すれ違い
♢7♢
お互いのことを思うがゆえにすれ違う。
そんなものに関わらせたくない彼女と、なんとしてもそれが欲しい彼女とが。
1人は自分に当てはめて。
それがもたらす影響を考えて。
もう1人は親友に当てはめて。
ずっと謎だったものが、親友を苦しめているものが手を伸ばせば手に入る場所にあるから。
どちらもお互いを想っての言動。
しかし、すれ違い傷つけあう。
「──絶対ダメだよ! 志乃ちゃんたちに魔法になんて関わって欲しくない!」
「雅、お前は持ってるからそんなことを言うんだろ? 今までずっと隠してきたんだもんな! お前は特別だもんな。凡人の気持ちなんて分かるわけがない……」
「志乃さん。さっきから言い過ぎですわよ」
「亜李栖は黙っててくれ。ウチらの問題だ。何でこいつが、もう明るみに出てる魔法を否定するのか理解できない。自分は使えるくせにだ」
自分は使えるくせに。
その一言は使えない雅の心を大きく傷つける。
「……どうして。志乃ちゃんまでそんなこと言うの?」
今より前。7月20日以前から魔法という技術は、確かに存在していた。
ただ、誰にでも扱えるわけではなかった。
才能が必要だし、その技術を持つのは一部の人間だけ。
風神 雅はその家に生まれ、こう判断されている。欠陥品。あるいは出来損ないと。
才能はあれど、彼女には致命的な欠陥があった。
それゆえに弾かれ、彼女は独りきり暮らしている。
実の両親。才など有りはしない凡夫でさえ彼女を見捨てた。
出来のいい弟を溺愛し、出来の悪い姉を爪弾きにして。
そんな娘を庇い立てれば自分たちも危うくなる。
だから雅を欠陥品をゲートの向こうに送り出した。
断れば、次はその弟に白羽の矢が立つのは明白だったから。
「……好きで風神の家に生まれたわけじゃない。魔法なんて使えなくても不自由なんてない。それなのに……どうして……どうして、あたしばかりが……」
その先は言葉にならない。
言葉を紡ぐことができない。
押さえつけていたものが溢れていく。
感情であり、憎しみであり、涙が。
「……亜李栖。行こう。この機を逃す手はない……」
涙を流す親友を置き去りにしても、進まなくてはならない。
同じものを手に入れ、同じ場所に立つことができれば、見える景色は変わるはずだから。
そうすれば涙の訳も、その理由すら取り除けると思うから。
「志乃さん。雅さん」
彼女も迷う。どちらにつくべきか。
仲のいい2人のすれ違いに気づけど、自分にはどうすることも何を言うべきなのかも分からない。
ならば──。
「雅さん、ごめんなさい」
志乃と行く選択肢を選ぶ。
親友のために、彼女もまた欲しているから。その異能を。
♢
頭の中をぐるぐると、いろんなことが回る。
涙は止まった。それでも動けなかった。
追いかけなくてはと思っても足が動かない。
2人の口から魔法なんて単語を聞くなんて思わなかった。あの様子では家のことも知っているようだったし。
ゲートが無くなった影響はこんなところにも、日常にも及び始めている。
魔法を使ったゲーム。それ自体に驚いたが、隠されていたことまで明るみになっているなんて……。
「2人を止める方法はなかったのかな……」
口をついた独り言とタイミングを合わせるように、着信音が鳴る。
時計を見れば、約束の時間をとっくに過ぎている。
「もしもし……うん。ごめん。友達と喧嘩しちゃって……うん」
あんなものに友達を巻き込んでしまいたくない。
昨日の記憶が鮮明に浮かぶ。
「魔法が欲しいんだってさ。あんなもの無くても困らないのにねー。流行りに乗るのは悪くはないと思うけど……あたしの、言うことだって……ちゃんと聞いてよ……」
空元気を演じてみても長くは続かない。
誤魔化してみても偽ることはできない。
大事なものだから。大切なもののことだから。
「遅くなっちゃうけど、今から行くから……」
約束を守るのは大事だ。
けれど、そんなものより大事なものがあるはずだ。
友達は、チンケな約束より大事で優先するべきことだ。
電話の相手はそう口にする。
「──えっ、追いかけろ? あたしなんかが追いかけたって……。2人がどうして魔法なんて欲しいのか、わかんないよ……」
『鈍い。それは貴女のために決まってるでしょう?』
人が力を求めるのは誰かのためと決まっている。
そして目の前にそれがあって、手を伸ばせば届くのなら掴む。
『友達はずっと貴女を見てきた。なら、そこに行き着いても不思議はない。自分も同じ景色を見れたら。そう考えても不思議はない。雅、貴女に出来ることはひとつだけ。追いかけなさい』
携帯電話の向こうの彼女は言う。
『失くしてから気づくのでは遅い。手を伸ばせば届くのは貴女も同じ。そして貴女には──』
風神 雅は、最後まで言葉を聞くことなく通話を終了する。
追いかけなくてはいけないから。大事なものを。
「……世話が焼けますね。ただ、雅1人では不安です」
しかし、彼女の現在地を聞くのを忘れたことに気づく。
「…………」
♢
自販機の前に、派手な色のスーツを着た男が立っていた。周囲に人気はなく鳥の鳴き声すら聞こえない。
目的の人物なのはすぐに分かった。
この男の画像は出回っている。
隠れようとも、隠そうともしないこのピエロ。
「なぁ、あんたが例の魔法をくれるピエロだろ?」
「魔物避けならぬ、人払いをかけていたんですが……これはどういうことでしょうか? 効果がないわけではないと思うのですが」
「1本奢ってやるからさ。ウチらにもくれないか、魔法ってやつを」
「おぉー、でしたら遠慮なく。ワタクシ、しゅわしゅわしたやつでお願いします!」
ピエロことカイアスが休憩がてら、一息つこうと思い公園に来たところで、志乃と亜李栖の2人はカイアスを見つけた。
「炭酸か。コーラでいいか?」
自販機のボタンを押す手前でよぎる。
置いてきた親友を。あいつもよくコーラを飲んでたなと。
「何やらお悩みの様子。しかし、魔法を手にすれば解消されること間違いなし! あらかじめゲートのアプリをご用意ください。そして魔法は用法容量を守って正しくお使いください!」
茶化すピエロと真面目な様子の女子高生2人は噛み合わない。無論、ピエロに気にする様子はない。
「これと交換だ」
「もちろん」
ピエロは職務を全うする。
魔法を配り歩き、参加者を増やすという職務を。
「あとは、お嬢さんたち次第。ご自由にどうぞ。ワタクシはこちらをいただいておりますので、お構いなくー」
手渡したエッグ。
あとは本人次第。自己責任。
いかなる責任も自分のせい。
運営は一切の責任を負わない。
「志乃さん」
「……こんなもんがな」
ピエロの言った用法容量。
つまりは使用方法に、最初の武器を選ぶ方法はすでに多数の情報と実証により確立されている。
当然、彼女たちは知っている。
初めは興味本位だった。
噂になっているし、何より魅力的だった。
そうやって調べるうち。ネットを眺めるうち。
見覚えのある名前に行き着く。風神という名前。
名家であり、その表の生業は学問。
その力は国にすら影響をもたらすほどであり、生業は裏では魔法に通じる。
「雅を苦しめる魔法とやらが、どれだけ価値があるものなのか見てみようじゃないか。あいつが独りきりで家族すら側にいない理由。生まれつきの体の弱さすら認めない家。そんな奴らが隠してきた技術ってやつを」
志乃。彼女はずっと見てきた。
何の変哲も無い女の子を。
異変に気付いたのは小学生の頃。
ある年から両親が学校行事に来なくなった。
仕事の都合と思っていたし、雅はそう言った。
それは嘘だった。
中学になってからはあからさまに。
高校になってからは今のとおりだ。
両親がいて、家があって、学校だって自宅から通える。それなのにあいつは1人で暮らしている。
理由は何だ? ……分からなかった理由は魔法というキーワードで全て繋がる。
「力になりたいと思っても何もできなかった。だけど、魔法があれば変わるかもしれない」
故に望む。
あったはずの視えなかったものを。
見ていたのに分からなかったものを。