屋があった。
賊は躊躇うことも無く、普通にその扉を押し開けた。
「やはり来たか」
「余裕だな。寝首を掻きに来たとは思わないのか?」
「私を殺すことが第一優先ではないことくらいは知っている。そんなことならすでに私はこの世にいないさ」
どうやら、王は見張りが倒され、侵入してくる事まで想定済みだったようだ。それどころか顔見知りらしい。王城侵入の前科持ちか?
「明日の試合、どういうつもりだ? 殺されたいのか?」
「……そうだ。私の命をくれてやってもいい。本気で戦ってくれ」
「っ!? 何がお前にそこまでさせるっ! それほどまでにクロのデータを取りたいか!? そこまで人体実験に手を染めて、よく平気で生きていられるな!!」
「お前達が兄弟であることも理解している。お前は人体実験と言ったな。確証があるのだろう? しかしその明確な証拠が見つけられていない。どうだ、図星だろう?」
おいおい、おいおいおいおい!! どうなっている!?
どこまで屑なんだこの王は。いや、この男、何を考えている?!
「お前が明日、本気で戦い、勝てばその証拠をやろう。そして私を殺すがいい。お前にはその権利がある」
「俺がお前の作ったモノじゃないっていう証拠がない。信じられるか」
「お前は本物の魔狼と天狼のハイブリッドだ。まあいい、好きにすればいい。だが、お前が今ここに来たのはなんの為だ? その証拠を手に入れるためではないのか?」
「……そうだ。だが、お前の目的が分からない。なぜ自分からこんな提案をふっかけた?」
「終わりなのだ。目的は達成されつつある。ただそれだけだ。すでに数百年生きたこの命に執着などない」
この取引は兄弟同士で殺し合う報酬として自分を破綻させる証拠と命そのものを与えるという意味のわからないものだ。
なんのための実験データなのだ? どうせ死ぬつもりならば、自分のためではないのか?
「その言葉忘れるなよ」
「健闘を祈っているよ」
腹いせか、賊は王城の壁を吹き飛ばし、そこから飛び降りて行った。
やつが暗殺することはなかった。しかし、王は明日、目的を達成すれば殺されるだろう。
それまでが俺に残されたタイムリミットだ。
今日は眠れそうにないな。
宿主「どうしたのさ、そんなカッコして」
??「夜這いしようと思ったのに……今日もいなかった」
宿主「そういうことはもっと隠してくれ…」
クロディーの知らないところで物語は動いていた!?
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