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 それぞれの車内

♢17♢


 アパート前からの帰り道。

 痛む左手でギアを変える火神 亮司(かがみ りょうじ)はふと口を開く。


「……今日、あそこへは何をしに行ったんでしたっけ?」


 なんだか、わざわざ痛い思いをしに、あの場所へ行ってきたような気がしている亮司はそう口にする。


「恵まれない子供に寄付をしに行ったんだろ?」


 先ほど聞いた言葉を引用し、助手席の男は返事を返す。


「それ、本気で言ってますか?」


「いいじゃないか、無事に帰ってこられたんだ。その手で戦闘になれば死んでたぞ」


 風神 雅(かざかみ みやび)の魔力に直に触れた亮司の掌は包帯の中は、更にボロボロになっていた。


 彼は集められたとてつもない量の魔力を、自分の魔力を流し込むことで霧散させた。

 相性で勝っていたからできた芸当であり、確実ではあったが無茶なやり方だった。


「恨まれるようなことをした覚えはないんですけどね。それに僕はいい人でしょう?」


「善か悪で言うのなら、お前は悪だ。彼女たちの反応が正しい。知っていて、あの子をゲートの向こうに放り込んだんだからな」


「それが確実かつ最善策だったでしょう? 他に手があったんですか?」


「いい人っていうのはな。そこで、じゃあ自分が行くと言える奴だ。お前は合理的だし論理に間違いもない。ただ、それだけだがな……」


 ……だから血塗られた椅子に座ることができた。

 そう続けるつもりだったが、同じ火神という性の男は言うのをやめた。そして話を変える。


「いつまでも後手に回るのは得策じゃないぞ?」


「えぇ、出来るなら今月中に話し合う場を設けるつもりです。風神翁は来てくれるでしょうが、他はどう思いますか?」


「分からないな。水瀬(みなせ)は中立を謳う以上は拒めないと思うが、土神(つちがみ)は望み薄だな」


 足並みを揃えるのさえ困難な間柄。

 許嫁の件からも火神、風神の2つは仲がいい。

 当主同士が親密な間柄だったから。

 しかし、残る2つは利害関係抜きにしても行動が読めない。


「皆さん、僕に良くやってるといいますけどね。結構大変なんですよ? 帰れば当主だし、会社では役員。やっかみがひどいんですよ……」


「若造が急に役員になればそうだろう。何を当たり前のことを言ってるんだ。報酬は得ているんだから割り切れよ」


「いいですよね。とうに家を出て好きに生きてる人は……」


「その台詞、水神(みずがみ)に聞かせてやれば良かったのにな。言えば間違いなく死んでたな」


 街中から遮るものがないところに。

 空が見える場所に出た。

 その空にあったものに思いを馳せる。


「ゲートですか? 僕たちが心配しても仕方ないでしょう。僕たちがやるべきことは古き者の失脚と、終わらなかった世界の次を見据えることです。違いますか?」


「その通りだ」


 そのために互いに協力し、ここまで来た。


 ゲートから始まった東京での遊戯(ゲーム)は予想外の展開ではあるが、それはきっと今は若い彼女たちに必要だったんだろう。

 最悪、戦う力が必要になる時代になるのかもしれないのだから……。


「ところで……あの手痛い出費はどうしたらいいんですかね?」


「上手いな。今の自分の状況にかかっている。座布団1枚貰えるぞ」


「いや、冗談で言ってるわけではなくてですね……」


「飯くらいは奢ってやる。あとは真面目に働け」


「あー、やっぱりそれしかないですよね」


 火神 亮司。彼にも、彼なりの理由と彼なりの正義が存在する。それはまた別な話だ。


 ♢


 一方こちら側。水神 雲母(みずがみ きらら)の運転する車の車内。


 この上ないくらい恥ずかしい思いをした(みやび)に、知りたくなかったことを知ってしまった亜李栖(ありす)の2名は、後部座席でグロッキー状態。


 行きは3人横並びに座っていたが、あんな2人に挟まれていたくない志乃(しの)は、助手席に移動した。


「静かでいいな。来る時はやかましいくらいだったからな」


「その(かね)、大丈夫なんですか?」


 その金とは火神 亮司(かがみ りょうじ)に無理矢理寄付させた、雲母が言った額の百万円。封が切られておらずテレビの中で見るような状態の束。


「現金なら足はつかない。紙幣番号なんて、いちいち控えてないよ」


「そうじゃなくて、あれはただの強盗……」


「──違う。亮司は可愛いミヤビちゃんに寄付したんだ。両者に合意があったんだから何の問題もない。それに使い切ってしまえば、そんなものは知らないと言い張れる。明日、ミヤビちゃんを連れて買い物に行こう。諸々買って余ったら、それこそ募金箱にでも突っ込めばいい。クズがいくらかは世の中の役に立つ」


 本当にやりやがった雲母が、心底怖い志乃。

 それでも隣に座ったのは後ろの2人のせいだけではない。尋ねたいことがあった。


 アパート前の一件で聞いたこと。

 それに雲母から聞いたこと。

 実感としては薄かったものが、急に濃くなった。


「本当に東京は、もしかしたら日本は無くなるのか?」


 これを尋ねたかった。どうしても。


「そうだな……70パーセントくらいの確率かな。7月20日の時点で東京都が消失していても不思議はなかった。だってそうだろう? 違う場所に繋がる巨大な門が頭上にあり、あの日それが口を開けたんだ」


「それは、どうやって防いだんだ?」


「魔法だよ。見たろ? 夜空を埋め尽くした魔方陣を。何十人、何百人掛の大魔法なのかと思ったら、やったのはたった1人だときた。思わず笑ってしまったよ。術者はゲートの力を利用してあれを塞ぎ、時間稼ぎを施し、命すら守ってみせた。ミヤビちゃんが無事に帰ってこられたのは、あの大魔法の術者がいたからだ」


 現在行方不明になっているその術者。

 行方どころか生死すら不明。

 雅に掛かる魔法が消えているから、探すことも辿ることもできない。東京を守った魔法使い。


「その人がいなかったら、次は無いんだよな?」


「あぁ、誰にも不可能だ。ゲートを閉じるという荒唐無稽の所業はね。だから、裏東京を調べたい。あそこを維持する力がなんなのか分かれば、術者無しでも出来るかもしれない」


 この日本の消失を防ぐことを。

 その未来は一時的に防がれた。そう一時的だ。


 次に同じ規模のゲートが出現した場合、少なく見てこの東京は日本地図から消失する。


 ゲートの向こう側に消える。

 これは予期された災害。近く訪れる終焉。

 解決策は無い。こちら側には。


亮司(りょうじ)たちのしたことは、その解決策を見つけようとした結果だ。彼の地の情報収集が主な目的。しかし、本当は収束まで考えてあったようだ。風と火と土は捨て駒だったはずなのに……ミヤビちゃんには相棒となる人間がいたらしい」


「だけどさ、雅はここにいる。それで大丈夫なのか? 雅の他にもいたんだろ?」


 ゲートの向こうに行った人間は。


 そうハッキリとは言えない。

 だって、その人たちはどうなったのか?

 どうしているのか?

 ……雅のように無事に帰ってこられるのか?


「土以外はおそらく大丈夫だね。手に入った情報を見た限りではだけどね。私たちが心配しても仕方ないことだぞ? 道は途絶えたんだから」


 それは違う物語。違う世界の物語だから……。


「アリス、そろそろ着くよ。いつまでも過ぎたことにショックを受けてるんじゃない。お泊まり会なんだろ? さっきのことは騒いで忘れな」


「「──そうだった!!」」


 後部座席の寄りかかりあって、静まり返っていた2人は急に覚醒する。


「野郎のせいですっかり忘れていましたが、お泊まり会でした。雅さんもあんなクソ野郎のことは忘れて、今日は騒ぎましょう!」


「あたしは……あいつはそんなに悪い奴じゃないと思う」


「「「──えっ?!」」」


 車内の4人中3人が驚愕の声を上げる。

 一番気にしている。

 一番ぶっ殺したいと思っているはず。

 みんな、そう思っていたから今のは衝撃的だった。


「そ、そ、それはどういう? ……まさか、す、好きだとか?」


「いや、そういうんじゃないんだけど……」


「だよな。ミヤビちゃんが好きなのはユウ──」


「何言ってんだ──! 何を突然口走ろうとしてる? 違うって言ったじゃん。変なこと言うのやめて! 本人がいないからって、何を言ってもいいわけじゃないんだぞ!」


 雅の必死な姿を見て友人2人は気づく。


「「……えっ?!」」


 そしてまた驚きの声を上げる。


「……女の子じゃん。雅、お前はそういうやつだったのか?」


 志乃(しの)は記憶の限り、雅が誰かを好きだとか、気になるとか言っているのを聞いた覚えがなかった。なおさら驚きだった。


「…………いいと思います」


 亜李栖(ありす)はそれだけだった。

 彼女には誰も何も言わなかった。


「──あっ、亜李栖ちゃん家に着いたね。早く支度してタワーマンションに行くよ!」


 雅はこれ以上の追求を逃れるために、話題をすり替える。


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