邂逅
♢9♢
爛然とする真紅。
2つなくてはならない真紅は、片方だけしか存在していない。
観る者を時に惑わし、威圧する赤。
封じ込めた記憶と重なるその眼光。
違っているのはそこに宿る意思。
この男からは狂気しか感じない。
それを取り繕って生きている。自分のように……。
明るく振る舞い。その実、何にも本心を見せない。
まるで自分のようだ……。
飄々としているのも、オーバーなアクションをするのも、全てはそれを隠すため。
全ては嘘ではない。ただし本当でもない。
同類ゆえに理解できる。
「……お嬢さん。アナタ、どちらに行かれてきたので?」
ピエロはそう問いかけてくる。
「その内にある色。およそヒトには不可能な所業だと思うのですが……もしや、向こう側にご旅行でも?」
輝く真紅が威圧感だけを放つ。
それは男の全身から感じられているのかもしれない。
「……うあっ」「いや……」
気丈なはずの友人たちは簡単に呑み込まれる。
およそヒトとは呼べない男の気配に。
その場にへたり込んでしまう親友を見捨てる選択肢はない。ならば、立ち向かわなくてはならない。
あたしの終わったはずのゲートの向こうでの物語は、まだ続いているようだ。
「クククク……エッグは必要ないようですね。既にお持ちのようですから。見せてくださいよ。その内に隠したお力を!」
軽々と振るわれる大剣。
地面は割れ、衝撃は迫り来る。
魔法のひとつでもまともに使えれば、どうにかできたことだろう。
ただ、あたしはできない……。
「──ふざけんな! 魔法なんて使えないから! せめて、あたしにも魔法をよこしてから襲ってこいよ!」
「またまたー、ご冗談をー」
どうしてこうなる?
あたしは志乃ちゃんたちを追いかけてきただけなのにー。
♢
どうしたらこうなるのか分からない。
外からでは全く分からなかったが、公園内は大変な惨状だった。
「──志乃ちゃん! 亜李栖ちゃん!」
目的の2人を見つけ安堵したあたしに、更なる衝撃が襲いくる。
「雅。どうして……」
2人を探してだよ! 心配したんだから……。
そんな言葉が浮かぶより先に、率直な、見たままの感想が口から出た。
「2人ともスケスケじゃん。どうした」
雨でも降ったかのように2人は濡れていて、下着が透けている。
仮に自分が男子であったなら喜びもしただろう。
しかし、同性である自分からはどうした? としか思えない。ピンクと水色がどうしても目に入る。
「お前だって人のこと言えないだろ……」
「あー、あー、こんなに汗で。これで野郎の前に出るなど……」
亜李栖ちゃんはカバンから取り出したタオルを、自分にではなくあたしに最初に使う。
タオルからいい匂いが……。
「──そうじゃなくて! これは何? どうしたらこんなことに……」
捉えたら逸らせなくなった。
1秒。いや、一瞬だって目を離したら駄目だ。
感という、限りなく現実に近いものが働く。
ここからは背を向けていて、その正面を見ることはできない。
けど、ベンチに座っている男がマズい。
大変危険なものだと理解できる。
「……逃げるよ」
気づかれないように、気づかれないように。
祈るように言葉を発することしかできなかった。
「確かに魔法は貰ったし用は済んでるが、助けられたみたいだし礼くらいは言わないとな」
「──いいから!」
早くこの場所を離れなくては。
頭の中にはそれしか浮かばない。
──ドッドッドッ
心臓が脈打つのが早まっていく。
あり得ないとは思いながらも、鼓動にすら気づかないで。そう考えてしまう。
「アレは駄目だ……」
「──痛っ、雅さん?」
自分に触れていた亜李栖ちゃんの腕を掴み、次いで志乃ちゃんの腕を掴み、この場を駆け足で出ようとした時。
「いやいや、ご馳走さまでした。中々に興味深い味。次は黒い缶のやつを飲んでみようと思います」
飲みほしたからの缶。そのラベルの文字を眺めながら、男が立ち上がり振り向く。
「おや。お友達ですか? おひとり増えていらっしゃる。そちらのお嬢さんもひとついかがです? 魔法など……」
完全にお互いがその存在に気づく。
男の顔からは表情が消え去り、無表情になっていく。
「…………」
……気づかれた。
背を見せ走り出すのを躊躇ってしまう。
男は無表情から口の端がつり上がっていく。
「これは、これは。何と言うか……あり得ない。そうあり得ない! しかし目の前にいる。なんでしょうねー、なんなんでしょう?」
何故か最後が疑問形。
問いかけてくる男。片目だけ赤い男。
「一見すると歪であるが成立している。とても興味深い! 何をどうしたら、そんなふうになるのでしょうか……」
分かりやすく腕を組み、目を瞑り顔を傾けて考え込むそぶりを男はする。その瞬間を見逃さなかった。
──今だ!
今度こそ2人を連れて走り出す。
来た道を戻るのが最短だとは思いながらも、隙だらけの背中をさらすことはできない。
それに、戻るより公園を抜けたほうがいい。
「おっとー、まだ考え中です。何より逃げなくてもいいじゃないですか」
「──なっ」
目の前に男が現れる。
自分たちから視線が外れた。1秒。
余計な動きをし眼をつぶる。1秒。
気づいた男が目を開け、首を戻し振り返る。1秒。
少なく見積もっても3秒は時間があったはずなのに……。
オーバーなリアクションをするなら、更に時間はあったはずなのに。
真横を通り抜け、噴水を背にし、そのまま木の陰まで移動して、あとは追われながらでも出口まで行けたはずなのに。出鼻をくじかれた。
「──ズルくない? いろいろ考えて、タイミングも計って、出来うる最善の選択をしたはずなのに。一瞬で追いつくどころか正面に回りこむとか、ズルくない?」
「まさか真横を通るとは思いませんでした。それに、そこまで考えて行動しているとも。しかし単純に遅い。風のお嬢さんなら、一息で引き離せるでしょうに。ご友人に配慮なされた?」
「──全速力だわ! ここまで走りっぱなしだったのに休んでる暇もない。なんなんだよ、おまえ」
打つ手なし……。
走って逃げられないとなると他に手がない。
それでも、どうにかしなくちゃならない。
「──思いつきました! ただ、そうなると……」
左手の大剣が軽々浮き上がる。
多分、わざとらしいリアクションをするつもりだったんだろう。
剣を持ってるの忘れてたんだな……。
つーか、あの剣。ダンボール製とかじゃないよね?
軽々持ち上げる力。瞬時に移動する速さ。
身体能力が並みじゃない。
魔法だとしても普通じゃない。
「……お嬢さん。アナタ、どちらに行かれてきたので?」
男の真紅の瞳に狂気が浮かぶ。




