凶行
♢23♢
大量の衣類を買ったあたしたちの所に、雲母さんが車で迎えにやって来た。
用事というのは結構ちゃんとしたやつだったらしく、姉は今日はスーツを着ている。
……大人だ。ちゃんとしてる。
今日はダメ姉とは言えないかもしれない。
「お帰り。おーおー、ずいぶん買ったな。衣類は揃ったのか?」
「ええ、雅さんには片っ端から着せて、似合うのは全部買いましたので。ユウキさんのは別に会計しました。レシートはこれです」
「別に家計簿をつけたりはしないが、一応受け取っておこう。それで、このまま帰っていいのか? 今日もスーパーか?」
昨日買ったから食材はある。
スーパーの日割りので、欲しいものはあるかもしれないけど、広告見てないしな……。
タワーマンションは、新聞を取っていないから広告類がない。ウェブ広告というのもあるけど、紙の方がいいと思う。チラシは紙派!
「2、3日は買い出しはいらないよ。あるもので作るからね。今日はパスタにします」
「おっ、流石はシェフ。毎日、違うものを食わせてくれるとは」
「明日からはリクエストがあれば聞くよ。ユッキーは何が好きなの?」
「私には聞かないのか?」
「──ユッキーは、何が好きなの?」
姉の好き嫌いは別にいい。
「好きなもの? これといって特にはないです……」
「じゃあ、雲母さんは?」
ユッキーを困らせてしまった……。
好き嫌いはないと思っていいのかな?
「私はついでか……。魚より肉がいいな。そして白米よりパスタの方がいい。それと──」
「だいたいわかったから、もういい。そんなだから冷蔵庫がレトルトばかりになるんだね。毎日、お米を炊きなさい!」
まったく。そんなことだからユッキーは、すき焼きも食べたことないとか言うんだ。ダメ姉め。
「はいはい……にしてもこの時間は混むな。ちっとも進まん」
「スクランブル交差点の辺りが、一番混むんじゃないですか?」
「帰宅ラッシュというやつですね。電車も人が多い時間帯ですしね」
スクランブル交差点。
あれはスゴイよね。
ぶつからずにスルスルとみんな歩いて行くし。
あたしには、ちょっと無理かなー。自信ない。
「あそこは観光スポットにもなっているからな。都会では珍しくない光景でも、余所から来た観光客には珍しく見えるのか。世の中分からんな」
そんな雲母さんの話を聞きながら、そのスクランブル交差点に差し掛かった。
車は赤信号で、信号機から一番前に止まり、後部座席の真ん中のあたしからは、真正面に見える……その位置。
だからかな。みんな動いているのに、1人だけ立ち止まっている人がいるのに気づいた。
……なんだろう。
初めはそう思っただけだった。
「あの男。先日の……」
助手席のユッキーも同じ人物を見ているようだ。
それに先日のって?
「もしかして立ち止まっているやつ?」
「そうです。黒いウサギが魔法を壊した男……嘘……」
それって──。
エッグにより生じた魔法は壊れたら直せない。
壊れるというのにも度合いがあり、直せる場合も存在する。
しかし、あの男の魔法は完全に壊された。ウサギによって。
だけど交差点で立ち止まっている男の、少年の手には黒い塊。壊されたのと似た魔法が握られていた。
「どうした?」
「あの男……裏側でないのに魔法を?」
「──何? どいつだ!」
雲母さんは急に声を荒げた。
急にどうしたのかと思いはしたけど、あたしはもう分かってしまった。
「交差点で立ち止まっているやつだよ!」
「──ユウキ、止めろ!」
あたしたち車内の誰もが、そいつのやろうとしていることに気づく。
黒い塊は水平を向き、指は引き金に掛けられる。
外の人たちは、まだ誰も気づいていないだろう。
でも、一度でも銃声が響けば気づき、パニックになるのは明らかだろう……。
「──分かりました」
助手席のユッキーが飛び出すのと、最初の引き金が引かれるのはほとんど同時だった。
交差点の真ん中での凶行。
誰を狙っているわけでもないと分かる。
あいつは無差別に、誰でもいいと考えてる。
「……弾数は何発だ? 誰か奴の銃を見たか?」
「いえ、私たちが着いたときにはもう……違いますね。まだ壊されてなかった。あの銃は、確かベレッタ?」
「15発くらいか。威力は不明だが、撃てる時点で問題だ! ちっ──」
最低15発。
撃てる数には自分の力が関係しているはず。
銃の見た目は中身にも反映されている。
なら、最低15発。上限は現時点では不明。
「あたしも行ってくる!」
「──駄目だ! 車から降りるな! 撃たれたら死ぬかもしれないんだぞ!」
「……それ、本気で言ってんの。ユッキーには行けって言ったのに?」
「あいつは撃たれないし、あんなのに遅れはとらない。キミらは別だ。ミヤビちゃんに至っては論外だ。騒ぎに巻き込まれれば、すぐにでも風神の連中が飛んでくるぞ? ここは風神の支配域だ」
「そんなの。友達を1人で行かせる理由になんないよ」
志乃ちゃんがドア側だし、今までなら志乃ちゃんは止めたはずだ。あたしを。
「……いくか。雅だけが特別じゃない。ユウキだって友達だ」
「──ですね」
志乃ちゃんはあたしより先に外に出る。
この瞬間も銃声が響く外に。
「──馬鹿娘共が! ────!」
「姉が怒鳴ってるから早く行こう」
ユッキーの助けにはならないかもしれない。
でも、他の人は助けられるかもしれない。
なら黙って見てはいられない。
♢
1人も残らないとは……。
全員。馬鹿だったらしい。
「私だ。渋谷に例のヤツが現れた。黒い魔法だ」
それが今日の用事の内容。
脅威の度合いが分からない。
最大の問題点は、現実にも影響するという点だ。
「……武器は最悪だ。ベレッタらしい。弾数も不明」
自動拳銃とは予想外すぎる。
それでは被害は測れない。
ユウキに万が一は無い。
あいつは銃くらい問題ない。
しかし、周りはそうではない。
「好きで大人しくしていると思うな? これでも我慢してんだよ。私は大人だしな。私まで出張ったら、誰がこうして連絡するんだ?」
『意外。我先に飛び出していくと思った』
「いくさ。これを切ってな」
『昔から変わらないわね。何度、振り回されたか……』
「今度は私が振り回される番らしい。伝えたからな。対応はさっさとしろよ。じゃあな、瀬名」
♢
銃声はした。弾は間違いなく当たった。
ですが、撃たれた人に血は見えない。
「君か。どうやら足りなかったらしい。生成は出来ても、殺傷能力はまだ足りないらしい。何が足りないんだろう?」
突然の銃声に気づいて、人々はパニックとなっている。危険ではあるが、この場所から逃げていってくれるのはありがたい。
「仮にそれで人を殺せたとして、貴方に何があるんですか?」
撃たれた人だけは倒れたままだ。
安否は気になるが、1人ではこの男から離れられない。
「……何も。ただ、試したかっただけさ。それも足りないと分かったし帰るよ」
「──このまま逃げられると?」
「逃げられるさ。こう、すれば──」
銃口は逃げる人たちに向き、男は躊躇なく背中を撃つ。
こんな人前で刀は使えない……。
雅のように魔法もない。
「──そうすると思ったよ!」
手では捌ける数は限られる。
それを分かって男は狙いを散らす。
そうなれば全部を防ごうと思ったら、最後には自分を使って防ぐしかない。
「……向こうとの違いは、弾倉を取り替えなくてはいけないところか。15発。細部にまでこだわり過ぎたかな?」
この隙に男を──。
「……痛……っ」
1発かすった足に痛みが走る。
あの男1人だけなら取り押さえられた……。
それをしなかったのはどうして?
「くっ……」
裏側と同じ仕様であるのだろう。
痛みだけはちゃんとある。
「それじゃあね。あとは魔法を消して人混みに紛れれば、君も追ってはこれないだろ?」
男はそう言って、逃げる人々の中へと消えていく。
でも、この足ではすぐには追えない……。
黙って背中を見ているしかない。
また、見ていることしか──。
「ユッキー、大丈夫?」
「えっ……雅、どうして……。シノもアリスまで。姉さんは止めなかったんですか?」
「何言ってんの? 止められたよ。当たり前じゃん」
なら、どうして?
私1人では心配だった……。
「心配は心配だけど友達だからだよ。雲母さんはユッキーは大丈夫だって言ったけど。実際そうだろうけど、黙ってはいられなかった」
「撃たれた方も意識はありますし、大丈夫そうです。救急車も志乃さんが呼びました!」
「それに1人じゃ、撃たれた人の意識を確認して、救急車を呼んで、逃げたやつを気にするなんて無理だよ。ユッキー、前にあたしに言ったよね。1人は辛いでしょうって。あれってユッキー自身にも言えるよね?」
あの時、雅は1人ではないと言った。友達もいるし1人ではないと。
私は友達という関係は、学校の中だけのものなのかと言った。
……私はどうだったのだろう?
雅は私を友達だと言った。
だけど私は彼女に。彼女たちに……頼ろうと思っていなかった?
きっと、それは1人で強くなりたいからだ。




