敗走と撤退 ⑥
♢34♢
破壊されたフィールドと呼ばれる範囲である東京都全域が19時に完全に修復される。
その修復のために掛かる時間は数分だろう。
どれだけ破損した部分が離れていたところにあったとしても、東京都から出るわけではないし出られるはずもないのだ。裏東京にある全てのものは、裏側と同じものでできているのだから。
「うーけーとーめーてーー」
その修復を利用した風神 雅。
彼女はボスキャラに元の場所へと戻る破片を浴びせ、自分は元に戻る破片を利用し離脱した。さて、雅が離脱するために使用した裏東京の破片はどこに向かっているのか?
「……本当にやるのね……」
答えは1人の少女がいた場所の近く。少女とはボスキャラより少し前に闘った、外装魔法を使っていた少女である。
「ぐっ──……げほっ、げほっ……」
「助かったーー。ナイスだよ猪子」
「あなた性格が悪いわね……」
自分の方に向かって飛んでくる雅を、身体を張って受け止めた少女。闘いの際、悪い雅により服を刻まれた少女だ。
「そんなことより早くゴミを捨てて。ポケットに入ってるから」
フラフラな状態の今の雅には、それすら出来ず彼女に頼むしかない。
「分かってるわ……」
言われるままに雅のポケットからゴミと呼ばれたものを取り出し投げ捨てる。自分たちより後方に戻っていく破片。
直径にすると5センチセンチほどのアスファルトの破片。それが雅を引き寄せたものの正体である。
「──ほら、逃げよう!」
2人の目先には新宿にある固定ゲート。
ここにいるようにと猪子とよばれた少女は、指示されていた。というか逃げられなかったのだ。
「──素っ裸でどうやって帰るのよ!」
彼女が目覚めた時、着ていた服はもう着られないくらいになっていた。
志乃は近くにあった服屋から、サイズの合う服を彼女に着せたが、プレイヤーである彼女は知っている。自分が着ている服は持ち帰れないと……。
「早くしないと黒ブタマンが追ってくるよ? しょうがないなぁ……」
1人では帰れなかった彼女は指示に従うしかなかった。雅により残された指示に従う他はなかったのだ。
「……何をしているの?」
服を脱ぎ始めた雅には、そう言うしかなかった。
「これ着なよ」
「はぁ……あなたが先に出て、着るものを買ってきて。狙われてるのはあなただしね……」
「お金ないよ?」
「──なんなのよ!?」
喧嘩をふっかけたのは自分たちだが、散々な目にあっている、外装魔法という黒の魔法に手を染めた彼女たち。
所詮はボスキャラの手下にすぎず、与えられた力すら使いこなせていなかったとは彼女たちは知らない。
♢
エースのお嬢さんは面白いことを考えるものだ。
そして勘も、運もいい。
「お父上様も観ていらしたので?」
「あぁ、ご苦労。特に言うべきこともない」
「それはどうも……。しかし、風神のお嬢さんで倒せないとなると、いよいよ無理じゃないですか? クソゲーと言われてましたよ」
分かってはいたことだが、あの男は強過ぎる。
弱者など1人としていないが、最初の相手としては強過ぎたな。
「ならば、もうどうにもならない。8月1日には新たなフィールドを追加する。それも2つ。倒せぬままなら、それまでと諦める他ないな」
もう遊戯は止められない。
ボスキャラを倒せぬままで遊戯が進めば最悪ではあるが、オレにはどうすることもできない。
「そうですか」
「それよりカイアス。それはどうした?」
四箇所。肉体にではない傷。
呪いの類いと見える傷がある。
「幽霊に呪われました……」
「幽霊。そんなものがいたのか?」
「──いたんですよ! 口止めされていることを話すと、傷口が開いて死ぬらしいのです……」
「ふむ、それは面白いな」
あれは斬られた痕というわけか……。
それも斬った幽霊とやらはかなりの腕らしい。
「これ、なんとかなりませんか? このあとの人生、ワタクシはビクビクしながら生きないといけないんでしょうか?」
「いいだろう。今日の働きに免じて外してやる。しかし、新たなフィールドの完成まで待て。余計な力は使えない。30日には仕上がるだろうから、それまでは大人しくしていろ」
肉を斬るのではない技。斬るものを選ぶ技術。
人ならざるものを斬るための技か。
祓われる対象のような幽霊がそれをやるとはな。
……つまりアイリの言ったことに間違いはない。1つはジャックのお嬢さんの手にあるということか。
残る3つの所在は何処なのか……。
それも遊戯が進めば自ずと判明しよう。
♢
手持ちの現金がない雅に、電子マネーで支払いのできる店を探して服を買ってきてくれと頼み、自分は裏東京に残った少女。
気が気でない時間は長く感じられたがそれも終わり、自分の趣味ではない服を仕方なく着て、帰りのゲートをくぐった。
そんな2人は現在、ベンチに座って何やら話をしている。
「猪子はさぁ──」
「──待って。気になってたんだけど猪子というのは何?」
「……あだ名? とにかく猪子で! 猪子はさぁ──」
「もういいわ……」
諦めた少女は猪子と呼ばれるのを許容したらしい。
何とか着替えを確保し裏東京から脱した、雅と猪子と呼ばれる彼女。2人は雅が呼んだ迎えを待っている。
「──なんで、あんなことしてたの?」
「仲間に見捨てられたのよ……ボスキャラの前でね。そのあと仲間は全員やられたのに自分だけは生きてた。そして、あのボスキャラはあの魔法をくれたのよ。だからそれを使って暴れてただけ」
「ふーん、しょぼい理由だね」
「そうね。見捨てた奴らにも、群れてる奴らにもムカついただけだからね。あなたのように何かがあるわけじゃない……」
とてもゲームとは思えなかった闘い。
その光景が彼女にこう言わせている。
「もう、あいつらとつるむのはやめなよ?」
「そうするわ。元から同じ力を得た人間というだけの繋がりだったもの……」
少年は仲間と言っていたが全員が同じ思いではなかったし、仲間らしいことも何もなかった。各々が勝手に暴れていただけ。
「──よろしい! ならば雅ちゃんが友達になってやろう!」
「……遠慮するわ。あなたみたいな性格の悪い奴と、友達になんてなりたくないもの」
「あれは悪い雅がやったことであり、あたしとは無関係だと主張する!」
「その言い訳は無理がある……」
仲良くは出来ないだろう。
自分があの輪の中には入れないだろう。
そんな思いもあったはずだ。
彼女は迷わずに断ったわけではない。
「ねぇ……あのボスキャラはあの子を憎んでる」
「ユッキーのこと?」
「黒のロングの狙われてた子。いくつか分かった内容があった」
「……何の話?」
「あのボスキャラの言葉かしら?」
与えられた力を使い。同じ魔力を持っていたなら、聞こえたかもしれない。
「同じ手が通じると思うなよ、人間」
「お前1人ではな」
「──なんてのが理解できた。他は、恨み辛みね」
声がなくても言葉がなくても、あのボスキャラは間違いなくユウキを狙った。そこに彼女が聞いた言葉。
「なんでユッキーが恨まれるのかな?」
「分からない……。でも、ボスキャラにも感情がある。それはとても恐ろしいと思う……」
「感情。恨みか……分かんないな」
顔を見て話していた雅だが、車のライトの光が自分たちを照らし前を見ると、見覚えのある車がこちらに来るのが確認できた。
「おっ、やっときたらしい。猪子も乗ってきなよ」
「それも遠慮するわ。1人で帰れるし」
「じゃあ、何で……」
あたしといたの? と雅が言う前に、車から飛び降りた人影がこちらに走ってくる。
「──何をやってんだ、お前は!」
「志乃ちゃ、──ぐはっ」
弱っていた雅に、志乃の突進を受け止めることはできずに吹っ飛ばされる。
「やりすぎだって言ってんだろ! 本当にやりすぎだからな。怪獣かなんかなのか?」
「いーたいよー」
「少し落ち着いたら?」
雅しか見えていなかったのか、志乃はそこでようやくもう1人に気づいた。
「あれ? ……そうか。雅を連れてきてくれたのか」
「無理矢理だけどね……」
「これがなんかしたなら言ってくれよ?」
「されたけどもういいわ。ありがとう」
それだけ言って彼女は立ち上がる。
そして停車する車に向かって歩いていく。
「猪子。それ言うためにいたの?」
「そうよ。あなた以外の2人にはね」
「……あたしは? あたしにもありがとうは?」
自分もと雅は主張するが、
「……あなたには何もしてもらってない」
冷たい言葉だけしか言われなかった。




