11話 港国ミーナの歴史
とある王が、異種族間の差別が生む軋轢に苦しまなくていい国をと願い、港国ミーナという国を建国した。
海と大森林に挟まれたこの国は発展するのに時間がかかった。大森林が龍魔王の支配領域だったのだ。人など訪れようとは思うまい。
しかし、海がこの国を救った。とある王国の貴族がこの国に漂流し、この国の王によって救助されたのだ。それからその貴族は各地に根回しをし、王の願いを叶えるために協力を惜しまなかったという。
そして50年前、異種族間の友好の象徴としてコロッセオが作られた。しかし大森林と海という冒険者の欲求を満たすものは既にあり、闘技者になろうとするものはいなかった。そこで貴族と王は大量の奴隷を買った。
「その時から奴隷闘技者が存在している。今では冒険者であり闘技者である者や、このコロッセオの噂を聞きつけ、闘技者になろうと訪れる者もいる」
どんな過程を経てこの国が出来上がったのか、そして奴隷闘技者はなぜ存在しているのか、それを騎士長は話してくれた。
王は人間でありながらエルフの姫と駆け落ちし、姫を手に入れた。その時に人間とエルフと魔族という三つ巴の大戦があったのはまた別のお話。
「じゃあ奴隷闘技者はもう用済みなんですか?」
「いや、魔獣相手の催しでは奴隷闘技者が起用されている。彼らはこの危険な仕事から逃げたいとは常々思っているだろう」
俺が驚いたのはこの国に奴隷制度が存在していたことだ。街では全く奴隷が見られず、街の治安も良かった。奴隷が存在している気配が希薄すぎたのだ。
「このことを国王様は故意的に隠蔽されている。住民全員が昼間からコロッセオを訪れる訳では無いからな。コロッセオはあくまで夜の娯楽なのだ」
国王、俺が殺す予定の相手だ。こいつが黒い事をしていればしているほど俺の良心が痛まなくて済む。
別に奴隷を全面的に否定する訳では無いが、隠蔽するということは国王自身良くないことだと認識しているのだろう。
「詳しいことはここで話すぜ」
どうやら、こうしている間にも騎士団寮に着いたようだ。
騎士団と言うだけはあるのか、窓からはすぐ横に王城が見える。騎士団は王を守るためにあるのだ。すぐに駆けつけられるようにしているのは当たり前のことだろう。
「明日、天狼と魔狼のハイブリッド種同士の試合が行われる。俺達は会場の観客の安全を守る。予想されている奴隷闘技者の脱走に対しては『カコミタチ』とクロディーについてもらう」
「クロディーって!? 昨日のっ!?」
「ん? 昨日のとはなんだ?」
あー、昨日の夜のことか。コロッセオに騎士団の者が来ているとは考えてなかったな。今更だが、偽名でも使えば良かったか。
「昨日の夜、コロッセオに興味があったので、試しに出場してみたんですよ」
「ほう? 夜のコロッセオねー」
俺の事に気づいた騎士がぎくっと顔を強ばらせ、冷や汗を流している。
なるほど、騎士は夜のコロッセオに行くのを禁止されているのか。
「タクは後でくるように。話を戻すが、明日のコロッセオは国王様もご覧になられる。私は側近として護衛につかねばならないので、指揮権は副長のラーグに任せる」
「承りました」
副長ラーグは騎士長とは一転して堅物そうな雰囲気だ。まあ眼鏡のせいもあるかもしれないが。
それよりも、おお可哀想なタク。騎士長の目が怖かったよ。がんばれ。
「では質問がなければ解散するが」
気になることが1つある。天狼と魔狼。2種とも幻獣種の中でも最強の一角を担う魔獣だ。スキル【変幻】を持っているため人間の姿にもなれるので、歴史上に、実は魔狼か天狼ではないか?と疑われている偉人も出てくる。
そんな天狼と魔狼の混血は世界でも、いや魔物史上で見ても貴重な例だ。そんな珍しい種が2人も、しかも同時にこの場所に現れたのは偶然なのか。
それは、
「では一つだけよろしいですか?」
「なんだタク?」
「うっ。ええっとその2人は兄弟なのでしょうか?」
そう、血が繋がっているもの同士で戦わせるのか、それは周知の事実なのかどうかを知りたかったのだ。
その回答によってこの国の魔物に対する価値観がよく分かるはずだ。
「もしそうだとしたらどうする? 獣に情でも沸いたか?」
「いっ、いえ! そういう訳では。単純な興味でありました」
「そうか。こちらにもそこまで詳しい情報は回ってきていない。このマッチングは国王様が出資で行われたと聞いている。血族関係にあるかどうか知りたければ国王様に聞くんだな」
騎士長の言い方からするに魔獣は家畜同然、というような考えのようだ。この考え方は好かないな。俺の生まれた時の環境もそうかもしれないが、俺は魔物と仲間にもなったし、敵対もした。良い意味でも悪い意味でも魔物のことはよく知っている。
だから、この扱いは変えてやりたいと思う。
それにしても、また国王か。悪事があるなら全て調べ終えてから殺した方が良さそうだな。成り代わった後に、知らない悪事が世間に露見するという事態は避けたいところだ。
「ほかにはないな。なら明日はよろしく頼むぞ!」
「「はい!」」
そういえば、今日の晩飯は騎士長に奢ってもらえる予定だったな。言質をとりに行こう。
「あー、晩飯な。いや、忘れてたわけじゃないんだが、予定が入ってるんだよなぁー。悪い、金は渡すから1人で食って来てくれないか? また奢るから」
よっしゃ、予想以上の成果を頂きました。
「しょうがないですね。また今度もお願いします」
あくまでやれやれ、といった感じで接する。これでもう1食奢ってもらえることになった。
何にしろ騎士長の都合で夜の予定はなくなった。
これは悪いことばかりではない。俺の本来の目的のため、王城への侵入調査が決行出来そうだ。
◇
「魔力数値安定、心拍数血圧ともに安定しています」
「次に進めろ」
部屋には蛍光色の緑色の液体に満たされた培養液からの怪しい光が満ち、人間の感覚を狂わせる。
命令に従い、魔力を最大限絞り出すという非道な作業を上司の命令という看板を言い訳にして実行する。
ああ、これは何度目の非道な作業なのだったろうか。罪の意識など、消えるわけがない。
「はい。魔力容量の確認に移ります」
培養液に入れられた幼子。培養液に入れられた少年。培養液に入れられた青年。培養液に入れられた男性。培養液に入れられた老人。
ああ、私はまた1つ、命を冒涜することに手を貸してしまったのか。
1から10まで様々な年代の男女を培養液で育て、そしてその命とも言えない紛い物の生涯を見届け、ただの化学合成物の残骸として廃棄する。
私はこの工程をあと幾つ続ければ国王の望みに届き、この悪魔の所業の責任を取れるのだろうか。
ああ、この才能、このスキルが憎い。かれがなければ陽のあたる場所でこんな闇を知ることなく生涯を全うできただろうに。
「No.14黒、全ての工程をクリアしました。明日の状態は問題ないと断言出来る結果です」
1人の助手が紙を私に渡してくる。それを私は受け取った。
「この子が私を解放してくれることを、いえ、断罪してくれることを願うしかないわね」
この国の闇を晴らす闇の産物よ、どうか国王に救済を。
どうかこの狂った研究に終止符を。