白い天井
♢13♢
目を開けたら天井が白い。
しかし、病院ではない……。
何故かと言われると、病院の天井にシャンデリアはないだろう。
安物には見えないシャンデリアに、これも病院ではあり得ないタバコの匂い。
寝かせられているのはソファーのようだ。
「──夢オチじゃない!?」
痛くもないし、痒くもない。
そして何か涼しい?
「おっ、起きたね。ユウキは買出しに行ってるから。もうちょっとそのまま寝てな」
ソファーから見える机に女の人が座っている。
口にはタバコを加えていて、パソコンに向かっている。
「ここどこ?」
「だから起きんなって。スッポンポンじゃないが、自分の体をよく見てから行動しようか。ミヤビちゃん?」
毛布ではなく、おっきいタオルのようなものが自分にかけられている。その下はスースーする。
「──制服がない!」
「あんな血塗れの着せとけないだろ。下着はユウキが買ってくるから。制服は洗濯しとした。乾燥もスイッチ入れといたから」
「制服を洗濯機で? なんて無茶を……」
「ミヤビちゃんの方が無茶したと聞いたが? ずいぶん寝てたよ。もう21時過ぎだ」
「そんなに……。いや、さっきまでは何時だったっけ?」
というか、本当にここはどこ?
最後に覚えてるのは、ピエロ野郎からユッキーに引剥がされて……あとは記憶がない。
知らない女の人と2人きり。雅ちゃんは下着だけ。
これはピンチなのかな?
「水神 雲母だ。よろしく、風神 雅ちゃん」
「……水神?」
「今は水瀬が仕切ってるが、水神の家がなくなったわけでも、水神の人間が絶滅したわけでもないよ。水神って人間がいてもいいだろ?」
水神。つまりはユッキーの親戚。
「ユッキーとはどういったご関係で?」
「ユウキは色々複雑な娘だからね。ここで面倒を見てる。仕事を手伝ってもらいながらね」
なるほどー、ヤバい仕事だね。
普通の仕事してる人は、こんな高級そうなところに住んでない。
このお姉さん。雲母さんとしよう。
椅子に座ってるから正確な情報ではないが、身長は志乃ちゃんより高い。
椅子に座って足を組んでいるのだが、──足長! だからだ。
おっぱいも志乃ちゃんに勝ってる。
髪は明るい茶色。耳にはピアス。
比較対象が志乃ちゃんだけで申し訳ないが、あたしと亜李栖ちゃんでは太刀打ちできない。
「ユウキの他に、ここにはあと2人いてね。いい具合に歳も離れてて、喧嘩もしないし楽なんだが、いかんせんユウキは協調性がない。そいつが友達を連れてくるとは思いもしなかった。姉役としては喜ばしい限りだ。仲良くしてやってくれ」
訂正。雲母さんはいい人。
「こちらこそよろしくお願いします」
「……ずいぶん想像と違うな」
「なにが?」
「風神。その本家のご令嬢には見えない。そういう意味だよ」
……訂正。ただのいい人でもない。
「私はこれでも会社をやっていてね。ここはそのオフィス。ただのマンションの一室だが、仕事は全部魔法絡みだ。ミヤビちゃんに接触したのも仕事だったんだ」
んー、これは危険かな?
いざとなったら魔法をかまして逃げよ。
「基本は1人でやってる仕事でね。たまに、うちの子らに手伝ってもらったりもする。ユウキたちの長兄が出張っていてね。ミヤビちゃんに接触するのはユウキになった。結果的に良かったわけだが……おいおい、ここで魔法はやめてくれよ。色々マズイからな」
顔に出てるはずも、つもりもなかったんだけどな。
ユッキーのお姉さんみたいだし、事を荒げるつもりも無いけど……。
「ミヤビちゃん。ひとつ聞いていいか?」
「なんでしょうか」
「誰も尋ねなかったみたいだからね」
……これは、もしかして?
──いや、考えすぎだよね!
「正直どんな気分だい? ゲートの向こうから1日経たずに帰ってくるって言うのはwwww」
──グフッ
「誰も聞かなかったんだろ? もし、自分が直接会うことがあったら是非とも尋ねたかった。行ったその日に帰ってくるとか! よく誰も笑わなかったよね?」
──ガハッ
「──着いた先に魔王でも立ってたのかい?」
もうやめて。みやびちゃん、しんじゃう。
「でなけりゃ……ミヤビちゃんがやられるはずないよね。それとも、そういう運命だったのかな?」
♢
ユッキーがコンビニの袋を両手に持って帰ってくるまで、ずっとイジメられました。
あたしは、深く深く傷つきました……。
「あの姉はろくなやつじゃない。人が気にして記憶の底に封印したことを根掘り葉掘り聞いてくる。ユッキーのお姉さんじゃなかったら、ぶっころしてる」
正直な偽りのない感想です!
「いつも通りなので、私から言うことはないです。基本的にオフィスというか隣で寝泊まりしますから、近づかない限りは無害。とにかく今日はもう寝なさい。明日も学校行くんでしょう?」
「──行くよ! 生きてるしどこも痛くないし。制服が洗濯されてるのが心配だけどね!」
「コンビニの惣菜ばかりで申し訳ないですが、明日の朝も温めて食べていくんですよ?」
「うん。ところで……帰ってもいい?」
「いいわけないでしょ……。話を聞いてないんですか。姉さんも問題ないと言いましたが、今日は泊まっていってください。貴女は帰っても1人なのだから、万が一があっては大変ですから。雅、貴女は頼ることを覚えた方がいい」
「…………」
「貴女は今日まで1人でやってきた。けれど、ずっと1人でやっていかなければならないと決まってはいない。志乃も亜李栖も頼りなさい。1人は辛いでしょ?」
なんで? 何を? どう頼るのだろう?
学校で一緒。帰りもだいたい一緒。
休みの日だって遊んだりする。
「……1人じゃないよ?」
それに自分のことは自分でやらなくちゃ。
誰かに押し付けたり、任せたりしちゃダメなんだよ?
「もしもの話をします。7月20日。あの日まで貴女が一言でも話していたら、彼女たちは何をしても貴女を止めた。本当なら相談するべきだった」
「……なんで? 2人は関係ないじゃん」
「関係あるでしょ。友達という関係は学校の中だけのものなんですか? もしも、貴女が帰ってこなかったら? 何も知らずに貴女がある日突然消えて、二度と会えなくなったら? 雅、残された人のことを少しでも考えましたか?」
もしも、あたしがいなくなったら?
……分かんない。だって生きてるし。
けど、志乃ちゃんか亜李栖ちゃんがいなくなったら……。
「ユッキーの言う、もしもは分かんないけど、志乃ちゃんも亜李栖ちゃんも、いなくなるのは嫌だ」
「同じことを2人も、思うし思ってる。雅、貴女は大事なものの中に自分が含まれてないんですね? 自分が嫌いですか?」
「嫌い。出来損ないで欠陥品。要らない子だから。いなくなっても誰も困らないしね」
「……それはもうお終いです。貴女はもう出来損ないでも欠陥品でもない。貴女の勇気に意味はあったんです」
ユッキーの言葉は搾り出すようで、瞳の端には涙が見えた気がした。
♢
裏東京。場所は新宿区。
夕方以降フィールドは全面が閉鎖。
再開は翌日からとなっている。
「……風神のお嬢さんの件は、許してくれたんじゃなかったんですか?」
暗闇に蠢く影。
拘束を引きちぎり、動き出すのは秒読み段階に入っている。
「これは別件だ。オレが新宿に結界を施すまで、それと遊んでいろ。そのあとはこの場所の見張りだ」
「いやだー、絶対に嫌です!」
「カイアス。貴様に拒否権などありはしない。来るぞ。せいぜい死なんように気をつけろ」
1日は保つと思っていた鎖は半日しか保たず、影は怒りを見せている。
「こいつは誰を目指して移動したのだろうな?」
「……風神のお嬢さんじゃないんですか」
「それか、オレにオマエ。やはりこの3人の誰かか。黒は黒に惹かれるものだ。さて、ボスはこうして現れたわけだが……これを倒せるやつなどいると思うか?」
「知りませんよ。風神のお嬢さんでも無理でしょうね。今のままでは……ですがね。お父上様がやったらどうですか?」
拘束を引きちぎり影が襲いくる。
「馬鹿を言え。それでは何の意味もないではないか。人の手でやらなくては意味がない。勿論、貴様は含まれないがな」
「殺さず殺されずですか……。めんどくさい」
黒いウサギと道化師。
親子らしい2人の会話。