外装魔法 ③
手品のタネを明かそう。
だが、タネとは明かされれば単純なもの。
炎による幻は横だけでなく、前にも可能だったというだけの話。
自分より前に幻だけを走らせ、自分は相手が避けた方向に急ハンドルを切る。
今は黒い猪の女がやったのは、ただそれだけ。
ぶつかれば勝てるのは確実。
なら、必要なのは避けさせないこと。
もしくは、誤った方向に避けさせること。そう女は考えた。
直線の動きは見切られやすい。
分かりきっているから策を考えた。
これ以上は、走るスピードを上げることができなかった女。
「ぁぁぁ──、熱い……焼ける。火が消えない……」
それでも勝ちを手にした女。
悶え苦しむ相手が、プレイヤーでないのは分かっている。自分以上に力を持っているとも。
──でも、結果はこれだ。
あとは踏み潰すなり、轢き殺すなりすればいい。
ここで一般人が死んだとして、死体が向こうに戻りはしないのだから。
自分は何の罪にも問われない。
良心の呵責にでも苛まれ、自ら自白しない限りは絶対に。
進んで殺そうとは思わない。
でも、そうなってしまったなら仕方ないでしょう?
この先も、こんなことはあるかもしれない。
いちいち気にしてはいられない。
こんな雑魚を。目指す場所は遥か高みなのだから。
──と、猪の女は思っている。
自らに才が、力があると思い込んでいる。
与えられたに過ぎない力を、自分のものだと勘違いしている。
「いたい……痛いよ。熱い……どうして……」
4度目の突進。雅は辛くも避けた。
避けるたび無傷ではないが、致命傷には至っていない。
火傷は掠った部分が最も酷い。この傷だけは肉が抉れ、血が滴っている。
これらの痛みがもたらすものは、怒りがもたらすものに近い。思考は固定され視野はぐっと狭くなる。
自分に痛みをもたらした相手に、意識は集まる。
「……巫山戯やがって」
──ジュ
そう音がして黒い炎は消滅する。
怒りは、雅のあまり見せない部分を表に出させる。
「手加減してやってれば、調子に乗る。ウザっ──」
炎が燃えるには必要なものがある。
空気が必要。もし、炎の周りの空気が消滅すれば、火など一瞬で消えさる。
風神 雅の本質は風使いではない。
彼女はその先の空気すら操れる。
空域は本来そのための箱であり、雅は箱を解除してはいない。
「あーあ、制服燃えちゃったよ。どうしてくれんの? とりあえず、お前も裸にひん剥いてやるから……」
倒れたままの相手に何を言われても、獣には理解できない。纏う外装は生き物の性質もちゃんと付加している。
「ブォォォォォォォ──」
「鳴き声もウザい。キャーキャー、泣き叫ばれるのも嫌だけど、豚の声とかほんと耳障り」
踏み潰そうと。轢き殺そうと。女は加速を開始する。
手は抜かず、炎で幻を生み出して狙いを絞らせず、先刻のように走り抜ける。
……二度、同じ手をくらう相手ではないというのにだ。
雅は内側で様々なことを考えている。
そして、それを気づかせないためのキャラクターを演じている。
最早、それが風神 雅という人間であるが、演じているのだ。
当たり前になっているキャラクターも自分であるが、こちらも自分だと理解している。
彼女の中には、いいものばかりが含まれているわけではないのだ。歪で、歪んだ黒いものが存在している。
誰しも持つ微かな闇。
誰しも持ちはするが、濃さと大きさは人それぞれ。
黒い魔法は、それが無くては使えない。
満たされない欲望が。もしくは、それに釣り合う何かが必要なのだ。
才能も黒の濃さも、女は雅に劣っている。
それは生きてきた世界が違うから。
女が満たされないのは日常。
雅が満たされないのは、全てなのだから。
「芸がない。それしか出来ないなら、さっさと死ねよ……」
むくりと上半身だけ起こした雅は、踏む動きを、縦に作用する動きを腕でやる。すると、空域内に真上から圧力がかかる。
別に、手でも足でも構いやしないのだ。
手で地面に触れるよりは足の方が早く。
足を振る動きの方が、手を振る動きよりも強い。理由はそれだけ。
『芸がないのはあなたも同じよ……』
「……なんだ。喋れるんだ。じゃあ、悲鳴を上げてもらおうかな……」
女は風を逆手に取る。
自らの炎を増すために利用する。
『ほら、風なんて火を煽るだけ……』
「別に、お前を狙ったわけじゃない」
『負け惜しみを……』
今度は猪が、女の方が気づいた時には遅かった。
ビシビシと音がして道路が裂ける。下からせり上がる。
一直線にしか走れない女には、もうどうにも出来ない。せり上がったラインのまま走り抜けるしかない。
「さてと……トドメいこうか?」
立ち上がった雅から、思わずゾクリとするような力を感じ取る。獣としての危機察知能力とでもいうべきものが発動した。
「天叢雲剣は失敗したけど、あれが全てじゃない。普段は絶対に使わないんだけど……」
吹く風が速度を速める。
その風速がどのくらいまで上がった時だろうか……。
あちらこちらに散らばる、猪たちの破壊した諸々が浮き上がる。
巻き上げられたものは、意思を持ったように襲い掛かっていく。それらは突き刺さり。あるいは貫通する。
「ほら。普通は、こんなことしたら死んじゃうから」
『いや……』
「これは風なんて関係ない。炎で飛んでくるものを焼失させられるなら防げるけど……無理だろ?」
人間より軽い瓦礫。
しかし、それは竜巻により凶器に変わる。
何かの看板は刺さり、つぶてのような瓦礫たちは貫通する。外装を。その先の本体を。
「そして雅ちゃんは安全なところに隠れます。バイバイ……」
せり上がった場所に身を隠し、竜巻の向きを操作する。女のいる直線上に。
ブレーキをかけたが、止まれずにいる猪の方向に。
『いや────』
悲鳴は嫌な音によって聞こえなくなる。
後に残るのは、無数の風穴が開いた外装の残骸と、風と瓦礫によりボロボロになった女。
「痛い……。雲母さんに治してもらおう」
しかし、彼女は変わった。
もう1人ではないのだ。だから、黒には染まらない。
隣に誰かがいてくれれば、信じられる誰かがいてくれれば、友達とか仲間とかそんなものがあれば。
♢
元が大した奴じゃないから、こんなところか……。
これで一通りは見たな。
「ミヤビちゃんの方は終わったようだし、私たちも終わらせよう」
「──今の音は雅がやったのか?!」
この位置からでは分からないが、あの力馬鹿にしかあり得ないだろう。
ユウキならスマートにやるし。残る2人はここにいるし。
「私たちは雅さんの方に行きましょう!」
「そうしてくれ。これ、必要ならミヤビちゃんに使え。癒しの効果がある」
1枚で足りる。
過度な癒しは毒と同じだからな……。
「青いカード?」
「早く行け。巻き込まないようにするのは意外と大変なんだ」
「──では、私たちは雅さんを回収してきます」
……さて。
「尻尾を巻いて逃げるなら見逃そう。出来ればそうしてほしいな。元を断てば、その魔法は使えなくなる。お前らにそれを与えた奴は始末しておくからさ」
『──させると思うか?』
「思うも何も……お前では私に勝てない。一連のやりとりで悟れないのか? 馬鹿なのか?」
『──バカはお前だ! 勝った気になりやがる!』
動物の外装というのは、知能を下げるんだろうか?
それとも、元からこんなヤツなのか……どちらでもいいか。
「お前の属性は水だな。黒くて泥水みたいな色だ。水神という私も水。しかし、見ているだけで気分が悪くなるな。手早く済ませよう」
『やってみろ……』
こういうのを、粋がってるというんだな。
家にはこういうタイプはいなくてよかった。
もしいたらこう、軽く指導していた。
「最後に教えてやろう。属性っていうのはな、相性があるんだ。水には土というふうにな──」
手持ちが心もとなくなってきた。
できるならシノに倒してほしかったが、まだ無理だからな。
『受け止めた?! ……そのカードは何なんだ!』
「──魔法だよ」
必要な情報だけあれば、紙に書いた魔法でも使用は可能だ。色や素材。デザインが能力を引き上げる。
土の属性の最も注目すべきは、その膂力。
腕力だけに限った話ではないが、他と比べても遥かに能力値が高い。
猪の質量も受け止められるし、殴るのには最も適している。
「そしてこれは、土の初歩的な魔法。硬化というやつだ。硬いもので殴られたら痛い。このくらいは分かるよな? おまけに相性でもこっちの勝ちだし、これで懲りて粋がるのはやめなさい」
まぁ、外装ごとぶっ飛ばすんだけどな……。




