冷たい炎 ⑤
ユウキから溢れ出す蒼炎が、大男を燃やすべく襲い掛かるが、黒い風が炎を吹き消す。
火は勢いを増さずに、風に吹き飛ばされる。
風の爪は少女を切り刻もうと迫るが、蒼炎が風を燃やす。遠距離の魔法の撃ち合いでは互角。
両者ともそのことを理解し、互いに距離を詰める。
風のように軽く速い大男。
見た目とは裏腹に身軽というわけではなく、その拳は鉄ですら貫くし重量もかなりのものだ。
大男は一歩で距離を零にし、必殺の一撃を繰り出す。どの一撃もが必殺。当たれば死は免れない。
その必殺を躱し、少女は刀を振るう。
蒼い炎を纏う剣撃が大男を切り裂く。
「はぁぁぁぁぁぁぁ──」
声の無い大男が言葉を発することはないが、両者ともが明確な殺意を持ち、相手に向かっている。
第三者が割り込む余地がない闘いが続く。
炎は熱を取り戻した。
しかし、燃やして消えるのではなく、最後は凍りつく。
やはり炎と氷。両方の性質を持っている。
それは炎を使う彼女が、両方の性質を持っているからだろう。
火と水の間に生まれた子が彼女なのだから。
♢
──あっ、死んだ……。
そう思った。冗談ではなく本気で。
指振り1つで人間を殺せる化け物が、あたしの目の前に立っていたんだ。
志乃ちゃんも、亜李栖ちゃんも何の言葉も無くやられてしまった。プレイヤーである2人にはある、加護なるものが自分にはないし。
死んだわ。これ……。そう思ったんだ。
でも、化け物はあたしを見ていなかった。
その真紅の双眸は、ずっとユッキーだけを見ていた。音は聞こえなかったけど、口元は動いていたし……笑ってた。
眼は笑ってないのに、口元だけ吊り上っていた。
怖いくらいな殺意。吐き気をもよおすような気配。
ぶっ倒れているピエロとは比較にならない黒。
震えが止まらなくなりそうだった。
情けなさより、不甲斐なさより、恐怖が勝ってしまった……。
そんな化け物とユッキーは1人で闘っている。
あたしと闘ってる時、どのくらいユッキーが手加減していたのかがよくわかる。
あたしでは、あんなふうに闘えない。
仮にリストバンドで力を抑えられていなくてもだ。
本当に死ぬし、本当に殺さなくてはいけない。
そんな覚悟はあたしには無い。
でも、ユッキーは違う……。
あんな過去を生きてきた。
それでも憎しみに呑まれない。
それも強さじゃないのかな?
弱くなんてない。ユッキーはきっと誰より強いはずだ。
対してあたしは、自分が世界で一番不幸だと思っていたのかもしれない。
家族からつまはじきにされて、誰からも認められなくて……。
1人駄々をこねてただけなのかもしれない。
そんなもの──
「あれがボスキャラってやつか……」
クソピエロを治す雲母さんの一言に、自分の中でぐるぐるしていた思考から現実に帰ってこられた。
危なかった。もう少しで、また悪い雅が現れるところだった。
「このゲームはクソゲーなの? あんなの倒せると思ってんの?」
内面のいろいろは今は封じ込める。
今考えるだけ無駄だし、やることは他にあるから。
「運営に文句言えよ。それより1回始めてしまうと、この魔法は途中では切れない。完全回復に180秒掛かる。まぁ、無理矢理に傷を塞ぐだけなんだがな」
病気とかは治せないと……。
それでも十分におかしいけどね。
まぁ、回復魔法はゲームでは良くあるから気にしない。
──切り替え、切り替え。
ボスキャラに集中していこう!
「その間、雲母さんはあたしが守るね。ピエロが治ったら、あたしとクソピエロで時間稼ぐからユッキーと脱出して……」
あれじゃユッキーは勝てない。
周りが見えてないし、不安定さが増してる。
今のユッキーは強いけど、いつものユッキーはもっと強い。
だから負ける。そして負けは死ぬということだ。
あたしは、そんなこと認めない。
「生身なのはミヤビちゃんも一緒だぞ?」
「これを使うよ。こんなとこで死にたくないからね」
それは大丈夫。ちゃんと考えた。
エッグという魔法を使う。
フィールドの加護というのがあれば、死なない。
やられてもフィールドから消えるだけだ。
逃げのために使うとかカッコ悪いけど、それしかない……。
「得物は決まったのか?」
「うん。猪女と戦って思ったことがあったんだ。武器じゃないけど。何か1つ作れって言われたら、あたしはこれが欲しい」
みんなで無事に帰るにはこれを使うしかない。
じゃないと誰か……みんな死んでしまうかもしれない。
ユッキーは怒ってた。
ちゃんとそんな感情だってある。
なら、あの炎の記憶だって本当は悲しいはずだ。
「帰ったらユッキーのことを聞きたい。見てしまったからには無関係とか言わないよね? あたしもお節介されたんだから、あたしがお節介してもいいよね?」
「それとこれとは話が別。だが、ミヤビちゃんは言い出したら聞かないからしょうがないか……」
「わかってんじゃん! そういうことでよろしく──」
よろしくと雲母さんの肩を叩こうと思ったら、ビクッとクソピエロが反応し、むくりと起き上がろうとする。
「起きんな。治されてるんだから」
「何も見てないし、何も聞いてません。だから許してください」
「……急にどうした? つーか、お前は何で悲鳴を上げたの?」
「それは言えません……。喋ったが最後。命が終わってしまうから」
「ふーん。何でもいいけど、ユッキーにしたことはなくならないからな? こわ〜い姉が、そこにいるから覚悟しておけよ。参考までに言うと、姉によって黒ウサギは壁にめり込んだらしい」
「……それはまた。何ともイかれた方ですね」
うつ伏せの状態のクソピエロからは、姉の顔は見えない。そのヒールの部分を背中に刺そうかと、真剣に考えている姉の顔は見えない。
「お前。名前は?」
「カイアスと申します。この度はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」
その体制のまま謝られても……。
舐めてんのかと思われるぞ。ヒールで踏みつけられるぞ。
「ユウキの記憶を映し出したのはお前だな?」
「はい。おっしゃる通りでございます」
「術者たるお前しか知らないことがあるだろう。それを吐け。そうすれば許さないこともない」
いつもの脅迫だね。
吐かないと殺すと言ってるようなものだね。
「言えません……。傷口がばっくり開いて今度こそ死にます。ワタクシ、幽霊に呪われてしまいました……」
「──幽霊見たの!? どんなだった?」
「ジャパニーズサムライな女性でした。それはもう容赦のない人でした。幻に斬られるとか予想外でした。障壁もするする抜けて防ぎようがなかったです」
サムライか、それは幽霊だね。
あたしも幽霊見たかったな。
「……斬る時に何か言われたか?」
「斬るものも選べないと思ってんのか? と言われました。肉ではなく魂を。現ではなく幻を斬られました……というかこれは言ってしまってないでしょうか?」
こいつは口が軽い。
呪われた。喋ったら死ぬか……。
何を喋ったら死ぬのか試してみようかな?
「分かった。もう黙っておきな。それは本当に死ぬからな」
「──えっ、自白を強要してトドメを刺すんじゃないの?」
「風神のお嬢さんはワタクシが嫌いですか?!」
「嫌い。死ねばいいと思ってる」
こいつといるとロクなことがない。
これだって大体はこいつのせい。
いや、全部こいつのせいな気がする……。
♢
あの男とジャックのお嬢さんに、因縁などあるわけがない……。
しかし、あの男は間違いなく彼女を狙っている。これはどういうわけだ?
彼女と最初に会ったあの時も、あの男は彼女の前にいた。たまたまだと思っていたのだが、違ったのか。
ピースが足りない。
だから理由など分からない。
エッグを使用していない生身では、一瞬の間違いで命を落とす。それは避けなくてはならない……。
彼女は必要な駒だ。エースのお嬢さんと同じように。
「アレを見つけたわよ。カイアスの映した記憶の中にあった。そして今はユッキーが持っている」
「そうか。御苦労」
「どうしたの? さっきから変よ?」
「彼女が狙われる理由とは何かと思ってな……」
「分かんないの? ……あの貴族だかいうのは、ユッキーを本気で殺しにいってる。あれは明確な殺意によって行動してるわ。カイアスにも、雅にも、レン。あなたを倒した彼女にさえ目をくれずにね。それが答えでしょう? あの貴族はどうしたってユッキーを殺したいのよ。仇でも見るような眼をしてるじゃない」
そんなことがあるだろうか。
因縁などあるわけが……──いや、1つだけ可能性があるのか?




