お泊まり会 ④
男は見間違いでなければアパートの上からやって来た。このアパートは二階建てだが、それにしても中々に無茶な登場であったはずだ。
「良かった。昨日の今日でまた魔法沙汰では、何を言われるか分かったものではなかったのでね」
この男の登場で事態は収束した。一触即発な状態はあっさり終了したのだ。
もう黒服の、風神 雅を確保しに来た女たちはいない。
「どうしてこんな場所に来る? まさかとはと思うが、偶然だなんて言わないよな……」
見方によっては助けられた。だけど、この男に好意を向ける人間は誰もいない。
水神 雲母は黒服以上に警戒しているし、風神 雅は掴まれた腕を払いのけ友人たちの背後に隠れた。
そんな2人の反応を見て、友人たちも警戒感をあらわにする。
「火神 亮司」
告げられた名前。
火神という家は、四家と呼ばれる家にしてその中で筆頭。そしてこの男、火神 亮司は現当主である。
スラリとした体型。男性しては伸ばされた髪。
若くはあるが着ているスーツは着なれた感がある。
その身なりは足元まで良く、身につけているものはどれも高価なものだと一目でわかる。
「もちろん。雅さんを確保しに来ました」
「──つまり、お前も邪魔をしに来たわけだ」
黒服たちへの対応とはあまりに違う、雲母の対応。
最初から話し合うつもりは無いのだと分からせるだけの殺気。
「そう。ここへは彼女を確保しに来たつもりだったんですが……水神さん。貴女が一緒なのを見て、いろいろと納得がいきました。ですから雅さんのことはお任せします」
「……何?」
「彼女の安全さえ分かっていれば良かったんです。行方不明者など1人で十分ですからね。なので、僕は車が着いたら帰ります」
それだけ言って亮司は本当にこの場を去っていく。
「待て。少しなら時間があるんだろ。情報交換……いや、お前が知っていることを喋ってからいけ」
「……それってただの脅迫ですよね?」
「この場でぶっ殺すのを我慢してやるんだ。そのくらいはしろよ」
「うーん、立場上何も話せないので勘弁してください。では」
「なんだ。せっかくチャンスをやったのに……──おい、こいつがミヤビちゃんをゲートの向こうに放り込んだ黒幕だ!」
「……?」
実際にその通りだし、違うと言う必要性もない。
だから亮司は疑問符を浮かべることしかできなかった。
「──ちょっと待て。今の話は本当かテ……でしょうか?」
最後を可愛く言い直した亜李栖は、ガッチリと亮司の右腕を掴んだ。
彼女の身長では亮司の肩は掴めないからだろう。
「ええ、抜擢から責任者ではあるかと──」
亜李栖は、その答えを聞いてニコリとしてから、無言のまま掴んだ腕を本気で捻りあげる。
「──痛っ。ちょっとなに?」
そして体勢が傾いたところで膝に蹴りを入れ、地面に膝を付かせる。すると、ちょうどいい高さになった。
「……海と山。どっちがいい?」
話をしたり、殴ったりするのに。
「それは何の話かな? キャンプなら山の方が……痛たたたっ……水神さん?! 彼女は何に怒ってるんですか?」
呼ばれた雲母はこちらを見てもいなかった。
「フーーッ! フシャーーッ!」
と、友人たちの背後に隠れ、猫のようにずっと威嚇している雅を撫でて、怖くない怖くないからねー、と言っている。
そのあとはタバコを取り出し火をつけ始めた。
「人が話してんのに余所見とは余裕だな。ちょっとタッパがあるからって調子に乗ってんじゃねーぞ!」
捻りあげた右腕はそのままに、殴りやすくなった顔面に強烈なビンタが飛ぶ。
グーで殴るといろいろ面倒だと理解している亜李栖の攻撃は平手打ちに掌底。
「落とし前……つけさせてもらおうか」
「──やめろ! そういうの本当にやめろ!」
「えー、だってー。しょうがないじゃないですか。志乃さんもやります?」
志乃はやらないとは言わなかった。
本気で一発だけ平手打ちをくらわせた。
「あたしはこれでいい。助けられたのは間違いないんだ。亜李栖もそのくらいに……」
「──どうだ? 喋る気になったか? まだ足りないなら、もう少し痛めつけて喋りたくなるようにしてやるけど?」
タバコを手に持ったまま雲母が近寄ってきた。
3人とも亮司の近くに行き隠れるところがなくなってしまったので、雅は車の陰から様子を伺っている。
「何も話せません。言わないのではなく言えないのだと理解してください。それにしても……僕は怪我人だったんだけど。君たち、まったく容赦ないね」
「当然だろう。彼女たちはミヤビちゃんの友人だ。お前たちに怒っている」
「あぁ、そうなのか……だから……。謝罪はしません。あれは必要なことだった。この事柄に関する一切に後悔は無い」
亮司の反応に雲母は無言だったが、到底納得できない亜李栖はキレる。
「ごめんなさいも言えねーのか? 言いたくねーなら、言えないようにしてやろうか? テメェよぉ!」
亜李栖は締め上げる力を緩めはしなかった。むしろ強くなっていただろう。
それでも亮司は立ち上がった。
「──きゃ」
無理矢理に亮司が急に立ち上がったせいで、亜李栖が今度は体勢を崩す。
「危ないよ。これで戯れはお終いだ。ここからは、ただ殴られることはしないからね?」
優しく。しかしハッキリとそう口にする。
「亮司。これだけは答えろ。ミヤビちゃんは何のために必要だったんだ? 欠陥のある彼女に何をさせるつもりだった?」
「……天叢雲剣。あれは風神の最上の技だと聞いています。それを扱えるのは彼女しかいなかった。彼女は自分では使うことはできなかったでしょう。ですが……それを補う人材がいたんですよ。その2人をもって解決するつもりでした。蓋を開けてみたら事態はそうはならなかったわけですがね」
「……そうか」
「それに、こういうのは何て言うんでしょう。傷の舐め合い? とでも言うんでしょうか? それにも期待していました。そうはならなかったですし、雅さんは代わるものを見つけたようだ」
それはあったかもしれない出会いと物語。
しかし、それは無かった。だから可能性の話。
「もう一つだけ。お前、どうして雅さんって呼ぶんだ。ミヤビちゃんと何かあるのか? 私は何も知らないんだけど?」
「あぁ、それは──」
♢
出力を上げるという考え方に間違いはなかった。
押さえ付けられているより力を入れれば、魔法を使うことは可能だった。
あの瞬間、空域制御の範囲内。アパート前の駐車場全部が魔法の及ぶ範囲だったんだ。
例えどんな魔法であっても、駐車場以外に被害は無かったはずだ。あたしはそこまで馬鹿じゃない。でも……。
天叢雲剣は問題なく起動した。
ただ、どんな魔法だったのかは分からない……。また使えなかったから。
また邪魔された。それも二度と会うことなど無いと思っていた人に。
以前にもああして、手を掴まれたことがある気がする。あれはなんの時だったっけ?
「あぁ、それは──」
……んっ? 目が合った。
志乃ちゃんと亜李栖ちゃん。
それぞれから本気ビンタを頂戴したヤロウはこっちを見ている。ここからじゃ話してる内容が良く聞こえないんだ。
いつもなら問題なく聞こえる距離なのに。それもこのリストバンドのせいだ。
自分が無意識にやっていた魔法とは呼べない魔法。
あたしは風の力を意識せずに使っていたらしい。
それがあってあの体力だったんなら、正直ヤバい。
だって魔法で補正がかかってて、あの体たらくなんだよ? 今の状態で100メートルとか全力で走ったら死んじゃうんじゃないかと思ったね。マジで。
「僕と彼女は親同士。違うな、祖父同士が決めた──」
ちょっとまって……。
あれは、何を話しているのか、な?
まさか、そんなことを口走ったりしないよね! だって今は違うし! もう昔の話だし!
……だけど。仮にそういう話なんだとすると……。
「おい、それって……」
──阻止しないといけないかな?! 全力で!
「許嫁というやつですね。あぁ、許嫁だったですね」
あっ……言いやがったーーーー!




