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 7月25日

♢6♢


 彼女は眠たかった。

 それでも睡魔に負けじと頑張っていたが、健闘むなしく睡魔に敗れ去った。


 本来なら注意すべき立場の人間は注意できず、彼女を心配しているクラスメイトも声を掛けなかった。


 ──従って、こうなる。


「Zzz……Zzz……」


 眠り込んでいる彼女の友達は、すやすやと寝息をたて、今日の授業中ずっと寝ていた友人を、どうしたものかと考える。

 揺すっても起きず、声を掛けても目覚めなかった。


 今は、とっくに授業は終わり教室には自分たちしかいない。現在は夏休みではあるが、課外授業という進学校ならではの授業が行われていて、それは8月の初めまで続く。


 来年が大学受験と考えれば少ないと思わなくもないが、夏休みがないのも困る。

 学生の内心は複雑なのである。そんな学校での一場面。


「どうすっかな、これ。放って帰るわけにもいかないし……」


 そう口にするのは背の高い女生徒。

 身長は同年代と比べても高く、髪はポニーテールにしている。

 身長に似合った体つきをしていて、制服を着ていても学生とは思えない。ずっと大人びて見える。


志乃(しの)さんが、おぶって帰るというのはいかがでしょう?」


 志乃という女生徒に、眠り微動だにしない友人を連れて帰る方法を提示した彼女も同学年。

 しかし、志乃と比べてしまうと大人と子供。


 平均以下の身長の彼女はそう見えてしまう。

 伸ばした髪におっとりた雰囲気。

 とても男性受けしそうな女生徒。


「いや、電車とかどうすんのさ。こんなの持って乗れません」


(みやび)さんの荷物は私が持ちますから」


「やだよ。恥ずかしいじゃん」


「そう仰らずに。私もお付き合いしますから。ふふっ……なんならお姫様抱っこでも可です。いいですわ〜」


 なにがいいのかは聞きたくない志乃は、なんとか眠り姫を目覚めさせる方法は無いかと考える。


 そして思いつく。あまり見ない……そもそもテレビや本の中でしか、やらないであろう方法を。


「志乃さん。悪い顔してますよ……」


「こいつは前から言ってたんだ。一度、叱られてみたいと」


 雅は、先生という職業の人から一度も怒られたことがない。


 本人は構わなくても大人はそれを許さない。

 雅の体の弱さもさることながら、もし彼女を叱りつけたのが伝われば簡単に自分は職を失う。だろう。

 そう大人たちは、学校の先生たちは思っている。


 本来ならこんな場所にいていい存在ではない。

 もっと格式の高い学校に通っていなくてはおかしいのだ。


 普通の進学校では抱えきれない。それが本音だ。

 中学校も小学校でも同じことを教員たちは思っていた。

 腫れ物を扱うようにならないように気をつけて大人たちが忖度する。


「──出席番号2番。風神 雅(かざかみ みやび)! 何を授業中に寝てる! お前は何しに学校に来てるんだ。廊下に立ってろ!」


 それが風神 雅の学校生活である。

 その微動だにしなかった眠り姫が、その怒鳴り声に反応する。


「──はいっ! ごめんなさい。寝てました」


 言われた通り立ち上がり、教室を慌てて出て行く。

 ピシャリと教室の戸を閉めたところで、友人たちは笑い出す。


「……くくくっ」


「ちょっと。今のはいくらなんでも……ふふっ、ひどいですわよ?」


「自分だって笑ってんじゃん」


 そんな雅の友人たちは彼女を特別とは扱わない。雅の家族たちのように。


「──誰もいないじゃん! 廊下どころか教室も、志乃(しの)ちゃんと、亜李栖(ありす)ちゃんしかいないじゃん!」


 再びガラガラと音を立てて戸が開く。

 ガランとした廊下を、人の気配のない校舎を、ガラス越しに笑っている友人を見て気づいた。


「やっと起きたか。授業が終わっても起きやしないのが悪い」


「ぶー、もっと優しく穏やかに起こしてよ」


「ふふふっ、むくれる雅さんも可愛らしいですわ」


 志乃と亜李栖の間くらいの身長の雅。

 髪は乾かすのが面倒だから伸ばさない。

 ギリギリ肩までは伸びている。

 これ以上は面倒くさくなるから不可らしい。


 志乃との付き合いは小学校から。

 亜李栖とは高校から。3人は友人であり親友。


「……雅。調子悪いなら無理すんなよ。昨日、退院したばかりなんだろ? 課外授業なんて休んでもいいんだぞ?」


 だから心配を口にする。


 21日から欠席していた親友が登校してきたのが今日。25日。その間はずっと音信不通だった。


 本人から聞かなくては、入院していたなんて知らなかった。20日には元気だったはずの、いつもと変わらなかったはずの、雅の変化に気づけなかったことを志乃は悔やんでいる。


「そうですわよ。ノートなら私が貸しますし、分からなければ手取り足取り教えて差し上げますから」


 無断欠席であっても先生は何も言わなかった。

 携帯は留守電のまま。

 家は鍵がかかっていて人の気配はなかった。


 雅は一人暮らし。それが、望んでのことではないと彼女たちは知らない。


「ダメだよ。ついていくのがやっとのヤツが休んじゃったら、授業ついていけなくなっちゃう。元気だし大丈夫!」


 その言葉は本当ではあるが真実ではない。


 雅は何も話さない。

 けれど友達としては嘘はない。


 だけど、家のことに関しては何も一切を話さない。口に出したこともないだろう。


「なら、いいんだ……」


 親友たちはそう言われてしまえば、そこから先には踏み込めない。

 絶対の壁が立っていて、その壁は自分たちには越えられない。今のままでは絶対に。


「それより、早く帰ろー。明日も学校だし1秒でも多く休まなくては! 夏休みなんだから!」


「なんだよ、それ。半日学校なんだから夏休みって言われてもな」


「でも世間では夏休みなのも事実ですわ。今月は無理でも、来月は休みですから遊びに行きましょうね?」


「おぉ、海に行きたい! 海に行こう!」


「……海。つまり2人とも水着で……あんなことや、そんなことを?」


「雅、余計なことを言うな。亜李栖が妄想から戻ってこなくなる」


「……ごめん」


 こうして彼女たちは帰路につく。

 先に待つのは分かれ道。

 選択と道化師が待ち受ける放課後が始まる。


 ♢


 帰り道。雅を起こすのに時間がかかり、すでに13時近くになってしまっていた。


 課外授業は午前中だけ。

 部活をやっていない彼女たちは帰るだけ。

 お昼を食べて帰ろうと言ったことで問題が生じた。


(みやび)、目を見て話せ。珍しく誘いを断る理由はなんだ?」


 雅は下手な口笛を吹き、志乃(しの)から視線を逸らす。

 その様子から言いたくないのだと分かるが、入院の件がある。このまま黙って帰すわけにはいかない。


「……もしや逢瀬とか?」


「────!」


 亜李栖(ありす)の一言に驚くほど分かりやすい反応をしたことで、それが理由だと判明した。


 したのだが……。


「えっ……その反応。冗談だろ?」


 まさか。志乃はそう思わずにはいられない。

 雅は可愛いくはある。

 しかし、亜李栖よりとっつきにくいはずだ。


 両方に言えることだが、本人にではなくその背後にビビり声を掛ける男なんていない。はずなのに。


「駄目です! 志乃さんがいらっしゃるのに、殿方と逢瀬など認めません! ……どこの馬の骨かつきとめて、雅さんに近づかないように脅しをかけませんと。パパに連絡して若い衆を使って……」


「こらこら、ただでさえビビられてるんだ。本気でやめてくれ。男どころか女も寄ってこなくなるぞ」


「──ですが! 相手の野郎の顔を見ないことには収まりがつきません! いっそ私が直接……」


 物騒な発言をする亜李栖に、引いてばかりはいられない。これは中々に衝撃のある事態だ。


「わたしはやくそくのじかんがあるから、そろそろいくね? また、あしたね」


「逃げんな! このまま亜李栖を放っていったら大変なことになるぞ?」


「はなせー、行かせてくれ。オレには待ってる女性(ひと)がいるんだー!」


 ジタバタ逃げようとする雅の首根っこを捕まえ、スマホを取り出し物騒な案件を本気で実行に移そうとしている、もう1人も首根っこを捕まえ引きずっていく。


「人の往来があるから。邪魔になるし注目集めてるからな」


 3人のいる道から向こう側。

 携帯電話を片手に男たちが歩いていく。

 画面に目を落とし、雅たちとは逆に歩いていく。


「──志乃さん、見つけました! 例のピエロです。場所もここから遠くないですわ!」


 携帯を見ていた亜李栖が声を荒げる。

 その意味は雅には分からない。


「……ピエロ?」


 知らないのは風神 雅(かざかみ みやび)だけ。

 ここ数日。彼女の情報は遮断されていた。

 

「こんな時にか。タイミングが悪いな……」


 志乃は迷う。どちらも親友のことで。

 どちらを優先するべきかを。


「亜李栖。案内してくれ」


「志乃ちゃん? 何の話。どこに行くの?」


 今度は言うべきかを迷う。

 

「……魔法を手に入れにいくんだ」


「志乃ちゃん。何言って……」


 SNSで、目立つピエロの目撃情報は拡散する。

 そのピエロがくれるものについても同じ。


 ゲームに参加するための道具であり、驚きを隠せない親友と同じ場所に立つためにそれを求めた。魔法という技術を。


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