敗走と撤退 ⑤
ゲートというアプリ上に、リアルタイムで行われている戦闘が配信された。
それに気づいたプレイヤーたちは、他の仲間、友達、知り合いにと、その情報を拡散する。
「おい、これ……」
撮影されている仕組み等は不明だが、確かに今現在の映像が流れている。
「──雅さん?!」
行われている戦いの規模は町ひとつに及ぶ。
災害と呼べる状態ではすでに無く、戦争だと言われても違和感ない。町の景色は一変している。
しかし、闘っているのは2人。同じ風の魔法を使う者たちだ。
片方の黒い風の爪が、ビルをその爪の数だけ切り裂く。地面深くまで切れ目の入ったビルの下方で爆発が起きる。ガスか電気によるものだろう。
爆発の衝撃で映像は途切れ、違う角度からの映像に切り替わる。凄まじい爆発による爆風は不自然に動き、大男に襲い掛かる。
外に向かうはずの爆風は内側に向かっている。
爆風に大男は呑まれるが、黒い風が爆風を吹き飛ばす。その次の瞬間には、大男は少女の前まで移動していた。観ていた誰もが一瞬、姿を見失った。
消えたようにしか見えないし思えない。けど、大男が足をつけていた場所には痕が残っている。この事から、ちゃんと地面を蹴って移動していることが分かる。
そのことに画面の中の少女だけは気づいていて、蹴りを放っている。
間合い遠いし、通常なら当たるはすのない距離からの蹴り。だが大男はカメラの方へと飛ばされてくる。
『この子──』
観ていた幾人かが気づく。
この少女を先ほど裏東京にて目撃したということを。自分は、自分たちは彼女に倒されたと。
『これ……戦争じゃん』
リアルで戦争というものを見たことがない、彼ら彼女らでさえそう口にする。
それだけの戦い。それだけの力の衝突。
『……あんなのありか?』
自分たちとの違い。その差。どう頑張っても、現在の自分たちにはあの戦いは不可能だ。
この目の当たりにした現実に、ここで諦める者。自分もと思う者。最初の選別が始まる。
『ボスキャラは全く本気じゃなかった……』
諦める者。
『スゲェな! こんなこと俺にも出来っかな?』
自分もと思う者。
どちらも存在するだろう。
やめたところで何があるわけではないのだ。
痛い思いをしてまで、戦う理由も無いだろう。
しかし、始まった遊戯はやがて現実を侵食する。
プレイヤーたちは知らないが、これは確実に起きることなのだ。だから、死なない世界で戦う技術を。戦う力を手に入れてほしいと、始まったのがこの遊戯。
そうしなければ、世界は終わってしまうかもしれないのだ。幾人かが戦えたくらいではどうにもならない災悪が現れる。
ボスキャラというものが存在するなら、最後に現れるボスキャラもいる。それがゲームというものだから。
♢
映像が配信されるより少し前。
ボスキャラの前には2人いたはずだ。
しかし、映像には少女が1人しか映っていない。
最後まで残った道化師は、少女に頼まれごとをして離脱したのである。
「クソピエロ。あいつを連れていって……」
あいつとは1人の少年である。
凶行の犯人。黒の魔法に染まった、現状最大のレベルを持っていた少年である。
力を上昇させていた外装魔法は壊され、動くことも消えることも出来ずにいた少年である。
「えーーっ、なんでワタクシが? いろいろギリギリですし、彼に構ってる余裕などないんですが……」
始まりに少年に魔法を渡したのはカイアス。
その全ての元凶は嫌だと口にした。
「ギリギリだから言ってんだよ。お前はユッキーと幽霊にやられた傷が酷すぎる。姉の無理矢理治療が意味なくなってきてるしね」
魔法による治癒は結果はすぐに現れる。
斬られた箇所は塞がれているし、安静にしていれば1日もすれば完全に回復するだろう。だが、安静どこかか何キロあるのか不明な大剣を振り回し、暴れ放題暴れているカイアスにそんなものはない。
血が滲んできているし、ほどなく傷口は開く。
見える傷はこうだし、見えない傷は本人にしか分からない。内面を決して見せないこの男は特にだ。
「足手まといだから帰れって言ってんだよ。ついでにあいつも連れてけ。あいつも邪魔だ」
「……殺しておかなくてよろしいので?」
「また絡んできたら、そんときまたブッ飛ばすからいい。もう変身できないみたいだし、雅ちゃんには敵わないけどな」
「甘っちょろい。恨まれるのが分かっていながら殺さないとか、笑えます! ですが言われた通りにいたしましょう。ユッキーさんたちは境界を越えたようですしね」
役目を終えたカイアスは少年とともに離脱し、最後まで新宿に残ったのは雅1人だけとなった。
「こっからが本番だ。もう新宿には誰もいない。周りを気にする必要もない……ここでお終いにしてやる」
こうして新宿の町を破壊し尽くす攻防は始まった。
しかし、雅に残された時間は少ない。
限界はすぐそこまできていたし、時間切れより先に限界が訪れる。
♢
「やばっ……集中力が切れた」
雅を支えていた空域の箱が、維持すらできなくなり崩壊する。残りの魔力量全てをつぎ込んだ魔法が消滅する。
箱の内部は雅の支配域であり、内部の風は彼女の武器。これを手放してしまったら雅に残された手はない。
「空域を維持できないとは、初めてかも……」
そこにある材料をどう料理していくか?
材料は如何様にも料理できた。残る材料はそれなりにあったが、調理する術がなくなってしまった。
「──ピーンチ! そして黒ブタマンは容赦ないし、まだまだ余裕ときてる」
真紅の眼のボスキャラは未だ健在。
あと何度殺せば倒せるのかも不明。もはや勝ちはない。
「攻めに使う予定だったのに……。でも、あたしが倒されるわけにはいかない。削った力をむざむざと返してやるわけにはいかない」
いつのまにか蹴り飛ばされたことによりあったはずの距離はなくなり、ボスキャラは雅の前まで移動している。
もう雅に阻むことも阻止することもできない。
「……ぐえっ……女の子なんだから手加減しろよ」
頭を掴むこともできたはずだが、ボスキャラは雅のか細い首を掴み持ち上げる。
首をへし折るならすでにやっているから、目的は違うのだろう。
「根に持つ奴なんだな、お前……」
自分が雅にされたように、腹に穴を開けるつもりのようだ。人体を貫くのなど容易いボスキャラの拳が振り上げられる。
「──これは姉からだ。妹をいじめられて、自分は戦えなくてイライラしてた姉から、黒ブタマンへの贈り物だ!」
拳が見えなくても軌道は分かっていた。
根に持つ奴なら、同じところを攻撃してくると。
「魔法名は……八岐大蛇。だったかな?」
拳を振り上げ、攻撃の際に雅から手を離した大男。
殴りつけた先には1枚のカード。
青いカード。水神 雲母。彼女本来の色の魔法のカードがあった。
「……10……9……8……」
カードから噴き出した水が、八つ首の姿に代わり大男に喰らいつく。強力な魔法なのか効力はしばらく続くようで、首をもがれようと水がある限りは対象に向かい続ける。
「7……6……5……」
雅が口にするカウント。
「4……3……2……1」
どこから雅がそう思っていたのかは分からない。
だけど、結果は彼女が思った通りだった。
「──ぜろ! じゃあな、黒ブタマン!」
時計の針は19時ちょうどを指している。
これが意味するのは裏東京が修復される時間。
直ると言っても様々なパターンがあったはず。
でも、雅が想像した通りの結果になった。
辺りの破壊が元の位置へと戻っていく。
壊れた物ものは、元の形へと回帰するために。
「……次は倒す」
そう言い残して、雅は何かに引っ張られるように後退していく。新宿からボスキャラが追うことのできない場所へと。
目前の敵を逃がすつもりのない大男は、水の魔法を引きちぎり魔法を生み出すカードを切断する。まだ、一歩、二歩あれば追える距離。
大男が雅を追うために動いた、その時だった。
「──言い忘れてたけどね。そこから離れた方がいいよ!」
もう遅い忠告が遠ざかっていく。
遠ざかる雅に対して、迫りくる何かが無数に確認できた時には遅い。
「ストレージいっぱいのゴミが飛んでくるからねーーーーーー!」
新宿との境界まで運ばれ、並べられたゴミ。
風により凶器と化した瓦礫のように破壊……はしかい。元の場所へと戻るのだから。
しかし、戻る対角線上にある。破壊され遮るものの大してない町では、途中にある異物はその現象に巻き込まれるだろう。
それも瓦礫にはオマケが付属していた。
雲母が持っていただけのカードをペタペタ貼りつけてあるオマケ付き。
「うわぁ、姉はよほど怒ってたらしい……。何枚使ったんだろう。ゴミだけでもかなりの威力だったのに……これは黒ブタマン。死んだかな?」
雅の予想とは反し、この程度で倒せるボスキャラはこの遊戯には存在しない。




