チュートリアル ④
♢4♢
ゲートが消え去った直後の東京都内。
吹きつける風の強い場所。
空へと昇る魔法を一望できた場所。
ゲートを消した術者を見に行こうと思ったピエロ男の前に、お邪魔虫が現れた。
1人は男。1人は女。
男は自分と背丈が変わらない若い男。
年齢も同じ20代だろう。
服装はどこにでもいそうな、ありきたりな格好。
スーツの自分とは比べられない……。
ピエロ男ことカイアスはそう思った。
もう1人の女はさらに若い。
少女と言っていい年齢。
自身と同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみを抱えている。あれでは前は見えていないだろう。
「……なんなんでしょう。シナリオには無い。そんな邂逅な気がします」
「術者に手を出すな。それと……目障りだから、今すぐ消えろ」
その言葉は刺々しい。
初めましての人に言う台詞ではない。
「お邪魔虫はそちらでしょう。ワタクシの邪魔をしないでいただきたい」
「これ以上の問答をするつもりはない。口で言って聞き入れないなら、排除するだけだ」
現れた時は持っていなかった剣が、鞘から引き抜かれる。闇夜に紛れて、その刀身を見ることはできない。
「なんと短気な……。もう少し話をですねー」
「──とうっ!」
そう隣から声が聞こえた時には遅かった。
ぬいぐるみの隠れていた少女はいつの間にか隣にいて、華麗に飛び蹴りを浴びせてくる。
「えっ……──ここかなりの高所なのですが?! 落ちたら普通に死にますよ? えーーーーっ」
一切、一瞬たりとも目を離すことのできなかった、眼前の男に気を取られていて接近に気づかなかった。
カイアスは、少女はぬいぐるみの陰にいるものだと思い込んでいたのだ。
「パチモン、油断したな。次があったらまた会おう! ではではー」
ぶんぶん手を振る少女は遠ざかっていく。
高層ビルの屋上からやる所業ではないが、このくらいでこの男が死なないことを彼女たちは知っている。
現にカイアスは、何食わぬ顔で所定の位置に現れたのだから。
※
そして同日。
時間は19時10分になろうかというところ。
チュートリアルをしていたつもりのピエロ男と、そこに居合わせた少年たち。
ゲームが始まって、最初に魔法を手にしたのは彼らだ。
彼らは何も分からぬまま魔法を手にしてしまった。
この後、時間を追うごとに情報が追加されていき、最初に銃火器を生成する方法は確立される。
何故かと問われれば、そっちの方が簡単だから。
始まったゲームにおいて最初に流行るのは銃火器。
フィールド内は映画顔負けの銃撃戦が起きる。
それでは対応できないようになり、他の武器も生成される。人間には有効でも、その他には不利だと気づいたからだ。
落とされた火種は大きくなり、ゲームは熱を帯びていく。効率のいい狩場を探し、仲間と結託し、あるいは経験値を独占するために単独で。
ゲームは人間性を問う。
人が多様なようにプレイヤーも多様だ。
プレイスタイルごとの指南もネットに溢れる。
──まるで本物のゲームのように。
ここにあるのはスリルと非日常。
痛みはあれど死はない。
現実の中に現れた遊戯に人々は興じる。
これが誰かの思い描く通りの筋書きだとも知らずに……。
そして、チュートリアルを受けていた最初の少年たちは結末を迎える。
♢
「お前には世話になったからな……」
また、いくつもの銃声が聞こえ続けている。
残る少年は2人だけ。
ぶつかったほうと、ぶつかられたほう。
殴ったほうと、殴られたほう。
今は撃つほうと、撃たれるほう。
「……もう、やめてくれ。悪かった……」
その言葉は誰にも届かない。
撃つほうはやめるつもりはないし、ピエロは止めるつもりがない。そして他には誰もいないから。
泣き叫ぼうと届かない。死ねもしない。
ただ、痛みが体を貫くだけ。
退場するには経験値として消えるしかないのだ。
「ワタクシ、飽きてきましたので仕事にいきます。世知辛い世の中は働かないと生きてはいけないらしいのです。ではではー」
少し前に聞いた台詞を真似てみた。
結構気に入ったらしく、ピエロ男はこれからも使っていこうと考えている。
「まっ……待って……くれ。助けてくれよ」
「……タスケル? 誰を? 何で? どうしてワタクシが? そんな偽善をしている暇はないのです。長居しすぎました。それにそろそろ……」
カチッ、カチッ──
そう音がするだけで銃声が止む。
少年は弾倉を引き抜き確認するも弾はある。
しかし、引き金を引けど弾は出ない。
「魔力切れになりますから。ここらで仲直りしてお友達にでもなられたら? 必要ですよ。このゲームは1人よりもみんなで遊んだ方が楽しく効率がいい。こうして巡り会ったのも何かの縁。連絡先を交換して、明日から仲良くレベル上げに興じるのがよろしいかと」
「魔力切れ? 無限に撃てるわけじゃないのか……」
「──あっ、ワタクシとも連絡先を交換しますか? 人狩り行こうぜ! には協力できませんが、お友達として仲良くしますか?」
「…………」
これでチュートリアルは終わり。
分からなかったことは後々分かるだろう。
あのピエロにもう少し真面目さがあれば詳しく説明されたかもしれないが、あのピエロはあんなキャラクター。過度な期待はしないでください。
そして7月21日。1人の少女が眼を覚ます。
ゲートの向こうに消えたはずの彼女が。
※
再び目覚めたところは白い天井の場所だった。
──あぁ、またか。
あたしはそんな感想を思い浮かべる。
また、病院か。
どうして病院というのは白い建物なんだろう?
天井まで白いとか……側だけで良くない?
それに目覚めては見たものの、目覚めたくはなかったなぁ……。
「はぁ……」
1人でため息をついてみる。
欠陥品なのは自覚してた。出来損ないなのは分かってた。
それでもこれは予想外だ。
この件に関して何も言わない。何も考えないようにしよう。
あーー、また色々と小言を言われる。
いや、言われない? どうせ興味もないだろうし。
ただ、いらない子は本当にいらないと言われちゃうな。
「はぁ……」
自分のこの後を考えてみよう。
1,何のお咎めもなく、いつものように誰にも何も言われない。
2,貴重なサンプルとして解剖される。もしくは貴重なサンプルとして優遇は……されないなぁ。
3,生きていては都合が悪いから始末される。
とかかなぁ。
どれがマシかな? どれもありそうだし……。
そんなことを考えていると、複数の足音が聞こえてくる。どうやら目覚めたことに気づいたらしい。
「とりあえず具合の悪いフリをしていよう。ううっ……ゲホ、ゲホッ。わざとらしいかな?」
この後3日間この病院に拘束された。
検査入院とは名ばかりの尋問責めと、全身をくまなくチェックされた。どうやらモルモットが正解らしい……。
この後は拷問されて情報を引き出されて、貴重なサンプルとして解剖されるのだろうと思っていたら、あっさり退院させられた。
……個室は高いからね。いい病院みたいだし。
知りたいことは知れなかったのだろう。
同じ人が2度来ることはなかったから。
それでもひっきりなしに、お話をしに、質問をしに、尋問をしに、誰かは訪れてきた。
まぁ、本当のことなんて誰にも話してない。
あたしは病弱だから! いくらでも誤魔化せる。
何も語らない。
あたしが欠陥品で出来損ないでもね。
べらべら喋ると思ってもらっては困る。
教えてあげたことといえば、ゲートに向こう側は存在したということくらいかな?
そんなあたしは……。
この3日間のあいだに、好きな人ができました。
最初は訪れる誰かと同じだと思ってた。
でも、別れ際には自分から次会う口実を探してた。
「と、友達になってください! お願いします!」
そう口に出していた。
即答で嫌だと言われました……。