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 チュートリアル ②

♢2♢


 派手なスーツの男。ピエロと言われた男は、少年たちに自ら持つ袋の中身を取り出して見せる。

 暗がりであっても、薄く光って見えるものをひとつ。手のひらの上に載せている。


「──バカにしやがって! コイツから、ぶっ殺してやる!」


 ナイフを手にしている少年たちの1人は、男にその先端を向け突っ込んでいく。


「まずは、デモンストレーション」


 そう言って男は手に持つ何かを握りつぶす。

 すると握りつぶした左手に青い光が灯る。


「おや、水ですか。それなら……」


 迫るナイフを避けるそぶりを見せない男。

 向けられた刺さるはずのナイフは、刺さらずに止まる。

 正確には水の膜。シャボン玉のような物には刺さっている。


 そのシャボン玉は男を覆い隠し、男はシャボン玉の中にすっぽり入ってしまう。


「いかがです? これが秘匿されていた技術。魔法と呼ばれるものです」


 シャボン玉はナイフを刺している少年をも覆い、少年のシャボン玉だけ宙に浮いていく。


「このように用途は様々。これはスペルと呼ばれるものですね。あとはスキル。こんなこともできますよ?」


 男は地上から5メートルは上に浮いている少年入りのシャボン玉に、一度だけ地面を蹴って飛び移る。

 少年が中からナイフを刺してもシャボン玉は割れず、その声も聞こえない。


「皆様、欲しくありませんか? スペルにスキル。この魔法という技術が」


 要らない。必要ない。

 はっきりと、そう断れる人間はどのくらいいるだろう?


 少なくとも彼らは拒まない。

 何故なら、彼らは満たされていない。

 引け目を感じながら生きている。


 毎日を怠惰に過ごしている少年たち。

 彼らは持て余している。いろんなものを。


「全ての人間に魔法を扱う才能はあるのです。ただ、その情報は隠されていた。誰かの都合のいいように。しかし、認められた異なる世界。いや、認めさせたですかね?」


 男の言葉は少年たちに届いていない。

 彼らは目の前の出来事に、目を、心を、奪われていたから。


「……すげぇ」


 1人がそう口に出せばあとは右に倣えだ。

 未知なる世界で、未知なる技術ある魔法。

 その暴力的な魅力に抗う術はない。


「──どうなってんだよ、それ!」


「魔法とかマジかよ!」


 あとは勝手に盛り上がってくれる。

 これが若者の良いところだと思う。


 少年たちは熱を帯びていく。思惑通りに。


「おや、ワタクシ。まさかの一躍人気者ですか?」


 チュートリアルは続く。


 ※


 どこまでも透き通った青色と、それとは真逆の泥のように濁った色。


 ひとつは胸を貫く後悔。

 ひとつは目を背けたくなる光景。


 覚えているのはそれだけだ。

 本当は二度と思い出したくはない。


 あんなのって……。

 あんな悲しい子がいるなんて。


 あの子は何もできない。自分では何も。

 誰もあの子を認めない。誰にも認められない。


 世界は、そんなにあの子が憎いのだろうか?


 どうして、あたしなんかを……あの人たちは助けたのだろう。そのまま見限ってしまえば良かったのに。


 あたしなんて、いなくても誰も困らないのに。


 ※


 ピエロ男はシャボン玉を解き、中の少年を地面に下ろす。少年は男に牙を向くが、仲間たちがそれをいなしている。


「ぶっ殺すのは後でもできますから、まずはこちらをどうぞ」


 ピエロ男は大きな袋の中身を1人に1つずつ手渡していく。


「……卵なのか。これ?」


 卵のような白い楕円形。

 握りつぶされたのと同じもの。

 石のようにも見えるし、その重さは石と言って間違いはない。


「卵とは素晴らしいと思いませんか?」


 自分の言ったことに対する答えではないと思ったが、少年たちはこのピエロ男はそんなヤツなんだろうとすでに思っているので気にしない。


「意味わかんねー」


「だって温めれば命が生まれてくるんですよ? 割ったら食べられるのに。あの中には生き物を形成するモノ。その全てが詰まっているんです。そしてヒヨコは生まれてすぐに立ち上がる」


 本当に意味がわからない。

 全員がそんな顔をしている。


「その中には魔法に関する全てが詰まっている。使い方は簡単。先ほどのように握りつぶすだけ。さあ、レッツトライ!」


 1人がゴクリと喉を鳴らす。

 恐怖に興味が優ってはいるが、迷うのが人間だからだ。


「──あっ、利き手ではない方の手がよろしい! スペルだった場合困りますから。やり直しもききませんし。忘れなくて良かったー」


「なんなんだよ。ピエロ!」


 誰かが卵型のそれを握りつぶしたのだろう。

 緑の光が灯る。そしてその手には金属バットが現れる。


「……なんだこりゃ。魔法はどうしたんだよ」


「それも魔法ですよ? そちらも分類的にはスペル」


「これがなんの役に立つんだよ」


「本気で仰ってます? 出し入れも自在。魔法以外では壊れもせず、持ってるだけで身体能力も上昇いたしますのに?」


 言われるだけでは実感がない。

 ただ、手元にバットが現れただけなのだから。


「そこの壁をそれで殴ってみてください。それで実感できるでしょう」


 言われるがままにバットを壁に向けて振るう。

 強烈な破壊音。いとも簡単にひび割れ、砕けるビルの壁。


「お分かりですか? それはアナタの力。スペルは弱くてもこれだけのことができます。成長すれば、今よりもっと大きな力を扱うことも可能です」


 いくつもの光が灯る。

 バットと同じように、木刀にナイフといった武器が現れる者。対照的になんら変化のない者。


「俺ら、何も起きないんだけど?」


「アナタ方はスキル。身体能力の強化だったようですね」


「……武器あった方が、つえーんじゃないのか?」


「誰しも身体能力は強化されますが、アナタ方はその度合いが違うのです。ちょっと失礼──」


 男はバットにより破壊されたビルの壁。

 その壊れて瓦礫となった塊を、軽々持ち上げ少年に投げつける。反応も回避も不可能な速度で。


「──うわっ!」


 ぶつかった音はした。衝撃もあったはずなのに、少年は立っているし壊れてもいない。

 ぶつかった塊は、さらにバラバラになっているのに。


「痛みとか衝撃とかございましたか? 今、ワタクシ全力で投げました。それはもう殺すつもりでね」


「なんともない。 ……コンクリが粉々になったのに」


 手に入った力。魔法という異能。


 自分たちは選ばれた者だ。

 この力があれば何でもできる。

 気に入らないヤツをぶちのめせるし、従わせられる。


 少年たちは、そんなことを思い、考えたに違いない。


「──オマエらも試してみろよ!」


 少年たちはピエロから意識を外す。

 自分たちの力に、眼前の光景にだけ目を向ける。

 

「アナタもおひとつどうぞ。ささ、遠慮なさらずに」


 そう忘れ去られた少年へと歩み寄り語りかける。

 男は道化師。

 その役割は遊戯(ゲーム)の運営と管理である。


「見ていたでしょう? 説明は必要ないと存じます。 しかし……ひとつアドバイスを。魔法とはイメージです。スペルは凶器。狂気かもしれませんがね。彼らの思う凶器とはあれら。スキルは思い描くもの。理想を、こうありたいと願う自分を」


 スペルは凶器。スキルは理想。

 それが魔法であり、この場所のルール。


「何を恐れるのです? 臆病者は死にますよ。勇者も死ぬし魔王も死ぬ。誰もがいつかは死ぬし、どこかで死ぬ。ならば今を楽しまなくては! しかし、所詮は遊戯。生き死にには関係しない」


 また、1人の少年が手に光を灯し立ち上がる。

 浮かぶのは刻印。印であり強制的に魔法を使えるようにする証。


「おい、ピエロ。何でそいつにも渡してんだ!」


「仲間はずれはいけません。それに言ったではありませんか。これを配るのが仕事だと。自分たちが特別だとか思ったなら、とんだ間違いですよ?」


 ピエロの配る白い楕円形の卵。

 これはそのままエッグと呼ばれる。


 才のない者をも、才のある者と同列にする。

 これこそ、まさに魔法だろう。


「生き死にには関係しない……今はまだね」


 響き渡る銃声に隠れ、道化師の声はかき消える。

 18時58分。これはゲーム開始の2分前。


 ※


 18時59分。システムを起動。

 19時00分よりゲームを開始する。


 目下の目標はプレイヤーの確保。

 しかし、近年のSNS事情を鑑みるに宣伝は必要ないと思われる。


 調整と管理に尽力されたし。

 尚、表向きマップアプリであるゲートは必要の旨を説明し、使用を推奨するものとする。


 四家(よんけ)による介入、妨害等には武力を持って対応することを許可する。


 フィールド内における武力使用に制限は設けない。

 しかし、フィールド外に関しては一切を自己責任とする。


 つまりは殺すなら中でやれと言うことだ。

 何人現れるかは予想できないが到達者を創り出せ。必ずだ。


「始めようじゃないか。この東京で遊戯という名の実験を」


 19時00分。遊戯(ゲーム)が始まる。


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