お泊まり会 ③
雲母さんの車に戻ってきたところで、駐車場に新たに2台の車が現れた。中からは女の人が6人。
自分たちの前に出てきた女の人には覚えがある。
「雅さん。それがどういう意味か分かっていますか?」
行かないと言ってしまった。もう、お前たちの言いなりにはならないと。
「たったひとつの居場所さえ無くなりますよ? このアパートも果ては学校まで、全部。いいんですか?」
「……それは……」
嫌だ。学校に通えなくなるのも、志乃ちゃん亜李栖ちゃんと離れるのも嫌だ。やっと分かったんだから。
「子供を脅すなよ。何が全部無くなるだ。お前らは彼女に全部捨てさせただろうが! まだ足りないというのなら、仕事抜きにぶっ潰すぞ」
昨夜ゲンコツされた時とは別人。
雲母さんは本気で怒ってる。
「──仕事?」
「そうだ。風神 雅の保護は正式に私が請け負った。邪魔するなら遠慮はしない」
「どちら様かは存じませんが、無謀な真似はやめたほうが良いと思いますよ。敵は選んだほうがいい」
「なんだい……私を知らないのか? 風神の若い子たちは物知らずだね。無知っていうのは怖い怖い」
見えないけど火花が散っている。
どっちもおっかない……。
淡々と語るのも怖いし、これから起きそうなことも怖い。
「6人……私が2、3人やりますから、志乃さん1人くらいいけますか?」
そして……亜李栖ちゃんは、マジのトーンで何を言っているんだろう。
「いけるわけねーだろ。逃げんならまだしも、こんな黒服たちと関わり合いになりたくないよ」
そうだよね……。
いくら友達でもこれと揉めるのは嫌だよね。
丸く収めるには、やっぱりあたしが……。
「だけど、こいつらはアレだろ? 風神の人間なんだよな。なら、逃げんのは無しだ」
「……志乃ちゃん」
「ゲートの向こうだか、世界の危機だか知らないが、雅に危ない真似させた奴らは、全員ぶん殴んなきゃ気が済まない」
「決まりですね。雲母さんの前にいる方はお任せして、私たちは左右から行きますよ。雅さんは逃げてください。タワーマンションに集合です」
待って。自分だけ逃げるなんてできないよ。
それなら、あたしがこの人たちと一緒に行くよ。
そう言うつもりだった……のに。
また、涙が出てきそうで言えなかった。
「……だめ、だよ……」
何とかしなきゃ。
でも、どうしたら……。
「注意は雲母さんに向いてます。雅さんにタイミングを合わせますから」
「足は大丈夫か? 流石に痺れは治ってるよな?」
どうしたらいいの?
♢
ひそひそ声で、目の前の黒服たちをやる計画が決められていく。
黒服たちは雅より雲母に注意を払っていて、雅たちへの注意は無いようなものだ。
車で物理的に進路を止め、自分たちがその隙間をうめる。
そしてやり方は従うなら良し。従わないなら従わせるのが黒服の女たちの仕事である。
何より黒服たちはプロで、雅たち3人は素人だ。
万が一ことを構えれば勝つのは自分たちだと確信している。
♢
『それはやめてくれ。こいつらに口実を与えるのは避けたい。ミヤビちゃんは渡さない。だか、揉めるのは無しだ。手を出したら負けだぞ』
直接、雲母さんの声が頭に響く。
『チャンネルは合わせてある。全員思えばそれが全員に聞こえる』
そうか。志乃ちゃんも亜李栖ちゃんも魔法が使えるようになったから。
『なら、どうするんですか?』
『逃げる。助けは無いからな』
『具体的にどうすんだよ?』
『私が抑えるから車で逃げろ。アリス。キミなら運転くらいできるよな?』
『できるわけ……』
できるわけ……。
『──分かりました。大きいやつは初めてですが、何とかします』
『…………』
運転できるんだ。
『行動のタイミングはそっちで決めろ。車で脱して、ある程度離したら駅に行って電車を使え。最後まで車で行こうとは思うな、いいね」
『分かりました』
やめてほしい。けど、止められない。
ユッキーがいてくれたら。ダメだ。それじゃ今度はユッキーが。
あたしに力があれば……いや、あるじゃないか。使えたじゃないか魔法。
志乃ちゃんたちと違って、あたしは裏側じゃなくても使える。
「空域制御」
あたしの一言に黒服たちは反応する。
「雅さん。抵抗するというわけですね。仕方ない……──やれ!」
雲母さんの前にいる人以外が動き出す。
あの人だけは雲母さんから離れない。
「ミヤビちゃんは馬鹿なのか? せっかく時間を稼いでいたのに──」
「どの道逃す気はありませんでした。貴女も楯突いたことを悔いなさい。雅さん……」
あれっ? 何も起きない?
そっか。リストバンドがあった。
「……何やら報告と違いますね」
『──アホ。そのリストバンドはミヤビちゃんの力を押さえつけてる。今のキミは素人以下。無意識にやっていた諸々も全部封じている。今のキミは本当に何も出来ないんだぞ! 』
身体が重いのも、暑さをいつもより感じたのもそのせいか。だけど──。
押さえつけてるというのなら、封じられてる以上に出力を上げればいいんだ。今朝は雲母さんが止めたけどさ。
「天叢雲剣」
これは多量の魔力を消費する。あたしは一度も使えなかった。
知識としては理解していても、こんな魔法に耐えるだけの身体もなかったから。
でも、今は違うよね?
「市街地で使っていい魔法ではありませんが、それを使えるというのなら、無価値な貴女の価値は見直されるでしょう」
「──ミヤビちゃん、やめろ!」
魔力を集めるあたしの手を誰かが掴む。
包帯の巻かれた大きな手。男の人だ。
「良かった。間に合った」
──えっ?!
「雅さん。それはやめてほしいな。ここは任せてくれないか?」
なんで……。
「信号機に捕まってしまって、慌てて走ってきました。間に合って良かった。風神の皆さん……風神 雅はまだ帰宅していなかった。そう報告してくれませんか?」
柔和な笑みを浮かべて彼は言う。
言われた彼女たちが、それに逆らうことはないのだと知りつつ。
♢
雅は1人で抱え込むだけではなくなった。この人たちは頼ってもいいんだと知った。
彼女は変わりつつある。それはたぶん良い方向に。
1人で出来ないことがあったら、それは自分に力が足りないからだと、これまでは思ってきた。
でも、今は違う。彼女は足りない分を誰かに頼ってもいいのだと知った。
──成長したんだ。
きっと彼女に必要だったのはそれだったんだろう。
♢
カーナビの地図では目的地まではあと2キロと表示されている。だが左折するはずの交差点で信号機に捕まり、車内にはエンジン音だけが聞こえている。
「お前が学校だと言ったから学校に行ったが、何を根拠に学校だと言ったんだ」
「自分が学生だった頃を思い出して、ですかね。てっきりまだ学校にいるものだと思っていました」
「とんだ無駄足だったな。情報を集めて急いで来た意味はなくなったぞ。これではもう風神の連中の方が早いはずだ。身柄を確保出来なかったら、お前の責任だからな」
「昨日、確保したら良かったじゃないですか」
「馬鹿を言え。出来たらやってたさ」
スポーツカーに乗っている男たち。
どちらもスーツを着ていて、運転している男は中年くらい。もう一人はその半分くらいの年齢に見える。
「それにお前、今どきマニュアル車とは……。よくこんなもんに乗れるな。オートマ車の方が楽だろう」
「とは言いつつ持ってたじゃないですか免許。いや、助かりました。マニュアル車はどうしてもギアを変えなくてはいけないですから……」
助手席に乗る男は手に怪我をしているようで包帯が薄く巻かれている。動かせる程度にしてあるようだ。
「良かったじゃないか。命まで取られなくて」
「他人事ですね。不便なんですよ、これ」
信号機は青に変わったが前が進まない。
自分たちまで、あと1台というところで信号機は再び変わる。
「今の行けなかったんですか?」
「赤は止まれだが、青は進めじゃないんだ。進んでもいいだぞ。黄も止まれと同義だ。運転を任された以上は安全運転で行く。嫌なら降りろ」
「……これ僕の車ですし、一応立場も上なんですけど?」
「知らん」
信号機が変わるまで大した時間ではないが、異変が起きる。アラームのような音が鳴り響く。
「おい、これが鳴るということは……」
「その通り! 悠長なこと言ってられないようです。その辺飛び越えて先行きますから!」
「おい、街中で派手な真似は──」
「大丈夫ですよ。もう皆んな知ってますから。それに何か聞かれたら魔法使いなんですと、一言言えば済む話でしょう? そんなことよりこちらの方が大事ですよね?」
それ以上の会話をすることなく若い男は、近くの塀を家の屋根をつたい直線で目的のアパートへと向かう。




