冷たい炎 ②
揺らいだ。確固たる殺意が。
原因は、現れた風神のお嬢さん。
仲良しだから?
隠していたから?
違いますね。
彼女。ユッキーさんは、自分を弱いと言った。
それに風神のお嬢さんを強いとも……。
これは、おそらく内面の話ですね。
血反吐を吐いても立っていた風神のお嬢さん。
あれは強さと言って間違いないもの。
勝てないはずのワタクシに、向かってきたのも同様に。
心の強さ。
それがユッキーさんが求めるもの。
しかし、十分強い彼女がそんなものを欲する理由とは何でしょう?
……興味ありますね。かなり。
くっつくのにも、血を補うのにも、少し時間が必要。
──ならば。観てみましょうか?
「冷たーい氷のような心の奥を。あるいは灼熱のような殺意。その矛盾を──」
覗いてみましょう。心の内というものを。
♢
ピエロが何かを唱え、地面に魔方陣が現れる。
色の無い魔法だった。何色の魔方陣でもなかったんだ。
「──クソピエロ! 何する気だ!」
そういえば……ふわふわの魔法も、色が無かった気がする。そういうのもあるんだろうか?
「すぐに分かります……。アナタたちも知りたいでしょう?」
何を? と聞く前に、あたしたちは景色ごと魔方陣に呑まれた。
地面が光り、全てが光に包まれる。
「志乃ちゃん。亜李栖ちゃんもいる?」
「大丈夫だ」「大丈夫です」
消えたのはユッキーとクソピエロ?
……違う。消えたわけじゃない。
ちゃんといるし、場所が変わったわけでもない。
でも、ここはどこだろう?
街の中だったはずなのに、見える範囲に元の面影はない。
何故なら……。
「……燃えてる」
「うん。燃えてるように見える。でも、熱はないし幻みたいなものかな」
大きな建造物が燃えている。
瓦があるから日本家屋だろう。かなり大きい家だ。
それに……どこか風神の家に似てる気がする。
「ワープしたとか、そういうことでしょうか?」
「ううん、ちゃんと新宿だよ。あたしたちは一歩だって移動してないよ。見えてる景色だけが違うみたいだね」
「これはどこなんだ……。火事にしたって燃えすぎなんじゃないか?」
火の回りが早いのに、まだ焼け落ちた場所はない。
建物全体が燃えてるのに不自然。
志乃ちゃんの言うように燃えすぎてる……。
火事の原因はなんなんだろう?
「歩いてみて大丈夫でしょうか?」
「うん。あたしが空域で囲って、壁とかあったら言うから。とりあえずは建物に沿っていこう」
「あのピエロ。アナタたちも知りたいでしょう? って言ったよな?」
「つまり、ユッキーのことだね。あの青い炎の秘密かもしれない」
寒かった。冷たかった。
ユッキーの周りも、あの眼も雰囲気も……。
こんなに燃えてる場所が関係あるのかな?
「──あそこ、誰かいます!」
亜李栖ちゃんの指差した方向。
仮面で顔を隠した男であろう人物が立っている。
身長は180くらいで、なんていうか忍者みたいな格好をしていて、顔には猿のお面。
「雅。あいつは本物か? それとも周りと同じか?」
「ハッキリしてるけど幻。触れないし話しかけられない。でも、ついて行くことはできるよね。ついてってみよう」
火事の家にいる不審な人間。
この火事の犯人かもしれない。
「おい……これ……」
あたしたちがいた場所は広かったけど、庭だったらしい。いくつも桜の木があって花が咲いてる。
この事から、たぶん火事があったのは四月か五月ということだね。
そして、志乃ちゃんの言った、これ……人が死んでる。どうしようもないくらいに血が出ているし、ピクリともしない。
「……家の人かな?」
「キャァァァ──」
近い位置にいて、顔を覗き込んだ亜李栖ちゃんが悲鳴をあげ、そのままへたり込んでしまう。
この子が死体くらいで、こんな反応するなんて意外だ。
ちなみに、志乃ちゃんはさっきから無理をしてる。
あたしの血を見たときから若干顔色が良くない。
自分で分かっているのか、釣られて覗き込まないのが証拠だね。まぁ、キャァとか言う志乃ちゃんは見たくないしね。
「うえっ……何だこの人。顔がない」
「……はっ?」
「顔面が真っ黒で顔がない! ちょっと志乃ちゃんも見てよ!」
「そんなの見たくない……」
しかし、猿は顔じゃない……お面があったのに、死んでる人には顔がない。
猿が顔を盗った? ……マジか。そして──。
「うわーー、1人じゃないわ。あちこちに死んでる、死んでる。そして、みんな顔ないや」
10人は死んでる。
全員が火事関係なくね。
外傷がある人とない人がいる。
これは、猿が全員殺したんじゃないね……。
「この人たち。火事の前に殺されてるね。こんな事件あったら報道されてるよね? 2人とも何か知ってる?」
あたしは知らない。
ニュースは見ないけど、こんな事件があったなら知ってるはずだ。
「知らない。なんだ、死体の顔がないって……」
「ホラーです。ホラー……私こういうのダメです」
2人とも知らないか。
これはいつで、何処の出来事なんだろう?
「猿が入っていった家の方に行こう」
情報が足りない。
もっと情報を得るには、猿を追いかけるのが一番いい。
「「…………」」
顔の無い死体にビビった、怖がりさん2人は動きが鈍くなる。
「……置いてくよ? 死体とそこにいることになるよ?」
顔を見合わせて、ビビりながら2人は渋々後をついてくる。幻にビビっても仕方ないと思うけどね。
「家の周りをぐるりと桜が咲いているみたいだね。お花見し放題だ」
「能天気な発言ありがとう」
「本当に救われます」
思ったことを口にしただけで、場を和ませるつもりはなかったんだけどね……。まぁ、いいや。
それにしても広い家だし、造りも古い。
生活動線はあるようだけど、インターネットは繋がってないと思う。そんな感じがする家だ。
「猿を見失ってしまった。触れないから戸も開けらんないし、どうしようかな」
火事の中にいるのに熱くないし、火は激しくなっていくしで不思議な感じだ。
「ピエロもユウキもいないしな。10メートルくらいしか離れてなかったのに」
「でも近くにいるよ。熱くはないけど夏じゃないみたいに寒いもん」
ユッキーが近くにいるということだろう。
炎なのに冷たい。あの炎が近くにある。
「音も無いですし。本当に怖い……」
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────
「亜李栖ちゃんが、音が無いとか言うからだよ?」
急に声が聞こえた。
正面だし距離も遠くないところから。
「──違うだろ! 今のあのピエロの声だっただろ!」
「声というか断末魔だね。ユッキーに斬り殺されたんじゃないかな?」
それなら倒す手間が省けたし。
調子に乗ってこんなことするから、ユッキーがキレてもしょうがないと諦めよう。
「淡々と何を言ってんだ?! 雅、ダッシュだ。走れ!」
「空域制御……これで良し。障害物は避けてくから離れないでついてきてね」
といっても、元の場所が道路だったし、建物にぶつからない限りは大丈夫だ。
感じる範囲には何も……あれっ?
「……雲母さんが来る」
後ろから姉の気配がする。
振り返るあたしと同じ方を、志乃ちゃんたちも振り返る。
「ミヤビちゃん。これは、どこの馬鹿がやってんだ?」
待ってる必要もなく壁から姉が現れた。
そうか、幻なんだから建物に沿って歩く必要なかったんだ。つっきれば良かったね。
「馬鹿というかクソピエロだよ。ヤツがユッキーに何かしやがった。ところで遅かったね?」
志乃ちゃんたちを先に行かせ、亜李栖ちゃんにカードを持たせはした。けど、あの男は雲母さんが手こずる相手ではなかったはずだ。
イキってるばっかで、全然強そうじゃなかったから……。
「ウサギに絡まれててな」
「そのウサギは?」
ピエロにふわふわ。あいつらがいたんだから、いても不思議はない。
あたしは、あのウサギの毛感触を1回確かめてみたい。
「ぶん殴って壁にめり込ませてきた」
んーーっ。何も言うまい……。
あの超強そうな。マスコットにはなれなそうなウサギを、姉はやっつけてきたらしい。
「ミヤビちゃん……ここで誰か見たか?」
そして、いつもより真面目だ。
「猿のお面の人を見たよ」
「……そいつは何処に行った?」
「分かんない。顔の無い死体に気を取られてる内に見失ってしまった」
「そうか……」
雲母さんはこの出来事を知ってる。
あの猿も、顔の無い死体も。
「死体に顔がないのは、猿に盗られたの?」
「違う。顔を覚えてないだけだ」
覚えてないだけ。雲母さんはそう言った。




