7月26日
♢14♢
高級マンションというのは玄関のチャイムすら高級らしい。というのも、人が家の前に来てから鳴らすのではなく、フロントの人に要件を言い、遥か下からチャイムを押し、そこまでやってようやく訪問する家のチャイムが鳴る。
そのチャイムは各部屋に繋がり、部屋の人にロックを解除してもらって、やっと入っていいですよ。となるらしい。
つーか、この階には他に住んでる人が居ないんだから、短縮はできないのだろうか?
つーか、そもそも自分で出ることはできないのだろうか? なんであたし?
「眠い……昨日はモヤモヤして眠れなかった。あの姉のせいだ……」
今日は7月26日。時間は6時になったところだ。
二度寝しよう……。
実は昨日の授業は記憶がない。
気づいたら授業は終わってた。
2日続けてのそれは良くないと思う。
だから……ギリギリまで寝よう……。
ノートは亜李栖ちゃんに借りて写すとして、でも数学は志乃ちゃんの方がいいかも。
あー、学校で思い出したけどカバンの件もあったな。交番とやらにも行ってみよう……Zzz……。
「おはようございます。んっ? ……どうしてこいつは立ったままで。しかもこんなところで寝てるんだ?」
聞き覚えのある声がする。
「──これは! シャッターチャンス! 昨日は忘れてました。志乃さんこれちょっとお願いします!」
聞き覚えのある声がする。
そして聞き覚えのある音もする。
──パシャリ
そう携帯のカメラのシャッター音が聞こえる。
「家の人は誰もいないのか? 早朝だけど、これだけってことはないと思うんだけどな」
「隣なんじゃないですか? 昨日はそちらでしたし」
「そうだったな。お前はいつまで撮ってんだ! つーかさ、撮ったやつはどうすんだ?」
「──それは決まってるじゃないですか。日々記録し日々蓄積してですね。あの時はこうだった。あの時はああだったと、1人で見ながらニヤニヤして──」
あー、もういいから……。
わかった、わかった。隣行くぞ。
呆れた声でそう言われて、そのあと段々と声は遠くなっていく。その間も日々記録しているなんたるかを、永遠と語る声は聞こえている。
──バタン。そう開いたドアは閉まった。
……Zzz……Zzz……
♢
器用に眠る風神 雅。
彼女は知っている人間には反応しなかった。
しかし、知っている2人がドアを閉めたあと、知らない人物が動く気配がした。
パタパタと後ろの方で動く気配。次いで水の流れる音。
「──はっ、誰かいる!」
バッと振り返ってはみたが、すでに誰かの気配はない。
その時間は一瞬だった気も、10分くらいだった気もする。寝てた彼女の時間の感覚は曖昧だ。
「……小さい子。フウちゃんかな?」
水の音はトイレの音だったんだろう。
自分が泊まったせいで気を遣わせてしまったのかと思い、雅は謝罪を口にする。
「──ごめんね。もう帰るから」
シーンとするばかりで返事はない。
姿の見えない女の子に会うことはできないらしいと雅は諦め、隣に行った2人を追いかけることにした。
♢
何故だか正座させられ、何故だかお説教されています。あたしはすごく眠いのに……。
なんで2人はこんなに怒っているのでしょう?
「──雅、聞いてんのか! 好きでガミガミ言ってるわけじゃないんだ。次からはちゃんと相談しろって言ってるだけなんだ」
「はい。ごめんなさい。ゆるしてください」
「絶対わかってないな……」
気の無い返事に呆れる志乃。
「お仕置きが必要ですかね?」
呆れてはいないが、物騒な意味合いを含んでいそうな発言の亜李栖。
「朝っぱらから姦しいな。ギャーギャー騒がんでくれ。私は眠い!」
雅と同じ意見の水神 雲母。
彼女は一仕事終え、寝ようと思っていた矢先に来客を知らせられ若干不機嫌だ。
「だいたいだ。キミたち来るのが早すぎる。まだ6時だぞ? もうちょっと常識を考えてだな──」
「「あなたが昨日、朝早く来いと言ったんですが?」」
「……そうだったか? 良く覚えてないな」
ダメだコイツら……。
言われた時間に来たら起きてはいるが、完全に寝不足なのが2人もいる。そう志乃と亜李栖は思った。
「この2人はダメだな。ユウキはいないのか?」
「はい。この2人はダメです。ユウキさんはメッセージ送っても返事がなくて」
このダメな2人は、放っておけば簡単に眠りについてしまうだろう。
「もう1回携帯鳴らしてみろよ。寝てんのかもしれないぞ?」
「そうですね」
亜李栖は最後に掛けた番号であるユウキの携帯に電話をかける。
そのやり取りは聞こえていたのだろう……。
「──今、ユッキーに電話掛けるとか言わなかった?! 何で番号知ってんの? あたしの分は!」
雅は突如立ち上がり携帯電話を奪いとる。
「本当だ。向こうから音する!」
確かに近くから、雅が入ってきた開きっぱなしのドアの向こうから携帯電話の着信音が聞こえている。
「なんてこった。あたしに携帯電話があれば、この番号を登録できるのに……」
「落ち着け。ほら、お前のカバン。中は見てないから自分で確認しろよ」
失くしたはずのカバンを志乃が差し出してくる。
ぶら下がるキーホルダーも間違いなく自分のものである証。雅はすぐさま受け取り、携帯電話を取り出す。
「さすが志乃ちゃん! やったぜ! これでいつでもユッキーに……あたし番号知ってるわ」
「なんなんだよ! おまえ寝ぼけてんのか?」
「そうみたい。だけど目が覚めました。夢うつつだったね」
ようやくハッキリした意識。
眠気は今ので吹き飛んだ。だから雅はようやく言う。
「……2人は何でここにいるの?」
♢
7月26日。場所は新宿。時間は朝6時。
それはゲームのメンテナンス終了と同じ時間。
あらかじめ知っていたプレイヤーたちは、新宿の常設ゲートの前で待ちわびていた。
ずっと同じ場所にある裏東京への入口。日替わりのランダムな出入口とは違い、場所が固定された扉。
我先にボスキャラへと挑戦しようと集まる燃えるプレイヤーたち。
彼らがここに集まるのはプレイヤーなら知ってる情報。
そこに混ざるのは温度差の違う1人の少年。
少年は最もリスクがあるが、リターンが大きい選択肢を選んだ。
──魔法を奪う。
ボスキャラが何かなど、どうでも良かった。
重要なのは隙を生じさせる事。
前を見ていれば、後ろを刺すのは簡単だろうと考えた。
手にはナイフ。これは魔法で作られたものではない。
しかし魔力を帯びれば同じ。凶器は凶器となる。
少年にレベルの高いプレイヤーが集まる、この場所はうってつけだった。1人奪えば後はどうにでもしてやる。
その思惑を胸にプレイヤーたちに混ざり少年はゲートを越える。
着いた先に待つボスキャラの存在は考えないで……。
♢
大型のモンスターが群れをなし行く手を塞ぐ。
自動車のような大きさの影。そんな黒い塊が駆けてくる。
そのスピードは相当なもので、避けきれないプレイヤーは轢かれる。一撃で絶命するほどの威力。
本来なら死んでいるはすが、ここでは生きている。
安全装置は作動せずに、痛みに悶えるプレイヤーに更に凶刃が振り下ろされる。
「その魔法をくれないか?」
その質問にイエスと答えれば楽に。
ノーと答えれば永遠と続く。
1つしかない答えを口にさせる質問。
「何度でも聞くよ。その魔法をくれないか?」
このやり方は怨みを買うだろう。
なら、それを晴らせないほど先に進めばいい。
レベル差は、魔法の差は、簡単には埋まらない。
誰よりも先に。誰よりも強くなればいい。




