朝練 ③
姉さんが止めてくれて良かった。
あのまま刀を振っていたら、私は雅を斬り殺していた……。
彼女は最後の一撃についてこれなかった。
それに気づいていたはずなのに、姉さんが割り込むまでやめられなかった。
なんて情けない……。
他人の才能を見せつけられ、それに対抗心を燃やし、終いには斬り殺そうとさえしていた。
こんなことでは──。
「──どうした?」
「いえ、なんでも……。さっきはありがとうございました」
「……ミヤビちゃんのことか。素直に驚いたな。あれは天才というやつだ。自分で言うのはどうかと思うが、私と同じで才能に恵まれている」
「はい。分かってます」
「ユウキ、お前はちゃんと手を抜けてたよ。もし、お前が本気だったら、最初でミヤビちゃんは死んでる」
そうだろうか? 本当に?
あの瞬間、私は何を思っていた?
雅は才能があって、私とは違って──。
「姉さん。雅に思うこれは、嫉妬というんでしょうか?」
「なんだい、ミヤビちゃんが羨ましいのか?」
「……少し」
「──はははっ、そうか! 羨ましいか! きっとミヤビちゃんも同じようなことを考えるよ。ユウキ、お前は私が止めなくても自分で止めたよ。必ずな」
本当にそうだろうか? と考えてしまうのを拭えなかった。だから、姉さんの言葉に「はい」とは言えなかった。
♢
風神 雅。あれが本来の彼女の実力。
今はまだ自分の方が勝っている。
だけど……それは体力面での話だ。
魔法では遠く及ばない──。
これでは追い抜かれるのは時間の問題だ。
他人は他人。自分は自分。
そう言い聞かせてみても、無駄なことなのは分かっている。
私は雅のような力が欲しい。何者にも負けないように。
……違う。弱い自分に負けないようにだ……。
そんな雅も、ずっとああだった訳ではない。
彼女には魔法を使う神経と体の中の異常。
それが存在した。7月20日までは……。
ゲートの向こうの世界に消えたはずの彼女は、その次の日に帰還している。
内情を知る者からすれば。風神の人間からすれば。
何しに行ったのか分からないと非難されるだろう彼女。
しかし、実際にはそんなことをする人間はいなかった。誰1人としてだ。
期待など最初から無く、居なくなっても構わない。そう思われていたことは明白だ。
斥候。捨て駒……雅の言う要らない子。
そんなメンバーであったはずなのに……。
本当は考え得る最高の人たちが集められている。
未来でも分かっているかのような選出。
結末まで見えているような筋書き。
そして、昨日聞いたエースという言葉。
風神 雅は向こうでのエースだったのだろう。
その役を欠いて物語は成り立つのか? そう思っていた。おそらくそれは間違いだ……。
だって、彼女は帰ってきて完全となったんだから。
空にあったゲート。
その向こう側で、雅は何を見て、何をされたのだろう?
姉さんの言った魔王にでも会ったんだろうか?
それとも神様にでも会ったんだろうか?
もし……そんなものが存在するのなら……。
♢
ずっと聞こえている水の音。
──これはシャワーの音だね!
ユッキーは、あたしたちが行く前から1人で練習していたようだから、汗もかいていたろう。
しかしだね……長くないかい? 少しばかりね。
あたし。ずっと待ってるんだけど?
そろそろ出掛けないと、学校間に合わないんだけど!
朝ごはんを食べて戻ってくるまでには、シャワーから出てくると思ってたんだ。見通しが甘かったね。
「……もう諦めろよ。そろそろ学校行くぞ。大丈夫だよ。半日なんだし」
「はぁ? 何が大丈夫なの? 自分でも分かるくらいに汗だくなんだけど?!」
「制服着て暴れるからです。雲母さんもですけど、雅さんも浅はかすぎます……」
つい、ね。
つい目先のことに気を取られてね……。
それにちょっと動いただけで、こんなになるとは思わなくてね。あたしって体力少ないんだね。
昨日、走った時点で気づいてたら良かったんだけどね。あれ、大した距離走ってなかったんだ。
「これ外していいかな? 体は重いし、暑くて。志乃ちゃん、これとって」
「それを付けられてから1時間も経ってないけど?」
「いいんですか? あれ、貰えなくなりますよ?」
魔法の制御が効かないあたしは、謎のリストバンドを両手に装着されました。これ付けてると体が重い。
昨日より前に戻ったみたい……。
『あたしも魔法少女になりたい! あたしにも、あれちょうだい!』
『いいぞ! ただし! それ付けても、今と同じくらいに魔法が使えるようになったらな!』
『やったー!』
『あぁ、言い忘れたけどね。それ、一回つけたら外せないから。自分じゃ絶対にね……』
やられた。まんまと騙された。
このリストバンド付けてから、まともに魔法が使えないんだ……。
きっと、あたしが何も言わなくてもこれを付けられただろう。
確かに自分でも驚くほど、全く、コントロール出来なかったけどさ。
「──暑い! もう無理。シャワー浴びてからじゃないと学校とか無理!」
昨夜のようにユッキーがいても構わない!
もう構っていられない。
「こら、雅! ユウキがいるの分かってて入っていくな! あー、あいつ行きやがった!」
「はぁ……車を手配しておきます。遅刻だけしなければいいでしょう」
亜李栖は呆れながら車を用意させる。
こうして7月26日朝練は終わりとなる。
♢
シャワーから水が落ちる音だけがしていた場所に乱入者が現れた。
「ユッキー、お邪魔します。もう間に合わなくなるんだ!」
「……ごめんなさい。考えごとをしてしまって……」
「別にいいよ。それよりちょっと寄ってほしいかな! 本当に急いでるんです」
「……ごめんなさい。もう出ますから」
「またやろうね! どうせ亜李栖ちゃんは聖剣を自分の想像通りにしたいんだろうし。志乃ちゃんも意外と魔法を使いたいと見えるし。明日からも……いや、明日もっかい勝負する?」
「……えっ。貴女、怖くなかったんですか?」
「何が? もしかしてユッキーさ。自分が勝った。とか思ってない? みくびんなし。あたしだって、もう一撃くらい撃てたよ。とびっきりのやつをね!」
「なんだか悩んで損した気がします。明日からは、それを付けたまま勝負するつもりですか?」
「そうだった! 忘れてた……。ユッキーこれとって」
「駄目です。少し自分の意思でコントロール出来るまでは絶対に外させません。しばらく普通の生活をなさい。貴女は体力がなさすぎますから……ふふっ」
「ユッキー、今笑った?! 笑ったよね?」
「……早くしないと遅れますよ」
♢
中々に興味深い闘いだった。
闘いはユウキの圧勝と言うところか。
しかし、勝ちはしたが当人はそうは思ってないな。
ミヤビちゃんが羨ましいか。
あんなことを言うとは……。
私からすれば、ユウキの方が眩しく見えるんだがな。
立ち止まらず進む。
それは誰にでも出来ることじゃないんだよ。
まして、迷いも憎悪も抱えたまま進むなんてことはね。
そんな2人を見ての考察だが、ユウキは半分くらいの力か……。ミヤビちゃんは……あれだけでは分からないな。
つまるところ情報が足りん。
明日以降も観察を続けるしかないな。
封はしたし、当面は気付かれはしないはず。
気付かれる前に、ミヤビちゃんには魔力の制御を覚えさせんといかんな……。
ミヤビちゃんの昨日の異変は、長く使わなかった蛇口を開けたから。
それにより錆びて腐った魔力が吐き出されたため。
そして、それは完全に浄化されていた。
私がミヤビちゃんを診た時点で、彼女には何の異常も無かった。
それをやったウサギ男。その男の持つ本か……。
魔法を作り出す魔法とでも言うべきものだろうか?
材料も不明だが、行った行為を聞く限りでは、そこまで的外れではないはず。
更に驚いたのは、ウサギ男は裏東京を1人で維持している……か。その魔力源は何だ?
フィールド内でのダメージの無効化。
フィールド内での破損の修復。
──それを1人でだと?
馬鹿げているとしか言いようがないが、直接会ったユウキが言うんだ間違いない。
どっからエネルギーを回しているのか……。
一度、実物を拝みたいところだな。
──んっ? 電話か。
「──はい。なんだ、せっちゃんか。仕事の依頼か? 風神 雅についての資料はまとめ終わったよ。 ……何? 分かった。これを取りに来いと言うつもりだったんだが、私が届けよう。会って話そう。ミヤビちゃんは学校だ。直接学校に行きはしないさ。時間はある」
これは面倒なことになりそうだ。




