剣筋 ②
「私ね、痛いのって嫌いなのよ。痛いのも苦しいのも嫌。甘いのと可愛いのが好き。けど、どうしても闘わなくちゃいけないとなった時、貴女ならどうする?」
振るわれた銀色の槍。
突く一撃ではなく、横殴りの一撃。
「私は一撃で終わらせるわ。後腐れもないし、痛いのも苦しいのもない。槍を振るうなら一撃で決める。そう決めてた……はずだったんだけど。やっぱりね」
反応が不可能なほどの速度の一撃。
速さと鋭さを備えた神速の一撃だった。
構えもなく振るわれた一閃。
「鉄の魔法と言った時点で予想はしてた。でも、防いでみせるとは想像以上ね。初見ではないにしてもね。よく鍛えてる」
起点とするのは円の動き。
その遠心力を利用した円の薙ぎ払い。
その奥に潜むのが突き。そんな槍術。
「……はぁ……その太刀筋……」
ユウキが息を乱れさせるのは珍しい。
防がなければ死んでいたと思う恐怖心がそうさせる。アイリが直前で止める可能性もなくはないが、彼女の口ぶりからすると寸止めはなかっただろう。
「ダメよ。言ってはダメ。私も聞かない。だから、ユッキーもここで言っては駄目よ。どこに耳があるのか分からないんだから。余計なことを知られるとメンドくさいのよ。アイリ〜困っちゃう〜」
「その技は本物です。何故……」
「──ユッキー。私は運営のアイドルポジションのアイリちゃん。分かった? でないと次は最奥を見る事になるわよ」
女は人の悪い笑みを浮かべているが、見るという表現は正しくない。それを見る時には死んでいるだろうから。
最奥に潜むのは、次を必要としない必殺の一撃。
「予定とはだいぶ違ってしまった。でも、互いに知らなかった事を知れた。価値はあったし面白かったわ。そろそろ帰るわね。雅が暴れているあっちも心配だからね。次は仲良くしてね? それじゃあ、またね」
ユウキたちに手をふり、現れた時のように再び消える。立っていた場所から、前触れなく突然消える。
痕跡など残さずに。何も感じさせずに。まるで誰も初めからいなかったように。
「……消えました。どうなってるんでしょう?」
アイリを敵とは、まだ判断していない亜李栖は割り込まなかった。割り込めなかったのかもしれない。
雅の呼ぶ、ふわふわとは別の雰囲気の生き物のようだったから。
「気配すらなく近づき、殺す。そんな人だからでしょう。その気なら、姿すら見せずに槍を振るえるはずです。投擲という手段もある。そして槍だけでもないはずですから」
ユウキがフラつき、それに気がついた亜李栖は慌てて身体を支える。
「大丈夫ですか? 私も斬り込んだ方が良かったでしょうか」
「大丈夫です。緊張感がなくなっただけですから……。手は出さなくて正解です。行きましょう。シノの位置を確認してください」
「…………」
大丈夫だと言われては抱きとめた手を離すしかなく、この場に雅がいてくれたらと思うしかない亜李栖だった。
「では行きましょう。志乃さんの位置は……動いてないですね? というか着信がスゴイ数入ってました。 ──何かあったのでは!? かけ直すので少し待ってください!」
♢
ここで無関係のようで関係ある話を1つ。
雅が志乃を隠した場所。
そこから少し戻ったところ。高い建物の上で行われていた、少年たちの闘いも終わりを迎えていた。
「その銃は接近戦には向かねぇ。だいたい接近戦の技術が無いじゃねーかよ。聞いてた魔法も使えねーし、わざわざ出てくる価値はなかったなぁ。オマエ……名前なんだっけ?」
闘いといっても展開は一方的。
構えた銃は撃つ暇がなく、ただの殴り合いだった。
それも片方は相手を一度も殴れていないから、殴り合いとも言えないかもしれない。
使用されたのは技術などない喧嘩の技。
魔法など存在しない闘いだった。
「……うあっ……」
銃は壊され、志乃を撃った方の少年は立つことも出来ずにいる。
「サクラバ? ちげぇな。それはオトモダチの粋がりくんの名前だ。名前は分かんないけど許してくれよ。少年A。弱い者イジメは趣味じゃないんだが、ケジメだ」
もう抵抗できない相手に、トドメを刺そうとする少年。その方法は高所ならではのものだ。
「二度とその顔見せんなよ。次はこんなもんじゃ済まさねぇ。やった事を謝る必要はないから、二度とこのゲームには関わるな。約束だぜ? ……次は本当に殺すからな……」
高い建物の屋上である決闘の場所。
そこから下が見えるようにして、少年を突き落とす。
「うわぁぁぁぁぁぁ──」
叫ぶのは当然。地面に落下して無事で済む高さではない。
「ジタバタすんなよ。死にはしないんだろ? 今まで撃った分のケジメだ。オマエも死ぬほど痛いのを味わいな」
何故だか自分も飛び降りていて、もがく少年の背に着地する。そのためか落下の速度は増し、恐怖は膨れ上がる。そのまま2人で遥か下の地面を目指す。
「よっと──」
そして地面に激突することなく着地する。
手にはダラリとして動かない少年が、襟の部分を掴まれて持たれている。
「あらら、気絶しちゃったよ。情けないねぇ。遊びでやってるヤツはこれだから駄目だよなぁ。ところで、オマエらここで何をやってんだ? 勧誘はどうした。この少年Aみたいになりたいのか?」
着地した近くには雅を追う一団。その内の幾らかが、この場所に残り志乃を探しているところだった。
そこに一団の統率者が突如として上から現れ、兵隊と呼ばれる部下の少年たちは狼狽える。
「いや……女を追えと指示があり……」
「その女の仲間がここら辺にいるらしく……」
尋ねられた理由を、兵隊たちの中でもレベルの高い2人が答える。他の少年たちは目すら合わせようとしない。
「あぁ、なんだそりゃ。オレはそんなこと言ってねーぞ。どこの馬鹿だ勝手な事してんのは。オマエら、その馬鹿を連れてこい。連れてきたヤツには、ソイツのポジションをくれてやる」
「いや、自分たちでは……」
「すいません」
兵隊にも階級が存在し、下位の者は上位の者に勝てない。魔法でもレベルでもだ。
自分たちが下位だと自覚している彼らは、いい返事をしない。その様子を見てかリーダーの少年はある行動に出る。
「何だよ。オマエらガッツ見せろよ。しょうがねーなぁ。ちょっとコイツを持ってろ」
引きずる少年を持ってろと預け、自らは足場でもあるかのように上へと昇る。空を蹴ること数回で目的の高さまで到達し、その言葉を口にする。
「空域制御」
一気に広がった風を操る魔法は範囲内にあるソレを瞬時に引き寄せる。そして中身だけを下に落としていく。
その数が数十個となったところで、空のシャボン玉だけを残して地上へと戻ってくる。
「あんまり取っちまうと、他のヤツらに悪いからな。ここにいるヤツらでソレを割り振って、馬鹿を連れてこい。これなら出来るな? 返事はイエスで頼むぜ」
「「──はい!」」
「イエスって言ったじゃねーか。まぁいいや。行け。オレはここら辺にいるから」
「「──はい!」」
やれやれと肩をすくめ、リーダーの少年は歩き出す。意識の無い少年を再び引きずってだ。
その足は止まることなく、迷いなく1つの建物を目指す。人を隠すならそこだと思うから。
♢50.5♢
「ここだと思うんだけどな……」
「誰だ……」
「いたいた。手に持ってる物騒なのを下ろせよ。志乃」
「──なっ、嘘だろ?! 何やってんだ。お前……」
「それはオレが聞きたいねぇ。その前に、──ほら。少年Aくんだ。やるよ。好きにしな」
「これ、お前がやったのか?」
「あー、チガウヨ? 良い子ちゃんのボクニハこんな事できないよ?」
「…………」




