7月30日
♢5♢
1人で見慣れた街中を走る。
変わらない景色。同じ色。
違っているのはそこにいる人たち。
「わぁーーーーーーーーーーーーっ!」
──ババババッ ──ババババッ
銃弾が雨あられのように飛んでくる。
足を止めたらハチの巣になるのは明らかだ。
街路樹の陰に隠れ、間を置き、曲がり角まで行ければと覚悟を決めて再び走る。
「あんなの映画の中だけにしてよー!」
背後からはおびただしい数の銃声が聞こえる。
──どうしてこうなった?
考えても答えは見つからない。
はぐれて1人きりの自分には、どうすることもできない。それしか分からない。
「角を曲がれば……──きゃーーーーーー!」
──パンパン
銃弾が頬の真横をかすめる。
曲がり角の先にも敵は待ち伏せていて、逃げ道がなくなっていく。
「いやーーーーっ。死ぬ、死ぬーー」
停車している車の陰に隠れ、逃げ道を探す。
もたつけば数で勝る相手に撃ち殺されてしまう。
一瞬迷うが、建物に入るのは駄目だと判断し、一か八か中央突破を試みる。
確かに銃はおそろしい。
しかし、扱うのは素人。動く的には当たらない。
紛れ当たりでもしない限りはね……。
「駅まで行けば、地下鉄を使って逃げられる!」
当たれば、痛いのは間違いないが1発2発は仕方ない。被弾しようと逃げ切ればいいのだ。
「……みんなして迷子になりやがって」
嫌味を1人で口に出し、一心不乱に走り出す。
駅までは200メートルくらい。
全速力で走れば十数秒の距離。
──いける!
残りが50メートルを切った時、ちょうど駅前には信号機があり横断歩道が伸びている。
……つまり、言いたいことはひとつだけ。
縁石によって車道と歩道が区切られている。
その縁石に足をとられた。つまりすっ転んだ。
目的地を前に残りわずかというところで、やらかしたのだ。
「うにゃ……」
転んでズサーと音を立てて、滑りながら停止した自分の口からそんな言葉が出た。
うにゃ、って何? どういう意味?
自分で言っておいてアレだが、本当になに。
「今だ! 足が止まってる。逃げ足がなけりゃ的だ。撃ち殺せ!」
このタイムロスは距離を詰めるには十分な時間であり、起き上がって駆け出すまでの時間より一斉射撃の方が早い。
──マズった。
背後を確認したのが間違いだった。
前だけ見てればつまづかなかったはずなのに。
もう、後悔しても遅い。
結果は見えている。
撃たれるというのは、案外痛かった。
あれを複数。下手するとその何倍も何十倍もかー。
「そして動けなくなったあたしは、あんなことやそんなことをされちゃうんだ……」
いくつもの銃声が聞こえる。
地に手をつける相手に容赦のない人たちだ。
……どうせ何の覚悟もないくせに。
指揮をとる相手と一瞬目が合う。
それは自分にとっての最後の瞬間。
しかし、たじろいだのは向こう。
それで何が変わるわけじゃない。
ただ……ここでは死なないのだ。
なら弾切れを、魔力切れを待てばいい。
晒された痛みに耐えればいいんだ。
「──勝手にウロチョロしやがって!」
ガギギギ──ン
何か硬いものに銃弾がぶつかる音。
跳ね返る弾に驚く声と、自分たちが撃った弾に当たったのであろう悲鳴が聞こえる。
「違うよ。いなくなったのは、みんなの方だよ」
大きな盾があたしの前に突き刺さっていた。
銃など通さない鉄壁が。
「気づいたらいなかったのはお前だ。雅!」
「子供じゃあるまいし……」
「その通りだ。子供じゃないんだから1人でいなくなるな! 今だってどこに行こうとしてたんだ?」
「地下鉄に乗って逃げようと思って」
「さらに離れていくつもりだったのか? そんなことじゃないかと思ったんだ。まったく……」
助けられてこんなことを思うのはどうかと思うけど、あたしは悪くない!
飛び交う銃弾から逃げるのは当然だと思います。
「志乃ちゃんたちが、いなくなったんだよ。あたしは悪くないと思います」
「迷子はみんなそう言うんだ。あとで2人にも聞かせてやろう」
「えっ、それはちょっと……困るかなー。ところで2人は?」
敵さんは諦めるつもりはないようで、お喋りの間も志乃ちゃんの盾に攻撃は続く。
永遠とは防ぎきれない。彼女の魔法も未熟だから。
「あの人斬りたちは、あっちで片っ端から斬りまくってるよ。人間もモンスターも区別なくな」
「こわー。ところで今のは黙っておくから、あたしのも黙っておいて。ねっ?」
「黙っておくも何も、合流するには目の前の敵をなんとかしなくちゃならない。さっそく使うことになるとはな」
1枚のカードが志乃ちゃんの手に握られている。
カードゲームに使うようなサイズのカード。
幾何学模様というか、魔法陣が描かれていて、その色は真っ赤っか。
「……やめよう? それ使うの。大爆発だよね? それ」
一度、目撃したその威力。
生身だったら五体はバラバラになると思う。
「攻撃力のないウチらはにはこれしかない。前衛2人がいないし、後衛は使えないからな」
志乃ちゃんはあたしを見ながらそう言った。
酷い。いくら本当のことだとしても酷い。
あんまりだと思う。
直接、友達にこんなことを言われるとか泣いちゃいそう。
「それでもやめよう。爆風っていうのはね、マンガみたいに盾じゃ防げないんだよ?」
よく爆発シーンで物陰に隠れたりしているが、あんなのでは爆風は防げない。
爆発によって空気にかかる圧力は全てを破壊する。
まして、志乃ちゃんの持ってる魔法はダイナマイト以上の威力。
盾が何製であっても防げない。元から盾で側面は防げない。
「分かってるけど、お前がいるんだ。だから大丈夫だ」
「──志乃ちゃん。そんなにあたしのことを信用してくれてるんだね! ……だけどやめよう。大人しく撃たれて動けなくなって、あんなことやそんなことをされよう」
「嫌だよ!」
あっ、投げやがった……。
その行動は早く、ラミネート加工されているカードを志乃ちゃんは空中へと飛ばす。
点滅する真っ赤かは、地面に落ちることなく大爆発を引き起こす。
♢
鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの大爆発が起きた。おそらく爆風を操作しなかったらそうなっていたね。
爆発の惨状は凄まじく、建物のガラスは全部割れて、信号機にいたっては倒れている。
爆心地であるカードの真下は、アスファルトの下が見えている。
「へぇ、アスファルトの下もちゃんと土になってるんだね。土味なのか確かめてみようかな」
「まて。土を舐めようというのか? 女子的にアウトだぞ、雅」
敵である他のプレイヤーのみなさんの姿はない。
概ね、ガラスの割れた建物の中に飛んでいったんだと思う。
「大事だと思うよ。空気が同じだからって、土まで同じとは限らないよ?」
「別に今じゃなくてもいいだろ。後で1人でやってくれよ」
「ええっ、1人じゃ嫌だよー。志乃ちゃんも一緒にやろうよー」
「……それより経験値だ。早くのしたヤツらを消すぞ。そんで2人と合流する」
凡人を魔法使いたらしめる右手にある刻印。
武器を持たない方の手に刻印を刻んだ方がいい。
相手に触れる必要がある以上、空いてる手を使った方が合理的だから。
「しょうがないなー。終わったら付き合ってよね」
「いやだ。やりたけりゃ……──雅!」
何かに気づいた志乃ちゃんは、あたしの前に躍り出る。直後の破裂音。
──銃声だ。
感じた時には遅かった。
全てがスローモーションに見える。
撃ったヤツは建物の上。
ハンドガンじゃなく、狙撃のできるタイプの銃。
あいつ。こないだの。
あの時、殺しておかなかったから?
「──志乃ちゃん!」
間に合わない。そう理解しながらも体は動く。
甘かった…。
あたしは自分の痛みならどうとも思わない。
だけど、大事なものの痛みは我慢できない。
志乃ちゃんは、こんなあたしともずっと友達でいてくれる。
大事な友達を傷つけるヤツなんて許さない──。
♢
話は5日前に遡る。7月25日。
大規模な戦闘より5日前。
20日の帰還。思い出させるな……。
あの出来事は自分の中では無かったことにしてるから。カッコ悪すぎるから。
21日から24日までは拘束され、沢山の人たちとお話しした。その日の夕方には病院を追い出され1人帰宅した。
話はその翌日から始まる。
夏休みなのに、夏休みじゃないところからだ。