冷たい炎 ④
♢30♢
斬られたカイアスの悲鳴が上がる。
その音は映像だけだった幻に色をつける。
つけられた色は、幻をただの幻ではなくす。
本当に、その時その場所であった事を、より実感させる。幻にリアルさが生まれる。
あった悲鳴が追加され、より再現度が増す。
たくさんの人が死に、全ては燃えてなくなる。
これは1人死なせてしまったから、残りも全員殺さなくてはいけなくなった。
それが、この惨劇の全て……。
生存者がいなければ、炎により証拠は何も残らない。そこまで理解して犯人たちはやっている。
動物の面を被る。男ばかりが4人。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────」
面の男たちの内の1人に、カイアスのように叫んだ男がいた。その両手は燃えている。
理由は触ってしまったから。
愚かにも、資格も無いのに触れたから。
炎に憑かれてしまった。
この愚かな男が放ってしまった炎は全てを燃やす。
愚かな男は仲間によって助けられる。
燃えた部分を削ぎ落とし、炎から逃れられた。
そんな肉を削がれた男を運んで、1人がいなくなる。
面の男が2人が消え、残った男は1人。狗の面の男。
男も炎を生み出したものに触ろうとするが、やはり触れない。そんなふうにもたつき、目的を達成できずにいる男の前に、顔の無い子供が現れる。
子供は倒れている……もう死んでいる母親を目にし、それでも立ち止まらず前へと進む。
何故なら、まだ守らなくてはならないものが、そこにあったから。
子供は炎を生み出したものを掴み、狗の面の男に立ち向かう。
だが、これは少年の話であり、少女の話ではない。だから、倒れていてこの様子を見ていた少女の記憶に戻る。
弾かれ少年の手を離れた、炎を生み出した刀が自分の近くに突き刺さる。
それに自分も触れられる気がして、少女も手を伸ばす。この間に狗の面の男は少年と共に、家の中へと消えた。
これがあれば……。
少女はそう考え、刀を持ち少年を追う。
しかし、少年を次に少女が目にした時、少年は現在少女が持つ刀を持っている。
ここで1つの事故が起きた。
燃やす刀は少女を貫いてしまうのだ。
そして、その身体は炎に包まれていく。
全てを燃やす炎に包まれた少女。
それをしてしまった少年は泣き叫ぶ。
守ろうとしたものすら、自分で壊してしまった少年は後悔する。
けれど少女は生きている。
炎は少女の中へと消えたから……。
♢
1人の顔も分からない。
誰なのかも分からない。
だから悲しくもない。何も感じない。
でも、こうして目の前に幻があることで分かったことがある。この光景は、今まで何度となく見てきたということが。
夢だったんだろう。
朝には何も覚えていない。そんな夢。
でも何度も見る、何度も蘇る。同じ場面が。
これはいつで、何処の記憶なんだろう?
これは誰の……これは私の記憶なんだろうか?
なら、悲しいんだろうか?
苦しいんだろうか?
憎いのだろうか?
……わからない。
『────────』
分からない。
幻の中の女の人が、自分に何かを言っているが聞こえない。
そして幻の最後の場面が訪れる。
炎が自分を貫く場面が、夢の終わり。
『────────』
怖くなった私は止めに入ったんだ。
刀を振る姿を見ていたら、何か怖いものになってしまう気がして。
だから、これは私が悪いはずなのに……。
そんな顔をして欲しくなかった。
……誰に?
分からない。
何か大事なことのような、忘れてはいけないことのような……。
『その傷は、お前の兄……もういないやつに付けられたものだ。それしかあり得ないからな……』
姉さんの言った兄という言葉。
なら、あの人がそうなんだろうか?
彼は私を守ろうとしたし、私は彼を守ろうとした。
家族ならそんなこともあるだろうか?
考えるだけ無駄か……もういないのだから。
『問いとは何だ? ジャックのお嬢さん』
『ゲートの向こうに至る方法はありますか?』
『……何故、そんな事を聞く?』
『違う世界があるというのなら、そこには無くしたものを取り戻す方法があるかもしれない。そう思うから』
『……成る程。道は途絶えた。ゲートの向こうに行く方法は現在存在しない。それに無いものが何かは分からないが、たとえ向こうに行けたとして望むものは手に入るまい。経験則から言わせてもらうと、無くしたものは二度と戻らない。かけがえのないものであるほどな……』
違う世界に望みを抱いたこともあった。
それも叶わぬものだと言われた。
もう打つ手なしだ。
……だからなに?
そんなものがあったとして。
取り戻せるんだとして。
必要なの。この炎の記憶は?
知らないからこそ見ていられる。
分からないから他人事でいられる。
知らないから悲しくない。
分からないから何も感じない……。
「──ユッキー!」
そう私を呼ぶ声に現実に引き戻された。
「雅。この炎の熱はどこに消えたんでしょう? 内から出てくる炎に温度が無いんです。それどころか全てを凍らせてしまうほどに、冷たい。まるで私のよう……」
この蒼い炎は自分のようだ。
忘れてしまったんだろう。
無くしてしまったんだろう。
何であったのかを。何者であったのかを。
「ユッキーは悲しくないの? お父さんもお母さんも死んじゃったのに、悲しくないの!」
……悲しい? 誰かも分からないのに?
「ミヤビちゃん。無駄だ。今のユウキにそんなものは存在しない。この炎が証拠だ……これはユウキの心そのものだ。熱などない。絶対零度のように、これ以上ない、変化の起きようの無い域に達してる」
「──じゃあ、どうすんのさ!」
「決まってんだろ。引っ叩いて目を覚まさせんだよ!」
「やっぱり姉は雑!」
雅を見ていると羨ましいと思ってしまう。
彼女のように生きられたらと思ってしまうからだ。
「そうでもない。ユウキは、ミヤビちゃんと戦ってる時は楽しそうだった」
……そうかもしれない。
我を忘れそうだったから。
「わかったよ。あたしがユッキーとバトるから、雲母さんはピエロを治して。そいつに責任を取ってもらわなくちゃいけないから」
「そうだな。いっぺんシメるには治してからか……。分かった、こいつは任せておけ。すぐに同じことになるだろうが治してやろう」
♢
雅とユウキの戦いはすぐに終わりを迎える。
この場所に向かう男が現れるからだ。
その男とはボスキャラと呼ばれる男。
TYPE 獣王と呼ばれる男。
与えた力を回収し、より完全となった男。
男は今まで気づかなかった。
前回とはまるで別人のようだったから。
しかし、今感じた力は間違いなくあの──。
口元に笑みを浮かべ、自らその場所へと向かう。
「──なんだ?」
初めに気づいたのは志乃。
邪魔にならないようにと、後方待機を命じられていた彼女だ。
嫌な感じが膨れ上がった。そう彼女が思った時には、もうそこに立っていた。
2メートルを超える身長に鍛えられた身体。
自分たちが戦った猪たちのような顔。
そして……真紅の双眸。それが立っていた。
「志乃さん。どうかしましたか?」
次いで志乃と同じく後方待機という役割に、大変不満の様子の亜李栖が気づく。
「なに? ……しかし、敵顔!」
亜李栖の判断は早く、敵とみるや斬りかかった。
まだ大男は彼女たちを見てすらいなかった。
聖剣は何かに弾かれ男には届かない。
「弾かれた? なら、もう一度」
紅い瞳がやっと彼女たちに向く。
「亜李栖──」
後の言葉はなかった。
ヒュンと音がして聖剣だけを残して1人が消える。
次に持ち主の手を離れた魔法が消滅する前に、もう1人も消える。
フィールドの加護がなければ2人の首は切断されていた。ダメージは許容範囲を一瞬で上回り、肉体は消滅する。
「──志乃ちゃん! 亜李栖ちゃん!」
闘いの最中だった雅たちも、2人に起こったことに気づいた。
「シノ……アリス……」
知らない人間。分からない、覚えてない人間。
そうではない2人が目の前で殺された。
ユウキはそのことに反応した。
「……痛っ……あっ、あぁぁぁぁぁぁ──」
一瞬だけ頭を抱えたユウキは、怒ったように、悲しかったように吠えた。
彼女の感情に惹かれるように炎が溢れてくる。
「──熱っ、ユッキー?」
炎の色に変化はない。蒼いままの炎。
だけど、炎は青い部分の方が温度は高いのだ。
熱は無くなったわけではない。ちゃんと残っているのだ。
憤怒を表すような灼熱もちゃんと残っているのだ。




