冷たい炎
♢28♢
辺りに放出される冷気は、ユウキの立っている場合から、徐々に冷たさの及ぶ範囲を広げている。
冷たいはずなのに、この現象を起こしているのは炎だ。もう少しで完全に蒼くなるだろう炎。
燃やし焼く尽くす炎ではなく、冷たく凍らせる炎。
「……えーと、ユッキーさん? でしたよね。これはいったい、何事なんでしょう?」
「…………」
ピエロ男ことカイアスの言葉が、ユウキに届いているのかは分からない。
流していた涙も止まり、ただ立ち尽くす彼女は、この世のものでは無いような炎だけを見つめている。
猪の外装魔法を燃やしている炎を。
それは炎であるようで氷。なのに燃えているのだ。
外装は凍てつき、中の少年は声すら上げられない。
それでも炎は少しずつ外装を燃やしている。
熱いのか冷たいのかどちらなのかは分からない。
触れれば氷。浴びれば炎。どちらもが起こる魔法。
「……このままだと中の少年は、焼き死ぬのか、凍え死ぬのか、どちらでしょう?」
「…………」
「声の届く範囲にいて無視されるのは、意外とツラいですよ。聞いてます?」
ようやく視線がカイアスに向けられる。
しかし、彼女の視線を追うように、意思でもあるように、カイアスに向けて地面を炎が走る。
「──ちょっと?! 先ほど一緒にかき氷を食べた中じゃないですか。いきなりこれはヒドくないですか?」
「貴方と話すことなどありません。燃えるか、消えるかしてください……」
「やっと喋ったと思ったらそれですか?! ……仕方ないですね」
雅が怖いので手を出すつもりはなかったカイアスだが、掛かる火の粉を払うため、仕方なく大剣を振るう。
叩きつけた剣は、真っ直ぐにユウキまで届くだろう衝撃を生む。
炎は衝撃で消え。衝撃はユウキまで到達する。
──ガッシャーン
そう音がして、猪を燃やしていた氷も砕け散る威力。
「やりすぎた……。つい、本気でやってしまいました。だって不気味だったし……」
『──助けてくれ!』
「……おや、外装の中身はアナタでしたか。最初にお会いした時に言いましたが、何でワタクシが? 偽善はしないと言ったじゃないですか。今ので氷は割れたんですから、自分で勝手に助かってください」
こんなものに構っている場合ではない。
初めこそ見所がある気がしたが、結局はこんなものだった。感じたものは、ただの黒だったのだ。
それも自分には出来ないこと……。
こんなものにさえ出来ることが、使える力が自分には使えない。
これがこの男。カイアスの欠陥。
飄々としている男の闇である。
『──くそっ! 助けを求める相手を、助けさえしないのか!』
「自身のことを棚に上げて、何を言っているんでしょう。助けてくれと言われたのに、その相手を撃ち続け、終いにはワタクシにさえ銃を向けたアナタらしくない。流石にないわーー。そう言うしかない。それより邪魔です……」
動かない猪の体の下に大剣を差し込み、力任せに振り上げる。宙に舞う巨体は、上から大剣に殴られて下に落ちる。
「外装は壊さないといけないんでした。これでよろしい!」
クレーターのようになった落下点。
叩きつけられた少年は、外装もろとも酷い有様になっている。
「あれは私の獲物だったのに……」
ギョッとした時には、冷たさが隣にあった。
カイアスは、初めてユウキを見た時から不思議だった。何の力も感じないことに。
普通はどんなに上手く隠しても、微量に力は漏れるし、意識が乱れればあらわにもなるはずなのに。
ユウキからは薄い。もしくは感じない。何もだ。
目視して見ていなければ、存在すら希薄なのだ。
「アナタ、幽霊か何かなんですか?」
「……? 足はあるでしょう?」
膝下まであるスカートをユウキは持ち上げる。
膝の上まで。足が見えるように……。
「──ちょ、そういうのやめて! ……ください。刀がない?」
ユウキは両手でスカートを持っている。
当然、その手に刀は握られていない。
カイアスの攻撃で破損したのか、あるいは飛んでいってしまったのか。
「四閃・陽炎」
雅が見ることがなかった四閃。
姿が陽炎のように揺らめき二重に見えるユウキ。
「……刀が見えない?」
そして見えない刀。見えない斬撃が放たれる。
気づいた時には斬られている……四度。
「──冗談ではない!」
姿が揺らめいた瞬間に感じた気配。
冷たいほど無機質に。しかし、一方では炎のような殺意を。
それを頼りに三つ斬撃を止められた。
「少し浅かったですね。腕の一本くらいは、斬ったはずなのに……」
一太刀。剣を持っていなかった方の肩から一撃。
何とかくっついているというくらいに、カイアスは斬られている。
「少し……冗談ではないですよ。もう少しズレていたら真っ二つじゃないですか。応急処置くらいは自分で出来ますけど……」
「──陽炎」
エッグにより水の魔法を手に入れたカイアス。
先日使用した回復擬きの魔法に、これまで得た技術の全てを使って、斬られた箇所をくっつけた。
傷口は血が流れている。
血とは、水と同じ液体であるから出来たこと。
現在、左腕が動かない男に、再び四つの斬撃が迫る。
「少し真面目にやります!」
宣言の直後、太刀音だけが響く。
「……?」
見えない斬撃を、見えない壁が防ぐ。
後はどちらが強力かという話だが、宣言は遅く、カイアスはもう一歩も動けない。
痛いとか死にそうとか考えている場合でもない。
精密にコントロールし、傷を塞がないとどうしようもない状態に陥っている。
「殺人は犯罪ですよ? コレ、普通なら死んでますからね?」
「……壁がある? 強固な壁だけど……」
防御の魔法である障壁。
物理も魔法も防いでくれる防御の魔法。
魔法使いが自身を守るために使う魔法。
その強度は術者により違う。
力量が問われるし、才能も絡んでくる。
「うつつのみを斬る。これなら壁は関係ないですね」
だが、その壁をすり抜けられるとしたらどうだろうか?
現のみを斬る。それが可能な技があるならば。
「捕まりますよー、血が溢れますよー。もう少し待ってくださいよ。くっついたらお相手しますからー」
にこりと笑ってユウキは刀を構える。
鞘に戻された刀。抜刀の一撃が振られる直後、誰かがユウキとカイアスの間を通っていった。
「──ミヤビちゃんキーック!」
そう声がした。
勢いよく通った雅が、外装を壊され、叩きつけられた少年に飛び蹴りを浴びせた。
「もうボロボロだから、ユッキーを撃ちやがった分は今ので許してやろう。あたしは優しいからね」
「雅……」
「──風神のお嬢さん、ヘルプ! ユッキーさんに殺される!」
助けはしないが助けてくれとは言う男。
ユウキの言葉に、本当に障壁の中の自分だけを斬れると確信した。
それを回避するには、何だろうと利用しなくてはならない。
「やっぱり……おまえなのか。嘘であって欲しかったな。同じ日に2回も、その顔を見たくないんだけどな……」
「それはお互い様ということで。それより助けて!」
「ユッキーは何をしてるの? ピエロが死んでも別にいいけど。そこのやつが死んでも別にいいけど。ユッキーに、そんなことしてほしくない」
僅かに炎が色を戻す。
蒼炎から僅かに赤く。
「雅。私はどうして……弱いのでしょう。なぜ、貴女のように強くあれないのでしょう。どうして……」
弱い自分に負けないように、ユウキは強くなりたかった。無いものを無いままに、受け入れられるだけの強さが欲しかった。
戻ることはないのだと思いながら、時折戻るそれをどうしても諦めきれなかった。
幻は自分が強くなれば消えると思った。封じ込められると思った。だから、ひたすらに自分を鍛えてきた。
けれど、どれだけ剣を振るおうと幻はなくならず、どこまで行こうと追いかけてくる。
「ユッキーが弱いとか言いだしたら、あたしはもっと弱いし、そこのピエロはもっともっと弱いし、倒れてるやつは、もう驚くほど弱いことになっちゃうよ?」
「──バカなこと言ってないで、彼女を止めてください!」
叫ぶカイアスを無視して雅は続ける。
「何に怯えているの? 1人で悩んでたって、答えは見つからなかったでしょう? なら、あたしたちを頼りなよ。友達でしょ」
先行した。1人で突っ走っていった雅に遅れ、友達が更に現れる。
「なんで……1人で走っていくんだよ」
「どうして待ってられないんですか……」
現れた友達を見て、冷たい炎が揺らめく。




